過去のちょいから (`▽´) ショート日記


もくじ 最新の日記


 <2010春> 3・4・5月
2010
3月 「大人の科学・作製編(その1)」

 今年1月の日記のネタをひっぱるが、「大人の科学」の続編。先月の話。

 手元には、付録が「ミニエレキ」の号と、「プラネタリウム」の号とで、2号分あった。そもそもは、私が個人的に自分のために買ったもの。
 さて、どちらから作ろうか。

 ふと私の頭に、「私が生徒の目の前で作ってやったらおもしろそーやなー」と浮かんだ。
 ただ、そうすると、おそらくみんな「ボクにもやらせて!」「私にもやらせて!」と言って手を出したがるだろう。そうすると、くちゃくちゃにされ、再起不能になるかも。「大人の」という名前からして、作製の難易度は高いだろうし。

 でも、私と一緒なら何とかなるかな?仕組みを知りながら物を組み立ててゆく作業は、子どもにとってすごく有益なことだし。。。
 ・・・再起不能の結末も覚悟して、いっちょやってみるか。

 てなわけで、そうなると、当然ミニエレキではなく、プラネタリウムということで。
(だって、ミニエレキは入手困難だった上、作るのを私は本気で楽しみにしていたから、子どもの餌食にするとすれば、プラネタリウムのほう。ただ、プラネタリウムでうまくいけば、エレキも子どもたちと一緒に作ってもいいかな。)


 さて、授業時間と授業時間の合間の休けい時間を使って作ることに。
 やはり、私が机上にプラネタリウムのキットやドライバーなどを並べただけで、子どもたちは興味津々♪
「作りたい!作りたい!」 「貸して!」 「させて!」の嵐。
こうなると私も甘いもんで、「やってごらん」と、子どもたちにぜんぶ任せることに。

 休けい時間に作るので、とうてい1回では作れず、曜日によって作る子が変わりながら、ちょっとずつ組み立てていくことに。

 男の子の画像と女の子の画像をのせるつもりが、女の子の画像がどっかいって見当たりません。。。
見つけたら、また後日のせます。ごめんね。。。

 子どもらが説明書とにらめっこしながら苦戦しているようすが、この画像から伝わるでしょう?

 もちろん、やはり私の不安は的中し、まちがった部品を力まかせに突っ込むなどの破壊行為もあったけれど、私も腹をキメて、いっさいこっちからは口出ししないことに。
 これだけ夢中になっているんだから、失敗すれば失敗したで、子どもらで解決策を練るだろうし、失敗を重ねながら進むほうが、得るものは大きいはず。事無きようにと大人が誘導してしまえば、せっかくのチャンスをうばってしまう。

 もちろん、それは私にとっても「我慢」を強いられること。なんかもう、生徒らのあやふやな作業を見ていたら「クオーッッ」っていう気持ちになるが、それをぐっとガマン
 でも、その甲斐あって、電気の線を通しつつ、プラネタリウムの首の部分が可動する仕組みに、「ああ、なるほど〜、こうなるんか〜」と、子どもらは素晴らしい反応☆

つづく



2010
3月 「大人の科学・作製編(その2)」

 前回のつづき

 プラネタリウムの12面体のボール部分を作るのは、主に女の子が。やはりこの部分も、私が「絶対やりよるやろな〜」と思っていた通りの失敗を、期待通りにやってくれちゃって、ありえない折り目などが入りまくり、そのあとの修正が大変なことに!
 でも、そうやってみんな、学んでいくのです(^-^)♪

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 まあでも、なんやかんやと完成しました。

 あとから豆電球が点かなくなるなどのトラブルが発生するわ、例のありえない折り目から光がもれ、実際の宇宙にはないはずの星というか流れ星みたいなんが映しだされたりするわで、波乱万丈さがうかがえるプラネタリウムが出来上がったが、それもまた一興。

 なんてったって、2200円(だったと思う)でこれだけのことが経験できたのだから、とっても有意義♪

 みんなで作ったんだなあという思い出のつまった、かわいいプラネタリウムです。


 ただぁし、やはりこのプラネタリウムの一連のことを思うと、エレキギターをこの子らに作らせるわけにゃあいかねぇなぁと。
 子どもらには悪いが、これは私ひとりの密かな楽しみとさせてもらうぜぃ。


 で、これがこれが、作ってみると、私も思いがけない勉強ができたのです。

 ギターに関して全く無知な私は、「エレキギター」といっても、ふつうのギターもようわからんのに作り始めたわけで・・・。

 でも、作ってみると、その仕組みが明らかに。
 なんと、エレキギターの命といえる部分(ピックアップと呼ばれる部分)は、中学理科で習う電磁誘導そのもの!!

