「山川さん、どうしたの。」
「いや、S係長、ちょっと外へ出ませんか。」
俺はS係長を誘って、区役所前にあるあずまやのベンチに座った。まるで、これでは高校生のデートみたいだ。
「いや、S係長。実は私所長から課長の行動をスパイしろと命令を受けましてね。困ってしまったんですよ。」
「ああ、課長監視の件ですか。実は私も命令されているんですよ。」
「ええ!」
俺は思わずのけぞった。所長は俺だけでなく、S係長にまで。ということは、俺だって誰かに監視されているというこ
と?
「でもね、やってられないじゃないですか。それで私は断ったんですよ。そうしたらおまえのことはもう面倒みないって
言われたんですよ。でもそれでいいと私は思っています。」
「S係長は強いですね。」
参った。困った。
俺は職場に戻ると、相変わらず課長はケーキを買って、女子職員に大判振る舞い。
その光景は俺には縁遠いものに見えた。
俺はこの世界にはいない。所長側のスパイなのだ。しかし、この異常な光景をこのまま続けていいのか?
それから3日間苦悩し、この心の織を溶かすには、前の課長に相談するしかないという結論に達した。
翌日相談すると、やはり断るしかないのではというアドバイスを受けた。
「ことわるしかないんだ!」
俺はその言葉を胸に勇気を振り絞り、所長室に行った。
「所長、相談があります。先日の件ですが。」
「ああ、その話はもういい。Tさんから電話があった。」
げっ!T課長話したの?
「きさま!見込み違いだ。出て行け!」
俺は職場に戻った。相変わらず市民をほったらかしにして遊び半分の世界。でも、ここが俺の人生の1/3を占める世界
だ。俺は帰ってきた。なんだか、遠くから帰還してきたような気がした。所長、俺は俺なりにこの職場を変えていきます
よ。
市民のためにね。
|