| 過去のちょいから (`▽´) ショート日記 |
| <2014春> 3・4・5月 |
| 2014 「ホームページ再開!」 長いことホームページにアクセスできなかった。 1年半ほど,更新できなかった。 プリゼミのホームページを管理するためのキー(パスワード)がわからなくなり, 自分で自分のホームページにアクセスできないという事態に(- -;) やっと解決したものの,いまだに仕組みがよくわからないけれど, なんとか再開♪ 更新しなければいけないページがいっぱいある(- -;)(- -;)(- -;) とりあえず,お知らせのページやカレンダーのページ, それから,パンフレットのページなどは更新しました。 ああ,肩凝った〜 ヽ(=`Д´=)ノ バキボキ イベントのページは,これからぼちぼち更新していきます♪ ここの日記も,またぼちぼち書いていきます♪ 2014 3月 「中3生からの手紙」 今年から公立高校の入試制度が変わり, 特に普通科の前期選抜は,情報が少ない中での受験となった。 旧制度の特色選抜もイマイチ実態がよくわからない制度だったけれど, 今回からの前期選抜も,「落ちる前提で受けましょう」的な位置づけなのよねえ。 そやから,中期選抜に標準を合わせ,前期選抜は「落ちて当たり前だからね」というスタンスで挑んだのだけれど, 今回,この前期選抜で第一志望校にEちゃんが合格した ヽ(´∀`*)ノ!! えらいわ〜,ようやった ヽ(´∀`*)ノ!! Eちゃんはプリゼミには2年生から入ってきて, 中学校では過酷な吹奏楽部に所属している子だったけれど, プリゼミの宿題はいつもきっちり丁寧にやってきていた。 中学校の定期テストは,2週間前までは毎度ヤバイ状況で, でも1週間前の部活動停止時からはすごく集中して一生懸命にテスト対策に取り組み, 結果,いつもしっかりした点数を取っていた。 やるべきことはきちんとこなす,そのコツコツとした姿勢が,実を結んだんだね, ヽ(*´∀`)ノおめでとうッ♪ そんなEちゃんが,最後に, 「先生,今までありがとうございました。 これ,お礼。。。(*- -*)っ由」 と言って,紙袋を手渡してくれた。 中を見ようとすると, 「私が帰ってから見て!」って。 Eちゃんが帰ったあと開けてみると, なんともまあ女の子らしくてセンスのいいプレゼントが! マカロンに,いちごの紅茶に,ピンクのマニキュア(*^ω^*) なんてオサレなセレクション♪ そして,それらと共に,手紙も入っていた! それを読みながら,この2年間のことが思い出された。 英語がちんぷんかんぷんで困っていると言ってプリゼミに入ってきた当初, 半年間,倍の量ほど通って1年生の英語を取り戻したこと, 吹奏楽部のために土日のテスト対策や夏講冬講のスケジュールのやりくりが大変だったが, 1日中パレード(←吹奏楽の)があろうが土日の国社理は夜の数時間だけでも何としてでも来ようと頑張っていたこと, 夏講は特別日程を組んで全て出席したこと, プリゼミの単語バトルで1位になったこと, いちご狩りに一緒に行ったこと,,, そんなことが,手紙を読んでいたら思い出された。 とても嬉しい手紙だった(*^_^*)♪
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| 2014 4月 「算数工作で桜花作り」 今回の算数工作は,季節にぴったりの桜花作り。 生徒らの作った完成品をおもての掲示板に飾ると,とても春らしくなった。 一斉に掲示すると,とても華やか(*・∀・*)♪ ![]() 図形の対称性がテーマで, 紙を折って切り抜いて作る。 5等分に見えて,実は6等分(60°回転)。 いったん6枚花弁の桜花(?)を切り抜き, そこから1枚分を切り取って詰めると,5枚花弁の立体的な桜花に。 切り取った花弁には,それぞれ感想文を。 ![]() ここまでこんなに細かく書けとは指示していないのに, せいぜい4,5行くらいで書くかなと思ったら, みんなこんなに詳しく書いてくれて,こちらがびっくり! みんな,いっぱい書きたいことがあったんだね, それもそのはず,これを作りあげるのに,最初はノーヒントから始めた(完成品を見せて,これを作ってみ,と,チラシを切りまくらせた)から, みんな四苦八苦。 あれこれ思案する過程で,いろいろ発見があったり,図形のおもしろさを感じたり。 写真では,それぞれ書いてあることが読み取れないのは, プライバシーを考慮して,わざとです。(筆跡や名前を伏せるため。) (※なお,おもてに貼りだすため,名前はフルネームではなく下の名前だけを,しかもひらがなで書いてもらっている。