青は・・・
青は空の色
青は海の色
今を去ること遙かン年前、私が高校生の時に授業をさぼって図書館で読んだ詩集の中にあった。誰の何という詩だっただろうか。今となっては思い出せないが、そのフレーズが頭の中に反響している。そうだ。
青は空の色。
青は海の色。
そして青は・・・そう、ゴミ袋の色だ。
私はため息をついた。
とにかく今日こそは掃除をしなければならない。そうでなければ、この部屋をゴミに占拠されてしまう。既にこの部屋には、私の布団を敷くのにギリギリ十分なだけの余地しか残されていない。布団を敷いてしまえば歩くことさえ出来ないのだ。もはや一刻の猶予もならない。私は、コンビニで買ってきた青のゴミ袋をさっと広げた。
縦90p横60pのゴミ袋。これこそが私にとって、ゴミに対する赫赫たる宣戦布告なのだ。
まず絨毯の上に散らばっている物を容赦なくゴミ袋に入れていく。雑誌のバックナンバー、お菓子の食べ残し、ダイレクトメール、新聞。それらを退治して、やっと絨毯が見えるようになったころには、一つ目のゴミ袋はすでに満杯になっていた。袋の口を結んで、玄関まで持っていく。
部屋に戻って次のゴミ袋を広げる。青い袋。そう、
青は空の色
青は海の色
そして青はゴミ袋の色
歌っている場合ではない。作業を続ける。
次の標的はタンス。そう、タンスの中に要らない物があるから、タンスに入りきらなかった物が床に溢れてくるのだから。とにかく決めていた。丸一年間袖を通したことのない服は捨てよう。その指針に従って服を捨てていく。あの人から貰ったウールも、この人から貰ったカシミアも。その人から貰ったレザーも。
結局、タンスの引き出しが、きしみの音も立てずに閉まる程度に整理が付いた頃には、ゴミ袋がまた一つ満杯になっていた。また玄関に持っていく。
青は空の色
青は海の色
三つ目のゴミ袋を取り出す。これには状差しの手紙を入れる。考えてみれば、手紙なんていつでも捨てられるものなのだ。未練たらしく何時までも持っている方がおかしい。五年前の年賀状、三年前の年賀状、住所変更のお知らせ、及びその他の手紙。大事な物があってはいけないので、一枚ずつチェックしながら捨てていく。果たして大事な物はあった。中身がまだ入ったままだった現金書留。
と、その時電話が鳴った。
呼び出し音一回。
呼び出し音二回。
呼び出し音三回。
そこで電話機の「留守番電話機能」が作動開始する。
「もしもし里浦です。只今電話に出られません。ご用の方は、発信音の後に、お名前電話番号とご用件をお願いします。ピー」
面倒くさいから、居留守のままに聞いている。相手が電話機に喋る声が聞こえる。
「もしもし・・・です。里浦さんいらっしゃるんでしょう。窓の明かりが見えますよ。もう一度会って貰えませんか。もしその気があるなら、いつもの喫茶店で・・・」
途中まで聞いてあまりに鬱陶しいので、差込口からコードを引き抜いて、電話機ごとゴミ袋の中に放り込んだ。まあこれで、彼も私の気持ちを認識するだろう。
三枚目のゴミ袋にはまだ余裕がある。手紙を入れ、電話機を入れ、まだ余裕があるので、壊れかけのラジカセを入れてみた。なにしろこいつは、もうボリュームの接点がすり減っていてノイズが激しいのだ。
青は海の色
青は空の色
でもまだ余裕があったので、14インチのテレビを入れてみた。そして旧タイプのトースター(どうせ、オーブンレンジをもうすぐ買うのだ)も入れる。炊飯器、冷凍冷蔵庫。冷凍冷蔵庫は、中にあった賞味期限切れの食品共々ゴミ袋に詰め込んだ。この頃になってくると、そろそろ袋も満杯になってきたので、しっかりと体重を掛けて、冷蔵庫を袋の奥に押し込む。それから食べこぼしの染みとタバコの焼け焦げのある絨毯を引き抜いて丸めて袋に入れる。さらに、少しだけ空いていた隙間には、流し台だけでは足りないのでバスタブに入れて洗っている最中だった食器類を無理矢理詰め込んだ。
青は空の色
青は海の色
それでやっと三つ目の袋が一杯になったので口を縛る。
全ての作業が終わったときには夜は白み始めていた。私は壁のカレンダーを確認する。私の住んでいる町では決められていた。月曜日と木曜日は生ゴミの日。火曜日は燃えるゴミ。水曜日は瓶缶の日。金曜日は古紙の日。土曜日は燃えないゴミ。そして日曜日はどうでもいいゴミの日。今日は日曜日の朝。
私は三つのゴミ袋を軽々と持ち上げてゴミ捨て場に向かう。
青は空の色
今朝の空は綺麗に晴れ渡っていた。「キレイ」ではなく「綺麗」といった晴れかた。ピアノの高音部の澄んだ和音のような晴。しかも、裏山から颯爽と駆け下りてくる風が、肌に心地よい。
ゴミ捨て場にゴミを捨てると、私は一つ大きく背伸びをした。指先に感じるサワサワを、空の感触だと信じる。
青は空の色
青は海の色
鼻歌を歌いながら部屋に戻る。この部屋が意外に広かったのに気付く。私は畳の上にダイビングした。バタ足をしながら抜き手をきってみる。畳の上の水練なんて何年ぶりだろう。小学生の頃は、プールが怖かったのでよく畳の上で水練をしていたものだが。久しぶりに感じるこの感覚。六畳間を広いと思えるこの感触。泳法を、クロールから背泳に変えてみた。背中には心地よい浮力が感じられた。
青は海の色
終わり