| 過去のちょいから (`▽´) ショート日記 |
| <2008秋> 9・10・11月 |
| 2008 9月 「私は生徒に怒ることもある」 私は、「やさしい先生」だと思われることが多い。いえいえ、実際、やさしいのですよ(自分で言う!!)。でも、生徒に対して怒ることもある。それが、他の先生方には、あまり信じてもらえないことが多い。きっと、私が人見知りをするからだろう。プリゼミ以前に私が所属していた塾では、他の先生たちに、授業風景を見られたわけでもないのに、「みわこ先生は生徒にとても優しい。」と口々に言われていた。何を根拠にかワカラナイが、決して怒らない先生だと思われていた。真実は生徒のみぞ知る? 「私の怒る姿」を、保護者の方は、お子さまから伝え聞いておられるだろう。さらに、イベントに参加してくださった保護者のみなさまには、バレバレだろう(特にイモホリ)。車道に飛び出す子などに、 「(゜Д゜)ゴルァ!」 と思わず巻き舌で絶叫する私の姿を、直(じか)に見られているので…。 さて、「怒る」とひとくちに言っても、いろんなケースがある。上のように、車道に飛び出すなど、理屈は後回しでとにかくその場で「とっさの危険回避」を優先する場合の、「ゴルァ」的なびびらしタイプ。それから、やっていいことと悪いことの判断がつかぬ子に、自分の行動が他人に与える影響について考えさせるべく、私の不快感をストレートに表現する「なんやと?!」的な直行タイプ。また、無表情で物静かに話したり、だまって顔を見ることで察知させる「だから、何?」的な無言の重圧タイプ、などなど。 次回からは、過去の出来事の中から、「実際に、どんなシチュエーションで、どんな風に怒ったか、そして、そこに込める私の考えは何か」ということについて書いていこうと思う。 (…こう書くと、私がしょっちゅう怒るみたいに誤解されそうですが、そんなことはないですよ!念のため。 普段は、とぉぉぉっても優しいみわこ先生です(*`:´*)v☆イエイッ) 2008 9月 「ヘルプ・ミ〜!」 私が怒るお話は、今回はお休み。というのも、緊急事態発生!いや、緊急ではなく、実はもう2週間ほど悩まされています。トップページにも記載していますが、うまくインターネットが出来ない状態が続いているのです。 ここを読んで、どなたかわかる方、アドバイスをくださらないかなあ…と淡い期待を抱きつつ、下に、状況を書いてみます。 ●以下、ややこしい話で、読むのがしんどい内容だと思います。しかし、パソコンにお詳しい方や、ご興味のある方は、ぜひぜひ読んでくださって、私にアドバイスをしていただけたら、大変うれしいですm( _ _ )m。 ↓↓↓↓↓ ★これまでずっと、ケーブルは、モデムからルータを通してパソコンに接続していました。ルータは、たぶん4年ほどの使用になると思います。プロバイダはぷららで、Bフレッツで契約しています。 ★12日(金)の夕方までは、通常にネットにつなげられていました。それが、何もいじっていない(設定などは一切いじっていない)のに、その日の夜、なぜかネットにつながらなくなっていました。 ★ルータからは、有線LANで3台のパソコンに接続していました(1台はマック、2台はWindowsです)が、Windows2台ともが、ネットにつながらなくなりました。ですので、パソコン自体に原因はないと思います。 突然ネットがつながらなくなった原因として思い当たるのは、マックです。ここのところ、マックの調子がすこぶる悪く、電源を入れてもうまく立ち上がらなかったり、使用途中でいきなり電源が落ちたりすることがしょっちゅうでした。その日も、マックの電源トラブル(?)があり、そのことが何かしらルータに影響し、ルータの設定を書き換えてしまったのかもしれません(←いや、私もよくわかりません。素人が、わからないまま適当に述べています)。 もうひとつ考えられる原因は、ルータ自体が壊れたのかも、ということです。しかし、ランプが正常に点灯しており、外観的には問題ありません。 ★そこで、ルータを介さずに、ケーブルをモデムから直接パソコン1台(Windows XP)につなぎました。でも、それだけではネットにつながりませんでしたので、プロバイダであるぷららのサポートセンターに電話しました。