青いビニールテープで補修され、ガイドも数ヶ所割れたロッド・・・ 2007年の春に物置で再会した。
私が小学校に上がって間もない頃に、親父が与えてくれた最初の釣竿だ。
どんなに嬉しかった事だろう。 しかし... その時の感動は思い出す事ができない。
このロッドを持って、親子で山陰に釣りに行った思い出はたくさん有る。
釣り具屋で餌(アオケビ)を買い、親父の車で山陰線を北上する。
吉見で美味しい天ぷらを買ってもらって車の中で親子で食べた。 今日は釣れるかなぁ?
私の親父はカサゴやソイなどの根魚を釣るのが得意だ。
仕掛けも市販の物は使用せずに、自分で鉛を溶かしてオリジナルのブラクリ仕掛けを作っていた。
大潮の満潮から下げを狙って、ウェーダーを履き腰あたりまで立ちこんで藻場を釣り歩く。
子供の私は後ろから背中を眺めつつ足場の良い場所から竿を伸ばす。
たまに釣れるがとてもとても親父に敵うはずもない。
竹の魚籠が魚でいっぱいになる。
親父は凄いなぁ... っといつも思っていた。
最近わかった事だが、私が子供の頃に
赤いカラコ、黒いカラコと言っていたのは
黒いのはムラソイだったのだろう。
他にクジメもたくさん釣れたものだった。
釣りに連れていってもらって、釣果が
上がらなかった記憶がない。
潮を読んで、午前中にパタパタっと釣る。
子供に退屈させまいと思っての事だろう。
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釣りの帰りにはいつも喫茶店に寄った。 今はもうないが「古々海」と言う名前の喫茶店だったと思う。
そこでオレンジジュースを飲みながら、親子で釣りの話を楽しくしたものだ。
家に帰ると母親が笑顔で迎えてくれる。 そして夕食は煮付けに味噌汁。
この釣竿を与えてくれた時は、親父は今の私と同じ位の年齢だった。 何か心に感じるものが有る。
子供が釣りをやりたがっているので、この竿を持ってその内岸壁に家族で出かけよう。
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