+ アルバな午後・帝国にて +
「ぐあっ……!」
跳ね飛ばされたアルバは灌木の茂みに背中からつっこんだ。
「アルバ!」
俺が叫ぶ間にも、ギアンの召喚獣が魔力を放ち、クラウレの槍が俺たちを狙う。二人の強敵を向こうに回し、戦況はじりじりと不利になってきていた。
「大丈夫か、アルバ!」
仮面の暗殺者と斬りあいながら呼ぶと、アルバが何とか上体を起こすのが見えた。
「くっ……負けるものか!」
歯を食いしばり立ち上がろうとしたその頭の上に、不意にローレライが現れる。
ちゃ〜ら〜ら〜ら〜と竪琴の音色と同時に、アルバがその場にがくっとくずれた。
そして。
ずるり。ずるり。
アルバが茂みの中に吸い込まれてゆく。まるで誰かが向こうから引っ張っているかのように……。
頭の先っぽが茂みの中に消えて、3秒後。
「よしクラウレ! 俺……じゃないおいらが相手だ!」
茂みから元気いっぱいに人影が飛び出してきた。後頭部のしっぽと、大剣と、腰に巻いた上着と、額には傷跡、……らしきもの。
「よかったアルバ! 無事だったんだね!」
ルシアンがそいつに安堵の声を投げた。いやいやちょっと待てよ。しっぽは明らかに毛糸でできてるだろ。大剣はアルバのより一回り大きいだろ。上着は似てるようでちょっと違うだろ。ついでに傷跡、どう見ても絵の具だ!
「アルバ、今の怪我は大丈夫? リプシーを呼ぶよ」
「ありがとう、俺は大丈夫だ。さ、行くぞ! ……えっとゴーグルのきみ」
「あはは、ルシアンだよ、アルバ」
正気かルシアン。「いやちょっと待てよ!」と俺は割り込む。そいつに向き直り、
「誰だ、あんた」
相手はほんわかした笑顔になった。
「俺? アルバ。君は?」
「だ・れ・だ、あ・ん・た・は」
俺はありったけの眼力で威圧した。相手はひるむでもなく、おもむろにポケットから手帳を取り出し、銀髪、戦士、男の子……とつぶやきながら忙しく字面を追っていたけれどやがて、
「あー、この子がライか。うん、腕輪で青い目で……。そうか、こんな小さい子が、大変だなあ……」
「けなげなものを見る目で俺を見るな!」
「ちょっとライ! この忙しいときにアルバと何もめてるのよ!」
リシェルの怒鳴り声が飛んだ。おまえまで……。
「隣接してると来るわよ! ギアンの召喚!」
俺・ルシアン・アルバを名乗る誰か、の三人が一直線上に隣接してることに気づいて背筋が凍った。
「いまさら気づいても遅い! 消えてしまえ!!」
ギアンの魔力が一気に膨らむ。そして自称アルバが剣を掲げた。
「メイトルパのエルゴ! 頼む!」
辺りが一瞬の光に包まれる。ギアンの放った召喚獣が消え去った。
「なに……?! 送還術だと?!」
ギアンが愕然と叫んだ。俺もあっけに取られる。ギアン以外に送還術の使える人がいるなんて……。
こいつ、ただものじゃない。じわりと剣を握る手に汗がにじんだ。
「ギアン様お下がりを! ここは私が!」
クラウレが地を蹴って羽ばたいた。自称アルバめがけすばやく宙を舞う彼に、
「そうはいきません!」
かわいい声が叫んだ。杖を振り上げる召喚士は、毛皮のコートにへそ出しのコスチューム、さらには特徴的なウサギ3匹がついた帽子を被って、
「……ちょっとちょっとちょっとおまえ誰だ!」
「私はリシェルさんです。ツヴァイレライ!」
「ぐわぁっ!!」
「ツヴァイレライを呼ぶリシェルがいるか! あと、あいつの帽子のウサギはそんな生き生きした目をしてないぞ!」
骸骨の騎士にクラウレが吹っ飛ばされるのを横目で見ながら指を突きつけると、自称リシェル……長い紺色の髪の、やさしそうな女の子だった……は困ったように両手で帽子をおさえた。
「ダメでしたか? リプレさんに教わりながら、がんばって作ったんですが……」
