カ ナ ブ ン



マンションのエレベーターを降りた。
玄関を貫けて朝から蒸し暑さを感じる戸外へ出た。
何歩か歩み出して左足の爪先に違和感を覚えた。

あれ〜何だろう。立ち止った私。
道端に寄り靴を脱いだ。手に持った靴を逆さまにして、振ってみた。

「カラ ・・」と乾いた音がして、緑褐色に輝く物が路上に転がりでた。
「 おぉ〜っ カナブンだ 」

道端に屈みこみ、そいつを覗きこむ。
もう、既に死んでいるのか奴は「ビクッ」とも動かない。
「あぁ〜、ご臨終ですか。」
掌にそいつを乗せて呟いた。

今年は九月に入っても、なかなか暑さが収まらない。
夕べも夜風を部屋に取り入れるため、
靴を部屋の扉のストッパー替りに使ったまま、
寝入ってしまった私なのである。

きっと、こいつは夜中に木の洞か何かと間違って
私の靴の中に進入したに違いない。間抜けな奴だ。

掌に乗せた コロッ とした奴は朝日を浴びて、所々虹色に輝き綺麗だ。
「うぅ〜ん、手足はもげていないようだな〜」

スニーカーの無断侵入者を陽にかざして眺めていると、一瞬 ピクッ と動いた。
ビックリした私は、思わずその侵入者を掌から落としてしまった。

奴は道端の側溝脇で逆さまの姿勢で手足を動かしている。
「おぉ〜い、溝に落ちるぞ〜」

指先で、そいつを摘んだまま、辺りを キョロキョロ と見渡す私。
しばらく行った道脇に駐車場のフェンスの支柱を見つけ、
その先端にその侵入者を ちょこん と乗せた。

しばらく準備運動風の動きをしていた奴は、
駐車場を出るトラックの排気音に急かされるように、
緑色を帯びた褐色の翅(はね)の隙間から薄い翅を出した。

次の瞬間、小刻みに翅を震わせた。そして、都会の朝日の中に
金属光沢の光線を照り返しながら飛立って行った。 

「 good-bye 〜 」
「 おい、カナブン もう来ちゃ〜駄目だぜ。」

連休二日目の朝のことである。



そういえば随分以前、私は茨城で数年間、釣り船屋で生活したことがあった。
その釣り船屋は、満潮時には海水の逆流が起こる川の河岸にあった。
釣り船屋の庭先はカニが”チョコ・チョコ”歩き回っているような所だった。

或る朝、玄関の框(かまち)に立掛けて置いた通勤靴を履いた時、
靴の中にカニが入っていてビックリしたことを思い出した。



    つ ん
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