木村 洋章  H I R O A K I

K I M U R A

 

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  concept

1977

神戸にて生まれる。

六甲中学・高校、神戸大学工学部卒

 

大学在学中に、休学してインド周辺を旅する。

帰国後、神戸にあるカスタムバイク屋 SHEVRON にて働く。バイクの整備・溶接等は勿論のこと、

なぜかカフェ・雑貨屋の内装の仕事も多く、解体→左官→床張り→配管→塗装、、、内装工事は一通り覚えました。

現場に泊まり込んで作業することも多々有り、大学は本当に最低限だけ行ってました。

学生時代を謳歌している人を羨ましく思う時もありましたが、今思えばそれで良かったのだと感じています。

2001

大学を卒業後、家具のマイスターを夢見てドイツへ渡りましたが、ちゃんとした経験が有るわけでもない私を相手

してくれる程甘くは有りませんでした。

恥を覚悟であっさりと帰国し、横須賀にあるパイプオルガン工房で働き出しました。

が、オーナーと折りが合わず、あっさりクビに、、、

 

翌年、長野県 上松技術専門校木工科へ入学。

2003

長野県松本市 前田純一氏(江戸指物師、三代目)の下に弟子入り

 

今時珍しい内弟子(住み込み)の制度をとっています。

修行は本当に辛かったです。先生は優しいですし、怒ることも

滅多にありませんでしたが、四六時中 気を張っていたからでしょうか?

ふらっと先生が起きてきて、夜中2時から作業が始まるなんて普通です。

 

木工に関係のないような作業もよくしました。

 庭の手入れで木や岩を移しかえるときは、その向き・土の盛り方・周りとのバランス・・などに気を配る。

炭で料理をする際は、枯山水のように灰を整えてから炭を並べて。

 

掃除は、ほうき→掃除機→水拭き→カラ拭きを毎日。

お茶は種類によって入れ方/時間/温度を変えて・・

他にも色々ありましたが、これらの作業が毎日繰り返されます。

 

技術よりも、美的感覚を鍛えることを主とされているようでした。

 “お前の出来る限り格好いい をやってみろよ。先生どうだ、ってやつを”  とよく言われました。

 

これが とんでもなくプレッシャーですが、お陰様で、よそでは絶対習得できない何かを得たと確信しています。

今の私の 技術/美意識の大きな根幹となっています。

2005

草晨庵(そうしんあん)設立

 

2008年より  飛騨国際工芸学園 工房助手として勤務

 

2010年 学校の閉鎖に伴い、故郷の神戸へ戻る

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