「いや、よくできとるぞクラレット。気にするな気にするな。そっちのおまえさんも、あんまり細かいことを言ってやらんでくれ」
横から口をはさんだのは、でかいゴーグルを頭につけた大男だった。盾と、白タイツと、首に二枚のスカーフを巻いているが、なぜか上半身は裸だ。
ツッコミようもなく半眼でじとーっと見ていると、そいつはちょいちょいと自称アルバをつっつく。小声で、
「やっぱりワシがこの子というのは無理があったんじゃないか?」
「うーん……髪の色が違うけど、スウォンにしとくべきだったかなあ」
「ジンガさんがよかったんじゃないでしょうか」
ぼそぼそと相談を始めるのに偽リシェルも加わった。ぼけーっと見ていた俺は、風を切る音を聞いてはっと振り向いた。こちらに向け飛んでくる投具。とっさに反応できなかった俺の目の前で、銀色の槍がそれを叩き落した。
「あぶな……サンキュー兄貴!」
「気にするな少年!」
気安く右手を上げたのは、帝国の軍服を着た槍使いだった。金髪の。
「……ってあんた兄貴じゃないだろ!」
「うん。自分も、レイド先輩の方が髪の色が似てると主張はしたんだ。だが槍使いが自分だけなものでね、細かいことには目をつぶってもらおうということになった」
「聞いてねえよ!」
つり目がちの顔を人のよさそうな笑みで一杯にして、槍使いは頭を掻く。俺はもう一声怒鳴ろうとして、……気がついた。
シンゲンがいない。着流し姿で、短い髪を無理やり頭の上で結ってる横切りの剣士はいるが、妙に長い前髪の下からのぞくのは、異様に鋭い隻眼だ。
セイロンもいなかった。頭に左右に二股の木の枝をくくりつけた拳士が、「アニキ! こっちはおれっちに任せてくれよ!」と敵に正拳突きを見舞っている。
そしてさっきまでコーラルがいた場所で「がんばってくださいですのー」と両手を振るのは、尻尾っぽいものを一本と角っぽいものを2本頭につけ、緑色のノースリーブを着たレビットの女の子。
「あはははは……」と微妙な半笑いで投具を放っているオレンジ色のくのいちだけは、アカネ本人だった。ことさらに顔を背けて、何も見てません何も気づいてませんという態度を貫いている。
「ライ!」
自称アルバがすぐ横にきて俺の肩を叩いていた。
「どうしたんだ? どこか怪我でもしてるのか」
その言葉に、みんながいっせいにこっちを見た。見知らぬ召喚士と、横切り剣士と、侍と、拳士と、槍使いと、レビットと、そしてこの只者じゃない大剣使いが。
彼らの視線の中央で、俺は隠れる場所もなく立ちすくんだ。
「……いや……うん、してないよ……」
「そっか。怪我したらすぐ言ってくれよ。エルエルを呼ぶから」
「……あはは……ありがとう、……ア、アルバ」
自称アルバはうれしそうに笑み崩れた。「よし!」と右手の大剣を振り上げる。
「いくぞみんな! サイジェントの……じゃなかったこの町の平和は俺たちが守る!」
「おーっ!!!」
ユニットたちはいっせいに楽しそうな声をあげた。
「ギアンは俺に任せろ!」 アルバが敵陣の真ん中へと駆けた。俺もぶら下げていた武器を構え直す。
……たぶん、細かいことは追求しない方がいい。ああ、きっと細かいことなんだ。気にするな俺。その方が身のためだ。
一人暮らしで身に付けた処世術を自分に言い聞かせながら、俺はとりあえずアルバの後を追って走った。
07.3.21
「アルバな午後」へのメッセージで、
「ハヤトならアルバに似せる努力をしそう」といただきまして、
それだー!!とばかりに書いてしまったネタでございます。
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