2001年10月18日から2001年11月7日まで台湾を自転車で旅行しました。
しかし、旅行の日記をタイ〜シンガポール旅行中の飛行機の中に忘れてしまったので、写真を中心とした
旅行記を掲載します。
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2001/10/18 中正機場〜桃園 18日早朝に発つたシンガポール航空機は正午過ぎに台湾中正機場(飛行場)に着いた。早速空港横の通路で 自転車を組立てる。 空港前の道路は高速道路で自転車の通行は出来ないらしい、タバコを吸いに出てきた空港職員に 一般道への出方を聞くと、高速道路を横切ってガード下を通ると出られるらしい。 一時間ほどかけて自転車を組立て終わると、それまで横目でこちらをちらちらと見ていた警察官がつかつかと 近寄ってきて、高速道路は自転車は走れないよと言うので、ガード下を通って一般道に出るのだと言うと それならOKだと言って離れていきました。 無事一般道に出て台北市ではなく桃園市に向かう。 台湾の勝手が良く判らないので途中の自動車用品店でホテルが近くに無いかと聞くと、日本語を話せる林さんが 近くのモーテル(皇冠商務汽車旅館ー写真)を紹介してくれた。 |
| 2001/10/19 桃園〜後龍 桃園から国道1号線を南下する、途中の新竹市は台湾のIT産業の中心地で日本企業の工場も点在する(写真はTDKの台湾工場)。 もちろん台湾企業も沢山あり、台湾経済の発展振りを目にすることが出来ました。 |
| 道路脇には孔子廟やお寺があちこちに有り中国人の宗教観の一端を見ることが出来るような気がしました。 後龍の駅の近くの金龍旅社のおばさんは英語が全然話せず隣のパソコンショップの兄さんを連れてきて 通訳してもらう、彼はアメリカで教育を受けた帰国子女で完璧なアメリカ英語を話しましたが中国語は 話せるが、書くことは出来ないとの事でした。 |
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2001/10/20 後龍〜彰化 後龍駅前で記念撮影、こんなスタイルで走っていました。 |
| 彰化でインターネットカフェを探していると日系企業で働いている呂謙宜さんに会った、 夕食を一緒に摂り台湾のことを色々と教えてもらつた上にサンブロックオイルまで頂いてしまった。 |
| 2001/10/21 彰化〜嘉義 快晴の中、南からの強い南国の日差しを受けて快走する、道は平坦で片側2車線とバイクレーンがあり とても走りやすい道が続いていました。 途中濁水渓に架かる西累大橋(写真)を渡る。台北縣からこの辺までは民家や工場が切れ目無く続き 台湾の人口のほどんとが西半分の平地に集中していることが実感出来ました。 嘉義では永興大旅社に泊りました。 |
| 2001/10/22 嘉義〜台南 嘉義の南3Km程の所に北回帰線が通っております(写真ー北回帰線モニュメント)この地点で夏至に太陽が真上まで昇り、 北回帰線の南側が熱帯地方になるわけです、台湾に来てから毎日快晴が続き手足が真っ赤に日焼け してしまいました。 |
| この付近は沼沢地が多く道端に菱の実を売る店が点在していました。 台南市では漢宮大飯店に泊りました。 |
| 2001/10/23 台南〜水底寮 台湾のコンビニエンスストアー”全家便利商店”日本のファミリーマートと同じコンビニです。 このような店でミネラルウオーターやビール、お菓子、御弁当、地図などを購入して旅を続けました。 この他にセブンイレブンやサンクス等日本と同じようなコンビニが沢山あります |
| 台湾ではスクータに乗っている人がほどんとです、カブ型のオートバイに乗っている人はほどんと
見かけません。 排気ガスがひどいので多くの人がマスクをして走っています、私も記念にマスクを買ってきましたが 意外にも日本製のマスクでした(勿論台湾製のマスクもあります)。 |
| 朝夕のラッシュ時には一昔前の日本のようにお巡りさんが出て交通整理をしています。 台湾の交通マナーは最低です、バイクレーンをスクータや自動車が平気で逆走してきますのでとても 危険です、また交差点では常時右折可(台湾は右側通行)ですので自転車で交差点の最前列にいると 右折車に巻きこまれそうになります。バイクレーンと車両レーンの境目に止まらなければなりません。 台南飛行場、高雄飛行場の脇を通って一路南下していきます、これらの飛行場からは昭和16年12月8日の 日米開戦の日に日本の戦闘機や、攻撃機がフイリッピンのマニラに向けて飛び立った所です。 その時の台湾は濃い霧で攻撃隊の発進が遅れたためにフィリピン上空に到達する時間が遅れ、迎撃に飛び上がった米軍の飛行機が燃料切れで着陸したところを 襲う形になり大きな戦果を上げたようですが今日は霧もなく雲一つない晴天の中を南下しています。 現在の台南や高雄は平和そのもので台湾経済の中心地として多くの企業が活動しているようです。 |
| 2001/10/24 水底寮〜恒春 高雄を過ぎ高屏渓を渡ると人家も疎らになり田舎の風景になります、水底寮の付近では鰻の養殖池が 現れてきました。 台湾南部は一大観光地ですので何台もの観光バスに追い越されていきます。 写真は南部観光地のひとつの船帆石の海岸です。 |
