| 過去のちょいから (`▽´) ショート日記 |
| <2011秋> 9・10・11月 |
|
2011 9月 「親の過大評価」 今回は、「ちょいから日記」というコンテンツ名に相応しい、ちょいとカラクチな意見を。 長年講師をしている中で、親が過大評価しているなあと感じる子に、たびたび出会ってきた。 この子たちの性格上の傾向としては、「知ったかぶり」をしがちだということがある。わからない時にはそれをごまかそうとしたり、言い訳をしたりと、なかなか素直ではない。 また、こういう子たちは何かどこか「かまってもらいたがり屋」な面があったりする。その言動は、異質であったり、わざと不可解であったり。 プリゼミでも今まで、不器用なやり方で私の気をひこうとする子たちがいた。ハツラツとした自己アピールではなく、わざとぐずぐず言って話を長引かせたりするなど、本人にもマイナスになるような、ちょっと損な言動。。。 それでいて変なプライドがあったりするから、扱いがやっかいだったりする。。。 学力面から見た傾向としては、小学校低学年のうちは良く出来るのに、中学年ごろになるとつまずき出す、というパターンが多い。 そんな子たちの共通点として、、、 ご家庭での躾(しつけ)がよくなされていて、あいさつなど、きちんと出来ることがあげられる。 ……一見良いことのように思えるが、私がなんとなく気になるのは、彼らのそれが完ぺきなあまり、不自然に見えること。型どおりの台本のようで、「演じている」感じがするのだ。 「こういう時には、こうしなさい。」「こういう時には、こう言いなさい。」というのが、仕込まれている感じなのだ。 そして、親を含む周りの大人から「えらいね」「かしこいね」という誉め言葉を受けることを積み重ねるうち、周囲の目線からの「かしこい子」というレッテルが完成してしまう。また、それが親の自慢になっているケースもよくある。 躾を徹底的にほどこす親は、つまりは我が子への期待が大きいがゆえにそうするわけで、その分、過大評価にも結びつきやすくなってしまう。「やっぱりうちの子はかしこい」と。 親の思い描く「こうあるべき」という姿があり、それを我が子に強く求める親は、ついつい口うるさい。「ああしなさい、こうしなさい」「あれしちゃダメ、これしちゃダメ」と、命令や阻止が日常になっている。 その結果、「言われた通りにする子」が出来上がる。。。 こういう場合、ある程度の学年になると、「周囲からの評価」と「実際の能力」とにギャップが生じてくる。 「言われた通りにする子」は、イコール「自分で考える力がない子」でもあるからだ。 ついつい口うるさい親は、勉強も必要以上に教えてしまう。じっくり考えさせる教え方ではなく、結果を先に伝授してしまうような教え方をする。すぐに「結論」や「便利な方法」を教え込んでしまうゆえ、過程をじっくり考えたり、仕組みを理解するという作業が飛んでしまう。 小学校1、2年生の間は、それで表面的には出来るように見えてしまうから、ますます親も熱心に教えてしまったりする。でも、3、4年あたりになると、根本的な理屈がわかっていないことや過程を理解していないことが、表面立ってきてしまう。 それでも親は、「うちの子はかしこい」と信じているので、そのことに気づかない。だから子どもは、「知ったかぶり」をして「かしこい子」を演じなければならない。 子ども自身にそんな自覚はなく、自分でも知らず知らずのうちに演じているのだが、そんな子が大人になって子どもの時の自分を振り返ったとき、それに気づくのかもしれない。 子ども自身、自分でも自分に「かしこい子」というレッテルを貼り、でも心の中の無意識の部分で、本当は自分はそれほど出来ないんだとわかっていて、その無理が、「かまってもらいたがり屋」というちょっと歪んだ反応として出てくるのかもしれない。 