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「矢原先生さようなら」

              

 早春の日差しが、おだやかな表情を見せる画伯の顔に当たっている。

「本当にこうしてみると、もう春が来たかのようですね」

 画伯は視線を窓の外に転じる。庭では、梅の木が、もうだいぶん大きくなった蕾をつけていた。穏やかな日溜まりの中を、小鳥が一羽よぎっていく。

 画伯の奥さんがお茶とお菓子を持ってこられた。私は有り難く頂く。

「鶯堂の『梅の香』ですよ。本当にこの季節になると私はこれを食べたくなるのでね」

「私もそう思います。去年こちらで頂いてから、本当に私もファンになってしまいました」

「そうですか、では、これも召し上がってください。私はまた後でいくらでも食べられますから」

 画伯は自分の分を私の方に寄せた。一度遠慮してから、私は有り難く頂くことにした。なにしろ、本当に私はこの和菓子が大好きなのだから。そんなに好きなら自分で買えばいいのだが、「鶯堂」とやらがどこにあるか分からない。画伯は幾度となく説明してくれるのだが、うまく辿り着くことが出来ないでいる。「縁のものですよ。」そのことを画伯に言うと、いつもこう返ってくる。私は苦笑いするしかない。

「私は花の中では梅が一番好きなんです。すべての花に先がけて、早春に咲くその意気込みが好きなのです」

「本当に、先生の梅の絵は、何と言っていいか力強さが感じられます。絵を知らない私がこんな事を言うのも僭越ですけど」

 単なるお世辞ではない。私は画伯の絵の担当になれたことを名誉に思っている。画伯の描く梅の絵は、蕾の時も、咲いたときも、実梅になったときも、そして枯れきったときを描いたものでさえ、優美さと力強さを失わないのだ。

 そして、その画伯の最新の梅の絵は、私の鞄の中に大切にしまわれている。『月刊うらら』の来月号の表紙を飾る絵だ。

「先生の梅の絵は、このお庭の梅をモデルになさっているのですか」

「そうでもあり、そうでもなし。この町には梅の木がたくさんありますからね。散歩がてらに歩きながらモデルを捜すことはよくありますよ」 

「本当にこの町は素晴らしい町ですね。端正で静かで。皆さん花がお好きで。私もこの町に家を持ちたいと思います」

 これも、お世辞ではない。画伯の担当になれて幸せだと思える理由のもう一つが、毎週この町にやって来られること。私の住んでいるのは、ワンルームマンションが建て込んでいる辺りで、隣に誰が住んでいるか分からないし、辺りにある店と言えば、コンビニとレンタルビデオぐらい。田舎から出てきた私としては、とても人の住める場所とは思えない。それに比べてこの町は、最初訪れたときから、なんだか自分の古里のような気がしてならなかった。道が分からなくて、画伯の家までを通りすがりの人に教えていただいた時も親切だったし、それからも顔を合わせるたびに声を掛けて下さる。公園で遊ぶ子供達を見ては元気をわけてもらっているし、一度などは縄跳び遊びに混ぜて貰ったこともあった。また、どのお宅もガーデニングが行き届いていて、それが町並みを美しくしている。

 是非とも私もこの町に住みたいと、常思っている。

「でも、私の安月給では無理でしょうけど」

 私の詰まらない冗談に、画伯は上品に笑われた。

 と、その時戸外から音楽が聞こえてきた。最初は小さい音で。暫く耳を澄ませているとだんだん大きくなってくる音で。音色が、この町の上品さとは合わない。どうやら、自動車に積まれたスピーカーから音楽を鳴らしているようだった。音楽は私の知らない曲。でも、リズムはなじみの深い童謡のリズム。

「先生、この曲……」

「ああ、童謡調にアレンジしているから分かりにくいですけど、『矢原先生さようなら』ですよ。ご存じでしょう。あれだけ流行った曲ですから」

 私は曖昧に頷くしかなかった。「矢原先生さようなら」なんて曲は知らない。画伯は「あれだけ流行った」と言ったが何時流行ったんだろうか。

「この町内ではね、色々な移動販売がやって来るんですよ。牛乳屋さんは『フランダースの犬』のテーマソング、パン屋さんは『アンパンマン』のテーマソング、灯油屋さんは童謡の『たき火』といった具合に。だからほら、『矢原先生さようなら』の歌で何を売っているかは、直ぐ想像できるでしょう」