指示をいただきながら、いろいろ設定をおこない(←あいまいな説明ですみません。私自身、あまり理解していなくて、言われるがままの操作をしていたのみなので)、手動でネットにつながるようになりました。ぷららのお兄さんが言うには、これでつながるのだから、モデムは正常で、原因はルータにあるとのこと。あとは、ルータのメーカーに問い合わせてください、とのことでした。 ★ところが、ルータのメーカーに問い合わせようとしても、サポートセンターが混み合いすぎて、電話を何度かけてもつながりません。 ★仕方がないので、ルータの説明書を片手に、自分なりにいろいろやっているうちに、せっかくぷららの指示を受けておこなった設定も、何かの操作で変えてしまったようで、ルータを介さずモデムからパソコンを直につないでも、ネットにつなげられなくなりました(泣)。 ★すったもんだして、今、自分なりに、ネットにつながる方法を見つけましたが、なんだかおかしなやり方で、無理矢理な感じです。 Windows XPで、今、こんなふうにつなげています。 ↓↓↓↓↓ ・コントロールパネルの中にある「ネットワーク接続」から、まず「ローカルエリア接続」を右クリック、「有効にする」をクリックします。しかし、しばらくすると黄色い三角のびっくりマークが出て、接続状態は「有効」ではなく、「限定または接続なし」と出てきます。しかし、その上で、今度はコントロールパネルの「ネットワーク接続」から「plala」を選択し、「接続」をクリックすると、ネットにつながるようになります。今は、この状況でなんとかネットが出来ていますが、黄色い三角のびっくりマークが出ているままなのが気になります。だからと言って、これを消すと、ネットは出来なくなります。 この方法でインターネットをするのは、ルータを介さずにモデムから直接パソコンにケーブルをつないでいる状態ではもちろん出来ますが、実は、ルータを介しても出来るのです。ただ、ルータの機械を介しているといえど、ルータの機能ではなく、ブリッジ機能でつながっているらしいです(と、以前にぷららのお兄さんがおっしゃっていました。私はよくわからないです。ブリッジて何?)。ですので、結局は、ルータの機械を介しても、パソコン1台しかネットできない状態です。 ★自力でルータの設定を試みようとしていますが、パソコンからルータを呼び出せません。ルータのIPアドレスも自動取得できません。 ・IPアドレスの自動取得は、「ローカルエリア接続」のプロパティから全般タブの中の「インターネットプロトコル」を選択、プロパティをクリックしておこなっています。 ・ルータを介さず、ケーブルでモデムとパソコンを直接つないだ場合は、ぷららのIPアドレス等を、自動で取得できます。 ・しかし、ルータを介してケーブルをつなぐと、自動取得の操作後、IPアドレス等の値が0になってしまっています(きっと、クリアされている?) そこで、アクセサリのコマンドプロンプトでIPアドレスの解放と再取得とやらを行うのですが、その再取得もできません。 ・ですので、ルータの説明書を見て、そこに記載されているルータのIPアドレスを手動で入れてみました。しかし、その後、ブラウザでルータの設定画面を呼び出そう(http://のあとに、ルータのデフォルトゲートウェイと同じ値を入力する)としても、呼び出せません。 これって、やはりルータが壊れているのでしょうか。しかし、ルータの電源ランプや有線LANの接続認識ランプ(Windowsと接続しているポートの番号のところ)はちゃんと点灯しており、見た目は正常なのですが…。 ただ、確かに、インターネットに突然つながらなくなった日、ルータの電源ランプが消えていました。そして、その後、ルータの電源アダプタ(コンセント)を抜き挿しするたんび、電源ランプがつく時もあれば、ときどきつかない時もありました。 ルータが原因なのか、何が原因なのか、よくわからないのですが、ルータのメーカーのサポートセンターが混みすぎて、問い合わせが出来なくて困っています。おかげで、自力での解決を強いられるゆえ、この2週間で、だいぶかしこくなりました。 ちなみに、ルータのサポートセンターへの電話料金は有料です。かけると、いったん「このまま、しばらくお待ち下さい」とか、うんたらというアナウンスが流れたあと、「ただ今混みあっていますので、あとでおかけ直しください」と言われちゃいます。