 そう、早い話が、コイル
 ピックアップはコイル構造になっていて、細い銅線が、磁石の周囲に何重にも巻き巻きしてあるのだ。

 ちなみに、この組み立て途中の画像、肝心のピックアップは裏向いて写ってはります(−−;)
 (白い板の付け根らへん、横長の黒いだ円。ぜんぜんわからんし、、、)

 このミニエレキ作りで何が大変だったって、このピックアップ作り。細い銅線をひたすら200回ほどくるくるくるくる巻く作業。気が遠くなりかけながら、もくもくと巻きつつ、「ああ、これって、もろ中学理科やん」と、しみじみと感動。。。
 そして今回、エレキギターの弦は金属でないといけないという事実も初めて知ったけれど、その理屈にも納得。

オマケ:興味のあるひとはお読みください↓ 『♪エレキギターのしくみ♪』
ピックアップの上で金属の弦が振動する。→金属が動くことでピックアップ内の棒磁石の磁界が変化させられ、周囲のコイルに誘導電流が発生する(電磁誘導)。・・・つまり、この時点で弦の振動が電気信号に変えられる。→その電気信号がスピーカーに伝わり、また振動(つまり音)に変えられる。

 ・・・これは、電磁誘導を習う中学生に話してあげなければ♪♪



2010
3月 「大人の科学・観賞編」

 前回のつづき

 プラネタリウムが完成したら、当然みんな、観賞したいという話になる。
 
 このプラネタリウムは、部屋の中央に置いて天井や壁など360度に星を映し出すというスタイル。
 ここで問題なのは、教室を暗くしないと見られない、ということ。プリゼミの入り口は総ガラスなので、外が明るいと、教室の中も明るい。この時期は2月末から3月だったのだが、その頃は6時を回らないと教室が暗くならなかった。

 それより、何がいちばんの問題って、プリゼミの教室は、知る人ぞ知る、蓄光壁紙!!つまり、夜に電気を消すと、しばらく天井には満点の星が光り、壁にもステキな模様が光って浮かび出るという仕掛け。
(くわしくはこちらをどうぞ。画像あり。→プリビア

 私の趣味でこんな壁紙にし、ふだんは生徒や保護者を感激させて大好評なのだが、プラネタリウムを見るとなると、この蓄光仕様がじゃまでしょうがない。壁紙は電気を消してから20分くらいは光っているのだ。

 ただ、中学クラスの授業は夜7時からなので、こちらはうまくいきそう。前の小学クラス終了と同時に教室の電気を消し、しばらく暗いままにしておいて、壁紙を鎮めておく作戦にした。ただ、一瞬でも電気を点けてしまえば、それで壁紙はまた10分くらい光り続けてしまうから、一巻のおわり。
 まずは前週にみんなに「次の授業でプラネタリウム見るから、来たとき教室まっくらやしね。電気は点けたらアカンよ。」と予告しておく必要があった。

 観賞当日、真っ暗な中で懐中電灯を下に向けて照らす私が待つ教室へと入っていく生徒たちを、プリゼミの前を通りがかる人は、「なんだなんだ?」と、不思議そうに足をとめて見ておられました。。。

 さて、どうすべきか悩むのは、小学生クラス。とりあえず、早い時間帯に来ている子でプラネタリウムを見たいという子は、遅い時間帯に授業を振り替えてもらうことに。授業の終わりしなの時刻なら、もう外も暗い。でも、その頃には、壁紙が光っていない状態にしておかなくてはならない。

 で、どうしたかというと、授業の途中で教室の電気を消し、暗い教室で勉強。子どもらに1個ずつ懐中電灯を与え、決して天井や壁に向けないようにと言い聞かせ、机にひじをついた手に下向けにして持たせ、手元を照らしながら勉強。
 教室の電気を消してしばらくは、壁紙が光っていて、子どもたちは大喜び。そんな中で懐中電灯片手に勉強しているうちに、壁紙からの光がだんだんとうすれていき、、、
 懐中電灯で勉強している風景って、外から見たら、どう見えるんでしょう。。。

