SWEET HOME
01

なんと言うことはない、ただのサボリの口実だ。そう、それはサボリの口実なのだ。
――――だから、罪悪感を感じるなんて馬鹿げている、と何度も繰り返し思うんだけど。

春に桜が咲けば、やれ花見がしたいと駄々をこね、夏に最高気温を記録すれば、海水浴だ、花火だとか、挙げ句の上に川床で流しそうめんがしたいと言う。ちょっと涼しくなって、秋の到来を感じるようになれば、月見だ、芋煮だ、焼き芋だと言い募る。ようやく静かになると思って冬を向かえれば、忘年会、クリスマス、ニューイヤー、新年会と各種イベントにご執着だ。どれだけ日々忙しいか、わかっていて、しつこくしつこく駄々をこねてみせる。情勢の今だ不安定な東部で、軍人総出で花見なんて笑い話にすらならない。
はっきり言って、もうその手のことは聞き飽きていた。そして、自分の仕事すら満足に終わらせてもいない大佐の、もはや定番になりつつあるサボりの口実に司令部の人間は誰も彼も冷たかった。





「――――いよおっ!」
その人は何故かいつも唐突にやってくる。もちろん、今回も例外ではない。実に勝手知ったる顔振りで東方司令部を闊歩するこの人に、階級差以前に積極的に係わりあいを持とうとする者はここにはいない。
仕事を滞りがちにしてくれる上司のいるこの東部で、問答無用の家族自慢に数時間身柄を拘束されるのは致命的なことになりえるのだ。
誰ともなく挨拶をし、司令室中が一斉にヒューズ中佐から視線を逸らした。
「――――大佐は、中庭にいらっしゃるはずですが」
さりげないホークアイ中尉の、厄介な佐官を追っ払う一言に、ヒューズ中佐は礼を言い、にこやかに去って行った。それを確認してから、無意識に詰めていた息を吐き出した。周囲からも安堵のため息がこぼれていた。
どうしてこうもあの佐官コンビは始末に負えないのだろう。
かつては数々の上官に始末に負えないモノとして扱われていた自分だが、あの人たちに比べればまだまだかわいいものだと真剣に思う。周囲にはどう思われていようが、決して同類とは言わせない。
ささやかながらの自分の抵抗になんとも言いようのない苦味が胸の内に広がって、大きなため息がこぼれた。これ以上不毛な考えに陥らないために、目の前に山済みにされている書類の処理に無理やり意識を向けた…。





今日は気分の良い秋晴れだった。なんとなく良いことが起こりそうな気分にさせるような。そして、そう思ったのはオレだけではなかったようだった。
この時点で、オレたちはこれから頭上に暗雲が立ち込めてくることを予想しておくべきだった。珍しくも大佐が、いまだ提出期限に余裕のある書類を朝っぱらから片付けていたのだ。しかも、驚きに目を見張るオレを、その人は怒りもせずに、たまにはこんな気分の日もあると堂々と胸を張って言った。そんなことを自慢気に言うのは人としてどうかと思うのだが、仕事をやる気になっている人の気分に水を差すまねはしない。もしもそんなことをしでかしたら、あおりを喰らうのは間違いなくオレたちだからだ。
秋の珍事として静かに見守ることこそが最大にして、唯一のオレたちにできることだった。

だが、その珍事は大方の予想に反して昼まで続いた。
にわか優等生になった大佐は、さもずっと優等生だと言わんばかりに、お昼を外に食べに行きたいと言い出した。昼にメシを食いに出て、2時間や3時間戻って来なかったことはざらな人だ。たった4時間足らずのその改心したかの様な行動で、自分の美しき副官の信頼を得られるとは思っていないのだろう、その口ぶりは大佐が中尉に言うにはあまりに控えめすぎた。しかし、ホークアイ中尉の同情を買うことには成功した。片付けられた書類の山を回収される傍ら、中尉に許可をもらって安堵の笑みを漏らした大佐は確かになんとなく哀れみを感じさせる。
ああ、オレはこの人について行くんだな‥‥‥
そう思えば思うほど、自分の存在にも哀れみを感じてきた。
タバコの煙が目にしみた。



ささやかな開放感に包まれ、大佐は通りがかりの市場をにこやかに歩いて行く。
顔見知りの八百屋の女将さんから、焼き芋にしたらおいしいわよと大量の芋をもっらた。市場で大量に手に入れた旬の芋と、焼き芋というその言葉に大佐の目が輝くのが見えたような気がした。
大量の芋を抱えんばかりに持たされたオレを引き連れて、いそいそと寄り道さえせずに軍部へと戻る。昼休みの時間内に戻れるというのは快挙だが、自分の手の内にある次のサボりの口実に氷の美女からの冷たい視線を向けられることを考えると足取りは次第に重くなって行った。――大佐とは対照的に。