 全く想像できない。

 尋ねてみようか。思ったが止めた。画伯の表情に、何かしら質問を許さないものがあったから。いや、質問を許さないと言うより、質問を受け付けない表情。己の心に通じるすべての門戸を閉ざして、魂を冬眠させようとするかのような表情。

 私は身震いを一つした。窓の隙間から風でも入ってきているのだろうか。

 スピーカーの音が共鳴しているのだろう。窓のガラスがカタカタと鳴る。私は思わず、湯飲み茶碗を口にした。中のお茶は既に冷めていた。

(何を売る車だろうか)

 私は考えた。

 移動販売車の音が近づいてくる。せめてその車の外観でも見れれば、何を売っているかは想像つきそうなものだが、この応接間からでは生け垣が邪魔になって、車が見えない。かといって、わざわざ通りに出るのは行儀が悪い。私はじっと座って音楽を聴きながら、想像力を働かせる。

 移動販売の車は、全く停まる様子もないままに画伯の家の前を通過した。そしてそのまま遠のいていく。やがて音楽も聞こえなくなった。

「はー」

 声に驚いて私は画伯を振り向いた。

 画伯は湯飲み茶碗を両手でしっかり握った状態で、深呼吸をしていた。心は開かれたが、両手はまだ緊張している様子。やがて画伯は湯飲みの中のものを口にする。今まで聞いたこともないような下品な音を立てて。

 ふと画伯の顔が私の方を向いた。驚いたような表情。私に見られていることに驚いたような表情。しかしそれはほんの一瞬しか続かなかった。すぐに笑顔を作って、画伯は語りかけてきた。

「ところで、土手の上の梅を御覧になりましたか。このすこし上にある土手ですよ。あのあたりになるともう民家も少なくなって来るんですけど、土手の上に梅の並木があるんです。それは実は……」

 画伯は梅の由来について語りだし、私も画伯の話にのめり込んだ。何しろ、聞いたこともない歌と何を売っているのか分からない移動販売のことなど、もう考えたくもなかったのだから。

 画伯の言う梅並木は私も知っていた。と言っても「見たことがある」程度のものだが。ただ私もその梅は大好きだった。桜並木はどの町にもよくあるが、梅並木はそうはない。恐らく町の人たちが協力して作ったのだろうが、そんな並木を作った人たちの感性に私は驚嘆したものだった。私が見たのは、実梅の頃だったが、その瑞々しい色に感嘆したものだった。花の季節もきっと美しいだろう。花期の短い櫻と違って、梅なのだから。

 と、そんな私の想像は突然に断ち切られた。戸外から女性の悲鳴が聞こえたからだ。戸外。この住宅街の中のどこか。それも、画伯の家の近く。

 私は反射的に椅子から腰を浮かせた。一方それなのに画伯は何事も無いかのように、梅並木の由来を語り続けている。

「あの、先生」

 私は声を出し、その直後に声を止めることとなった。救急車のサイレンが聞こえてきたからだ。パトカーでも消防車でもなく、間違いなく救急車のサイレンの音。救急車の音は近づいてきて、画伯の家の数軒先と思われる地点で止まった。ドアを開ける音。隊員達の声。ストレッチャーの走る音。

「ああ成る程。あの家ですか」

 その時になってやっと画伯は、梅並木の由来を語るのを止めた。

「あの家ですか。そう言えばあの家は、つい最近越してきたというのに、ゴミの日は守らない、真夜中までカラオケで大声を出すと、町内でも困っていたのですよ」

 画伯の声は、私が今まで聞いたこともないほど明るい声だった。

 暫くして、再びストレチャーの走る音。ドアの閉まる音。再びサイレンの音。

 サイレンの音は段々小さくなり、幾ばくもない間の内に聞こえないようになってしまった。

 その適当な後、私は適当な挨拶をして画伯の家を辞した。であろうと思う。多分。

 玄関で靴を履きながら思ったことは一つだった。会社に帰ったら、日本音楽家協会のホームページを開けて、「矢原先生さようなら」がどんな歌かを調べてみよう。

 街路に出る。どこからか早咲きの梅が香ってくる。端正な住宅街を歩く。画伯の家から数軒先で、門の脇に座り込んで泣いている一人の女を見付けた。けばけばしい格好の女。別に言葉を掛けるでなく、通り過ぎる。

 早春の日が柔らかく万物を照らしている。本当に、春本番かと思われるほどの穏やかな日差しだった。どこかで子供達が縄跳びをしている声が聞こえた。

              終わり