阪 神 支 部 機 関 誌『 阪 神 』の ご 案 内
日本連珠社・阪神支部 発行
季刊 (年4回、2月、5月、8月、11月 発行)
年額: 1000円
申込先:郵便振替で 00950−4−250635 飯尾義弘 まで

    阪神連珠会に参加された時に申し込んで頂いてもけっこうです。

阪神支部の活動の広報誌です。
また、連珠に関することなら何でも、支部会員、読者の方からの原稿、ご意見を募集しています。

      第136号/2007年・冬号 の内容 
  第39回京都阪神対抗戦詳報
  例会研究会報告 第3期関西選手権2次予選の模様
  連珠世界選手権報告 などなど

  もちろん、詰め連珠日本一の大塚八段の詰め連珠コーナーもいつもどおり


  [04年2月、30周年記念増大号発行]
      第121号/2004年・春号 の内容
  巻頭懸賞詰め連珠
  30周年記念寄稿特集 
  第31回阪神カップ詳報
  好評?連載・世界選手権戦報告
  例会研究会報告



『 阪 神 』 の 歴 史

 1973年、京都連珠会が発行する『珠友』に阪神版のコーナーがあった。大学生となった「甲陽の4I」のうちの飯尾、池田両初段により、8月1日『阪神』創刊号が発行された。翌年、1年遅れで大学生となった井上、井出両初段も加わり、「甲陽の4I」が勢揃い、機関誌『阪神」のというよりも、阪神支部の第1期黄金期を迎えることとなった。
 甲陽の4Iが次々と大学を卒業していった78年4月に19号を発行したのち、編集長・飯尾が雲隠れし、廃刊の危機に陥る。11月、宮川淳三氏(現六段)がその業務を引き継ぎ、廃刊は免れる。宮川氏は20号〜37号(83年1月)の4年余り、第2代編集長を務める。
 38号(83年4月)〜40号(83年12月)の第3代編集長を大石豊樹氏(現四段)が、41号(84年1月)〜44号(84年10月)の第4代編集長を中島光男氏(現五段)が引き受けて下さり、なんとか「たすき」はつながっていった。
 45号(85年1月)より、浅田真司氏(現五段)の協力を得て飯尾が第5代編集長に復帰、現在110号(2001年5月)を数える。95年の阪神大震災の折は、中島氏に代打編集を願った。
 多くの方の協力なくしては、続かないものです。『阪神支部』の仲間を私は誇りに思っています。
               (2001年5月/飯尾 記)


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