+  イオスのための幸せ計画  +




 コンコン。ノックの音に、ルヴァイドの病床につきそっていたイオスは顔を上げた。
 扉を開けたのは護界召喚士ソルだった。すっと扉をくぐったアヤの後について入ってきた彼は後ろ手に扉を閉める。
 アヤはイオスの顔を覗き込むようにし、少し心配そうな顔になった。
「ルヴァイドさんの様子は、どうですか? ……だいぶ悪いんですか?」
「いや、そんなことはないが」
 イオスが主君と仰ぐ彼は、時折苦しそうにするものの、今は穏やかな寝息をたてている。見ればすぐに安定が分かるはずなのだが。
「それにしちゃ、暗い顔してるぜ、あんた」
「ああ、それで……」
 ソルに言われ、イオスは納得する。さっきまで病床に付き添いながら、どんどん気持ちが沈んでいく自覚はあった。その暗い表情を見て、二人はルヴァイドの容態を心配したのだろう。
「疲れているんじゃありませんか? 私たちが見ていますから、イオスさんは休んできてください」
「いや、いい……。違うんだ。疲れているんじゃなくて……。
 ……ルヴァイド様の弱った姿なんて、今まで見たことがなかった。
 僕の知っているルヴァイド様は、いつも堂々として、強くて、立派な方だったんだ。だから」
 アヤは微笑む。
「……イオスさんは、本当にルヴァイドさんをリスペクトしてるんですね」
 いや、不安になってしまうだけだ、とイオスは思った。そして「リスペクト」は「尊敬」じゃだめなのか、と強く思った。
 ルヴァイドの病室となっているここは、聖王国の西の果て、サイジェントのフラットの一室だ。
 聖女を追ってやってきたデグレア軍は、誓約者たちの力にまるで歯がたたず、さらに総大将ルヴァイドが悪魔にとりつかれていたこともあって一気に壊滅状態におちいった。
 一時は絶望的かと思われたルヴァイドは、誓約者アヤと聖女アメルの力で一命を取りとめたものの、未だ意識を取り戻す様子もなく、そしてイオスは汚れた装備をといて借り物の服を着たまま、ずっとそのそばに付き添っているのだった。
「それでも、一度休んだほうがいい。俺の部屋を使っていいから、寝てこいよ」
 ソルがうながしたが、イオスはすぐに首を振った。
「いや、ここにいる」
「看病なら俺たちがするから心配ないぜ」
「いい。僕がついてる」
「心配なのはわかるけど、あんたまで倒れちゃ元も子もないだろ?」
「僕は大丈夫だ」
 頑固に拒否するイオスに、ソルは困った顔で「あのな……」と重ねる。
「待ってください、ソルさん」と止めたのはアヤだ。
「心配で心配で、休むどころじゃないんですよ。分かってあげてください」
「だけどな」
「ソルさんは鈍感なんだから……。愛する人のそばにいたいという乙女心、私にはよくわかります」
「……は?」 
 ソルは首をかしげ、イオスは口を開ける。アヤはというとしんみりした顔で、
「イオスさんのけなげな乙女心なんですよ。こういうことは女同士でしかわからないかもしれませんね」
 イオスは今の発言を頭の中で繰り返し、内容をよくよく吟味する。
「……ちょっと待て! 何を勘違いしている、僕は男だ!」
 アヤは一瞬不思議そうな顔をし、それからわけしり顔でうなずいた。
「ええ、わかりますよ。ルヴァイドさんを守るため、男として生きると決めたんですよね。女であることを捨てて……」
 胸を痛めた様子でため息をつき、
「でもイオスさん、あなたがそうやって自分を犠牲にすることを、ルヴァイドさんが喜ぶと思いますか?
 いつもそばにいる少女が、恋心を押し殺して、相手を守ることだけを考えて生きているなんて……。
 それを知ったら、ルヴァイドさんはきっと悲しみますよ」
 全く見当はずれな説得が続く。
「わたし決めたんです。みんなでイオスさんの恋を応援しようって。
 これからはみんなで影ながら応援しますからね、期待してください!
 それじゃ、まずトリスさんにこのことを話してきますね!」
「ちょっと待て!」
 イオスの制止もむなしく、アヤは元気に宣言すると同時に部屋を飛び出して行ってしまった。
 後に残されたのは、青ざめたイオスと、「あいつは一度決めたら止まらないからなあ……」とぼやく護界召喚士。
「違うんだ、僕は本当に男なんだ! こんな顔で背も小さいけど……」
 せめてもう一人には理解を得ようと言い募るイオスに、ソルはひらひら手を振り、
「大丈夫大丈夫、俺はちゃんとわかってるから」
 なだめるように言い聞かせる。ほっとしたイオスだったが、ソルは続けた。
「親子なんだろ?」
「………………お、やこ?」
「わかるぜ、だんだんおかしくなっていく親の姿を、見てるしかできないってのは辛いよな……。俺もそういうことがあったからさ」
 わずかに顔を曇らせ、彼はつぶやく。
「でも、親父さんはこうして生き残ったんだ、また親子仲良く暮らせるさ、きっとな」
 親子、が誰と誰のことを指しているのか、ようやくイオスは理解した。正しく言えば、理解できないふりを自分自身に対して続けられなくなった。
「……待て! なぜ僕がルヴァイド様の子供にならなきゃいけないんだ!」
「ああ、隠さなくていいぜ。ちゃんと、他のやつらには秘密にしておくから」
「年齢を考えてみろ! おかしいだろう!」
「年齢?」
 ソルは不思議そうに、
「確かに若い親父さんだけど、あんた今13くらいだろ? この人は若く見えるけどぎりぎり20代かちょうど30くらいとして、16・7の時の子なら全然おかしくないぜ?」
 そして思いついたふうに、そうかそれを気にしてたのか、とぽんと手を打つ。
「うちは逆だったんだよな。父上は外見的にもだいぶトシでさ。俺もそのことちょっと気にしてた頃があったよ。
 でも、若い親にも老けた親にも、それぞれにいいところはあるんだぜ」
 全く見当はずれな助言が続いた。
「誰が13だ! 僕はハタチ、今年で20才だ!」
