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あの蜘蛛の化け物との遭遇から、俺はこのツギハギの死神少女に案内された場所は港の倉庫。ワンルームで窓は無い、テレビは無い、寝台一つとソファーが二つ。テーブルの上に置かれているのは、アンテナの向きとつまみでチューニングする骨董品のようなラジオ。
回転拳銃の怪物は、俺と向かい合わせに座っている。
さきの―――――路地裏の出来事はユメか何かだったのか、今はツギハギの少女。ただし、双眸は死神の顕現している。その死神が、静かに口を開いた。
「さて。商談だが。お前を狙っているのはロビーの組織で、その傘下だな? 幹部人数と部下の数は判るか?」
「幹部は五人だ。そして、部下は・・・・・・三〇〇だ」
「全員で?」
「全員だ」
「まったく。フン―――――」
人数を言った時点で、俺はこの怪物でも断るだろうと諦念と絶望感に浸っていた。
「三〇五発も弾丸を持ち歩けというのか? お前は?」
アルコール漬けの脳味噌のせいか? 幻聴なのか?
「それに一〇三発あたりになったら、幹部連中は逃げ出す。時間が掛かる」
会話が―――――何だ? 会話が噛み合っているのか? 何を言ってるんだ? コイツ? 何でゲンナリと溜息を吐いている?
そんな疑問の余地もなく、懐から携帯電話のメロディーが響く。リボルバーフリークスの携帯電話だ。携帯電話を取り出し、足を組み直してから出る。
「どうした? 悪党?」
予想だが、俺をこの怪物と引き合わせたあのマスターだろう。この死神の電話番号を知っていても不思議じゃない。
「フン―――――そうか。わざわざすまない。そして死ね。長生きは周りに迷惑だ」
そうを言って携帯電話をしまうと、俺を見て失笑する死神。
「お前が俺を雇ったことをヤクザ共は感づいたらしい」
その一言で俺は今すぐアルコールで現実逃避したかった。
このリボルバーフリークスは、殺し屋の中で最も殺傷力のある殺し屋だが、殺し屋の中でも依頼達成率は三〇%だ。しかも、中でも仕事の失敗で多いのは二つ。
その一つはターゲットが名前にビビって一目散にトンズラ。
そして、これがダントツだ。依頼人が、ターゲットに殺害されるパターンだ。
―――――残念ながら、この怪物は悪魔のように凶悪で、死神よりも死をばら撒き、猛爬虫類と類似した冷酷さを持つ、殺し屋の中でもこいつほど殺し屋然とした偏執性を持つヤツはいない。が、その名前が大きすぎて彼の実力を引っ張ってしまっている。
つまり、この男はポーカーのワイルドカード。ただし、このカードを手にした瞬間、相手は自分のカードも切らず、カードをオープンする前にヘッドショット。そのほうが手っ取り早いし負けは無いから確実だからだ。
それが負けない―――――死なないコツ。それが、リボルバーフリークスに対して魔都の常識。
「そんな・・・・・・」
こんな場所に居ても、いつかは知られる。マシンガンとアサルトライフルが一ダースあれば、こんな部屋なんて潮風に乗る藻屑になる。
「フン―――――どうする? 俺は手軽に自殺を勧めるが?」
「死にたくないから、死神を雇うんだぞ!? 俺は!?」
俺は死にたくないから、一粒の希望と生にしがみ付くために悪魔の話に乗ったんだ!! たとえ自分以外の人間が一〇人だろうが、一〇〇人死のうが、自分だけ助かりたいから死神と対面しているのだ!
難破船から命からがら脱出したら、沈みかけの救命ボートでも誰であろうと乗り込むだろう。そして、自分が助かるためにそのボートに乗り込もうとする他者を、蹴落としてでもボートにしがみ付くのが人のサガだ。自己犠牲なんて聖書の中ですらない。今時のガキだって聖書はフィクションだから、感動があるってわかっているんだ。そう、この状況はそれだ。
「俺は生きて、この魔都から脱出いんだ! 自分のためだけに生きて何が悪い!? 俺は自分の命がどれだけちっぽけだってことは解っているんだよ!? それでも死にたくないってのは、悪いのか!?」
「あぁ。悪だ。それも飛びっきりだ」
俺の必死の懇願を悪と断じた死神は、やれやれと鼻を鳴らして呆れ果てた目で俺を見下している。死神の宣告に俺は魂が抜け堕ちた。
俺は……生きる価値がないとでも……。
どれだけ放心したのか………死神の懐から絶望が奏でる。携帯電話だ。懐から取り出し、耳に当てている。
「正気か? オマエら……いや、狂気ていたな。全員が」
電話口の誰かの声に耳を傾ける―――――チラチラと俺を見た後、携帯電話を再び懐に戻す。
「まぁ良いだろう。そのカス以下の命である負け犬に同情しているようだ」
「―――――誰だ? 負け犬に手を差し出すヤツは? 天使か?」
「俺のボスだ」
それは……どう解釈すればいいんだ? 死神よ?
「どう言う意味だ?」
「聞いたことは無いか? 殺人組織は? 俺は今、そこに所属しているだけだ」
この死神は俺を心臓発作か、呼吸停止にしたいのか!?
皆殺しと殺戮と虐殺と殲滅と暗殺の魔人が集った魔境の名を、耳にしたことがない情報屋は揶揄で“幸せ者”と言われるほど、この魔都で都市伝説化している組織名だ!?
「俺以外の魔人も参加すれば、多少の延命処置が出来るかもしれない」
「腕は?」
「魔人達の腕は掛け値なしに死神と同格だ」
魔人を誇るような死神の言葉であるが、 死神が認める魔人など、逢いたいとは思えない。
それに―――――何よりだ。
「“リボルバーフリークスは一匹狼”って聞いているぞ?」
「色々一人じゃ、限界を感じていてな」
話をそらすように言いつつ、懐はしっかりと右手に伸びていた。
携帯電話は左手で―――――右手はホルスター………素人の俺にも解る脅しだ。この俺にも判るって部分―――――逆にこれがこいつなりの優しさなんじゃないかと、勘違いしそうだ。
あのヒグマのような蜘蛛と対峙した際、あの殺気の量とは天地の差すらあるが……だからと言って、俺の寿命を鑢にかけるような殺気は健在だ。
死神と対面するだけで寿命が短くなる気は、どうしても無くならない。
「判った―――――だから、その右手に握っている回転拳銃から手を離してくれ……そして、改めて頼む」
今いるこの少女はまさしく死神。そして、俺は殺されたくないから、この死神に守ってもらう。この考えが悪なら、悪で構わない。自殺と長生きを考えているような矛盾すらある。
「?」
「俺の財産の半分を渡す。だから、助けてくれ……どんな手段でも良い。」
「フ―――――ゥ。良いのか?」
死神の最後通告―――――これ以上の最悪が降り掛かる可能性はもう無いだろう。
死神と対面した段階で、毒で死ぬことを何故恐れる必要がある? 死神の鎌で死ぬか? ギャングに惨たらしく殺されるか?
どちらも選びたくはないが、先送りに出来る限り死神を選ぶ方が、まだ生き延びられる可能性がある。
「良い。頼む」
「ふぅ………商談は成立だが、俺は遠回りな自殺だと思う」
死神の忠告ほど余計なお世話は無い。