+  アルバな午後  +


「トウヤにーちゃーーーん!!!」
 フラットの玄関を蹴り開けてアルバが駆け込んできたのは昼下がり、ちょうど僕が昼食のパンをかじって飲み下そうとした時だった。
「トウヤにーちゃん! おいらに横切りを教えてください! お願いします!」
 アルバはいきなり食堂の床に手を着いて頭を下げる。あまりの勢いに、アルバのしっぽ(縛った髪とも言う)が大きく弧を描き、腰に下げた大剣が床に音を立ててぶつかった。
 僕はといえば……びっくりした拍子にのどにつっかえたパンのせいで、息がつまるやらむせ返るやら大変だった。
「……ホレ」
 向かいに座っていたガゼルが、冷静に水を差し出してくれる。それをのどに流し込んで、再度いくつか咳き込み、
「……アルバ? きみ、ルヴァイドやイオスと一緒に、帝国に行ったんじゃなかったのかい」
「うん」
 アルバは床に正座してうなずく。ちょこんと座った姿が、なんだか妙に小さく見えた。そのまま言葉を選ぶみたいにしばらく床に視線をさまよわせていたんだけど、
「ごめん、トウヤにーちゃん。詳しいことは言えないんだ。でもちょっと厄介ごとに巻き込まれて、おいら今帝国で知り合った人たちと一緒に戦ってる」
 そこでちょっと唇をなめて、ぱっと視線を僕の顔まで上げた。
「今のおいらじゃ、足りないんだ。もっといろんな戦い方を身につけなきゃ、あの人たちの力になれない。トウヤにーちゃん、横切りを教えてください!」
 また頭を下げて、しっぽがはねた。
「……何か、事情があるみたいだね。どういう状況なんだい?」
「詳しいことは言えないんだよ。ごめん」
 この辺の謝り方の潔さはリプレの教育の賜物だね。頑固さは誰の影響だろう。……僕じゃないよな。
 ガゼルが右隣の椅子を引いた。
「そんなとこ座ってないでこっち座れ、アルバ」
「うん」
 アルバは素直に椅子に座りなおした。でもなんだかかしこまって、両手をひざの上に行儀よく並べたりしてる。……なんだかずいぶんと真剣だね。
「横切りを教えてほしいって?」
「うん。おいら縦切りしかできないし、間接武器も持てないから。ぜひ横切りを身に着けたいんだ」
「イオスに槍を習うって言ってなかったかい?」
「隊長も忙しいから、のびのびになっちゃってたんだ。こんなことならもっとちゃんとお願いするんだった」
「それにおまえ、先に大剣の使い方をマスターしたいってよく言ってたじゃねえか。完璧になったのか」
 ガゼルが横から口をはさんだ。アルバは眉間にしわを寄せる。
「……正直、まだだよ。でも、のんびりしてる暇がなくなっちゃったんだ。大剣の縦切りだけじゃ、送還術まで持ってるギアンには勝てない……」
 ……送還術?
「だから、今すぐにでも反撃を受けない攻撃方法を身につけなきゃいけないんだ。トウヤにーちゃん、」
「やめとけやめとけ!」
 ガゼルがいきなり投げやりな声を出した。アルバはびっくりして顔を上げる。
「付け焼刃の戦い方なんて実戦じゃ役に立たねえよ。自由騎士団の連中はそう教えてくれなかったのか? 見習いのおまえが一朝一夕で横切りを身につけられるもんか」
「でも、おいら……!」
 言いかけてアルバは言葉につまった。椅子の背にもたれてじろりと自分を見ているガゼルを見返し、目をそらす。
「おいら、早く一人前にならなきゃ……ライたちのためにも……」
「……わかったよ、アルバ」
 口を開けかけたガゼルを制して、僕は言った。
「横切りが必要なんだね。すぐにでも、仲間たちのために使いたいんだろう? ……とっておきの方法を教えるよ」
「おいトウヤ、いい加減なこと……」
「本当? トウヤにーちゃん!」
 アルバは瞳を輝かせてテーブルに身を乗り出した。頬を引きつらせたガゼルとは対照的に。
「ああ、本当だよ」
 僕はアルバに笑いかける。そうやって全開の笑顔になるところ、昔と変わらないね。