このご時世,いろいろ気をつかう。) 前を通りかかる人々の目をひき, 立ち止まって見てくれる人がたくさんいる。 ただ,紙製なので,おもてに貼っていると, 風雨や紫外線にさらされ,よれてきたり,ひんまがってきたりと,劣化してくるだろう。 (生徒らには,それも事前に予告した上で,作らせている。) ちょうど,ほんものの桜が散るころに, この桜花たちも限界を迎えるのだろうなあ。。。 2014 5月 「とあるフルーツパーラー」 とあるフルーツパーラーが悲しい変貌を遂げた, という残念な話を。 京都のとあるところに,とある老舗のフルーツパーラーがある。 学生時代,母と一緒によく行った。 その頃から,テレビや雑誌で取材されることも稀(まれ)にあったけれど, 今ほど有名ではなく,「知る人ぞ知る」という感じの,ちょっとした穴場だった。 建物は,1階が果物屋で,その2階がフルーツパーラーという構造。 1階の果物屋では売れないほど,熟れた果物, あるいは,1階で売れ残って熟れた果物, とにかく,これ以上置いといたら腐るというまで,熟れに熟れた果物, それらを2階のフルーツパーラーで使うので, それはそれは甘くて香りも芳(かぐわ)しく,非常に美味。 そして,それがそのパーラーの最大の魅力だった。 果物屋に併設しているからこそのメリットだろう。 店内は,アットホームな食堂的という雰囲気で,決しておしゃれじゃなく, まあ,ぶっちゃけ言うと「ダサイ」感じだったが, 限界まで熟れに熟れた果実の至福の味わいを求め, いつもお客は満員で,少し並ぶこともあった。 奥さん(だと思う)は愛想がとても良く, 帰り際には「今日は雨なので,階段,足もと気をつけて下りてくださいね〜」とか, いつも何かしらの言葉をかけてくださった。 店舗のアットホームな印象が,そんな奥さんの気さくな人柄と相まって とても庶民的な雰囲気を醸し出し, そのパーラーはちょっとした癒しの秘密基地のような存在で, 私と母のお気に入りの場所だった。 本当によく通った。 しかし,私が社会人になってから,行く機会が減った。 そのお店の閉店時間は早く, 開店時間帯にその方面へ行くことがあまりないのと, 数年前に近くへ出かけた際,帰りに寄ったら閉店時刻を過ぎていたとか, なんせチャンスに恵まれず, でも,心の中では「また行きたいな〜」と常々思っていながら, 結局,最後に行った日から,もう何年も経つ。 そんなある日(今月のとある日曜日),ひょんなことから, そのフルーツパーラーへ友達と立ち寄ることに! 久しぶりのそのお店♪ お店に向かうみちのりで,母との思い出も蘇る。 心をときめかせながら行ってみると, なんと,2階のパーラー部分は4軒先に移転とのこと。 おお,知らない間にレベルアップしている(・∀・)! 1階の果物屋はそのままだけれど, 店内の様子が前よりなんだか殺風景に感じる……? でも,たくさんのお客さんがいて,なんだか繁盛しているようす。 その果物屋には,フルーツサンドがTV番組(メジャーな番組)や雑誌で紹介されたことを宣伝する張り物がしてあった。 なるほど,私が来ない間に,そこそこ有名になっていたのか, それで,2階の狭かったパーラーが,広いところに移ったのか〜。 繁盛して,規模拡大ってことですな〜。 時は流れているのだな〜。 4軒先のパーラーを見に行ってみると,人が外にたくさん並んでいた。 店内の様子を外から窺(うかが)うと,おしゃれな雰囲気。 立派になったことは喜ばしい反面, 庶民的でアットホームな雰囲気の店舗の思い出が頭に残っている私には, ちょっぴりそれ(オサレになったこと)が寂しくもあった。。。 列に並んで食べて行こうと思ったけれど,お友だちが「持ち帰り」を買うというので, パーラーには入らずに,私も「持ち帰り」を買うことに。 「持ち帰り」は果物屋にあるということで,そちらに戻る。 果物屋が昔に比べて殺風景だと感じたのは, フルーツサンドがTV等に取材されたことが全面的にぺたぺた貼り出されているのと, 「持ち帰り用」のフルーツサンド等を陳列した数台のショーケースが果物よりもメインに据えてあるのと, そのショーケースの前に客が並ぶためのスペースが,店内に大きく確保され, その床のタイルが,店内の果物よりも目に入ってくる面積が大きいのと, フルーツサンドのサービス券の配布を始めたという張り紙があって商売気を感じるのと, ていうか,果物屋ではなく,もはやフルーツサンド屋やん! それと,お店オリジナルのトートバッグが出来たといって, 店のほぼ真ん中にトートバッグが置かれて販売されていて, という具合に,とにかく,なんとも残念なありさま。 昔の,店内に足を入れると果物の甘いにおいがしてくる……,という あの果物屋の姿はどこに。。。 でも,とりあえずフルーツサンドを買い,手元にぶら下げながら, 昔のあの甘く熟れた果物の味を口の中に蘇らせ,食べるの楽しみに持ち帰った。 つづく |