 でも、これで無事、小学生もプラネタリウムを観賞(^▽^)
 まあ、2200円のふろくにしては、すんごいボリュームの星です。画像がうまく撮れないので、見たい方はこちらのページの画像を参考に
「大人の科学」サイト・プラネタリウムのページ (←本当にこんな感じです)

 もちろんプリゼミのことだから、「ハイ、見て終わり〜」で済ませるはずはなく、星座に関する時事ネタなぞを用意し、知識をつけてもらって、有意義な時間に。

 プラネタリウムが映し出す星空で、子どもたちに星座を見つけさせると、こちらの予測どおり、みんなは「オリオン座」を指さす。そこで、時事ネタ、オリオン座の星のひとつ「ベテルギウス」の話を提供。
 ・・・「この星は、実は爆発寸前かもしれない」という観測結果が、最新の科学技術で得られたこと。いや、私たちが見ているベテルギウスの光は、600年前の光がやっと地球に届いて見えているだけだから、実はすでに爆発していて、そこにはもうないかもしれない、、、。爆発の瞬間を明日にでも見られるかもしれない、という、宇宙の壮大さを感じるロマンに満ちたお話

 将来、この子たちの中から宇宙飛行士なんかが誕生したりして、で、「宇宙飛行士になったきっかけは?」と聞かれたときに、「子どものころ、プリゼミでプラネタリウムを作って観賞したこと」な〜んて言ってくれたりなんかして。

 2200円のプラネタリウムで、そりゃ無理か?


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2010
4月 「範囲を把握しない生徒・つづき」

 2月末の日記で、架空の「塾1」と「塾2」をあげ、どちらが良いかという話をした。
 「塾1」は、先生が学校のテスト日程や範囲などを何でも把握し、生徒は座っていれば、先生から与えてもらえるという「お膳立て」の塾。「塾2」は、あえてそれをせず、生徒に自覚を持たせようという塾。

 また、その時の日記では、プリゼミでの実例として、その時の中1(今では現中2)が誰も学校のテスト範囲を、テスト前夜まで把握していなかったという例を挙げた。
 前にも書いたが、この実情を伝えれば、それは私の無能さをさらすことになる


 私は、「塾2」を目指してきたつもりが、やはり葛藤に負けてしまう時があり、結果的には「塾1」のようになってしまったことがあった。

 プリゼミでは、テスト前には国社理の無料補習を組むが、これは基本的に「自由参加」としており、「イヤイヤ来させられるのではなく、自分の意思で来る気がある子だけ来てちょうだい」と、生徒にも説明している。
 だが、やはり惰性で来ている色が濃く、ひどい子になると、来るのは来るが、試験範囲をたずねると3教科とも把握しておらず、じゃあ学校で最近習ったことはと聞くと、それさえも、なんやったっけ、と首をひねったりする。

 2週間前からの土日だけで国社理の3教科をまかなうには、あまりにも真っ白で来られると無理で、また、その子にそうやって時間をとられると、他の子にめいわくがかかる。
 せめて、ここに来る前に、試験範囲はどこか頭に入れてきてほしい。
 そうでなければ、放っとくよ。。。

 と言いながらも、実際には放っておけないのが私の弱さというか、試験範囲を把握していない子に対して、私が範囲を把握しているものだから、つい「これやりなさい」と、範囲に対応した問題を渡してしまう。
 そして、往往にして、そんな子は問題を渡されてもほとんど埋められずに真っ白なのだが、そうすると私は、重要なポイントはなんとか覚えさせようと、「大事なのはこれとこれ」って、教えてしまう。

 だから、生徒らもぬるぬると、ただプリゼミに来るだけでなんとかなってしまい、「困った」という実感を味わわないまま、また次も同じ調子のことをくり返してしまう。私がポイントを絞ってあげてしまうから、学校でも、「先生がどこが大事と言っているか気をつけて聞こう」なんて気はわかないのだろう。

 自覚を持てない子の悪循環を助長しているのは、私かもしれない。
 2月の、テスト前夜まで誰も範囲を把握していなかったという事態は、私が1年間、中途半端に世話を焼いてきてしまった結果だろうと思う。
 その場、その場しのぎの「よかれ」が積み重なって、結局は生徒がいつまでたっても成長できないような環境を作ってしまっていたのだろう。所詮、私は勇気がなかったのだ。。。