2011 9月 「お月見」 授業後、小学生たちとプリゼミの前から双眼鏡で月を観察してみた。 月の黒く見えるところは「月の海」。といっても、本当に海があるわけではないが、昔は月の暗い部分は水を湛えた海だと信じられていたので、そういう名前がつけられたらしい。 暗い部分と明るい部分との違いは、成分によるもの。暗く見えるところは主に玄武岩質でできている。玄武岩は色の濃い鉱物でできているから、月の海は黒っぽく見える。 この「月の海」を、日本ではうさぎが餅つきをしている姿に見立てたりする。外国では国によって様々な捉え方があり、カニに見立てたり、ライオンに見立てたり、ロバに見立てたり、ワニに見立てたり、女の人の横顔に見立てたり、薪を背負った木こりの姿に見立てたりするそうな。 みなさんは、何に見えますか? ![]() ★写真は、双眼鏡ごしにデジカメで撮影したものです。 2011 9月 「『子どもの自由にさせる』という言葉」 今回はまたもや、「ちょいから日記」というコンテンツ名に相応しい、ちょいとカラクチな意見を。 「うちは子どもの自由にさせるのが教育方針だ」という言葉を、先月の日記の「ケース2」のお母さんを含め、これまでいくつかのご家庭から聞いてきた。 その中で、「自由にさせる」というのをはきちがえてしまっているご家庭も、ちょこちょこあったりする。 「子どもの自由にさせる」=「子どもがイヤがることはさせない」⇒「ガマンさせない」という解釈になってしまっているご家庭がある。そういうご家庭では、子どもがいったん始めたことをすぐにやめてしまう、てなことが多く、ご家庭がそれを認めてしまっているゆえ、そういう子は自分に責任をもつことを学んでいない。だから、何にでもよく考えずに手を出し、すぐに放ったらかして、また次のことに手を出したりする。 そして、ガマンする心があまり育っていないゆえ、他人への配慮に欠けていたり、集団の中でのルールを守れなかったりと、つねに自分の都合を優先する傾向がある。周囲の気持ちを推し量ってガマンする、という心が育っていないのだ。 また、人に対してだけではなく物事に対してもそうで、物を大切にすることを知らず、ちょっと飽きたらすぐにぞんざいに扱うなど、傍目から見れば「非常にもったいない」と感じられる行動を、本人は平気でとっていたりする。 「子どもの自由にさせる」=「口出ししない」⇒「ほんまに放ったらかす」という解釈になっているご家庭もある。子どもとのコミュニケーションが非常に不足しているご家庭がある。そして、子どもの非常識な行動をも放ったらかしている状態になってしまっているご家庭も実際にある。 これでは、ご家庭での教育が不十分であることの言い訳に、「自由にさせている」という言葉を都合よく使っているようなもんじゃないだろうか。 「口出ししない」というのは、「子どもを見ない」ということではない。 「口出ししない」というのは、イコール「見守る」ということなのだ。 「型にはめない」とか、「一方的な親の思いどおりにさせない」というのが、「子どもの自由にさせる」の本来の意味です(‘-^)b また、この真の意味での「子どもの自由にさせる」という言葉は、親のエゴを抑制するための言葉でもあると思います。(わかりやすく言い換えると、親のエゴにストップをかけるための言葉。) |
||
| 日記のもくじへもどる | ||
|