これらのメッセージを聞くだけでも有料です。1回あたり、最短でも(つまり“ただ今混みあっていますので”の件(くだり)に到達するまでだけでも)20秒ほどかかります。何回もかけまくって、料金ばかり落ちていきます(号泣)。 いったん、パソコンから何から、全ての電源(コンセント)を抜く、という作業もしてみました。 毎日毎日、復旧作業に取り組んでいるのですが、モデムやルータは1階にあり、作業しているWindowsは3階にあるので、大変です!ひと作業ごとに1階と3階を行ったり来たりし、また、いちいちパソコンを再起動し、イライラ…。そんな毎日が2週間も続いています。 体力的にも精神的にも疲れてまいりましたorz。 …足に筋肉ついてきたかも。 何かおわかりになられる方、「こうしてみたら?」というご意見をお持ちの方、「あれはやってみたの?」と気になられる方、どうかぜひご連絡ください! メールは、たぶん送受信できると思います。でも、日々、ごちゃごちゃと設定をいじっているうちに、またもやネットが全く出来なくなる状況に陥る可能性も…。(というか、毎日、いったんはネットが出来なくなりーの、そこで一日に一回は、なんとかネットが出来る設定に戻しーの、トツギーノ、という日々をくり返しています。) 「せっかくメール送ったのに、反応ないぞ?」と思われた時は、こちらが、ネットがつながる状態に戻せず、にっちもさっちもいかない状況に陥っているのだと思います。そんな時は、お電話かFAXなどでお知らせください! ではでは、どなた様かのヘルプをお待ちしております。 よろしくお願い致しますm( _ _ )m。 |
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| 2008 10月 「ルータのその後(^▽^)」(ほぼウチワ話) 前回の日記を読んでくださった方の中で、アドバイスくださった方や、助けてくださった方、心配してくださった方がおられました。みなさん、ありがとうございました。 また、パソコン戦隊(隊員は6名=ブルー(←隊長)、ゴールド、グリーン、ピンク、ブラック(←副隊長)、レッド(←これだけ怪しい))まで結成され、みなさんにお力を貸していただきました。わざわざプリゼミに足を運んでいただき、1階教室のパソコンとルータをみてくださった隊員の方たち、本当にありがとうございました。 ピンク隊員、ルータを譲ってくださってありがとうございました。というか、借りパチしてしまい、ごめんなさい。今度、かぼちゃのおみやげを持って行きます。ブラック副隊長は、3階のパソコンを見られなかったことを心残りに感じてくださっています。2階以上は、信長さんが没しているかもしれず?(←内輪(うちわ)にしかわからない話で、読者のみなさま、ごめんなさい)。 完全復活ではないですが、8割ほど復活いたしました。みなみなさまのおかげです。 大感謝(´人`)ナムナム。 やはり、人はひとりでは生きていけないな、と思いました。ちょっと大げさですか?でも、こうやって協力してくださる方がいるのは、幸せだと思いました。人ってあったかいですね。人と横のつながりを持つ、というのは、本当に大事だと、つくづく感じました。みなさま、これからもよろしくお願い致します。 実は、ルータ以外にもパソコンのトラブルはありまして、ただ今、画像を扱う作業が出来にくくなっております。よって、画像のアップ等は今しばらく出来ませんことをご了承ください。こちらは、原因がわかっているので、自力で解決できると思います。 それでは、次回から、やっとこさ「私が怒る話」を始めたいと思います。(これをすごく楽しみにしている人が結構いてくださっています^^;) 2008 10月 「私が怒ったこと・その1(前編)」 今回から、9月の初めの日記で予告していたように、私が怒ったエピソードを書こうと思う。予定では、3つのお話を順番に書いていくつもり。 さて、今回は1つめのエピソード。生徒のプライバシーを守るため、いつの話かは明記しない。また、生徒の学年や性別も伏せておく。とりあえず、ある年の中学生クラスでの話。こんな事があった。 …プリゼミは月謝制で、生徒が月に一度、月謝袋を教室に持参し、私に手渡してくれる。 