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不定期連載小説
「たんぽぽ荘」
−25.怖いトイレ−
文化祭の準備は着々と進んでいた。
田城さんの描いたポスターは秀逸のできだった。
ポスターの中でほほえむ弓月光先生の作品似の女の子は美しく着色されていた。
水彩画でよくもここまでと思うぐらいグラデーションがよく描かれている。
みんな見とれていた。
僕も思わず見とれてしまった。
ところでこの年の漫研の出し物の目玉は黒川さんのテレビとビデオで上映される「戦闘メカザブングル」である。
それと同人誌の即売会。
ちょっと寂しいのでみんなで描いた絵を壁に展示することになっている。
僕は前に書いたオリジナルの女の子の絵に加えてあと2〜3点提出することにしたが、なかなかはかどらない。
先日の作品に対するみんなの酷評の記憶がある上に田城さんの作品を見てしまった。
こうなるともういけない。
僕は悩みに悩んで結局僕はなんにも描けなくなってしまっていたのだ。
でも描けないのは僕だけではなかった。
ほとんどの部員がなんにも描けていなかった。
話し合ううちに学校の許可を取って教室で金曜の夜から徹夜することになった。
学校がひけて一旦タンポポ荘で夕食をとってから画材を持って学校へとんぼがえり。
7時頃から本格的に作品に取りかかる。
といっても何にも描けない。
有名作品の似顔絵は苦手だ。全然似ないのだ。全部自分の絵になってしまう。
村止さんの手前もある。
やっぱりオリジナルで行かないと・・・
こういったプレッシャーが僕を追いつめていく。
何枚か鉛筆で下書きをしてみたがどうも気分が乗らない。
午後十一時を迎えるころにはお腹も減ってきた。
「なにか持ってくれば良かったなあ・・」 軽く後悔しながら僕はトイレに立ち上がった。
ここで気づいたのだが、夜の校舎というのはとてつもなく怖い。
電気の点いているのは自分たちのいる教室だけだ。
黒川さんが準備していてくれた懐中電灯を取り、僕は独りで廊下を歩いた。
暗い廊下は先が見えずどこまでも続いているように思える。
漫研の借りている教室からトイレはそんなに遠くはないのだが廊下から左に曲がる必要がある。これがまた怖いのだ。
嫌でも想像力をフル動員してしまう僕はこう考えた。
「ここを曲がると後ろの廊下に漏れている教室の光はここで経たれてしまう。
もしかして僕をねらっている人間ではない何者かがここを曲がったところで待ちぶせていたら・・??」
ここで以前に読んだ怖い話の本の内容が思い出された。
・・・
ヨーロッパの古い館に妖怪かなにかが住んでいてそこで行方不明になった人を探しに行く話だ。なぜか夜に行く。
もう誰も住んでいない真っ暗な館に懐中電灯を照らして入っていくふたり・・
しばらくは何もないのだがふたりはある部屋で行方不明になった知人を見つける。
彼の遺体は頭を割られていた・・
「一体ここで何があったんだ」
恐怖に駆られるふたり。
とりあえず今日は帰ろうということになって引き返すのだけれど前の男が部屋にさしかかったとたん上から髪を振り乱した女が頭に噛みついた!
”ちゅるちゅるちゅる・・”
女は男の脳をうまそうに吸い取るのであった・・
・・・
「あんなの読まなきゃ良かった」
後悔しながら廊下を曲がる。
真っ暗な廊下の突き当たりにはやはり真っ暗なトイレが僕を待っている。
入り口のスイッチを押して点灯。
誰もいない。ここで一息つく。
なにかがいきなり降りてこないか扉の上の方を警戒しながら中に入る。
夜の学校の中で廊下と並んでやたら怖いのがトイレだ。
特に窓と大便のところが怖い。
外は真っ暗。”誰か”でも怖いが、それより”何か”が覗いていたらどうしよう・・
とか、大便の所の戸がいきなり開いて・・ とかつまらないことを考える。
しかも用を足している時は無防備だ。
後ろからいきなり・・とか考えると震えがくる。
後ろを見ながらおそるおそる僕は用を足した。
しかし大の方でなくて本当に良かった。
ここは汲み取りではないので下から何か出てくる恐れはないのだが、大便用のトイレでは上の空間や扉の外がやたら怖くなる。
「小で良かった・・」
ささやかな幸運に改めて感謝しながら僕は用事を終え、そそくさと教室に戻った。
−26.徹夜明け−
相変わらず作品はできあがらない。
深夜二時を回ると意識ももうろうとしてきた。
黒川さんや田城さんは元気でわいわいやっている。
突然誰もいないはずの廊下から何者かが声をかけた。暑いので戸は開けてある。
「どう?異常はないかな?」
入り口付近にいた僕は飛び上がった。
夜警のパトロールだ。連絡を受けていたらしく、にこにこしている。
「はい、大丈夫です」
どきどきしながら僕は答えた。
「そう、じゃあがんばって」
「はーい」みんな元気なく返事した。
これ以降はみんな机を並べて仮眠をとったり座ったまま寝ていたりしてろくな作業はできなかった。
それでも朝日が昇る頃に僕の手元には最初に描いていたイラストと大差のない作品が二枚できていた。
意識がはっきりしていなかったのでどうでも良くなって描いたものだ。
「これでいいや」
開き直ったときの方が事が進む。
そのまま田城さんに提出して疲れたので帰りますと告げて教室を出た。
田城さんもさすがに疲れていてああそうかと言っただけだった。
タンポポ荘まで徒歩30分。
口の中が気持ち悪い。
朝日がまぶしい。
寝不足での帰り道はやたら長かった。
帰り着くとそのまま部屋で熟睡。
目が覚めたのは午後七時頃だ。
今日は土曜日だから夕食はカレーである。 もそもそと起きあがって人気のない食堂に行く。
もう最後らしく電子ジャーにはあまりご飯も残っていなかった。
鍋の底に残ったカレーをかき集めて皿によそう。
何とか一人分は残っていた。
午後七時にはお姉さんが片づけ始めるので食事はそれまでにして欲しいと言われているのであわてて食べた。
気持ち悪いまま部屋に帰り、そのまま又眠ってしまった。
日曜日の朝もやっぱり気持ちが悪い。
どうやら体調を崩したようだ。
カレーを食べたあとすぐに眠ってしまったのが悪かったのかもしれない。
タンポポ荘の日曜日は遅い。
みんな土曜の夜は遅くまで遊んでいるからだ。
十時頃になってやっと騒がしくなってきた。
サッシの磨りガラスの向こうに人影が映る。
”どんどん”
いきなりげんこつでノックするやつがいる。
こんなたたき方をするやつは竜田くんだろう。
「もう」
ちょっと腹立たしく感じながら起きあがる。
サッシを開けるとやっぱり龍田くんだ。
「まだ寝ちゅうが?」
彼は熊本の出だが最近は田辺くんと僕の影響を受けてか変な発音の高知弁を使う。
そういえば彼の熊本弁は聞いたことがない。
なるべく使わないように気をつけているのだろう。
「ああ」
まだ気分の悪い僕はつっけんどんに答えた。
「一緒に食べんかえ?」
彼が差し出したのは400gと書かれたわりと大きな袋だった。
中には一口大のビスケットがいっぱい入っている。
お腹が減っていたので気分一転、気分が悪かったのもすっかり忘れて一緒に食べた。
人間とは弱いものだ。
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