+ ごくごく普通のめだまやき +


「うん……まあ自慢じゃないけど、何でも器用にこなすやつだとはよく言われるよ」
「で?」
 で、って言われてもねえ。そう返したいのをこらえて、かなり不機嫌なソルに笑顔を向けた。ああまずい、ちょっと引きつってる。
 食堂の椅子に深く腰掛けた僕に対し、向かい合ったソルは天板に片腕をついて、食卓の上に身を乗り出している。そのまんまこの場の力関係を現しているかのようだ……とか愚にもつかないことを考えた。
「だからさ、こういうことは、上手に出来ればほめてもらえる類の、要するに特技系の技術だってことだよ。出来なくっても普通なのさ」
「おまえ昨日、このくらいはできるのが普通って言ってなかったか?」
「………言ったっけ? そんなこと。きみの聞き違いじゃないかな」
「いーや、言った」
 僕はあいまいな笑顔で黙り込む。これだからINTの高い召喚士は。ジンガやモナティだったら、5分前に言ったこともきれいに忘れているって言うのに……ってこういう言い方は失礼かな。
 僕たちの目の前には、白い皿の上に載った黒い物体。はっきりと言えば、半ば消し炭と化した野菜。
「……参考までに聞くけど、これ、何を作る予定だったんだい?」
 ソルの顔色が瞬時に変わった。まずったと思っても後の祭。
「野菜炒めを『作った』んだよ! 悪かったな『作る予定だった』で!!!」
 ソルがたたきつけた手のひらの衝撃で、皿と『野菜炒め』が宙に跳ねた。


 近所のおばさんが怪我をして家事ができなくなったとかで、リプレに一時的手伝い要請が来たのは3日前のことだ。
「一週間くらいかしらね。昼過ぎから夕方まで、お手伝いしてくるわ」
と行って出て行った彼女の代わりに、フラットの男メンバーが交代で夕食を作ることになった。
 初日はガゼルが、意外と器用にサンドイッチを作ってくれた。結構おいしかった。
 二日目はレイドが、軍隊の野営ででも作られそうな、野趣あふれる料理を作ってくれた。かなりおいしかった。
 三日目はジンガが、川で採ってきた魚を焼いてくれた。味付けは塩だけだったけどおいしかった。
 そして昨日は僕が、シオンさんのところからもらってきた醤油で、野菜の煮物を作った。みんなおいしいとほめてくれた。
「さすがトウヤね。なんでも上手にできちゃうんだから」
 手伝いから帰ってきたリプレがにこにこしながらそうほめてくれたので、僕もつい嬉しくなって、
「いや、そんなことないよ。名もなき世界では、このくらいはできるのが普通だったからね」
 そんな謙遜だか自慢だかわからないことを言ったっけ。
 そして今日の当番は、ソルだ。思えばもっと早く気づくべきだったんだ。食卓でみんなの料理を味わうソルが、毎日毎日ひどく難しい顔をしていたことに。……あれはガゼルやレイドや僕、あげくジンガまで、ちゃんと料理ができることにショックを受けていたんだ。
 そういえば彼はいいとこの跡取息子だったっけ。本人がそのことには触れられたくないみたいだし、あまり話題にのぼることもないから忘れがちだけど。つまり、生まれてから今まで、料理なんてしたことがなくてもおかしくないんだ。
「ソル、夕食は僕が作るよ。それよりラミちゃんがさびしがってたから、遊び相手になってあげてくれないかな」
 さりげない笑顔で提案したけど、ソルは乗ってくれなかった。
「俺が作る。その野菜炒めは失敗だ。もう一度作り直す」
「ソル。えーっと」
「なんだよ」
 だからにらまないでくれよ。口はすっかりへの字になってるし。
 僕は『野菜炒め』を横目で再確認した。4割消し炭。みじん切りに近い破片から、手のひら大まで大きさはさまざま。どうでもいいけどこれ、原材料はなんだろう? およそ野菜炒めに使うような野菜には見えないけど。