ところで、中学生というのは複雑な年頃で、素直に振る舞うことをダサい(←ひょっとして死語?)と感じ、何かとナマイキな言動をとりがち。悪態をつくことをカッコイイと感じたり、ぶっきらぼうな態度をとってイキってみたりする。それはよくわかる。でも、限度というものがある。それが、その線引きがわからず、どこまでが許される範囲かを見誤って、度を超えてしまう子がいる。 ある中学生クラスで、Aという生徒がいた(性別を伏せるため、“さん”も“くん”もつけない)。Aは常に反抗的な態度をとり、何につけても普通に行動してくれなかった。しゃべり方もまともでなかった。いつもカンにさわるような言葉を連発した。中学校でも問題児のレッテルを貼られ(いや、実際に、友達とつるんで少々悪質な事件も起こし)、学校の先生はAの家をよく訪ねておられた。 しかし、本当は根っから反抗しているのではなく、いきってみせたい態度が際立たしいだけだ(と私は見ている)。一方では、やるべきことはやる(宿題はちゃんとしてくるし、テスト前は一生懸命勉強する)子だった。部活動にもそこそこ熱中していた。 私から見て、Aはあるコンプレックス(詳細は言えない)を抱えていると見受けられるところがあった。それが根底にあるのか、Aは、悪態をつくことや、何かをしでかすことでしか自分を誇示する方法がわからない、不器用な子だったのだろう(あくまで私の見解だが)。 私への、お月謝袋の渡し方ひとつにとっても、素直でなかった。「はい、カネ。」と言いながら、私の机に向かって投げるのだ。注意しても改めてくれない。いや、注意すればするほどAが意固地になるのはわかっていたから、私もいろいろ策を練って挑んだ。どんなふうに挑んだかは、次回に。 そこで、もうひとつ問題なのは、クラスの中で一人でもそうする子がいると、他の子たちが感化されてしまうということだ。学校では絶対に大人しくしているような子も、悪ぶった態度へのあこがれみたいな、思春期特有の思いがある。人見知りな子ほど、学校では実現出来ない反動もあり、プリゼミという少人数クラスでの小さな空間では内弁慶になり、「悪ぶる勇気」が芽生えやすい。 かくして、このクラスの全員(4名)が私にお月謝袋を投げて渡すという異常な事態に陥った。 さて、そのとき私はどうしたか。その話も次回に。 ある日、Aの投げた月謝袋が、私の机に届かず床に落ちた。私が注意を促すと、Aは 「なに〜さ、自分で拾えば?」 私が再度忠告すると、Aは 「は?そんなん知るかっ。オマエが拾えよ。」 (この時だけでなく、Aはだいたい普段から、こんなしゃべり方) 私がどうやって対応していったか。 次回に続く |
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| 2008 11月 「『怒る』と『叱(しか)る』の違い」 さて、前回の話の続きはおいといて(おや?またですか − −;)、その前に、はさんでおきたい話がある。誤解がないようにと思って、先にこの話をば…。前回の話の続きのヒントでもあります。 私が話そうと思っている一連のエピソードは、「私が怒る」ということについて。ここで、「叱る」ではなく「怒る」という表現をつかっていることにご注目。 私は、「叱る」と「怒る」は違うと思っている。 ところで、先生という人間は「5つの者(しゃ)」を持っていなくてはならないそうだ。これは人からのウケウリのそのまたウケウリで、最近得た知識なのだが、その5つとは以下のとおり(だたし、後ろの青い部分は私自身の自己流の解釈)。 ☆医者…生徒の弱点を解決したり、過ちを正したりする。心のケアも。 ☆役者…先生という顔の他に、いろいろな顔をもって生徒に接する。 ☆学者…言わずもがな?学問があり、知識がある。 ☆易者(えきしゃ=占い師)…生徒の将来を想像しながらアドバイス。 ☆芸者…生徒を尊重&生徒のテンションをアップさせる。 この中で、「役者」についてだが、先生は生徒に対して、もちろん先生なのだが、時には母親や父親になったり、祖父や祖母になったり、友達になったり、先輩になったりする必要もあると思う。私は女だが、男になったりもする。生徒より年下になったりもする。また、時にはマジシャンになったり、エンタテイナーになったり、警官になったり、ヒーローになったり。