瀬戸川流域の歴史(川根電気索道の巻)
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川根索道の鉄塔 |
瀬戸川本流と滝沢川の合流点に位置する。瀬戸の谷街道は瀬戸川本流に沿って,蔵田に至り,さらに,舟久保から清笹峠を越えて静岡市に至る。蔵田からは,大久保経由で島田市に至る古代からの経済・文化の主要街道であった。一方,中山からは滝沢を経由し,檜峠を越えて伊久美・笹間に至るが,大井川鉄道が開通するまで藤枝の経済圏を支える街道として利用された。
従って,この中山地区は両街道の物資の集散地として栄えた。
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川根索道の経路 |
川根電気索道(藤枝市滝沢〜本川根町千頭)
大正15年,索道による空中輸送。江戸時代,瀬戸ノ谷街道に連なる稲葉,瀬戸ノ谷は勿論,伊久美・笹間,大井川中流の村は藤枝の商圏であったが,明治以降大井川流域の道路整備,舟運が開設されると,この地域の商圏は島田・金谷に移っていった。これを打開するため,藤枝の笹野甚四郎が中心になって,滝沢から千頭に至る索道を開設。これにより,島田から千頭に至る貨物輸送が5日間が4時間30分に短縮された。米・木材・雑貨品が運搬されたが,なんといってもこの地域に電灯が点火され恩恵を被った。しかし,昭和6年,大井川鉄道が開通すると,経営困難となり昭和14年解散した。
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川根索道と大井川鉄道の交差するトンネル |
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