花 梨 (かりん)



しばらく前から昼休み時、悪天で無い限り散歩をしている。

運動不足により体重が増え足腰への負担が強く、
そして辛く感じるようになってきたからである。

また、外気温が下がり始め、汗かきの私がとぼとぼと歩いても
午後の仕事に支障が無いだろうと判断したのも、その一つである。

昼休み、会社の構内を一周する。
ゆっくり歩いて20分ほどである。

この日も、いつものように重い体を引き摺りながら歩いていた。
急ぎ足で歩むと膝の関節が軋み、痛くなってしまう。
ほんとうに情けない状態に私の身体はなってしまったようだ。

天気は昨日までの雨模様とは変わり好天になった。
朝のニュースでは冬型の高気圧が張り出してきたと伝えていた。

青空には晩秋から初冬を思わせる雲たちが浮かび、
その間から穏やかな、昼の陽射しが射し込んでいた。

道の右手に植えられた桜の木が紅葉して綺麗だ。
そして、その奥にはピンクの山茶花の花と
鮮やかに黄葉した銀杏の木立がみえる。

都会では花の蜜が乏しくなってくる、この時期
よくメジロが山茶花の蜜を吸いに来るのだが
今年はまだ見ていない。

常緑のヤマモモの繁る所で手入れのされていない
アベリアの植込みを漕ぐようにして左手に折れた。

見上げる、枇杷の木の花穂も随分大きくなって
早や冬の訪れを告げているようだ。

先へ進み周回道路に面するフェンス近くまでやって来た。
この日は久しぶりに、あれを観にきたのだ。

あれとは花梨(かりん)の実である。
春、新葉と同時に、枝先に淡紅色の花を付けていたのをみた。
その木は、まだ若く樹高も2〜3mほどだった。
しかし花後に実を結んだ。いじらしかった。
その実が、しばらく前から黄色く色づきはじめていたのだ。

フェンスに沿って黒松などの植樹がされている。
おまけに最近は構内の生垣や、その他
植栽の手入がなされていない。

いつも、私の立つ位置からでしかその実は観えないのである。
しかし、この日その場所に立ってみた光景がいつもと違う。
黄色く色づいた彼女らがいないのである。

「あれ・れ〜」 二・三歩、歩みだしカヤなどの
雑草が生い茂る中に踏みこんだ。
花梨の木を眺め下ろすと足元に黄色い果実が二つあった。
何日か続いた雨模様の天気が災いして落ちてしまったのか?


拾い上げた実を見て気がついた。虫食い跡が付いている。
「 ・・・ 仕方ないか 〜 」
手入もせず自然に任せ、放置しておいたのだから ・・・。

しかし、このまま、ここに彼女らを棄ておけば
雨に打たれ、風にさらされ、朽ち果てて ・・・ 
去りゆく彼女達の姿を瞼の裏に感じた私だった。

どこかで「ヒーヨ・ヒーヨ」とヒヨドリの鳴き声が聞こえた。
私は、泥で汚れた、その実を作業服の裾で拭った。



その後、彼女らは、しばらく会社のロッカーの中で
仲良く頭を揃え寝ていた。

・・・ が何日か後、虫食い穴の周辺より、少しづつ変色し始めてきた。

しばらくの間、私の目を愉しませてくれ、心を癒してくれた御礼に
彼女らを家に持ちかえり、記念写真を撮った。
褐色に醜く変色してきた、その傷口がみえないように。

この世に生まれきた証として。



   つ ん
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