あ∽うん  斎藤 良夫
その名も「獅子山荘」

大山阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)の麓にある先導師旅館。
村山坊」の名で江戸時代から続く宿坊だ。
戦後の旅館業法により「
獅子山荘」(村山孝正館主)となった。


場所はバス通りから鈴川にかかる加寿美橋を渡った旧参道沿い。
庭に獅子山がある。
親獅子二頭が山頂から一頭の子獅子を見守り、岩には「
坂東三獅子」と「再建 小石川大山講 昭和三十六年五月」の銘板がある。
獅子は
享保年間の江戸の石工石切藤兵衛の作と言われる。


この獅子山は以前、鈴川上流約六百メートルの良弁橋に近い「銅鳥居」脇にあった。
阿吽の親獅子一対が獅子山(台座)に鎮座していたが、子獅子の有無は不明だ。
大正12年の
関東大震災に伴う山津波で流出、翌13年に下流で見つかった。


明治期の参道の図

銅鳥居と1対の獅子山(明治期の絵葉書「相模大山 良辯の銅鳥居」
現在この地は跡形もない…


                      関東大震災に伴う山津波


東京・神田神社には藤兵衛の三獅子制作の言い伝えがあり、一方、大山不動尊には、江戸の石匠たちにより、藤兵衛制作の獅子山奉納の話がある。

村山坊は石匠講の宿坊でもあった。
そんな縁もあってか、発見した獅子は村山さんの父が
宿坊の玄関先に保存
新たに子獅子を加えて
親獅子二頭を一緒にした獅子山を建立した。

神田神社の獅子山も関東大震災で崩壊、子獅子を新調して再建後の平成3年4月、藤兵衛の親獅子が千代田区の文化財に指定された。
この時、村山坊の獅子山が参考調査されたという。


震災にあった銅鳥居の周辺は今、跡形もない。
この獅子山には江戸から平成にかけての、まだまだ未知数の獅子物語が凝縮されている。

                                              2012年92号より