エリシア・セブンティーン
レディ・エリシア。そう不本意なニックネームで呼ばれるきっかけを作ってしまったのは間違いなく自分自身にあると思う。でも、それでも、敢えて言わせてもらえば、この冗談を理解してくれなかった学友たちにも非があるんじゃないかしら…。
「エリシアさん、どんな方とご結婚なさるの?」
以前そう何気なく問われて、ちょっとふざけてファーストレディにしてくれる人と言ってみたことがある。私の予想としてはここで一発どっかんと笑いがとれるはずだった。なのに、現実は実に辛かった。どの子もみんな一様に真剣な目をして頷き、頑張ってねって。なにそれ! 私はその想定外な反応にとてもノリっつこみなんてできはしなかった。そして、そのタイミングを逃し続けている私は、今では学友たちどころかその父母たちにすら『レディ・エリシア』なんて呼ばれる始末。それもこれも自分の身の上話が美談として有名になってしまったせいに違いない…。
さっさと死んでしまった父さん、エリシアは父さんが心配するようなボーイフレンドひとり未だ作れてません。ああ、たくさんのボーイフレンドをたくさん墓前の前に引き連れて、父さんをきりきり舞いにさせてあげたかったのに…。



今日も、私の学友さまたちは人の良さと誠実さと無邪気さに、少々の好奇心を交えた視線を私に向けた。たった45分しかない学校の昼休み、色とりどりのハンカチーフに包まれたお弁当を片手に。
「レディ、お昼をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
善良な彼女たちに比べてやや人の良さに劣っている私は彼女たちを突っぱねることなんてできはしないのだった。だから、こう言うしかない…。
「ええ、私でよければ喜んで……」
まあ、どの道、彼女たちの関心の多くはある人に収束しているのだから。それほど多くの害はないとも言えた。

口ごもり、それでも彼女たちは意を決してその人物の名を口に乗せた。誰かに言わせようと小ずるいまねはせず、自らが言おうするその真摯な姿勢に敬意を称して、私はいつも話してしまうのだ。
「――やっぱりレディが結婚なさって、バージンロードを歩くときは、ロイ・マスタングさまが…?」
私は最近結婚にたどり着けるか不安になっているのよ…。そもそも、父さんがさっさと死んじゃって、じゃあ、その親友が父親代わりに、なんてロマンス小説じゃあるまいし。そりゃあ、母さんとロイは仲良しだけど、私は昔からロイが誰よりも仲良くしていた人をよく知っていた。
「きゃあ、ステキね!」
しかし、ご学友さまたちは私が何か言う前に自らの想像で盛り上がっていた…。

例えば、あのロイが私に対して教育的なこととか父親的役割なんてものはとんとしなかったし、された記憶もない。幼い頃の記憶ではっきりと残っているもののいくつかはロイのしょうもない教えのいくつかだった。
「いいかい、エリシア。自分の願いを叶えるにはどうしたらいい?」
「べんきょういっぱいするの!」
だって父さんも母さんも小さかった私の目から見ても勉強家だったから、そう答えた。
「ふふふ、そうだね」
でも、ロイは私の答えに楽しそうに笑う。
「ロイは?」
違うの? そう首を傾げたロイは声を潜めた。
「私かい? 私はね、そうだね……私の願いを的確に叶えてくれる人がいるから、その人にお願いするよ」
「えええ! エリシアもかなえてほしい!」
「でも、エリシア。その人にね、お願いしますと言うだけでは願いは叶えてはもらえないんだよ」
「えー!」
「方法があるんだ。知りたいかい?」
「うん! しりたい!」
そう言った私に、ロイは、私の前に膝を付き、じっと幼い私を見上げて言った。
「パパ…」
「…………。ロイ…、だれにおねがいしてるの?」
「君のパパだよ。君のパパほど私たちの願いを的確に叶えてくれる人はいないだろう。だからこそ、君のパパが気持ちよく積極的にかつ自主的に奔走できるようにお願いしなくちゃならないんだ。それが願いを叶えてもらうものの礼儀ともいえる。わかったかい?」
「―――うん。エリシアもやってみる」
ロイはにっこりとうれしそうに笑った。だから、これでいいんだと思ったのだ。幼い私は…。
私にとってロイはきっと原初の記憶から弟とかそういう類の存在なのだ。まあ、あの父とあの母の遺伝子でできてる自分だ。それも当然なのだと思う。

「父無き後の混乱の中でも、彼は、私たち家族に常に寄り添ってくれたわ。常に心に掛けていただいる、今もね、変わらないわ。私は父の言葉と同様に、彼の言葉を忘れたことはないのよ…」
良くも悪くも。だって忘れられないことばかりなんだもの。でもね、それをそのまま語るには限度があると思うの。だからと言って、この純真で善良なる彼女たちに嘘を語ることなど私にはできなかった。だから。だからこそ、本当のことをちょっこっと言葉と表現に気をつけて話す。そうしないとロイのパブリックイメージが崩壊しかねないから…。まあ、そもそもそんなもの気にしてる人じゃないけれど、ね…。
WEBCLAPより。2010/06/04