 それはわかっているはずで、つねづね、自分に言い聞かせているはずなのに、、、。
 難しいんだなあ。。。

 でも、これではいけない。
 ちょっと反省して、今年度からは心を鬼にして、安易な手助けはせぬようにしよう。



2010
4月 「コンプレックスからの脱出・とびばこ」

 だいぶ前、「1段の跳び箱さえも跳べなかったのに、ある日、たった5分ほどで4段くらいまで跳べるようになってしまった。」という、私の小学校時代のエピソードを書いたことがあった(2008年夏)。
 しかし、その方法や理由については、具体的に書かず、また、それを他のことに生かすことができる、何事にも通用するはず、勉強にも、、、てなことも書いておきながら、これまた「このつづきは、またいつか」と締めくくって終わったまんま、1年と9ヶ月が経ってしまった。

 てことで、今回はまず、跳び箱のエピソードについて、具体的に話したいと思う。
今まで全く跳べなかったのに、どうやって急に跳べるようになったのか?


 母は私を妊娠していた時から、ある病気をわずらっていて(私のことを命をかけて産んだらしい)、私はずっと人工乳で育った。
 そんなことが影響しているのか、私はずっとからだが弱く、運動能力も低く、母はたいへん心配したとのこと。

 さて、小学校時代の私はどれだけ運動オンチだったかというと、、、

 小2の時だったかな、男の子たちに「運動神経0人間」というあだ名をつけられ、「う〜んど〜うし〜んけ〜ぇゼ〜ロに〜んげ〜ん」という歌まで作られていた。
 その歌でからかわれ、私が号泣している現場を目撃した担任は、男の子たちに「運動神経が0なんて、ありえません。0っていうと動けないから、そんな人間はいません。」て、、、。
 その的の外れた注意のし方に、なんとなく子ども心によけい傷ついてしまった記憶が。。。

 ん、これでは、私の運動オンチ加減がイマイチ伝わらないかな、もう少し具体的なことを。

100メートル走は、私は6年間、常に学年で最下位だった。いや、タイムをいったほうが早い、高学年で、100メートルのタイムは22秒台だった。大人になった今、これを人に話すと、「記憶ちがいじゃないの?」と驚かれる。でも、私が6年生の時、1年生とおにごっこをして追いつかれていたのだから。。。

 跳び箱は、先ほども述べたように、1段でさえも跳べなくて、、、。どれほど練習しようが、どれほど周囲に励まされようが、どれほど自分に「跳べる」と言い聞かせようが、からだが勝手に「跳べない、ムリ」って反応をして、ちぢこまって。。。

 そんな時、市が開催するスポーツ講座(←記憶が定かでないが)が開かれるという情報を、母がどこからか得てきた。それは、「事情があって身体能力や運動能力が劣る児童」を対象にした半年間ほどの無料講座で、参加するには書類審査や面接などがあり、条件にあてはまる子だけが参加資格を与えられるものだった。そして私は、上で述べたような出生時からの事情により、見事合格(っていうのかな〜)して、市民体育館に通うことになった。

 そこには私と同じような子がたくさんいて、私のコンプレックスは一気に消えた。それまで、学校の体育という授業では、何をやっても、いつの学年でも、ダントツにいちばんダメというポジションしか味わったことがなかった私にとって、そこはとても安心できる場所で、大きく胸を広げて深呼吸したいような気持ちに・・・。なんだか、堂々としている自分がいて、「早く走れるようになりたい」とか、前向きな気持ちがわいてきて。。。

 たしかに、これまでもずっと、「早く走れるようになりたい」など、もちろん何度も思ってきたことだったけれど、それまでは切実に願っている感じだった。それが、そのときは、積極的で明るく前向きな気持ちというか。

 ある日、その講座での跳び箱の練習で、1段のところに並びながら跳び箱を見つめていた私は、なんだかふと「あれが跳べる気がしてならない」という気持ちになった。頭の中に自分が勢いよく跳んでいるイメージが浮かんで、早く順番がこないかなとドキドキしてきてた。
 そして、いよいよ実際に跳んでみたら、跳べたのだ。

 1段が跳べると、なんだかもう今までの自分とは違う気がして、まだ跳べそうな気がして、順番に挑戦すると、2段も3段も4段も跳べて、嬉しいやら、自分にびっくりするやら。

