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再来、プニムでGO! 最終話 +
竜巻の間から4色の光がどんどん近づいてくる。王の叫びに応え、エルゴたちがこの地に現れたんだ。
「あーあ、こりゃリインバウム、滅んだな」
投げやりにそんなことが言えるのはガゼルくらいで、僕も、レイドも、イリアスも、ただ口を開けてその神々しい光を見上げるしかできなかった。
「ぷうにいいいいいい……」
虫取り網をはねのけ、うなり声とともにプニムが立ち上がった。短い両腕を天に向かって差し伸べる。それはまるで、絶対的な力を持った王が、世界の破壊を命じようとするかのようにみえた。
「ぷにいい!!」
勢いよく両手を振り下ろそうとしたそのとき。
エルゴの一つから、紫色の光が放たれた。それはまっすぐにプニムの元に届き、まばゆく彼を包んだ。
まぶしさに思わず目を閉じ、一拍をおいて目を開けたときには、竜巻も、暗雲も、エルゴたちもそこにはなかった。
そしてもう一つ。プニムの姿もなく、そこには、
「ハヤト!」
「あ……あれ……? ここどこだ? 俺、一体……」
目を丸くして、きょろきょろしているハヤト。僕たちのよく知る誓約者が、僕たちのよく知る姿で座り込んでいた。
「今のは……」
呆然とレイドが言うのに僕は答えた。
「サプレスのエルゴのようでしたね」
「そうか……。エルゴの王の危機に、エルゴたちが力を貸さないわけはなかったな」
「……ならもうちょっと早く治してやれって話だよな」
ガゼルのぼやきは風に消えた。
騒動で壊れたがれきの片付けに参加しているレイドたちにまざり、負傷した兵士たちのためエルエルを呼んでいると、
「キール」
ハヤトの声が僕を呼んだ。
振り返ると、
「あの……ごめんなキール。ちょっと思い出してきたよ。ずいぶん心配させたよな」
彼はいつもの、眉をハの字にした顔で僕を見ていた。僕はちょっと考え、体ごときちんとそっちに向き直った。
「そうだな。無駄に心配させられた気分だ」
「……あー……」
彼はどう謝ろうかというように、思案顔になった。僕は少し笑う。
「冗談だよ。いいんだ。無事に元に戻ってくれたから」
「キール……」
「でも、これきりにしてくれよ。プニムになるなんて、ぞっとしない」
「うん、気を付けるよ。もう二度とプニムにはならない」
彼はやっと笑った。僕も笑い返し、
「そうだね。プニムじゃなくポワソにしてくれよ。そしたら抱えてつれて歩くから」
彼の笑顔が一瞬かたまり、
「……来い! ゲルニカ!!」
叫びと、光と、一瞬の風圧の後、猛スピードで小さくなる獣界の王と、その背に乗った小さな影を僕は見送った。
「……ハヤト?」
「おい、キール……」
ガゼルが、引きつり笑いで声をかけてきた。
「今の、冗談で言ったんだよな?」
「え? 冗談って?」
「……………………」
結局、僕らの誓約者は、それから一週間くらいしてからフラットに帰ってきた。腹いせに一掃したという聖王都周辺の山賊の宝を山ほど持って。
「腹いせか……よっぽどプニム病がいやだったんだな」
「あのなあキール……。……まあいいか……」
お宝のほかに、彼は聖王都で評判のケーキ屋の商品をいくつか抱えていた。きゃあきゃあと自分の分を選んでいるリプレと子供たちを何となく観察していると、ハヤトが「キールは食べないのか?」と声をかけてきた。
「僕はいいよ。子どもたちに食べてもらうほうがいい」
いつにない甘いごちそうに、子どもたちは大喜びだ。ごく自然にモナティとガウムもまじっている。食べるのかな、ガウム。
「ケーキ屋の前で、オレンジ色のメイドさんが激しく客引きしててさ。断りきれなくて買ったんだけど、こんなけ喜んでもらえたんならよかったよ」
「そうだね。そう思うと、結局君がプニム病にかかったのも結果的に悪くはなかったのかな」
彼はまたハの字の眉になって、頭をかくだけで答えなかった。なので僕は、彼が留守の間に考えて結論を出したことを口に出した。
「ハヤト」
「うん?」
「もしまたプニム病にかかるなら、10年と少し先にしてくれ」
「10年と少し先? どうして?」
ハヤトが本気でわからない顔なのを不思議に思いつつ、僕は続けた。
「10年ちょっとすれば、僕が30代になってるだろう? 城だの派閥だのと言わなくても、すぐに治せるじゃないか」
非常に合理的に説明したつもりだったのに、返事はなかった。というか、完全にぽかーんとした顔で固まっている。
そして30秒ほどもたってから、
「……うん。キールはさ、いつまでもそのままでいてくれよ」
何か、あきらめたような悟ったような顔で、僕の肩に手を置いた。
「……? 僕はサプレスの悪魔ではないから、プニム病にはならないよ」
「うん、うん。そういうキールでいてくれ」
彼は何度か深くうなずくと、
「よし、俺たちもお菓子食べよう! 二度とプニム病にかからないように、体力つけないとな!」
そう言ってくるっとテーブルに向け振り返った先に、
「ぷにぃ!」
プニムがいた。横手の窓から中を覗き込んで、僕たちを見て手を振っていたんだ。
「あ」
窓を乗り越えてぷにっと中に落ちてきたプニムの、その短い手にリンゴの芯が握られているのを見て、僕は忘れていたことを思い出した。
「君、ハヤトを探しているときに会ったプニムか。そうだハヤト、」
と振り返った先にハヤトはいなかった。
「ハヤト?」
見回すと、ハヤトは真っ青になって反対側の壁に張り付いていた。
「どうかしたのか?」
「……な、なんでも」
「じゃあこの子を送還してやってくれ。はぐれなんだ」
「う、うん。わかった。後で」
「後で? 今じゃだめなのか?」
「……後で」
なんだかいろいろとトラウマが残ってるらしい誓約者と、首をひねる僕を見ながら、プニムだけがぷにぷにと上機嫌に笑っていた。
12.11.11