そして、やっぱり危惧した通り、司令室に戻って開口一番、その人は焼き芋をしようじゃないかと言った。しかも、これから。業務時間の最中に。
うれしそうに顔をほころばせる大佐に、美しき副官が静かに告げた。
「――――仕事はどうなさるおつもりですか」
朝から真面目に仕事をしていた大佐だったが、書類の山は残念ながらまだまだ残っている。
大佐は果敢にも笑顔で言い放った。もちろん!これを片付けてからさ、と。
器用にもひくりとホークアイ中尉の左眉が跳ね上がった。

何かマズいモノでも食ってしまったかのような絶好調の大佐は、まるで詐欺のように、その書類の山を終わらせて見せた。大佐は、これでいいかと言わんばかりにホークアイ中尉を見る。
「私たちも仕事中です。それに、たった今、大佐が仕事を作って下さったので、それをほうり投げてサボることはでき兼ねます」
言外に仕事時間中にそんなことできるかと、中尉は言っているのだが、これが通じないのが大佐だった。
「―――――焼き芋。仕事を終わったらいいって言ったじゃないか」
誰もそんなことを言った覚えはないが、大佐は頬を膨らませ、口を尖らせる。
「大佐が終わっても、私たちは終わっていません」
「じゃあ、先に準備して待っているよ。中庭にいる」
大佐は、中尉の尚一層冷たい視線を振り切るかのように、司令室を大量の芋を両手に抱えて飛び出していった。
後に残ったのは、大佐が目を通した大量の書類。大佐にとっては、これで終了かもしれないが、オレたちにとってはこれからだった。そして、突然とも言うべくして大量に生じた仕事を前にしていたときに、ヒューズ中佐がやって来たのだった。

そして、このとき、オレたちは、厄介な佐官を無事に追い払えたことに安堵していた。


02

「ロイ‥‥‥‥」
中庭に行ったら、そこにはレイキを持って真剣な顔で落ち葉をかき集めている親友と、その親友に細やかな指示を出すこの東方司令部の最高司令官がベンチに座っていた。この2人のせいで誰一人として中庭に降りて来るものがいない。普段は、近道と称して、横切っていくものが耐えないのに。

「―――ヒューズ君じゃないかね。ちょうどいい。マスタング君を手伝ってあげなさいよ。マスタング君1人だと十分な量の落ち葉を集めるのに日が暮れてしまいそうだからね。どうしたものかと思っていたところなんだよ」
老将軍にロイより先に見つけられ手招きされた。
中央の軍法会議所の人間が、突然顔を出しても驚いた様子すらみせない。
老将軍の隣には、新聞紙に包まれた大量の芋が積み重なっていた。――――どうやら2人はここで焼き芋をする気らしい。
「マスタング君のところの子たちはね、仕事に追われてて、焼き芋どころじゃないって言うんだよ。なんかね、あまりにマスタング君がかわいそうだったから、ここで一番ヒマなワシが付き合ってやろうと腰を上げたのはよかったんだが‥‥‥‥」
「―――いつまでたっても、火を付けるに至らない、ですか?」
おそらくロイのものだろうコートを肩から掛けて、いまいち不出来な様子の司令官に、やさしい視線を投げている姿はまさに、好々爺そのものだ。
「ここで甘やかすから、マスタング君はいつまで経っても、どこか鈍臭いままなのだろうけどね」
その目が、ロイを通して遠くを見ているような気がした。
「――――まあ、でも、恐らくその方が、敵味方関わらずいいんだろうねえ」
「そう、思われますか?」
「うん。それにあんなに一所懸命でかわいらしいじゃないか。焔の錬金術師と言えども、落ち葉一枚、意のままにできず、悪戦苦闘しているなんて。―――――ほら、ようやく君に気が付いた」
「手伝ってきます」

