前 略 昇 伍 君    (2002年12月19日)
 
 もう24年ほどになるでしょうか、連珠世界誌に君の連載が出ていたのは。その中で君が「何と恣意的な局かと嫌悪する」と私との2局を取り上げていました。私にも言い分はありましたが、機会のないまま年月が過ぎてしまいました。今さらながらではありますが、私の言い分も聞いて頂きたい。
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 まずはその文章を抜粋します。

    
    
第5図(黒21まで)              第6図(白12まで)

 第5図と第6図は同じ相手と同じような状況で打ったものである。ここでも勝敗は、問題外のこととしておく。黒の側には、同じような思考パターンが見られる。白は、5図では黒の思惑に乗り、6図では逆に有利な立場に立っている。これらの対局はまったくもって恣意に満ちたものと言わねばならない。まず第5図は、第12期名人戦での三森、西村戦を基礎にして戦いが進められている。私のノートにはただ、16は17もある。28は問題が多すぎるとだけある。20を打つ時の心理は微妙なもので、絶対の外止めを何故逃したかと聞かれても、今では答えることが出来ないであろう。第6図は、山田流の異着として知られている5であるが、連珠世界では磯部名人がこれを破ったとしてあった。
 第5図と6図を見るにつけ、何と恣意的な局かと嫌悪するものである。連珠は気合いの勝負であると一般に言われるが私は取らない。恣意性を排して天意に身を任ねる者に勝利の女神が微笑むのである。恣意とは邪心、即ちよこしまな気持ちと言いかえても良かろう。実力が接近している場合には、恣意的な打ち手は、必ず敗れ去るのである。
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 昇伍君、あなたとは高校の3年間を同じクラスで過ごすという大きな縁がありました。あなたはK大学・法学部に進まれた秀才でありながら、将棋は小学生の時にプロ入りを勧められたほどの才能もお持ちでした。おまけにスポーツまでうまいとあっては誰もあなたにはかなわない。連珠という共通項がなければ、凡人の私なんかと付き合うこともなかったでしょう。
 I出君、I田君も含めた4人で連珠を始めた頃、私は考えました。「このゲームでならあいつに勝てるかもしれない」と。インターネットなどなかった当時、連珠世界誌と自分の実戦しか情報はありませんでした。それだけに自分独自の作戦がたてやすい、ということが囲碁や将棋と違って連珠の大きな特徴でした。
 私は必死に研究しました。あなたに勝つための作戦を必死で考えました。その中には盤上の作戦だけではなかったのです。3年間毎日同じ教室で過ごした我々は、お互いの性格、性癖まで知り尽くしていました。あなたがもっと勝負に執着するタイプの人であったならば、将棋のアマ名人にも連珠の名人にもなっていたはずです。私はどちらも日本一からは程遠い才能ではありますが、日本一を争う場までは行くことができただけに、あなたの才能はわかっているつもりです。そして、日本一になれる才能を持ちながらなれない、あるいはなろうとしないあなたの性格までも考えた上で、あなたの弱点をつく作戦までも考えたのです。
 上の2つの図の作戦は、ただ「楽して勝ってやろう」という単純なものではなかったのですよ。実際にこの打ち方は他の人には1局たりとも使っていないのですから。
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 「この相手にはこの作戦」という考え方ができる「連珠」というゲームが私は好きです。中村名人やあなたは「相手が誰であれ、盤上に最善手はひとつ」を理想とされていますが、西山九段のように「ふふふ、いいお君ならそう打ってくると思いました」という打ち方を私は連珠の理想としています。それが26珠型もある連珠というゲームの一番の特徴でもあると思っています。

 20年以上たった今、私は連珠を続けています。凡人だから続いているのかもしれません。凡人は構想力や読みの力だけでは勝てません。しかし、研究で努力で、強い相手を倒すことができるこのゲームが好きです。私が連珠にのめりこんだのは以上のような背景が一番大きな要素だと、今振り返ってみてあらためて感じました。

 私の「連珠」というゲームへの気持ちをきちんとお伝えしておこうと思い、今さらながらこうして筆をとりました。返事はけっこうです。当時のそして今の私の気持ちを少しでも汲み取って頂きたいと思います。

  
 
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