 とにかく、作り直したところで、はかばかしい結果が得られるとは到底思えないんだよ、ソル。
「……ソル、やっぱり僕が」
「当番は俺だろ!」
「……そうだね」
 だめだ、くつがえりそうにない。僕は腹をくくることにした。
「じゃあ、メニューをリクエストするくらいはいいかな?」
 笑顔で切り出すと、ソルは予想外だったらしくきょとんとした。僕は輝く笑顔のまま、
「しばらく目玉焼きを食べてないから、ぜひ食べたいんだ。作ってくれないかい?」
「目玉焼き……ってあの、玉子のやつか」
「そうだよ。あ、でも、あれって色々な作り方があるか。うーん、食べなれた作り方のを食べたいんだよなあ……」
 そこでちらっと彼の顔色をうかがい、
「ソル、僕のうちでの作り方を教えるから、作ってくれないかな?」
 彼は少し考えたけれど、
「おまえんちの作り方、か。いいぜ」
 よし! よくやった深崎籐矢。無事、角を立てずに夕食を僕の監督下におくことに成功だ。


 で、問題はさらにそこからだった。とにかく簡単な料理ということで目玉焼きを提案したんだけど、
「まず、これがコツなんだけど、玉子は必ず常温に戻しておくんだ」
「常温?」
 ソルが首をかしげた。
「要するに冷蔵庫から出しておいておくってことだよ」
「……レイゾウコ?」
 ソルがまたオウム返ししたところでやっと気付いた。落ち着け僕。リィンバウムに冷蔵庫があるもんか。ソルがまた機嫌を損ねないようにってテンパってどうするんだ。
 そうだ、動じるな深崎籐矢。お前はこのリィンバウムをしょって立つ、エルゴの王なんだぞ! 
 ……そこまで気合入れなきゃいけないっていうのも、正直切ないな。
「ごめん、何でもないよ。まず、玉子をお皿に割る。直接フライパンに割りいれるよりいいんだ。じゃ」
と皿を出しかけて、はっとした。
「……何だよ」
 ソルがじろっとこっちを見る。
「まさか、俺が玉子も満足に割れないと思ってるんじゃないだろうな」
「えっ? はは、まさか。えーっと、ちょうどいいお皿ってどこにあったっけ」
 ……勘はめっぽう鋭いんだからなあ。でも、僕が差し出した皿に、ソルは無事玉子を割りいれたので安心した。かなりスリルある手つきだったけれど。
「じゃあ次はフライパンを火にかけて、油を入れて、と。……ソ、ソル」
 ん?と振り向いた彼の手から、すばやくサモナイト石を取り上げる。
「火は、ちゃんと焚くところがあるから。プチデビルを召喚しなくてもいいんだよ」
 噛んで含めるように言い聞かせると、彼は納得した顔でうなずいた。
「そうか、召喚しなくていいのか。でも、これはプチデビルじゃなくてフレイムナイトだぞ。誓約者なのにわからないのか?」
 つまりプチデビルより強力かつ広範囲ってことじゃないか。もっと悪いよ。もっと悪いんだよ、ソル。
「何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「……いや、何でもないよ。とにかく、油を熱するんだ。手早くね」
 そうだ、手早くやってしまおう。頭痛がしてくる前に。さっさとフライパンに油を流し込もうとした僕の手から、ソルが乱暴に油のビンを取り上げた。
「……あ、ごめん。そうか、君がやるんだったね」
 僕は一歩下がり、フライパンの前を彼に譲った。ソルは荒野の盗賊に立ち向かう時のように堂々と、フライパンに対峙する。
 油はスプーン1杯分。熱して煙がたってきたら、一度フライパンを冷やして、それからさっきの玉子をそっと流しいれる。説明する僕の言葉通りに、ソルは実行していった。ものすごく慎重に。