「演じる」ことが必要な時もある。 大事なのは、生徒と先生という関係の根底には、「人間」対「人間」として接しようという意識が流れていなくちゃならない、ということ。そのために役者になる時がある。(心を鬼にすることも、そのひとつ。) そこで、「怒る」ということにつなげると、つまりは、先生としてエバって怒り散らすというのは論外で、そうではなく、私の「怒る」という行為は、役者としての手段のひとつだということ。 どういうことかというと…。 先ほどの「人間」対「人間」に戻るが、生徒をひとりの人間として捉え、私もひとりの人間として生徒と向かい合う時、お互いが鏡となっている。 話がいろいろ飛んで申し訳ないが、鏡とはどういうことか。人は時として、自分のおこないを客観的に判断できないことがあり、自分の言動がどういった結果をまねいたり、周囲にどういう影響を与えたりするか、知らない時がある。そこで相手の反応を見て初めて、自分がしたことがどういうことか、やっと理解する時がある。みなさんも、そうでしょう?私もそうです!で、その時、相手の反応が自分の言動を映す鏡になっているというワケです。 先生と生徒の関係において、生徒を指導する上で、常に生徒は先生の鏡となっている。こちらの指導が的確かどうかは、生徒の反応を見ればわかる。 そして、反対に、先生が生徒を映す鏡となる時もある。上に書いたように、自分(生徒)の言動が相手をどういう気持ちにさせるか、それを映す鏡に先生がなるのだ。 ところで、人間には「喜怒哀楽」という感情がある。この中に「叱る」というものはない。「叱る」は感情ではないからだ。しかし、「怒る」というのは感情だ。 生徒に接する時、先生は感情豊かに生徒と接することも必要だろう。本気で生徒と向かいあうなら、生徒の言動に対して、先生が心から喜ぶようすを素直に見せたり、幸せを感じている姿を見せなければ、心は通わせられない。自分のしたことで、相手がどういう気分になるか。それを体得させるのも、生徒の心の成長、つまりは人間力の成長につながる。いつも言うセリフだが、人間力あっての学力だ。 だから、時には先生の「怒る」ようすや「悲しむ」ようすを見せることも必要だ。例えば、「先生の顔きもちわるいな」と生徒が言ったとして、その時に先生が「そんなこと言っちゃいけませんよ。」と優しく言っても、なぜいけないのかが、生徒にはイマイチ伝わり切らないかもしれない。「先生、傷つくわ。」というセリフを言いつつ、その当人(先生)が心穏やかそうならば、説得力に欠けるかな、と私は思うが、どうかな?でも、そこで先生が本当に悲しそうな顔を見せるか、「失礼やわ!」と腹を立てて見せるかすれば、生徒は自分の言動が人を傷つけたり、不愉快な思いにさせてしまったりしたことを、心から理解するだろう。 「子どもなのだから」とか、「子ども相手に」という気持ちは湧いてしまうものだが、でも「子どもだからこそ」という姿勢が本当だと思う。何もわからない子どもだからこそ、諭(さと)してやらねばならない。 でも、そう思いつつも、やはり「子どもなのだから」という思いは正直なところ湧いてしまうもので、本気で怒る気持ちは出にくいので、実は私は、そこで「先生は本気で怒っているんだぞ、本気で悲しい気持ちになっているんだぞ、本気で傷ついているんだぞ」と、演じる部分が入ってしまうのは事実。それが、「役者」であるところ。 さて、この話をヒントに、「私が怒ったこと・その1」のエピソードで、あのあと私がどう対応したか、考えてみてくださいね。次回、答えを発表です。 (の予定です^^;) 2008 11月 「時機を外(はず)した」 いつも日記は上から順に書いているが、今回だけは、実はこの下の日記を先に書いてから、あとからこれを書いている。 ここのところ、「私が怒った話」をテーマに書こうとしているが、今月ずっと、どうしても続きを書くことができなかった。いや、実際には書いていたのだが、どうもうまく書けなかった。途中で文章が行き詰まったり、そこまで書いた自分の文章を読み返すと、「なんだかな〜」と、しっくりこなかったり。 文章を書くには、タイミングがある。 「怒った話」に触れ始めたのは、9月の最初だった。その時は、書く気満々で、モチベーションもあがっていた。ところが、そんな矢先に「インターネットがつながらない」というトラブルに見舞われ、書くチャンスを逃してしまった。 