資料 と 吉六のキツネ
1996年5月3日、日吉の駒林神社で初めて吉六の狛犬に出合った。
その時の感動が、現在までの狛犬への興味・思いの原動力であり
飯島吉六研究への出発点であった。(「参道狛犬大研究」参照)

狛犬ミニツアーの記録はこちらからどうぞ

ここで飯島吉六の作として紹介した狛犬が17対。
ほぼこれで全てではないかと思うが、その活動範囲は横浜・川崎・多摩川沿いと
かなり広範囲である。横浜・川崎・都内ではもう新たな発見は無いと思うが
狛犬以外の石造物が散見される都下に、まだ見いだされていない吉六狛犬が
密かに隠れている(?)可能性が無いとは言えないのではないか…
とも考えている。そんな夢を追いながらの狛犬巡りはまだまだ続く。
参 考 文 献

飯嶋吉六関係の資料をまとめておく

鶴見石工の系譜 金井晃 日本の石仏・?33
日本石仏協会
最もまとまった吉六研究
鶴見石工・飯嶋吉六の石造物 北村正幸 藍 第27号 吉六狛犬について詳しくまとまっている
かながわ歴史点描
 〜鶴見の石工・飯嶋吉六
内田四方蔵 昭和書院編 最も古い吉六研究か?
関口日記 横浜郷土研究会 横浜市教育委員会 生麦村名主関口家代々が文化3年から
100年間書き継いだ記録
The 狛犬!コレクション 三遊亭円丈 立風書房 吉六を世に知らしめた名著!
狛犬物語
 〜神奈川 熊野神社の巻
国見優太 藍 第27号 同名の私家版もあります
参道狛犬大研究
 ・僕と狛犬
 ・名工吉六と左官己之助
国見優太
斎藤良夫
日本参道狛犬研究会
吉六を通しての狛犬との出会いを語る
熊野神社狛犬の受難と修復譚
吉六の系譜
上記、上から3点の資料では吉六の系譜が記されている。
それらを簡単にまとめてみたのが下表である。
一代目吉六 五良右衛門  
二代目吉六 吉兵衛  
三代目吉六 吉六 元文2年生 、 天明3〜7年頃没
四代目吉六 吉十郎 天明3年に吉六を名乗る。三代目の12才下の弟
五代目吉六 仁三郎 腕が良く飯島石工の名を高めた。四代目の3才下の弟。文化12年没(63才)
六代目吉六 軍次郎 五郎右衛門を名乗った後、文化12年頃吉六襲名。天保11年没(55才)
七代目吉六 幸次郎 天保13年〜15年の間「家出」
八代目吉六 惣五郎 嘉永5年〜元治元年の間、神奈川宿へ移る。七代目の3才下の弟
九代目吉六 茂吉 鶴北斎と名乗り文字彫りをよくした。
十代目吉六 兼吉 17才で若死に
十一代目吉六 吉六 詳細不明
吉六のキツネ
鳥居、水盤、石碑…吉六作の石造物は200近い数が残されている。
その中にキツネもあるが、たった1対しか現存しない。
そのキツネを紹介しよう。
えっえっ…これがキツネ?!
そうです。これがキツネなのです。
しかも、たった1対現存する飯嶋吉六のキツネなのです。
実はもう1対のキツネ像があったとの記録がありますが、現在は台座だけが残り
像はありませんでした。従って、この何だかよく分からない物体は
とても貴重なものなのです。
 神社名  馬場稲荷
 住 所  神奈川県横浜市鶴見区馬場3-17-5
 石 工  鶴見村 飯島吉六
 建立年  文化7庚年11月(1810)