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2014 5月 「マスコミの影響力」 前のつづき その夜,わくわくしながらフルーツサンドのパッケージを開けた。 ああ懐かしい。ああ久しぶり。 これを口に入れると,熟れに熟れた果物の甘みと香りが口いっぱいに広がって, 得も言われぬ幸福感(´∀`人)♪ ていう風になるんだろうな〜(!),と予想しながら口に含むと, あれ? 果物が,香りしないし,酸っぱいし,硬いし(´・ω・`) ぜんぜん熟れていない。 クリームの味は変わっていなくて,クリームは美味しい。 また,パンの食感も相変わらずいい。 でも,果物がぜんぜん熟れていなくて,青臭い,酸っぱい,硬い。 確かに,作ってすぐに食べる店内とは違い, お持ち帰り用は,水分が出てべちょっとならないように, 通常より(店内用より)硬めの果物を使っているだろう。 しかし,昔,母と行った時にも,パーラーで食べた帰りに, おみやげにも持ち帰り用のフルーツサンドを買って帰っていたが, あの時の持ち帰りのフルーツサンドも,店内のものほどではないにしろ, それでも充分に熟れていて美味しかった。 さすが,果物屋に併設されているパーラーならではの味だ,と思った。 でも,今回食べたそれは, いちごはシャクっと硬くて酸っぱい, パイナップルは舌を刺すような酸っぱさ, メロンはコリコリと硬く,青臭い味がして,まるでウリ, どの果物をとっても熟れていないどころか,未熟すぎて不味い。 食べたあとも,舌に,酸っぱさと青臭さがいつまでも残っていた。 これなら,コンビニのフルーツサンドのほうがよっぽど美味しいと思う。 確かに,パーラー側のクリームの美味しさとパンの食感は健在で, これは負けないと思う。 しかし,果物は,コンビニ側が勝る。 (まあ,コンビニ側のは,果物の原産国がどこだかわからんけれどね。) とにかく,パーラー側のパンやクリームの美味しさを加味しても, 主役の果物が圧倒的に不味いせいで, コンビニ側の果物がどこの原産かわからんことを差し引いても, 総合的にはコンビニのほうが勝つ。 あと,コンビニのほうが安いし。 これやったら,コンビニのん買うほうがええわい。 ていうか,果物屋が併設するパーラーが作ったというのに, パンとクリームはおいしいけれど果物が不味いって,どゆことwww しかし,インターネットでそのパーラーを検索してみると, 「食べログ」にて,そのフルーツサンドが絶賛されている。 TVでおいしいと紹介されたせいで,みんな,そう思って食べるから,そうなるのかなあ。 あと,このフルーツサンドは,とある賞を受賞している。 TVで紹介されたとか,受賞したとか,そういう色々な既成概念にとらわれながら食べると,「さすがおいしい」と感じてしまうのか。 だって,お正月にやっている「芸能人の格付けチェック」とかいうテレビ番組でも, 出演者ら,ワインにしろ肉にしろ魚にしろ,飲食系の問題,結構わかってへんし, あと,昨年とか,食品の偽装問題とかあったけれど, 結局は,みんな味なんてわかってへんもんやね, でも,「◯◯牛」だとか,「◯◯エビ」だとか,「◯◯産のほにゃらら」とか言われて食べると, 「ほぉ,さすがにおいしい! 違うわ〜!」て思ってしまうやん, このフルーツサンドも,同じ現象やと思う。 このフルーツサンド,おいしい言うているみんな, ちょっと冷静になって食べてみ! ほんまにおいしいか? フルーツ,酸っぱいやん! 硬いやん! コンビニ以下やと思わへん? 格付けチェックのごとく,目隠しして,ここの今のフルーツサンドとコンビニのフルーツサンドを食べ比べさせられたら,みんなコンビニのほうを選ぶと思う。 TVで紹介された,という情報で,味覚は狂わされるんやね。 おそろしや,マスコミの影響って。 みんなが「おいしい!」て絶賛しているのを見て,滑稽で,悲しくなってくる。。。 賞を受賞したのも,昔の,母と食べたあの時のフルーツサンドなら充分わかる。 でも,今のフルーツサンドは,受賞した時のものとは別物になっている。 それなのに,当店のフルーツサンドは受賞していると謳(うた)っている。 