2011 10月 「またもやお月見」 先月は授業後の小学生たちと満月を観察したが、今回は半月を観察。 望遠鏡などでの月観察がおもしろいのは、月が欠けているとき。 クレーターが観察できるからだ。 満月では、クレーターのデコボコ加減を観察することができない。 なぜ(’’?) 満月ということは、太陽の光が月の真正面から当たっているということ。 そうすると、女優を撮影する時のレフ板効果のように、月の表面がスベスベ肌に見えてしまう。 影というのは物の横や斜めから光が当たって出来るものなので、真正面から光が当たった場合は影が出来ず、のっぺりとして見え、デコボコ具合がわからない。 クレーターを観察するのに適しているのは、三日月や半月のころ。 太陽の光が横や斜めから当たっているので、クレーターに影が出来て立体的に見える。 だから、クレーターを観察したい人には、満月はつまらないとよく言われる。 でも、満月は満月の美しさがあるかな。 ![]() ←先月のと同じ画像だが、満月の魅力は、光条線(こうじょうせん)が美しく観察できること。 光条線とは、クレーターから放射状に拡がった明るい筋のこと。 有名なティコクレーター(右下に見える、みかんのヘタみたいな部分)は、目立つ光条を持つクレーターのひとつ。 この写真のとおり、双眼鏡程度でも観察できる。 ピントのあまいこの画像でも、この光条線が見えるでしょう? この写真では、ピントがあまいせいで美しさがイマイチ伝わらないけれど、実際に見た時にはもっと美しく光条線が輝いて見えるんですよ♪ さて、満月の話が長くなったが、今回はクレーター目当てということで、半月の時に、またもや授業後の小学生たちと双眼鏡で観察。 クレーターが見えて、みんな大喜び! そのことをこの日記に書くべく、小学生たちが帰ったあと、双眼鏡のレンズごしにカメラを当てて日記用の写真を撮ろうとしていたら。。。 通りかかった一般の人が足をとめて、「何が見えるんですか」と声をかけてきた。 スーツを着た男性だが、サラリーマンかな? つづく 2011 10月 「通行人もお月見」 前回のつづき。 実は、教室前での月観察は初めてではなく、これまでも時々やっていたのだが、通行人が足をとめ、双眼鏡をのぞいていくことは今までも結構あった。 ぐうぜん通りかかった保護者が「見せてください!」と言ってのぞいていくことはもちろんあるが、見ず知らずの人が「見せて!」と声をかけてくることも多い。 まあ、赤の他人であっても教室の真ん前で白衣姿でいる私には公共的な雰囲気を感じて、「見せて!」と声をかけやすいのだろう。 こうやって声をかけて双眼鏡をのぞくのは、ほとんどが大人。 子どもより大人のほうが、けっこう興味津々なのかもしれない。 三脚を使用しての観察だから、双眼鏡といえど、はたから見れば本格的にすごい物が見えるように思うのかもしれない。 で、この時も、そのサラリーマン風の男性、双眼鏡をのぞいて「ほー!」と感動するのだが、それからいろいろクレーターに関する話や質問をして、長居を。。。 「お仕事帰りですか?」 とたずねると、 「いえ、仕事中です」 とのこと。( ̄□ ̄;)えー。 聞くと営業マンで、営業中だって。 こんなとこで油売っていて大丈夫かいな〜。 そうこうしているうちに、次の中学生クラスの生徒らがやってきた。 結局、ちゃんとした写真、撮れなかったよ〜。 ここに載せたかったのに〜。 また、次の機会に撮れたら載せますネ。 ※後日、撮影しました。 ![]() 双眼鏡ごしにデジカメで撮影。 テブレのためピンボケですが、クレーターが確認できます♪ 実際に見た時には、もっと鮮明に見えました♪ 2011 10月 「プリゼミ vs あおむし」 プリゼミの正面に向かって左、プリゼミの建物と塀との間から、何かの苗木っぽいものが生えている。 一年中葉をつけているので、常緑樹だろう。 一体何の木なのか、長いことわからなかった。 インターネットで調べようにも、「常緑樹」しか検索ワードが思いつかず、この言葉だけでは大量のサイトがヒットし、他の情報が何もないので絞り込みようがなく、探しきれなかった。 こないだまで、私はずっとこの常緑樹をうとましく思っていた。 