第255回 「作家達の万葉集」
NHK BS hi 2010年4月16日
常人の 恋ふといふよりは 余りにて 我は死ぬべく なりにたらずや 大伴坂上郎女 (巻18・4080)
[口語訳] 世間の人が 「恋する」 というよりは そこを越えてしまって もはや私は死にそうになっているのではなかろうか
太宰治から私の母の太田静子に速達が来て、原稿用紙にこの歌だけが書かれていた。母はもうびっくりして、あっ、この方はもう死ぬんじゃないかと思ってあわてて逗留先の伊豆の旅館に向かって飛び出したということです。 「待ってて下さい」「死なないで下さい」と----。太宰はその時、小田原の静子の家に向かっていた。太宰は静子が伊豆の旅館に行ったとは思わなかったらしくお向かいの家に「このまま自分は国府津館に泊まりますので帰ってきたら国府津館に来るように言って下さい」ということで国府津館にその晩泊まったのです。 (二人は行き違いになってしまったが、太宰はなぜこの歌を選んで静子に送ったのか----) 太宰は太田静子の気をひくためにこの歌を使ったみたいと思います。太宰は人の心をひく言葉をいうのが大変長けた人ですから、万葉集の中でこの歌はそれほど知られていないかもしれないけれど、人の心を動揺させますね。私がこのような歌をもらうことは今までなかったし、これからもないと思いますが、もし、こういう歌を送られてきたとしたらやはり動揺しますよね。だから早く会わねばならない、会いたいと、こちらも走って行きたいと思う気持にかられる歌ではないですか----。