ロイの手からレイキを奪い、ロイには倉庫にもう一本取りにいかせた。
奴が戻ってくる内に、大方の落ち葉を一ヶ所に集めてしまっていた。
ようやく戻ってきた奴は、予想通り、手際よく集められた落ち葉を見て、ため息をついたが、昔からのことにもう何も文句をいう気はないらしいが、どうも腹が立つと言わんばっかりにぶつぶつ文句を言いながらも、俺の指示に従った。
しばらくして、ようやく十分な量の落ち葉が集まり、芋を入れ、火をつける。
しかし、生の芋を焼けるのをじっと待っていられるほど我慢強くないオレたちはここぞとばかりに錬金術を使った。芋に高圧力を加えて、一気に熱を加える。もう、これで食べられるが、香ばしさと雰囲気を出すためにわざわざ焼く。
数分を経たずに、司令部中を香ばしい匂いが漂う。司令部に不釣合いな匂いに、多くの者がその発生元を探して中庭に顔を出した。それを待ち構えていた将軍が手招きして呼び寄せ、将軍と佐官2人が作った焼き芋を渡していく。どの顔も戸惑ってはいたが、うれしそうに礼を言い、ご相伴に預かっていた。
実際、美味しくできたと思う。

そんな中、ロイだけが焼き芋に手を出さない。
「――――何?お前、食わねえの?」
「私はウチの奴らが来てから一緒に食べる。仕事が終わったら来るだろうからな」
ロイにしては珍しいほど、うれしそうに笑った。焼き芋を囲んで、いつになく和やかな雰囲気だった。
家族の縁が薄い奴は、こういう身内でやるイベントに憧れを持っていることをオレは長年の縁から知っていたが、どうやら、この将軍も分かっているらしい。こんなマネができるチャンスは、奴の人生の中ではもしかしたらこの東方にいる間だけになるのかもしれない。だから、このじじいは仕事を置いてまでこんなことに付き合っているんだろう。

将軍が室内の者へお土産にと、数本手にしたのを、契機に俺も一緒に席を立った。忙しない中でも、東部に寄り道してよかった、そう思う穏やかな秋の午後だった。
将軍を執務室に送ってから、何となく司令室を覗けば、誰の机の上にも山のように書類が乗ってて、室内中が異様に殺気立ち必死に書類を片付けていた。

あまりに声が掛けずらくて、ヒューズはそのまま彼らの邪魔せずにセントラルへ戻っていった。
早く、行ってやれ、と心に思って。


03

真面目に仕事をしていた。休憩を全く取らずに、必死になって大量の書類を片付けた、が、頑張ってどうにかなるような量では元からなかったのだ。その内、何でこんなに必死になっているのか疑問に思った。我に返るとはこのことだ。
上司はいつものようにサボってんのに。

そう思い至って、はっと顔を上げた。外は暗い。もう、すぐに定時のベルがなるだろう。
―――なのに、大佐はいまだ戻ってこない‥‥‥‥
チラリと、周りを伺った。どうやら、周りもみんな似たり寄ったりの視線をさまよわせている。そのまま静かに、お互いを牽制し合っている内に、ベルが鳴った。
1人、2人とするすると席を立つ。
「―――大佐によろしく言っといてくれ、ハボック。俺たちは必死に仕事をしたが結局終わらなかった、と」
そう、ブレダが言った拍子にガタガタと一斉に席を立つ音が響いた。
「―――火の後始末、よろしくね。ハボック少尉」
そう、ホークアイ中尉が言ってしまえば、もう選択権などない。えー、と思っている内に、脱兎の如く、司令室から人がいなくなった。1人、立ち尽くすオレに夜勤に出てきたヤツらが不審げな目を向けた。

自分の不運を噛み締めながら中庭に向かう。甘い香ばしい匂いが中庭に続く廊下に漂っている。すれ違いさまに、他の部所のヤツらに礼をにこやかに言われる度に、胃が痛み始めた。





その人は日の落ちた暗い中庭に、1人ぽつんとベンチに座っていた。今だ、足元の焚き火からは、一条の煙が立ち昇り物悲しさを誘った。実に声が掛け辛い。立ちすくんでいたら、大佐がオレに気付いた。
「仕事は終わったか?」
「あー、その終わりませんでしたが、定時になったんで‥‥‥‥」
「帰ったのか、みんな‥‥‥‥‥‥」
大佐は静かに項垂れた。
居たたまれくって、アンタじゃないんですから、あんな量の書類が2、3時間で終わったりしませんから。その、オレたちも必死に頑張りはしましたがね、とふざけた調子で言えば、大佐からは、そうかとだけ返ってきた。手招きされるままに恐る恐る近づけば、焚き火の中から焼き芋を渡された。今だ温かいそれに言葉がでない。
大佐の腹がぐーー、っと鳴った。
この人は、この焼き芋を食べないでオレたちが来るのを待っていたんだと分かってしまったら、とたんに罪悪感なんてモノが湧く。
大佐のくせに、こんないじらしいマネをするなんて反則だっ!

思わず、オレは、まだ、芋煮会がありますよと言ってしまった。
2005/9/1