HAPPY HAVOC PROJECT 2
01

ホムンクルスを葬った後、一言で言ってしまえばこんなにあっさりしてることに、どれだけの時間と労力、人の命が費やされたんだろう。人外との戦い。オレと同じようにただの人間の力しかない奴らは、唯一、人外の存在と対等に戦えた人ならざる力をもつ錬金術師たちを守ることでしかその戦いに参加できなかった。今思えば、それはオレたちの戦いではなかったような気がする。今この戦場にこの自分の足で立って、思う。

ホムンクルスが消え去った後にこの国に残ったのは、泡となって消えた権力にそれでも縋ろうとする醜悪な老人たちがもたらした混乱だった。軍高官たちの亡命。執拗なアジテーション。待ったなしで攻めて来る他国軍。命令系統不在の軍部。軍の統制は乱れに乱れた。それでも、人は死が目前に現実として迫ったとき、その場で何よりも強いものに追従した。追従した存在が正しいか正しくないかは関係なく、ただその純粋で圧倒的な強さに。
軍はそう日をおかずして、この国に何が起きたのか事情を知るものたちの手によって統制を取り戻した。その人数はオレが思っていたよりもずっと多く、すぐさま他国の侵略に対する。―――その人はあまりにあっさりと頷いたと聞いた。内政を治めるために重要なこの地を離れ、侵略者たちと戦うため戦火の中に立つことに。そして、さっさと一人分の食糧を背負い、誰の見送りも受けず戦地へ向かってしまった。オレすら置いて。
オレがあの人に追いついたのは戦火の中でだった。第一声は、遅い、のただ一言だけだった。

あの人と共に、戦地から戦地へ渡り歩き、塹壕から塹壕へ這いずる日々。助かったことを漸く確認できた味方が廃墟と化した街の中でほっと息を付き、大きな輪を作って安酒を酌み交わす。階級なんてものは二の次で、生きていることを共に喜ぶ。そこはオレが知っているものでできていた。人を刺すほど瞬時に伸びる硬い爪とか、死んでもすぐ生き返るヤツとか、伸びる影なんてものはない。ありきたりな普通の、戦場だった。



そこは数日前から情報が途絶えた戦場だった。戦い激化していることは想像に容易かった。そして、現に焔の錬金術師がやってきたことすら気付かないほど、絶望的な戦況に敵も味方も浮き足だっていた。平地に塹壕が無数に掘られ、その周囲には敵味方関係なく朽ちた死体が転がっている。

「あー、こんな色あせて擦り切れた軍服にマントじゃあねえ」
そんな軽口を利きつつ無人の塹壕に身を隠す。隣をちらりと窺えば、その人は肩を竦めただけだった。ボロボロの格好のロイ・マスタング。何となくがっかりした。整容は戦地でそれを整えることを面倒臭がる人を何とか説き伏せて保っていたが、服まではなんとも仕様がなかった。窮地に颯爽と現れて、さくっと救うってのがこの人らしかったのに。
「―――お前は本当に貧乏くじばかりを引く…」
フードの下から現れるのは、イシュバールに出兵していた頃の髪が短くて少年の面影が残る、写真の中でしか見たことがない顔と、そう変わらない気がした。
先日、野宿中にメシ用の火を付けてもらったら、何故か自分の髪の先も燃やして、ちりちりにしていた。そんでオレがそれをきれいに整えたのだ。大佐は鏡がないこの状況で文句を言うことはなかった。
「アンタに出会ったのが運のツキってやつっスね」
最前線へ目を凝らすこの人は敵であっても人が死ぬのを良しとしない。敵も味方もできるだけ人が死なないようにできないか、まず考える。

自分よりだいぶ小さい背中にでっかい気迫が篭ったのを合図に同時に塹壕を飛び出し、一つ前の塹壕に身を寄せる。血と硝煙の臭いが増した。この人が混乱の最中に乱入する気なのは、今までの経験からよく分かっていた。止めたって無駄なことも。
命令なんてなくても、この人が何をしたいのか、自分が何をしたらいいのかは、呼吸をするより自然に分かった。影のように、行動をトレースする。この人の言葉すらそれを当然のこととして呟かれた。
「―――漸く治ったのに。もう少し長くベッドの上で療養していれば良いものを」
ベッドの上にいてこの人を守れるというのなら喜んでそうしただろう。
もう自分の手とも言える銃器とマガジンを確認する。オレがすることはこの人を守ることだけだった。戦火の熱はすぐそこにある。
「朝になれば、ホークアイ中尉が援軍をつれて来てくれます。大佐」
この地に入ることは既に連絡済みだった。援軍は来る。今までもそうだったし、これからもそうだ。中央にいる、今にもこの場に駆けつけたくてたまらない人たちがこの人を裏切るなんてことは考えられない。
「果たして、朝までもつかな」
見上げる先の空はまだ陽すら沈んでいなかった。陽が落ちる前の今、朝まで時間がありすぎた。

「ここで死ぬか、ハボック。この塹壕の中、この無数の死体と同じように、折り重なって。―――きっと、私たちの死体にもすぐさま蛆が湧く。他の死体と区別が付かなくなるだろう」
それはウソだ。きっと髪の毛一本しかのこらなくても敵も味方もアンタを他のヤツらとは区別して、探す。アンタの死を曖昧なままにしていて、安心して眠れない人間は数多い。
「肉が朽ち骨だけになり重なり合った私たちを土が覆い隠すだろう。誰も掘り起こしはしまい。そのままだ。未来永劫に」
振り返るその瞳は変わりなく黒く。でも、戦場でこんな風にこの黒い瞳を見るなんて随分久しぶりな気がした。
「―――プロポーズっスか?」
「プロポーズ?」
オレの言葉に大佐が目を見開く。さも意外そうに。
「だって、ずっと一緒なんでしょ?」
轟音が轟く。頭上を飛んで行く大砲。風向きが変わって、戦況に変化が生じたのだろう。人の気配が近づいてくる。黒い瞳がまた戦火へ向けられた。
「―――あー…、先にやれるだけのことをやってからだな」
大佐は面倒臭そうに呟いてから、自分の運を試すかのように、ゆっくりと塹壕から出て、銃弾の飛び交うその場に、立ち上がった。



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Q:ハボックさんの幸せって何でしょう?
A:飼い犬として墓場までも一緒(注:愛はあります)
  2007/08/27
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アンケートにご協力下さいましてありがとうございました! 年明けてしまいましたが、このようになりました(年末にアップする予定だったのですが!)。本当にありがとうございます!! へへへ。えー、ホムンクルスが一掃された後のアメストリスの状況とか、その後のいろいろを考えると私は身悶えしてしまいます(いろいろ考えすぎて収拾が付かなくなっていたりするんですが)。また、マスタングさんの身罷る状況もすっごく(激しく)身悶えてしまいます。マスタングさんとハボックさんは戦場で死ぬようなことは無縁だと考えていますが、こんな軽口の1つや2つ叩いただろうなあと妄想です。墓場(死に場所?)までも一緒だと軽口でもマスタングさんに言わせしめたのはハボックさんただひとりという感じで!
2008/01/07