SPIRIT 26  密会


 「山川さん、どうしたの。」

 「いや、S係長、ちょっと外へ出ませんか。」

 俺はS係長を誘って、区役所前にあるあずまやのベンチに座った。まるで、これでは高校生のデートみたいだ。

 「いや、S係長。実は私所長から課長の行動をスパイしろと命令を受けましてね。困ってしまったんですよ。」

 「ああ、課長監視の件ですか。
実は私も命令されているんですよ。

 「ええ!」

 俺は思わずのけぞった。所長は俺だけでなく、S係長にまで。ということは、俺だって誰かに監視されているというこ

と?

 「でもね、やってられないじゃないですか。それで私は断ったんですよ。そうしたらおまえのことはもう面倒みないって

言われたんですよ。でもそれでいいと私は思っています。」

 「S係長は強いですね。」

 参った。困った。

 俺は職場に戻ると、相変わらず課長はケーキを買って、女子職員に大判振る舞い。 

その光景は俺には縁遠いものに見えた。

 俺はこの世界にはいない。所長側のスパイなのだ。しかし、この異常な光景をこのまま続けていいのか?

 それから3日間苦悩し、この心の織を溶かすには、前の課長に相談するしかないという結論に達した。

 翌日相談すると、やはり断るしかないのではというアドバイスを受けた。

 
「ことわるしかないんだ!」

 俺はその言葉を胸に勇気を振り絞り、所長室に行った。

 「所長、相談があります。先日の件ですが。」

 「ああ、その話はもういい。Tさんから電話があった。」

 げっ!T課長話したの?

 
「きさま!見込み違いだ。出て行け!」

 俺は職場に戻った。相変わらず市民をほったらかしにして遊び半分の世界。でも、ここが俺の人生の1/3を占める世界

だ。俺は帰ってきた。なんだか、遠くから帰還してきたような気がした。所長、俺は俺なりにこの職場を変えていきます

よ。

市民のためにね。

←BACK    →NEXT
↑TOP ↑HOME