あ∽うん  斎藤 良夫
有人衛星と太平洋戦争
肌寒さが身を刺す2月7日、神奈川県松田町の寒田(さむた)神社(薮田拓司宮司)を3年ぶりに訪れた。
石工・武井五郎の獅子山との再会と、アメリカの人工衛星に奉斎された「神札」の話を聞くためだった。
獅子山には阿吽の親獅子と5頭の子獅子がいる。
本紙40号で紹介し、また、「日米親善狛犬」として田辺英治氏が56号に書いている。
寒田神社は3回目の登場だ。

地球を回った「神札」はアメリカ初の有人衛星「マーキュリー6号」(1962年)に乗った。
ソ連(当時)に先を越されたアメリカを励まそうと、昭和37年、神社総代が
ジョン・H・グレン中佐に国会議員を通じて贈った。
36年後の平成10年にグレン中佐は
向井千秋さんと再び搭乗
この時も、神札通りに「大願成就」を果たした。
アメリカ贔屓の総代の熱意が今に続いているということだ。

戦争。日本軍が占領した島々には必ず神社があった。
戦況の悪化とともにガダルカナル、アッツ、サイパンの島々から撤退した。
従軍していた薮田宮司の父・義文氏は将校から「お前は神官だろう」と言われて、それぞれの〈祭神〉を託された。
そして今、
寒田神社は太平洋諸島、北方領土の島々で犠牲になった〈英霊〉を年に一回お祀りしている。薮田宮司が明かしてくれた秘話である。

寒田神社の獅子建立は昭和6年。私は今年2月に「白内障」の手術をした。
眼科医院本院は神社と同じ松田町にある。〈開眼の日〉の7日に参拝し、獅子の目線の先にある「人工衛星」と「太平洋戦争」に思いを凝らした

2007年59号より