「……ただし、その前に詳しく聞かせてほしい。アルバ、一体何に巻き込まれているんだい?」
「う……それは……」
「教えてもらえなければ、この方法は使えないよ。仲間はどんな人たちだい? 敵は? もしかして無色かい?」
「……無色も関係してる。仲間は……まず、ライっていう子がいる。おいらと同じくらいの年で……」
 観念したらしくアルバは語り始めた。僕はふんふんと聞きながら、頭の中にすばやくメモをとる。
「それで、どうしてもギアンに勝てなくて。レベルアップしなきゃいけないと思って、急いで帝国から戻ってきたんだ。これで全部だよ」
「ありがとう、よくわかったよアルバ。……じゃ、頼むよセイレーヌ! おやすみアルバ」
「え? トウヤにーちゃ……」
 言葉の途中でアルバはばたっとテーブルに伏した。さすが誓約者のスリープコール。我ながらよく効くなあ。
「効くなあ、じゃねえよ!」
 ひょいと僕がよけたので、ガゼルの放った投具は思い切り背後の壁に突き刺さった。
「何眠らせてるんだおまえ、今度は何たくらんでる!」
「失礼だなあ。まるで僕が腹黒いみたいじゃないか。……まあいいや」
 僕はアルバの髪をぽんぽんと叩いてみた。寝息はまるで変わりない。
「よく寝てるなあ。……こうしてると、初めて会った頃のことを思い出すじゃないか。アルバもフィズもラミちゃんも小さくて……。僕にはねガゼル、どんなに大きくなっても、アルバはあの頃の子どもに見えて仕方ないんだよ」
「う……」
 ガゼルは鼻の頭を掻いた。彼の目にはさらに幼いアルバが映っているはずだ。僕が会うよりも幼い頃を知っているんだから。
「こういうのも親バカって言うのかな? でもガゼル、子どもたちに危ない目にはあってほしくないじゃないか。守れるのなら守りたい。代われるものなら代わりたい。まして僕は誓約者だ。守るための力を授かってるんだよ」
「まあ、な……」
 ガゼルは横目でアルバの寝顔を眺めている。「そうだろう?」と僕は笑い、
「……それにね。送還術を使う敵なんて面白いもの、誓約者の名にかけてほっとけないじゃないか」
「結局面白半分かよてめえは!」
 どすっと音を立てて、投具がもう一本壁に突き立った。もちろん僕がよけたからだ。
「ふふふ、送還術対決で誓約者に勝てると思ってるのかなその人は。腕が鳴るよ。さてガゼル、僕はちょっと用事ができたから、出かけてくる。そうだな、三日くらいで戻るって、リプレに伝えてくれるかな」
「……土産、買って来いよ」
 さすがガゼル。僕のことをよくわかってる。止めるような無駄なことはしないね。

 そして数時間後。ノックの音に応え、白い髪の少年が宿屋の玄関を開けた。
「やあ、ただいま、ライ」
「えーっと……どちらさま?」
「イヤだな、僕はアルバだよ。半日留守にしただけで忘れたのかい?」
「……いや、明らかに違うだろ」
 不審者に対する目で僕を見るライ。その後ろからずいぶんと快活な声がした。僕にとっても聞き覚えのある、ね。
「どしたのーライー? ……と、とととととトウヤぁ?!」
「やあ、アカネ。……ああ、名前を間違えないでほしいな。僕はアルバ。そうだよね?」
 僕はアカネに向け微笑んだ。にっこりと。
「あはははは……。そ、そうだねトウヤ……じゃなくてアルバ!」
 アカネの表情からただならぬものを感じたか、ライの顔からすうっと血の気が引く。僕はその肩をぽんと叩いた。
「さ、明日の準備をして今日は早く寝よう。明日は朝イチでこっちから撃って出るんだから。楽しみだね」
  07.1.31




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クラスチェンジ次第でアルバも槍を持てるようになると知りショックを受けた、というお話でございます……。