というのも、ナゾのあおむしがこの木に大量発生するからだ。 私はいもむし類が大キライで、見ると背中がゾワッとする。 「あおむし」とか「いもむし」とかいう字を見るだけでもゾワッとする。 この日記もゾワゾワしながら書いている。 しかも、この幼虫、1年間のある一時ってわけではなく、春から秋にかけての半年間、定期的にどわっと発生するのだ。 これを書いている10月末である今も、発生している。 何の幼虫なのかこれまたインターネットで調べてみたのだが、木の正体がわからないもんだから、それに付いている幼虫も調べようがない。 ただ「幼虫」とか「あおむし」とか「いもむし」とかいうキーワードだけでは、大量のあおむしサイトがヒットするだけだ。 もう、幼虫というものは、パソコンの画像で見るだけでも背中がゾワゾワして、正視できない。 あわ゛わ゛わ゛わ゛わ゛。 それで、すぐさま断念。。。 一体何の幼虫なんだろう(’’?) ちょうちょになるならマシだが(私は昆虫も苦手で、ちょうちょも好きじゃないが)、こやつはきっと蛾になるに違いない(←根拠なし)。 私は蛾がめちゃくちゃキライだ。 遭遇すると、逃げまどう。 蛾は、私にとってのこの世のワースト3に入るだろう。 そんな蛾に成長すると思うと、よけいにこの幼虫たちがおぞましくてたまらない。 つづく。 |
||
| 日記のもくじへもどる | ||
| 2011 11月 「プリゼミ & あおむし」 前回のつづき。 ああ、神聖なるプリゼミの建物の傍らに大量の蛾の幼虫とは、耐え難いわ〜。 それで、これまで何度も撲滅をはかってきた。 だが、消毒液をまけどもまけども、雨が降ればパーだし、半年ほどの間、定期的に発生するのだから、追っつかない。 てことで、木の始末を試みた。 だいたい、この木自体もやっかいだ。 成長が早くてすぐにウッソウと生い茂る。 そうすると、見た目がうっとうしいだけでなく、お隣のお宅へも迷惑になる。 だから、しょっちゅう枝を切らねばならない。 しかしこれが、伸びるのが異様に早く、すぐ伸びる前髪と同じくらいわずらわしい。 これでまだ、きれいな花を咲かして楽しませてくれるとかいうならマシなのだが、 こやつは花が咲くでもなく、年がら年中、葉っぱばかりなのだ。 そこで、思い切って植木バサミで根元からバッサリ切ることを決意。 さようなら、ナゾの常緑樹。 ところが、葉っぱを一枚も残さずに切ったのに、復活したんだなあ、これが。 その後も、根元からバッサリ切るのをこれまでに2回実行したのだが、2回とも復活した。 なんという生命力。 結局為す術なしか〜と思っていたのだが、先日、この幼虫を見た知人が 「アゲハの幼虫に似ているなあ。アゲハの仲間じゃないか?」 と教えてくれた。 なぬ、蛾じゃないのか。蝶なのか。 てことで、インターネットで「アゲハ」というキワードを加えて検索に再チャレンジ。 歯を食いしばりながら大量の幼虫画像を見ていくと、、、 見つけた! 正体が判明した! それは、「アオスジアゲハ」の幼虫。 アオスジアゲハの成虫(ちょうちょ)の画像を見ると、 なんとまあ、きれいな蝶々ではないか(゚ ∀゚)! ……急に、幼虫への憎たらしさがなくなった。 それどころか、「ならば、居るがよい。」と、心が寛大になった。 てことで、幼虫も木もこのままにしておくことに。 ちなみに、幼虫の正体がわかると苗木の正体もわかった。 インターネットで調べると、アオスジアゲハの幼虫がたいへん好む木は「クスノキ」とあり、 クスノキの画像を見てみると、うちの例の苗木とそっくり。 プリゼミに通う生徒のみなさん、 幼虫が欲しかったら、虫かごを持参して、 自由に連れて帰ってください。 観察に持ってこいです。 クスノキも、必要な分を切って持ってってくれていいですよ。 大切に育ててね♪ |