つづく。



2010
4月 「コンプレックスからの脱出・勉強」

 前回のつづき

 行き詰まる原因のひとつに「苦手意識」があったりする。周囲の人間がいくら「大丈夫だから」と励ましたり説得したりしても、なかなかうまくいかない。

 苦手意識から脱出できない原因のひとつとして、「周りの人は出来るのに」という思いが大きいんじゃないかな。
 周囲と比較し、自分が出来ないポジションにいることが習慣化してしまうと、ヒクツになってしまい、自分でも意識しないうちに、潜在意識の中で自分で自分にフタをしてしまう。

 私が跳び箱を跳べるようになったのは、周りが変わったから。
 それまでの「周りの人が出来る中で、自分だけ出来ない」という思いの中の、「周りの人が出来る」という部分、それを取り除いた環境に身を置いたからだろう。

 本当は、周りがどうであれ気にしないという強い自分を築いていくのが正当なのかもしれない。でも、それはなかなか難しいこと。
 「周囲を変えてみる」つまり「自分の置く環境を変えてみる」というのも、何も自分に負けているわけじゃなく、自分の殻をやぶるための、ひとつの有効な手段じゃないかな。


 さて、それを勉強に応用してみると・・・。
「これが正解」という答えを私ももっているわけではなく、私も考え続けているくらいなのだけれど、ひとつこの春から試みていることがあるので、紹介してみようと思う。

 実は、プリゼミの中学生で、英語をとても苦手にしている子、Sがいる。
 現在中2だが、英語に行き詰まっている原因は、「わかる」とか「わからない」とかいう問題ではなく、私から見ると、どうも「苦手意識」が大きな妨げとなっているようす。
 Sを見ていると、英語に関しては「もう、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ」という無言のオーラが出ていて、本人も無意識のうちに拒否反応という壁を作っているんだろうなあというか、私も、Sに英語を指導するのに、これまでいろんな策で挑んできたけれど、なかなかうまくいかず、ずっと悩んでいた。

 そこで私は、それまでは「やれば出来る」的路線で本人を変えようとしていたのを、今回は発想を180度転換し、Sの周囲を変えてみようかと。Sの状況を、自分の跳び箱の経験と重ねながら・・・。

 Sの周囲を変える方法とは、今Sは中2クラスに通っているが、プラス、現中1のクラスにも来てもらおうということ。
 ただし、2重に通うのは、Sにとって授業料も倍ほどかかり、テキスト代も2学年分になるので、中1クラスに入るのではなく、「見学」という名目にし、後ろの席に静かに座ってもらって、中1の授業を聞いてもらうという形をとっている。費用は、無料で・・・。

 というと、他の方から「え、それならうちの子も!」と言われてしまうかもしれない。プリゼミは公平さを重視しているので、これまでも平等を心掛けてきた。
 ただ、Sの場合は、中1の1年間プリゼミに通ったのに、英語に関しては私が責任を感じてしまうぐらいの力しかつかなかったことと、Sの苦手意識をとってやるために今までいろいろ策を練ってきたけれどネタ切れで、あともうこの方法しか思い浮かばないことと、この方法がSにとっては唯一の解決法だという確信(私のカン)があったこととで、思い切って踏み切ってみることに。

 初めはSにとって、中2の自分がひとり、中1クラスの後ろで参加する、ということに抵抗があったようで(そりゃそーだ)、やっぱりやめとくとか言われたりし、この計画もポシャリそうになったが、私には「この方法でうまくいきそう」という確信があったのと、1度でも来たら抵抗はなくなるだろうという見込みもあったので、なんとかうまいこと言いながら来させ、3月の半ばからスタート。

 で、現在の状況はというと、中2クラスの英語での授業ではちぢこまっているSも、英語の基礎の基礎から再スタートした中1クラスでは生き生きとし、後ろの席でうんうんとうなずきながら授業を聞き、毎回の単語テストも、今までのSにはないほどの挑みぶりで、しっかり覚えてくるようになり、高得点を取り続けている(今はいい点を取っているから言えるが、実は昨年の今頃は、同じテストで0点をよくとっていた)。

 中2クラスの英語の時間では周囲の子らにいつも「おまえさ〜」と言われまくり、家では上のきょうだいに「あんた、こんなんもわからんの?!」と言われ(身内、特にきょうだいに勉強をみてもらうと、この言葉は飛び交いやすい)、いつも肩身のせまい思いをしていたSにとって、中1クラスの英語ではアルファベットから学ぶ中1の子らに対して少し先輩な気持ちもあるのか、中1にうしろからSがアドバイスやヒントを言うこともあり、Sは伸び伸びと、かなり居心地良さそうにしている。
 そのちょっとした優越感が、「自分はやり直せそうだ」という自信につながり、Sを積極的な方向へ導いているのだろう。やはり、周囲を変えるという方法は、Sに合っていたようだ。