 酒だって堂々と飲めるんだぞ。
 イオスは左手でベッドをばんばん叩きながら主張した(叩くたびにルヴァイドが「ぐっ!」「ううっ!」とうめき声を上げるのには残念ながら気づかなかった)。
 が、しかし、ソルの『29才と13才の親子説』にはなんのゆらぎもなかったようだ。
「そうだよな、早く大人にならなきゃって思うよな。うちもそうだったぜ。兄上や姉上なんか、まだ若いのにすっかり落ち着いちゃってさ……。
 でも、あんたにはみんながついてるんだから、無理して大人にならなくてもいいんだぜ?」
「だーかーら!」
 イオスがバシッとベッドを叩き、ルヴァイドが「ぐえっ」とうめいたとき、勢いよく扉が開いた。
「何を言ってるんです、ソルさん! イオスさんがルヴァイドさんの子どもだなんて、そんなはずないじゃありませんか!」
「アメル?」
 乱入者はレルムの村の聖女だった。ずっと立ち聞きしていたらしい彼女も、今のイオスには天の助け。
「そうだ、僕がルヴァイド様の子どもだなんて、」
「だって、イオスさんはミニスちゃんの生き別れのお兄さんなんですから!」
「……は?」
 『天の助け』の予想外の発言。再度目が点になったイオスをよそに、アメルは胸の前で指を組む。
「戦闘マップで会えば一目瞭然です。そろって金色あたまに紫の服、まさしく瓜二つ。見まちがえてイオスさんの方を操作しようとしようとしたことも一度や二度じゃありません。生き別れの兄妹であることは疑いないです!」
 操作?とイオスは聞き返そうとしたが、その前にソルが、
「っていうことは、ミニスもルヴァイドの子どもなのか?」
「ああ、その手がありました! そうだったんですね、イオスさん!」
「どういう理屈だ! 髪の色と服の色なんて……」
 兄妹の証拠になるか、と続ける前に、ドアが壊れる勢いで開けられた。
「イオス! アヤに全部聞いたよ! どうして言ってくれなかったの!」
 飛び込んできたトリスがいきなり抱きついてくる。目を真っ赤にした調律者は、
「知ってたら一人で苦しませたりしなかったのに! みずくさいわよ!」
 みずくさいもなにも昨日まで敵同士だったのだが。遅れて入ってきたネスティが、
「トリス、落ち着くんだ。イオスにだって色々事情があったんだろう。黙っていたことを責めるんじゃない」
とたしなめる。うなずいたトリスは目を拭い、照れたように微笑んだ。
「……ごめんね、あたし、誰かが犠牲になるのってダメなの。皆が幸せになってほしいんだよ」
 言いながらベッドに腰掛けた。上掛けのふくらみ方から言ってルヴァイドの腕の上っぽく、うーんうーんとうなされる声がしたが。
「まったく、熱くなるとすぐ前が見えなくなる……」
 あきれたようにメガネを押し上げた兄弟子だったが、ちらりとイオスを見、その視線を妹弟子に戻して、
「……アヤに言われただろう? イオスに幸せになってもらうために、僕たちは僕たちで出来ることをしようと」
「うん、そうだったわね、ネス。ね、イオス、あたしたちだけじゃなくて、フラットのみんなが全員で応援することにしたのよ。とくにリプレははりきっちゃって、」
「トーリスー! できたよー!」
「あ、ほら。リプレー! こっちー!」
 トリスの声に、フラットの万能主婦が戸口に現れる。彼女はイオスとトリスを交互に眺め、うふふ、と楽しそうに笑った。とっておきのプレゼントを用意したと言う様子で。
「イオスさんもいるんだね。ちょうどよかった。ほら見て、じゃーん」
 抱えていた布をばっと広げる。イオスはもう少しであごを落とすところだった。
 ……なんだそのひらひらきらきらのソレは! 袖にはフリル、すそにはリボン、それにしても生地がどこかで見たような……。
「もう出来たなんてすごいね、リプレ」
「こういうこと好きだもん。一度こんなの、作ってみたかったの」
 ……ワンピース、に見える。すそが長めの、少女趣味の……。その割には生地が紫で、前で止めるタイプで、すっごく見覚えがあるような……。ふりふりとひらひらを取り除いたら、ロングコートにみえるような……。
「目が覚めたら、ルヴァイドさんびっくりするよ。男の子だとばっかり思ってたイオスさんが、こんなかわいいかっこしてるんだもん」
「実は女の子だったんだよって教えてあげたら、きっとどきどきしちゃうね!」
 きゃーっと、顔を見合わせて歓声を上げ、それからトリスとリプレはそろってこっちを見た。
 イオスは思わず後ずさり、その足がベッドに当たって止まった。
「ほらイオス、着てみて!」
「い……いや、そんな……」
「大丈夫、サイズならぴったりだよ。これ、もとはイオスさんのコートだもん」
 がんっと、上空からタライが降ってきたようなショックがあった。脳天ではなくココロの方に。
「だからほら、着てみてよ」
「早く早く!」 
 楽しくてたまらない様子でふりふりひらひらを押し付けてくる。イオスは反射的にベッドの上に立ち、二人をかわして逃げようとした……が、自慢の俊足を活かすには、この部屋は狭すぎた。
 二人は即つめよってきて逃げ道をふさぐ。
「もう、イオスってば恥ずかしがりやなんだからー」
「ちょっとソル、女の子の着替えをのぞくつもり? 外で待ってなさい! ほら、これで大丈夫でしょ?」
 ――だれか教えてくれ。僕は泣くべきなのか、怒るべきなのか。
 ……とりあえず、ルヴァイドをふみつけていることに気付くべきだったのだろうが……。
「女の子同士、はずかしがることないじゃない」
「ちがう、はずかしがっているんじゃなくて、」
「あ、その上着薄いから、脱がなくてもその上からで着れるね。トリス、ちょっとつかまえてて」
「はーい」
「うわっ、何をする! 放せ!」
「わあ、ほら、似合う似合う!」
「せっかくだから髪も飾ろうよ。リボンないかな?」
「ああ、これこれ。わあ、いいじゃない!」

