SOMEDAY
風の強い寒い日だった。
一足先に勝手知ったる大佐の家に帰ってきて、家中の明かりをつけて、暖炉に火を入れる。大佐が、先に上がったオレに不機嫌さも隠さず帰ってきたときに、暖かく迎えられるように。ついでにバスに湯を張りちょっとした夜食なんかも作って、あの人の帰りを待つ。
予想通りの深夜に聞き慣れた軍高官用の高級車特有のエンジン音が家の前で止まった。そして、少し間を置いて走り去っていく。
あの人は乱暴に呼び鈴を鳴らして、先に帰ったオレをわざわざ呼び出して玄関を開けさせるのだ、いつも。だから、オレはあの人が呼び鈴を押す前にさっさと玄関を開けるようになってしまった。でも、その日は違った。ドアが上げる微かな軋みすら避けるようにそっと開かれて、その隙間からその人が冷たい風と数枚の枯葉と共にするりと入ってきた。その腕に子犬を抱えて。
外は思った以上に風が強いらしい。黒髪が乱れに乱れて大佐の表情を隠してしまっていた。でも、それでも分かる。その視線が沈んでいることは。
それは何回も何回もくり返されたやり取りだった。そして、今回も同じことをくり返す。

「大佐、飼えないんですよ」
アンタだってもうそれは十分分かってる。
オレだって十分に分かってる。アンタがこんな寒い日に凍えていた子犬を見捨てて置けなかったことぐらい。それでも、首を縦に振ることはできなかった。
「――こんなに広いのに?」
どんなに広くとも、自分の家に帰ることすら日々苦心しているこの人がどうやって犬を飼うというのか。挙句の上、自分の面倒も碌に見れないでいるのに犬を飼うことなんてできはしない。
いつもの黒く強い視線は返らない。
「飼えないんです」
偉大な脳みそが詰まった小さな頭が、腕の中で寝息を立てている子犬をじっと見つめたままうなだれた。生まれて初めて得た安心できる場所で眠りこけて、自分を信頼しきった子犬を腕に抱いて。
「そうか…」
いつからか、この手のことで言い争うことはなくなった。それがなんだか寂しくもあった。
WEB拍手お礼SSより
2010/01/24