Don't Cry Baby After
「あー、ちょっとイイ?」

士官学校から腐れ縁の続く親友が、珍しくも人の都合を気遣う様子を見せたから、男気の厚い俺としては、話ぐらい聞いてやってもいいと思った。
―――――おう、いいぜ。先にこれ終わらせちまうから、ちょっと待ってろ。
ハボックが神妙な顔をして頷くのを、目の端にいれ、ああこれは恋の悩みだと思い至る。
人生なめた奴だが、飲んだ席でいつも、オレは恋に生きると管をまく結構純な野郎だ。
職場結婚して、寿退職するのがオレの壮大な夢だ――――、相変わらずハボックのジョークのセンスは際どい。意中の相手を知っているだけに。何も知らない幸せな奴の部下は、そのセリフに野太い歓声を上げていた。きっと、ハボの意中の相手がホークアイ中尉だと考えているのだろう。同じ部署での職場結婚の場合、夫婦で同じ職場に勤務は出来ないから、どちらかが異動するか、もしくは、寿退職となる。階級の低い方、つまり、ハボックが、だ。結婚して退職となると、自分より階級の高い相手でないと基本的に成り立たない構図といえる。だからこそ、ここでホークアイ中尉を念頭に浮かべることは正しい。正しいが、答えが常に正しいものとは限らない。同じ職場の上司はもう一人いた。
ハボックの夢は、壮大過ぎた。
ふざけた奴だが、このジョークの何割かは本音であることを俺は幸か不幸か知っている。
何においてもそつなくこなす要領のいい野郎が、人生初めてと言ってもいいほど悩み、迷い、戸惑っている。その相手がビミョーだとは言え、応援してやろうとか思ってしまうのが人間の情だと俺は思っている。



「――――――下手糞だって言われたんだけど」
人気のない、喫煙所まで引っ張って来られて、憮然とした表情でポツリと呟く。
「下手糞だってっ!言われたんだけどっ!!」
憤懣やるせないという表情で、俺に訴えられても困る。
「下手糞なのか?」
そう問えば、その顔が絶望に歪んでいく。ついには両手で俯ききった顔を覆った。
「下手糞なんだろぅ‥‥‥。あの人がそう言うんだから」
男女ともに経験豊富なあの人がそう言うからには、下手糞なんだろう。
「そうか、ハボ、下手糞だったんだな」
しみじみと言えば、顔を覆った両手の隙間から睨まれる。
「オイ、オレはこんなこと言われたの生まれて初めてだ。今までの女の子は、ジャンってスゴイわって、いっつも言ってくれたぜ?」
ハイハイ、それは良かったな。自慢話ならもう俺は行くぜ?
阿呆らしくて腰を浮かしかけたら、すがりつくようにオーバースカートを掴まれた。ああ?っと振り返れば、存外真面目な顔で見上げてくる。
「どうしたらいい?」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「ブレダ先生っ!どうしたらいいですかっ?!」
こんなに必死なコイツの顔なんて始めてのような気がして、絆されるように再びイスに座った。
でも、俺だって男相手のいい方法なんて知らねぇんだけど。
「俺がどうしたらいいか知っていると思うのか?オイ」
「お前なら、なんかいい方法を伝授してくれる」
信じきった、きらきらした目を向けられると無碍に突き放せない。
「―――――あー、んじゃあ、何して下手糞って言われたんだ?」
「普通にしてて」
「普通って、何よ?」
「普通は普通だろ?」
「お前の普通って何だってんの」
「騎乗位?後背位?」
騎乗位は世界的スタンダードな体位だ。
騎乗位、後背位が合わせて6割を占めるワン・ツゥーフィニッシュ体位ではある。
「あー、なんか分かってきた。お前さ、女抱くときのノリでやってんだろ」
「‥‥‥‥‥基本は一緒だろ?」
「基本ねぇ?結構奥深いのよ?これって。俺は最近すごい本を入手した。東方の島国の本なんだが、これがまたすごい。この国には、四十八手と呼ばれる48の体位があるんだ」
「48‥‥‥」
ハボックの目に力が戻ってきた。
単純な奴め。48の体位をマスターできたら下手糞呼ばわりを返上できると思ってんだろが、話はそうは進まねえんだよ。
「体位の多さを言いたいわけじゃねえんだ。ハボ。この国はなぁ、フリーセックスの国だ。アメストリスなんざ、この国に比べたらセックス後進国だぜ。濡らして、突っ込んで、吐き出して終わり。万事画一的すぎるのさ」
「それ以外に何かやることってあんの?」
「その!その考え方が後進的ってんだよ。快楽ってのは、追求すればするほど深くなって行くんだぜ。その一つの結論がこの前読んだ本に集約されていた」
「わかった。ブレダ先生。伝授してくれ。頼む!オレの明るい家族計画のために!!」
「子どもなんかできねえだろうがよ」
「そんなの、試して見なきゃわかんねえだろ?なんせ相手はあの人なんだから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
そう言われて、何となく納得する自分が心底嫌だった。



「後背位一つでも、手を当てる位置が違えば別の体位としてカウントされてる。
その結果として48種なんだ。
何で手を当てる位置一つで別の体位とされてるか、ここがミソだ。
快楽のポイントが変わるんだとよ。
―――――東方の医術で、経絡とかツボとかいう考え方がある。何でも人体を巡る気というものの通り道の重要なポイントらしい。
病気のときとか、このツボというものを押したりして、この気の巡りを通常に戻すと病気が治るとか言われている。まあ、この真意のほどは置いといてだ、このツボというものの中には、快楽のツボとか、セックスに効くツボなるものがあるらしい。
分かるか、ハボ。
手を当てる位置って言うのは、このツボなんだ。だから、手の位置一つで体位が変わるんだ。
膣が締まるツボ、尻の穴が締まるツボ、まあ、いろいろだ。
俺らの読むような雑誌にはこんなの書いてねえ。ただ、突っ込んで、ってだけだ。
そうなると、でかさとか長さに頼っただけのものになる。
そんなんじゃ濃厚な快楽の追求はねえって思うわけよ。
どうだ?この本読んでみるか」
かつてないほどに、神妙な顔をされて頷かれた。
「――――セックスって難しいんだな。オレは真面目さが足りなかった」
存在自体が不真面目な奴が、真面目に更生していく姿を目の当たりにしていくのは実に清清しい。今日も俺はいいことをした。俺、素晴らしい。
ハボックも、新たな目標を見つけ、珍しくやる気に満ちている。
それもこれも、俺様の輝かしい頭脳のおかげだ。
「よし、戻るか」
機嫌よく立ち上がった俺様にハボックが無邪気に言い放った。


「ブレダ、そんなにセックスの薀蓄に詳しいのって、お前が、短小だからなのか?」
2005/08/16