OZ
もう、やだ。
ご飯はマズイし、ベッドは硬いし、シャワーは泥水だし、耳鳴りは止まないし。



東部内乱の終結の噂がちらほら耳に入るようになってきた頃、ロイが珍しく駄々を捏ねた。数日前、同僚の錬金術師の行った練成で生じた爆風をまともに喰らい、地面に叩きつけられ体の広範囲に打撲を負っていた。戦闘になれば、痛みなど意識するヒマもなくなるのだろうが、待機中の身には堪えるんだろう。寝てても痛そうだし、立ってても痛そうだ。だが、だからと言って、早く戦闘が始まれとも思えない。
与えられた個人用の小さなテントは、佐官用と言えども粗末なもので、何処からともなく砂や埃が入ってきて居心地が悪い。しかし、強い日差しを遮る以上、このテントの中の方が圧倒的に居心地がいいことは考えるまでもなかった。
そんな中で、ロイの駄々っぷりは士官学校の頃を思い出させた。
まだ、寝ていたいとか、真水しかでないシャワーなんかいやだとか、授業がつまらないとか。よく、ぶつぶつ愚痴をたれていた奴だったのに、こっちに来てからコイツの愚痴らしい愚痴はとんと鳴りを潜めていた。
常に、最前線に立つコイツこそが、この不毛な内乱の終結を間近に感じているのかもしれない。そう思えば、こんな小休止の時間ぐらい、コイツのわがままの1つでも聞いてやりたくなった。そして、そう思ったのは俺だけでなく、ロイの下に付くことになって、まだ日が浅いホークアイ少尉もそうだったようだ。しかし、軍閥出身で武官の彼女は、子供のあしらい方など全く知らないのだろう。何かを言いたくても、どう言っていいものかというような顔を見せた。

―――こんなところ、もう飽きた。

それでも、彼女は奴の尽きることのない愚痴に、思い切って口を開いた。
「そうだわ。確か、ここから脱出する呪文があったはずです」
駄々を捏ねる子供の機嫌を必死に取ろうとホークアイが真剣な面持ちで言い募る。―――そう、OZの魔法使いで、と。そのセリフは耳に覚えがあった。かつて、自分もロイに言ったことがあった。ロイも、思い出したのだろう、にやりと笑顔をホークアイに向ける。親友のそんな顔は久しぶりだった。
「―――『There's no place like home !』 それは、私には効かないんだ。ホークアイ」
ドロシーがお家に帰るために唱えた呪文。





内乱に参戦し始めた頃、背後から味方に撃たれた夜に、熱に魘されてる奴に言った。
今なら、戦線を離脱できるぞ。このまま、目を閉じていろ、と。
ロイは頑なに頷かなかった。
覚悟があってここに来た奴だ。奴の錬金術に恐れをなして恐慌状態に陥った味方に撃たれたぐらいで、ここから逃げ帰るぐらいなら、士官学校になんか入らなかった。そして、ここに来た以上、成果を出さなければ全てが無意味になる。
―――何千、何万、殺してでも、生きて帰ってこい。
それでも、引くときは引け。それでも、弱音ぐらいは言え。そんな気持ちを込めて、OZのマジックスペルを言ったら、何て不遜な奴なんだ。何故、お前が私のホームなんだと、返ってきた。ロイはOZの魔法使い自体を知らなかった。だから、ホームという言葉に故郷とか家族とかを思うより、自分の居場所としての意味を思う。
お前のホームは、ハコじゃねえんだな。帰って来いって言う、お前の帰りを待つ人間がいるトコがお前のホームなんだな。
熱に魘された発言だとしても、お前にそう思われていたことがうれしいよ、ロイ。





「そのマジックスペルを唱えても、戻るホームはここしかないんだ。だから、それはコイツに効かない」
ぐっ、と言葉に詰まったホークアイが、では、私に何ができるでしょうかと問う。その目が何かせずにはいられないと色を帯びた。
「―――美味しいものが食べたい‥‥」
呟かれた言葉に、ホークアイがわかりましたと言って、テントを出て行った。
自分の駄々を、真に受けてもらって満足したロイは、きっと、彼女の持ってくるものが何であれ、美味しいものになるのだろう。
ロイは、出て行った彼女の後ろ姿を眩しそうな目で見ていた。



彼女は夜が明けきる前に、単車に乗って戻ってきた。その荷台にまだ若い牛を括り付けて。それを見て目を輝かせたロイが、牛肉が食べたい!牛肉が食べたい!と言い出した。
ホークアイは静かに頷いた。

「ええっと、リザちゃん、牛さばいたことあるの?」
「牛はありません」
「‥‥‥‥‥」
「ウサギやシシはあります。大差はないでしょう」
そう言って、彼女はロイのテントの前で、ナイフを振るった。

日が出て、キャンプにいる人間が動き出したとき、大量の血痕と肉塊を見ることになる。
2005/9/23