中央から左遷、いえ、栄転してきたばかりのマスタング中佐とホークアイ中尉、そんでオレ。3人で出張中です。
東部の辺境に国家錬金術師のスカウトのために来ています。
本来ならば、着任間もないマスタング中佐のする仕事ではないんですが、イヤガラセと称して回ってきた仕事です。
今度の上司はどうやら嫌われ者のようでが、中佐はそんなこと歯牙にもかけず、ご自分の忙しい状況を理解しているはずなのに、にっこり笑って、旅行だと言い切りました。
他人の迷惑を顧みないこの人の思考は、オレには全く分かりません。
日々、泣かされっぱなしで、涙が枯れる日は近いような気がしています。
あああ、今日も長い一日が終わりを向かえ、オレにとって最大の鬼門とも言える夜がやってきつつあります。
田舎へ出張――――、問題は宿泊施設にあります。
軍高官が普通泊まるようなレベルの宿なんてこんな田舎には存在しません。
あるのは、田舎生活を楽しむ人用の、長期滞在用のロッジぐらいです。ロッジというのは、言い過ぎでした。あー、平たく言ってしまえば、民家の空家を物好きな旅行者に格安で貸しているってノリです。
オレたちは軍人なので、男女揃って一つ屋根の下に泊まることは大きな問題にはなりません。それに、部屋数は多いですから、一部屋で雑魚寝とまではいきませんし。
問題は別なところにありました。
食事です。
自炊を余儀なくされるという所に大きな落とし穴がありました。
食材に関しては、近くの農家や牧場から好意で分けてもらえます。
田舎には、娯楽が少ないので、皆、都会からやって来た軍人に興味津々です。一目見ようと、何かしらを持って近づいて来てくれます。
しかも、その珍獣が愛想がよく、‥‥ハンサムなら、村を上げての歓迎ムードです。
思うところはいろいろありますが、食材が事欠かないのは良いことです。
マスタング中佐もホークアイ中尉も、野戦経験が豊富で、サバイバルには超一流でしょうが、いかんせんこの人たちは都会の人間でした。
ピーナッツが、落花生で、地中に実をつけると知ってひどく感心しています。
もらった食材を美味しく食べるめに必要な下ごしらえというものの存在をまるで知りません。
今夜も、荷馬車に揺られ、民家の空家に向かいながら、両手に今まで見たこともないという食材を抱えて顔を綻ばせている上官2人相手にお料理指南です。
泣いてしまいそうです。
2人は出来のいい生徒とは、決して、口が裂けても言えそうもありません。
オレは、とっととメシに有り付きたいです。
メシを作れという命令を待っているのに、この2人は決してそれを言ってくれません。
今夜は、さやえんどうを大量に貰ったので、それを犠牲にしようと考えています。
小さい頃から、食べ物で遊んじゃいけませんと言われて育ってきているので良心が痛みますが、2人がこれで遊んでいる内に、夕飯を作ってしまわないといつまでたっても、メシに有り付けません。
ここ数日で身に染みています。
「えーっとですね、これのすじをとってもらいたいんスけど‥‥‥」
「――――すじ?」
この人たちは、さやえんどうのすじさえ知りません。
これです、と実践してみせました。さやえんどうの端を折って、もう一方の端まで引く。そうすればサイドにあるすじが取れるというわけです。
これがすじです、と2人の前に差し出すと、その目が尊敬の色をおびて、オレを見上げてきます。
が、すぐに、キッチンの後ろに置いてあったダイニングテーブルの上に置かれた一山のさやえんどうに視線を落とし、恐る恐る、これ全部するのかね?と聞いてきたりします。
頷けば、2人の顔が強張ったが、やらないとか無理だとか言い出さないところが面白いです。
部下1人に全部をやらせるのは気兼ねしているのかもしれません。
この2人の判断基準がイマイチ掴めません。いつか掴める日が来るとも思えません。
一山のさやえんどうの1つを摘み、2人はすじをとり始めました。
――――オレはそれを背にして、夕食と翌日の朝食の準備に取り掛かります。
貰った野菜の大部分を種類とか問答無用で千切りにして、こちらも貰ったアボガドと、手早く作ったマヨネーズで和えサラダにします。これの残りは翌日のサンドイッチの具にしてしまうつもりで大量に作っておきました。香味野菜はトマトと煮込んで、生パスタを入れて出すつもりです。前に小麦粉と卵、少々の塩と水でパスタを作って見せたら拍手をされてしまいました。