| 台湾最南端のガランピ岬まで来ました、灯台の近くの売店で買物をしていた家族ずれと写真を
撮りました。 これでやっと半分の行程をこなしたことになります。 ガランピから台東へ抜ける道は途中が途切れているので一旦恒春まで戻ることにします。 恒春では龍徳大旅社に泊まりました。 |
| 2001/10/25 恒春〜大武 恒春から石門、牡丹と高砂族(原住民)の多くすむ部落を通過し壽峠に出たところで揚中川さんと言う台湾人の チヤリダーに出会いました、彼は英語は話せませんでしたが筆談で私の姓が中川ですと話すととても喜んでいました。 彼は私が六日かけて走ってきた道を二日半で来たそうです、さすがにロードバイクにサブザック一つの軽装ですから 早いです。 写真を撮り後日はがきにプリントして送ることを約束して分かれました。 軽装の彼はバイクにまたがると颯爽と峠道を駆け下りていきました、私はと言うと荷物がありますのでブレーキをかけながら ゆっくりと、そしてよたよたと降りていきます、これでは勝負にはなりませんが速度より安全第一です。 |
| フロントバック、リャーバック左右、水筒4本、予備タイヤ2本の荷物を積んでいる。 |
| 2001/10/26 大武〜台東 いよいよ台湾の東海岸の走行です、大武〜台東間は山が海岸線の近くまで迫っておりますが比較的平坦で快適なサイクリングを 楽しむことが出来ました。コバルトブルーの海を見ながら快調に飛ばします。 |
| 椰子林の中を広い道路が伸びていました。 台東市では金佳園旅社に泊まりました。 |
| 2001/10/27 台東〜長濱 台東〜花蓮のルートは鉄道と平行して走っている内陸部を通るルートと海岸線を通るルートがあります。 海岸線の走行が好きな私は迷わず海岸線のルートを選びました。 皆さんは海岸線のほうが平らで走りやすいと御思いでしょうが、海岸線のほうが小さな起伏が多く大変な場合が 多いのです、内陸部の方が最初は登りがありますが一度登ってしまえば平坦な道が続く場合もあります、特に 鉄道と平行して走る道は平坦な道の場合が多いようです。 三仙台にて |
| 同じく三仙台にて |
| 2001/10/28 長濱〜花蓮 長濱〜花蓮間に珍しく踏脚車専用道(自転車専用道)が有った、台湾の東側の道路は片側一車線とバイクレーンの 道が多くなります。 海岸線に山が迫っているせいも有りますが、西側に比べてインフラの整備が遅れているように 見受けられます。 各県の経済力の差かも知れませんが、それでも日本の道に比べれば余ほどましです。 |
| 台湾を反時計方向にぐるりと回り台湾東海岸の北回帰線モニュメントまで戻ってきました、これでまた
温帯地方に戻ってきたことになります。 花蓮では福大旅館に泊まりました。 |
| 2001/10/29 花蓮〜大魯閣 大魯閣で今晩宿泊するホテルを決め荷物を預かってもらい、空身で天祥まで往復することにする。大魯閣〜天祥の 間は大理石の渓谷が連続する台湾で最も有名な観光地です。 途中何箇所ものトンネルが有るがランプを点けて20Km程登り渓谷美を堪能する。 |
| 長春祠にて 大魯閣渓谷の観光が今回の自転車旅行での唯一の観光地巡りとなりました。 |
| 2001/10/30 大魯閣〜東奧 大魯閣〜東奧間はこの旅最大の難所でした途中400m弱の峠をニ度乗り越え息絶え絶えになりました、途中アメリカ人の チャリダーに出会いましたが、彼も相当に疲れている様子で次の町にホテルが有るかと聞いてきましたので、私が通過してきた町で ホテルの有る町を教えてあげました、雨が降っており時間も遅かったので五分程話て御互いの健闘を祈り分かれました。 写真で判る通りこの区間は道路も鉄道も断崖絶壁の間を通っています、鉄道はほどんとがトンネルで工事の苦労の程が偲ばれます。 道路は片側一車線で勿論バイクレーンは有りません。 この付近は石灰岩が採れるのでダンプカーも多く大型トラックが引切り無しに 通過します。 急な坂道をハンドルを確りと握り締め必死の思いで走りました。 |
| 断崖絶壁の下にコバルトブルーの海が広がり心を休めてくれる。 山の中腹に走ってきた道が延々と続いている。 |
| 2001/10/31 東奧〜基隆 ここまで連続して走ってくるとさすがに疲労が溜まってくる、写真を撮るのも面倒になりただひたすらペタルを を踏んでいる、けれども道が平坦になったので行程は思いのほかはかどる。 ここ暫くの間はインターネットカフェーが無かったので日没後も走り基隆まで足を伸ばす。 台北が近くなったので大きなお寺が現れた。 基隆では阿楽蛤(アロハ)大飯店に泊りました。 蛤は正確には口扁です! |
| 2001/11/1 基隆〜淡水 基隆から台湾最北端の富貴角を通り淡水まで走りました、旅の後半になってからは曇りの日や雨の日が多くなりました 今日も降ったり止んだりの安定しない天気で雨具を着たり脱いだりで忙しい日となりました。 淡水はホテルの少ない町でホテル探しに苦労しましたが亨來大飯店に泊りました。 |