インターネットが復活して10月末と11月初めに続編を書いていたが、正直に言うと、あの時には気持ちが半減していて、書くのに苦労した。11月の初めの日記なんか、ちょっと話題それているし。 そうして、9月に持ちかけたネタがぶらさがったまま、10月が終わりーの、11月も半ばになりーの、トツギーノ(注:トツギーノはバカリズムのネタです、念のため。本気で嫁いだと思われる方がいらっしゃったらいけないので)。 そして、11月中旬はノド&気管支をやられて全身でぜ〜ぜ〜と息をする状態となり、パソコンに時間を割かないようにしていて…と、なんやかんやイイワケがましい? そして、11月後半になってまた書き始めたのだが、気が乗っていないというか、なかなかうまく書けず、なんとか書きあげても読み直すとイマイチだと感じてネット上にアップできなかったり、いくらか書き直しても、やはり「よし」と思えなかったり、とにかく、書いたり、消したり、ラジバンダリ。ここのところ毎日パソコンに向かえども、気分が乗って書ける日が来なかった。 それは、もう気持ちが他のほうにいってしまったからだ。つまりは、この2ヶ月のうちに、他に新たに書きたいと思うことや考えが浮かぶことがあって、そっちに頭がいってしまったのだ。だから、「怒りネタ」の続きを書こうとしても、気がそぞろというか、なんだかもう、「時機を外したな」という感じなのである。 書きたいと思う時に書かなきゃいけないのね、随筆って。(え、あんたが書いてんのって、随筆やったんかいな。「いや、そんな大したもんやないで。ただ言うてみただけ。」そやろなー。それより、なんかこれ、誰かのパクリちゃうん。「ハイ、そうですね。」あやまっといたほうがええで。「ご、ごめんなさい。」) てことで、「怒りネタ」は保留にしたろかいな、と思ったが、結構この話題に興味津々な人も多く、続きを楽しみに待っているとの声も聞くので、がんばって「その1」の分だけは仕上げてみた。 なかなか、気分が乗っていなかったので、いつもに増して駄文ですが(そのせいで、だらだらと長文)、なんとか書き上げましたので、どうぞ…。 ↓↓↓↓↓↓ 2008 11月 「私が怒ったこと・その1(後編)」 この日記を見てくださっている方から、 「続きはまだ(`A´)?」 という催促(サイソク)のおことばが…。「ひっぱりやがって」というお言葉もいただいております(オーコワ、ごめんなさい)。 では、さっそく。 まず最初、ある日、生徒Aがお月謝を私にむかって投げた(私の机の上に)。注意すればするほどAが意固地になるのはわかっていた。でもとりあえず、最初は「お金は投げるもんじゃない」というオーソドックスな注意から始めてみた。“投げるもんじゃないことの理由”として、「そのお金は、私があなたに勉強を教えている代価なんだ」という月謝の意味を説いてみた。そして、「それを投げるという行為が意味するものは何か」と。 しかし、このような並みの対応の仕方は、案の定、Aのぶっきら棒を気取る態度をかえって助長した。そして翌月は、投げ方がきつくなった。 Aはいつも、心ではわかってくれていても、それを素直に態度として出してくれず、余計につれない素振りをみせたり、態度を悪化させたりする。 そこで、今度は私がめっちゃさみしそうに、机上に投げられた袋を受け取り、「ありがとうございます…」と、ぽっそりとつぶやいてみせたりした。でも、それもAは見透かしているのか、私の裏をかくように、余計に反抗的な態度をとるばかり。 他生徒も、そんな私たちのようすを見ているわけだが、困ったことに、その子たちの目には私のAへの対応が「思考錯誤しながらのものである」とは映らず、「Aの投げる月謝袋を、叱ることなく受け取っている」と映ったようだ。しかもどんな形であれ、私は一応、お月謝をいただいたことに対してのお礼はAに対してもきちんと「ありがとうございます」と言っていたので、余計かもしれない、他の子たちは、「投げてもいいんだ」という勘違いをし、悪ぶった態度へのあこがれから“自分もやってみたい”という思いで、次の月からみんなもAのマネをして私に月謝袋を投げて渡すようになった。非常にやっかい。 「みんなさあ、家の人におこづかいもらうとき、投げて渡されたらどうよ?