メインは鳥です。2羽丸ごと貰ったので、もう面倒なので余っている野菜と一緒にそのままオーブンに放り込んでしまいました。それでも、絞めたての鳥は十分美味い。
問題は2人の作るさやえんどうです。
料理にあってもなくてもいいような扱いをすると怒るから性質が悪いです。でも、あってもなくてもかまわないが、目立つように扱えば満足してくれます‥‥‥。
毎晩、こんな調子です。
一日中、夕飯の献立を考えている自分が悲しいです。
「――――中佐、すじ、取れてませんが?」
「気のせいだよ、ホークアイ」
「除けといてください」
「―――あっ!‥‥‥‥ホークアイ、すじが取れていても、身が1/3になるのはどうだろう?」
「すじすら取れずに、身が1/3になるよりはマシではありませんか?」
「――――君が作ったさやえんどうは、平均して身が1/3程度だが、私のは2/5はある」
「1/15の差は、すじの差ですよ」
「たった、1個だけだろうっ!すじが取れなかったのはっ!1/15の差は歴然としているっ!!」
「―――――本当に、1個だけなのですか?」
「そうだ」
「先ほどので21個めです。すじが取れたのは5つに過ぎません」
マスタング中佐は、ぐっと言葉に詰まってしまいました。
背後で繰り広げられている会話があんまりで、オレは思わず振り返り、こぼしてしまいました。
「あー、別にそこまで神経質になんなくても‥‥‥」
とたんに、鋭い眼光で睨まれます。
「――――それは何かね?やってもやらなくてもいいことを私たちはしていたと言うことなのか?」
「全体の2/3が無駄になったわ」
「‥‥‥‥失言でした。申し訳ありません。さやえんどうはすじがあったらだめっス。食えたものではありません」
オレの言葉に中尉が頷いた。
「中佐、21個を除けてください」
「―――混ざってしまったから無理だよ。ホークアイ」
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、あらかじめ除けときました」
「頼もしいね、君は。さすが私の副官だ‥‥‥‥」
「光栄です」
マスタング中佐の作った21個のさやえんどうは、身のついたすじの山へ問答無用に強制移動させられてしまいました。
2人は大真面目なのだから、オレはどうしていいのか困ります。
ただ今夜も腹筋に力を込めて、腹がよじれそうになるのに耐えるだけです。
あらかた用意の終わったオレは、早く夕飯を食べるために2人のさやえんどう作りに参加しました。
一気に、さやえんどうの山が崩れていきます。
当然です。時間の掛かる作業ではありません。
それを目の当たりにして、2人とも大きなため息をつかれました。
「ハボック少尉はすごいわね」
本日も、氷の美女からお褒めのお言葉です。
「いえ、牛をさばける方がすごいっスよ」
オレは本心からそう言いました。
「こうなると、鳥を打ち落とすのが一番簡単だわ」
「君が一緒だと食べるものに困らくてすむから助かるよ。鴨も雉も、名も知らない鳥ですら美味しかった」
「中佐の火力があっての食材です。たいていは、焚き火で長時間に煮込むと食べれたものではないですから」
「そうか。あの頃はまだこんなに役立たずではなかったんだな」
外見からでは、なかなか分かりにくいですがこの二人は東部内乱の猛者です。
昔を思い出すように話し始めると二人の手は止まってしまいました。
その隙を突くようにさっさとさやえんどうを片付けるオレに大佐が気付き、またさやえんどうに手を伸ばします。
「いつか、名誉を挽回する機会があればいいんだがね」
そういって、真剣に手元に集中する中佐は妙にかわいかったです。
回復する機会や名誉があまりないことを知っているからかもしれません。
――――まあ、こんな日があってもいいのかもしれない、そう思いました。
翌日、グリンピースを渡して、2人してそれを床に巻き散らかし、あまつさえそれを片付けさせるまでは。
結局、この繰り返しだ。
ほだされ、こきつかわれ、1日3食賄う。
ああ、イーストシティが遠い‥‥‥