 *  *  *  *

 その夜。そっとケガ人の様子を見に行ったラミが見たのは、その枕元でしくしく泣いている少女(の格好をした人)だった。
 なぜ泣いているのかラミにはさっぱり分からなかったが、きっとなにか悲しい事があったに違いないと思い、せめてなぐさめになればと、大事なぬいぐるみのくまさんを貸してあげることにした。
 リボンとフリルに包まれた上に、ひざにくまさんを抱いたその人は、
「これじゃますます少女趣味じゃないか……」
 つぶやいてまたしくしく泣き出し、ラミを困惑させた。
「なかないで……おねえちゃん……」
「ちがう……ちがうんだ……」
「おねえちゃんがないてると……ラミも……かなしいよ……」
 ラミの目にもだんだん涙がたまりはじめる。

 そして、泣き声に気づいて目を覚ましたルヴァイドは、枕元で涙をこぼしあう少女二人(そのうち一人にはどうも見覚えがある気がした)に、この上なく困惑したという。

04.03.12


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これも某掲示板への投稿作です。
感想くださった皆様、その節はありがとうございました。

あんまりにもイオスの扱いがひどいので、
これ一本だけ、ずっと再掲しそこねていました……。
これでも私、サモン2の購買動機はイオス一目ぼれです(胸張り)。
初プレイ時は、本気で「実は女」だと思ってたものです。
ハタチと聞いてショックを受けたものです。