 この計画は大成功だと結論づけるには早すぎるが、てごたえがある。我ながらいいアイデアだと思う。

 前の学年の授業を見学するっていうシステムを、今後プリゼミの正式なシステムとして確立することも、検討してみようかな〜☆


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2010
5月 「ギターを始めた」

 実は、今年の4月から、ギター教室に通っている。
と言うと、「大人の科学」のミニエレキがきっかけと思われるのだが、そういうわけでもない

 その前までは、英会話に通っていた。○○という大手の英会話学校に通っていたのだが、年間払いで、3月末に1年間のレッスンが終わり、また4月から更新するかどうかという時期を迎えたとき、やはり「年間払い」というのが、私の警戒心のツボに今年は特にはまり、英会話はとりあえず1年間お休みすることに。

 そのかわり、何か他に習い事を見つけなきゃと。。。


 私のような講師という仕事は、世間とは時間帯が逆で、なかなかいろいろな人との交流を持ちにくい。そして特に私の場合は、他の講師を雇うでもないから、「同じ職場の人間」というつながりも持っていない。非常に孤立していると思う。
 また、自分が雇われている身でなく、いちおう肩書きとしては「塾長」なわけで、自分の教室を持ち、自分で方針を決め、自分の好きなように運営し、誰からも命令されることのないかわりに自分で判断を下し、それについて常に自分で責任を持つ。私の講師仲間はこういう状態を「一国一城の主」と表現する(しょっちゅう口にするので、たぶんクチグセだろう)。

 つまりは、塾長という仕事はとても閉じた世界で、気をつけないとひとりよがりになってしまいやすい世界だと思う。
 周りを見ると、「自分は常識人」と思い込んではるが実はすごく偏(かたよ)っている、という塾長が、けっこういらっしゃったりするので、ひょっとして自分も同類だったりして?と、不安になる。

 とまあ、うんじゃらかんじゃら言うて、ギターの話は?って感じだが、つまり私は、何か習い事をすることによって、世間との交流を断たないようにしたいと思っている。
 ホント、何か習い事でもするなどして、講師以外の人と触れ合う機会を意識して作らないと、ひきこもってしまいそー。

 あと、講師として、やはり「習い事」はしておきたいと思う。ふだん私は、人に教えるのが仕事だけに、逆に教えられる立場になるのは、とてもためになる
 私が講師として生徒に接している時、生徒の気持ちを汲み取ったり想像したりしているつもりだが、やはり想像するのと、実際に自分が生徒になって味わうのとでは、違うこともあったりして、いろいろ新しい発見があったりする。
 講師のみなさまには、自分がいい講師であるために、何か習い事をするっていうのは超オススメです。

 で、なんでギターやねん、と言われると、「弾けるとかっこいいから」。。。
 また、多岐にわたって才能を開かせると、今まで見えなかった世界が見えてきて視野が広がるだろうし、人間性を豊かにするためには良い事かなあと思って。

 それにしても、気軽にできそうな気がしてギターも買ったけれど、いざ始めると難しい難しいっっ

 ←別人に見えるかもしれませんが、ギターを持った私です(実物より良く写りすぎ。詐欺?)。

 自分のギターでありながら、これが「クラシックギター」なのか、「アコースティックギター」なのか、はたまた別の物なのか、不明。少なくとも、「エレキギター」でないことはわかる。

 本当にギターに触るのは初めてで、ギターの持ち方から教わり、ドレミファソラシドを弾く練習をし、1ヶ月経った今、なんとか出来るのは「ちょうちょ」の弾き語り。
気長にがんばっていこうと思います。



2010
5月 「さっそく心を鬼」

 4月の最初の日記で、「今年度からは心を鬼にして、生徒への安易な手助けはせぬようにしよう。」と決意し、生徒たちにもそのことを伝えているが、さっそく今、気がかりな子がひとりいる。

 新しい学年が始まると、各中学校で行事予定表や年間の定期テストの予定表などが配られる。
 それを、生徒はプリゼミに持ってきて私に見せてくれるのだが、持ってくるのを忘れる子も多く、いつまでもプリゼミで学校の予定を把握できなかったりすることがある。