だいたい,あの熟れに熟れた果物は,それほど手に入るものではないだろうから, そんなにたくさんフルーツサンドが作れるわけないのよね。 でも,果物屋は持ち帰りのフルーツサンド目当てのお客さんで賑わっていたし, 移転して新しくオサレに生まれ変わったパーラーは外にお客さんが並んでいるし, だから,それを賄(まかな)う大量のフルーツサンドを作っているわけだけれど, 熟れた果物が数量的に追っつくわけないだろうと思う。 それでも,熟れていない果物を使ってでも作ってしまう。 かつての味とは違うフルーツサンドを作って,これがうちの名物と言って売ってしまうんだな。 悲しいね。 それに気づかなくて,踊らされ,「さすがの味」とか言ってしまう消費者。 TVで紹介されると,これほどまでに変わってしまうんだね。 すごいね,マスコミの影響力。 ただね,そのうちみんな,気づいてくると思うのよ。 そして,近い将来,つぶれてしまう気がする,そのフルーツパーラー(&果物屋)……。 儲けに走り,大事な物を失ったやり方をしていれば,その商売は必ず失敗する。 私と一緒に買って帰った友だちには,フルーツサンドの感想を聞けていない。 聞くのがこわいとも思う。 「さすが,おいしかった!」て言ったらどうしよう……。 かしこい友よ,「うわさほどでもなかったわ」って言っておくれ〜。 それより何より,私は,古き良き思い出だったのに, これは,その思い出の味では全然ない, ……それがとてもショック。 「昭和の良き時代が失われた〜」的な寂しさというか, 母との良い思い出が,しょーむないものに侵された……(;ω;)という思い。 アットホームなお店だったのが,商売気を出して,阿漕(あこぎ)な商売して〜ッッ, と,やるせない思いでいっぱい。 「覚えず寂寥(せきりょう)の感が胸にこみ上げた。 ああ,これが二十年来,片時も忘れることのなかったフルーツサンドであろうか。 わたしの覚えているフルーツサンドは,まるでこんなふうではなかった。 わたしのフルーツサンドは,もっとずっとよかった。」 (↑『故郷』という短編小説[作者:魯迅(ろじん),訳者:竹内好(よしみ)]の中の一節で,「故郷」という言葉を「フルーツサンド」に置き換えてみた。) ただ,ひょっとしたら,私が買った分だけが,たまたま悪条件の重なったフルーツサンドが入っていたのかも,とか, 持ち帰り用はこうなってしまっているけれど,パーラー内では,熟れ熟れの果物をちゃんと使っているのかも,とか, この日のフルーツサンドはたまたまこんなふうだっただけで,普段はちゃんとおいしいのかもしれない,とか, まだ少し未練はあるのです。 もいちど食べたいなあ,あの時の,あのフルーツサンド。 「今回は運が悪かったのだ,次は違う」という期待(?)を胸に,また今度,店内でリベンジしてみるかな。 2014 5月 「愛」 前回,フルーツパーラーについて辛辣なことを書いたが, ふだん,いろいろな場面で「愛がないな〜」とか「愛を感じないな〜」と思うことが多い。 利便性を優先して,「人を思いやる」とか,「周りに気を遣う」ということがなくなってきている,と感じることが多くなってきた。 物事の価値を,「人の親切」や「こめられた思い」よりも,金銭的なことや利便性で判断し,人の気持ちに気づかない…… そんな人が増えてきた。 そう思い悩むこのごろ,そんな時にこのフルーツパーラーの件があり,その思いと合致したので書いたけれど,たまたまタイミングが合っただけで, フルーツパーラーのことを訴えたかったわけでも,フルーツパーラー自体の話を伝えたかったわけでもない。 それを通して,「人の思い」というものの大事さを伝えたかっただけ。 「人の親切」や「こめられた人の思い」よりも,「金銭的」なことや「利便性」で価値を判断し,人の気持ちに気づけない人が増えてきた……。 これは,プリゼミの生徒やその保護者にもいえること。 それで,思い悩んでいるのです。 このところの,教育というものに。 “愛”は大事。 勉強にしたって,そこに愛がなければ,いくら勉強しても,かしこくはなれない。 「人の気持ちを考える心」や「思いやる心」と,「勉強」とは, 別物ではなく,切り離して考えるものでもない。 それなのに,勉強に「利便性」を求め,また,それこそが「勉強だ」と思っている人が多くなってきた。 生徒が,とか,親が,とか言う前に,世の中がそうなっている。 「教えこむこと」を一生懸命にして,「考えさせること」をしなくなってきている。 教えこまれ,覚えこまされた人は,想像力が育っていない。 まずは,想像力を育ててほしい。 ご家庭で,人を思いやる気持ち,相手のことを考える気持ち,を育ててほしい。 |