それとか、コンビニで、レジに代金を投げて払うの想像したら、それってどうよ?それが意味することって、何やと思う?」 とまあ、以前Aひとりが投げていた時にも、こんな話はみんなにしたのだが、忘れられてしまったのか、みんなが投げるようになってしまったもんだから、同じ話を、いまいちどしてみた。 「それって、『自分たちはお金を払うということが、エラいことだと思っています』って示しているようなもんやろ。『ほら、受け取れ』って感じで、相手を見下していることになるやろ。」 すると、クラスに4人いるうち2人は、それだけで次からは投げずに、手渡してくれるようになった。 Aと、もうひとり(=Bとする)だけは態度が改まらない中、数ヶ月、投げ続けた。私も「ええかげんにせーよ」と鬱陶(うっとう)しそうに言ったみたり(ただ、お月謝をいただいたことに対するお礼は、普段どおり「ありがとうございます」と伝えて)と、いろいろな形で対応していたある日、Aの投げた月謝袋が私の机に届かず、手前の床に落ちた。Aが知らんふりしているので「落ちたよ」と伝えると、Aは「自分で拾いーさ。」と言った。Aは、ただ気取りたい気持ちがあるだけで、その言動がどれほど失礼なことかということまでは、考えが及んでいなかった。 とりあえず私は、こわい顔をしながら無言で拾った。私のみじめな姿から、いかにA自身が横柄なことをしているのか、気づいてほしいと思いながら…。 でも、それは私が甘かったようで、全く意図が通じなかったどころか、やっかいなことに、Bがそれを見て、やはりまた勘違いし、わざと落とすようになったのだ。平気で私に「拾えば?」と言う。半分、おもしろがってという、軽いノリだった。 ちなみにBは、学校ではとてもおとなしい子である。 ったくもう、言ってやらにゃわからんのかい、という思いで、私は仕方なく、「お金を払うということが、そんなにエラいことなん?私はあんたらのほどこしを受けているんか?あんたら、大名様か?言い方悪いけど、私をこじき扱いか?人を無視した態度やな。…お金を渡すのに、落としといて『拾え』と言って拾わせるというのは、そういうことやろ。」と言ってみた。AもBも、そこでやっと自分の行為を客観的に理解できたようだった。 だが、それで次から素直な態度を取る、というワケにはいかない。あまのじゃくなAは、わかっていながらも、次も月謝袋を投げた。Bも、Aがそういう態度をとるものだから、マネをした。2人とも、わかっていつつも、まだ自分の虚栄心のほうが上回っているのだ。ただ、Aは度胸が据わっているのに対し、Bは私の顔色をうかがっている感があり、非常にアンバランスだった。そのくせBは『わざと落とす』というオプション付きだ。(Aは、わざと落とすということはなかったが、これまで、投げるゆえ、たまたま落ちることが数回あった。) そこでとうとう、「私を何やと思とんのや。人間と思とらんのか。」と、やっと私は、きつい口調で切り出した。「毎月、どう思てんねん。私が拾うからって、調子に乗りやがって。」と低い声で不快感をストレートに伝えると、教室がすっごく微妙な空気に包まれた。普段見せない私の顔に、さすがに事を悟った(自分の悪ふざけが許容範囲を超えていることを悟った)のか、Bは自分でわざと落とした月謝袋を拾って私に渡した。そして次の月から、投げなくなった。 Aはツワモノで、次の月もひとり投げ続けた。そして、また机に跳ねて袋が床に落ちた。私が「落ちたよ」と促せば、Aは「なに〜さ、自分で拾えば?」と突っぱねた。 私が「『自分で』とはどういう意味や。落としたあなたが拾いなさい。」と再度忠告すると、Aは「は?そんなん知るかっ。オマエが拾えよ。」 私は、考えたあげく、素直に怒(いか)ることにした。私の気持ちをそのまま見せることにした。Aのためだけでない。他の子のためでもある。特にBのためでもある。わざと落として拾わせるようなことをしていたBだが、先に態度を改めたのだ。ここでAを見過ごしたら、Bの信用を裏切るだろう。 私は大声で怒鳴った。 「どんな口きいとんのや!金を落として『オマエが拾え』てか。失礼すぎるんじゃ!あんたどんなけエラそやねん。月謝は私の授業への代価やろが。いかにも『金をやる』みたいな態度、どういうつもりやねん。拾う私がどんなけみじめか、わかっとるんか。あんたのやってること、人としてどないなんや!