 昨年は、それでもインターネットや他の学年の子が持ってきたくれたものを見て知ったりしたのだが、そうすると、「私がテスト日程を把握していて、生徒本人は2週間前でもぜんぜん把握していない」という状態になる事が、ザラにあった。
 私から生徒に「○○中学校は△△日からテストやろ、そやし昨日からもう2週間前入ってんねんで」と教えてあげるということがしょっちゅう。
 でも、これはおかしい事態。今年は、もうこういうことはやめたいと思う。

 今回のその子も、中学校で行事予定表をもらったのに、プリゼミに持ってくるのを忘れる上に、そこに書かれているテスト日程を把握していない。ちょっと遠い中学校で、そこから通っているプリゼミ生は他にいないので、その子が持ってくるしかないのだ。

 でも実は、私はインターネットでその子の学校の行事予定を調べ、本当はもう現在、テスト2週間前に突入している事実を把握している。

 予定表を持ってくるのを忘れたというその子に、
「テストの日はいつ?」と聞いても
「わからん」て答えるし、
「学校の先生とか、テストの話してはらへん?」と聞いても
「うーん、さあ」て答えるし、
大ヒントとして
「テスト2週間前になってへんか?2週間前じゃないのんか?」と言ってみても、
「うん、それはまだ(←何を根拠に(怒))」て答えるし。。。


でも、安易な手助けはしないと決めたし、ここで世話を焼くと、結局はこの子のためにならないから、、
「ちゃんと予定表チェックしておきや。」とだけアドバイスをあげて、終わりにした。

う〜む、早く気づいて、自分の学校の予定を自覚し、
私に伝えてくれますように(´人`)



2010
5月 「くねくねエラブユリ」

 じゃじゃ〜ん。これは、エラブユリ。
 毎年春のプリゼミプランターにはチューリップが定番だが、今回は、南京都高校からいただいた球根を植えてみた。
 植えたのは昨年の秋。どれくらいの深さに植えれば良いかわからず、しかも球根の上下もよくわからずテキトーに植えた。そのあとは、特に肥料をやるでもなく、ほぼ放置。
 しかし、そのわりにはたくましく育ち、今ではこんなんになった。

 そう、そんなに世話をやかなくても、ちゃんと育つのです、植物も人間も。

中をのぞくと、つぼみが♪
 どんな花が咲くかとっても楽しみ(´∀`*)人

(右の写真は昨年のクリスマス。あまりの小ささに、本当にユリになるのかと、あの頃は半信半疑だった。)


 ところで、左の写真は、このエラブユリを横から見たところ。

 4本あるが、4本ともクネクネしている。

 これがエラブユリの特徴??
…いえいえ、エラブユリはまっすぐ育つもの。
 こんな風にクネクネしているのは、多分うちだけ…。
日照条件に原因がある。

 うちの場合、プランターの設置場所には、太陽の光が東(写真の左側)からしか当たらない。
 すると、エラブユリは日光の当たるほうへと伸びていくので、真っ直ぐ上には伸びず、どうしても東へ伸びていき、倒れるような形になる。

 あまりにも東へカーブしてくるので、見兼ねた私がプランターの東西の向きをひっくり返す。
 すると、また日光のほうへ伸びていく形になり、反対の方へ曲がって再び倒れるような形になるので、そこでまたひっくり返す…の繰り返しで、気づくと、こんなジグザグの形になっていた。

 私は、この姿がいとおしくてたまらないが、人にこの写真を見せると、
「エラブユリがなんかかわいそうや」とか、「虐待や」とか、「エラブユリが悲鳴あげてるみたいに見えるわ」と、かわいそがられてしまう。

 なんで〜(’’?)
私には、エラブユリがるんるんと楽しそうに踊っているように見えるんだけどなぁ。
 ちょっとフラワーロック(←古っ)っぽい。(てっぺんにサングラスでもつけましょか。)

 とにかく、うちならではというか、うち独特の形、他では見ないうちだけのエラブユリの形に、私は鼻高々。ご自慢のエラブユリです。

 みんなと一緒がいいってワケじゃない。
 個性を認めてあげようo(^-^)o

 う〜ん、さすがプリゼミ。
生徒の個性を大事にして伸ばす教室だけに、プリゼミで育てられると、エラブユリでさえもこんな個性的な姿になるのだなぁ☆



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