私に恵んでくれてるつもりか?そんなお金なら、せっかくやけど、いらんわ。投げられて拾わされるような月謝、もういらん。持って帰って。」 理屈うんぬんも理解はしているだろうが、私が、先生としてではなく、ひとりの人間として本当に腹を立てているのが、Aに心底伝わったようだった。 頭での判断ではなく、私が本当に拾わされることを嫌がっていることを心で判断できたAは、自分の虚栄心より私の気持ちを優先し、黙って月謝袋を拾い、私に手渡してくれた。そして次の月からも、投げつけなくなり、「ハイ」と言って手渡すようになってくれた。 Aのことだから、私にビビってということは、ありえない。 悪ぶるのもいいが、超えてはいけない線や、どこまでなら許されて、どこからは許されないかという線がある。子どもは、特に思春期の子は、目先の体面に気をとられてその線引きの判断が出来ないことが多く、悪ふざけが許容範囲を超えてしまうことは、たびたびあるものだ。 怒らず説き伏せることがいいのだろうが、状況によって、あえて感情を見せなければ、人間の心というものを伝えることができない時もあると、私は思う。といって、しょっちゅう感情をあらわにしすぎても良くない。たまにだからこそ、相手に届くのだと思う。感情を見せる時と、感情を見せない時のバランス。人だからこそ、その微妙なバランスをうまくあやつっていかなければならないと思う。 生徒からみて、私の言動は「先生」としてのものという風に受けとめられやすく、そんな既成概念のワンクッションが挟むと、説教くさいだけのものになり得る。 「先生」という肩書きを脱いで、ひとりの人間として、友達のような身近な人間として接するほうが、「ヘンな反発魂(ハンパツダマシイ)」を破ってあげられる時もある。だから、私は口調ひとつにしたって、先生っぽさをあえて打ち消すこともある。臨機応変は、重要だと思う。 Aは、私をなめているとか、尊敬していないとか、バカにしているとか、そういう風ではないだろう。Aとは、これ以外にも激しくケンカ(?)したことが何度もあったし、授業の途中で帰らせてしまうことも2、3回あった。プリゼミが気に入らないならやめろとも言ってきた。 しかし、いつもAは、どんなことがあっても次の授業の時にはそっと教室にやってきて、私の顔色を見て大丈夫と判断すると、「あんな〜、みわこ先生〜、聞いて聞いて〜」と、この前のことは気にしていないようなケロッとした風を装い(本当は気にしているのがわかるが、こちらもあえてケロッとあわせる)、親しげに話しかけてくる。普段は、学校の授業やクラブのこと、友達のこと、テレビの話題など、いろんな話をしてくれたり、「どうしたらいいと思う?」と相談を持ちかけてくれたりする。案外、慕ってくれていたのかも?少なくとも、決して私のことを嫌っていたのではないと思う。 また、中1の最初から入会し、プリゼミの中学クラスの3年間、たびたび、あれだけ私と戦いながらも、やめることなく卒業まで通い抜いてくれたのだから、なんやかんや言いながら、気に入って来てくれていたのかもしれない。 私はAのことを、不器用な性格の子だとは思っていたが、ちゃらんぽらんなわけではなく、物事にしっかり打ち込めたり、冷静に周囲を見渡せたりと、基本的に頭がいい子だとは思っていた。それは、そのままA自身にも、私がそう思っていることを伝えていた。 また、私が本気で怒るのは、その子に見込みを感じているからだという話もしていた。怒るのは、実は私にとってしんどいこと。エネルギー使うし、授業も中断するし、他の子がビビるし、クラスの空気は悪くなるし、怒ったあとの授業はやりにくいし、いったんは生徒に不満を抱かせるし、お互いの心はすり切れるし、真意が伝わらず生徒の退会につながる危険も孕(はら)んでいるし、とにかく怒るのは覚悟が必要で大変。だから本当は、あえて見過ごし、笑ってごまかして生徒のご機嫌をとっているほうが、非常にラク。でも、私がそうした時は、きっとその子を見限ってしまった時だということ。それを、Aには折に触れ、伝えてきた。だから、「私に諦(あきら)められたら、おしまいよ」とも。 さて、次回は、怒ったエピソードの「その2」を書くかもしれないし、書かないかもしれないし。怒った話は気分が乗った時に書くとして、次回は違う話題になるかも。 |