 そのせいか、工程は意外なほどすんなり進んだ。
「上手上手。じゃあそこに、塩コショウ少々をふりかける」
 なんだか軌道に乗ってきたじゃないか。つい明るい声になった僕に、ソルは硬い声で返した。
「少々ってどれくらいだよ」
「え? ……ええっと、ぱっぱっと2回か3回ふりかけるくらい」
 正直、そんなこと深く考えたこともないよ、ソル。
「だからそれはどれくらいなんだよ。2回ふるのと3回ふるのは1.5倍も違うだろ。ふり方だって、強くふるのと弱くふるので全然違うだろうが」
「だ、大体でいいんだよソル」
「だからその大体はどのくらいなんだよ!」
 ……ああ。ソルの気難しさ爆発だ。まるきり、無色のスパイだったころと同じ目でこっちをねめつけるソルは、どこかの島だったら確実に頭の上に青筋マークが浮いているはずだ。
 久しくこんな風になることはなかったんだけどなあ。切なさに浸りつつ、「このくらいだよ」と実際につまんでみせる。ソルはじいっと僕の指先を観察し、細心の注意を払う様子で自分も塩をつまんで玉子に振りかけた。
「で、コショウもこのくらい」
 まるで化学薬品を扱う学者のように慎重に、ソルはコショウも振り入れる。よし、これだ。ソルには実際やって見せるのが一番なんだ。
「じゃあ、スプーン1杯分の水をフチから流し込んで。そうそう。それですぐフタをして、蒸し焼きにするんだよ」
「それから?」
「あとは焼けるのを待つだけさ」
 うなずいてじっとフタつきフライパンを監督するソルの後ろで、僕はそっとため息をついた。
 よかった。無事にここまで進んだ。リプレが焼いていったパンが残っているから、今日の夕食はこれでいいだろう。ちょっと質素だけど仕方ない。
「……味、ちゃんとついてるかな……」
 ソルがいきなりぼそっと言った。
「え? ああ、大丈夫だよ。きみ、すごく慎重に味付けしたじゃないか」
 何より僕が見てたし。
「そうだけどな。でも、これって味見できないだろ? 辛すぎたり味がなさすぎたりしてるかもしれないぜ」
 語尾に近づくにつれ、自信なさそうに声が小さくなってゆく。そういえばきみはとても生真面目な人だったね。自分で(多分初めて)作った目玉焼きに、最大級の責任を感じてるんだろう。
「まあ、それはしかたないよ。辛すぎたり味がなさすぎたり、失敗を繰り返してくうちにだんだんコツがつかめるものだからね。僕もそうだった」
「お前も?」
 フライパンをじいっと見ていたソルが、弾かれたように顔をあげた。
「うん。最初のころはすごい失敗をしたよ」
「そうか、お前も最初はそうだったのか」
 ソルは何かうなずいて、またフライパンの上で焼けてゆく玉子を監督する姿勢に戻った。
 あ、そうか。
 僕はなんとなく、ソルが自分で作ると言い張った理由に思い至った。
「ソル、さっきの話だけどさ」
「ん?」
 ソルが僕を振り返る。
「料理、できるのが普通って昨日は言ったけど、取り消すよ。名もなき世界でも、料理ができない人はたくさんいた。できなくても普通だよ」
「でも、できるほうがいいんだろ」
「そうだね。本当は僕、料理がうまいの少し自慢なんだ。秘密だけどね」
「……昨日のあれ、うまかったな」
「そうかい? 嬉しいよ」
 フライパンからはじゅうじゅうと湯気が立ち、玉子が順調に焼けてゆく音がしている。
「ソル、明日は釣りに行こうよ。それでつれた魚を焼いて夕食に出そう。みんな喜ぶよ」
 ソルはうなずいた。それから、
「玉子、まだ大丈夫なのか?」
「そろそろ焼けるころだね。フタを取ってみようか」
 ソルはもうひとつうなずいて、またひどく慎重な手つきで、フライパンのフタをそうっと取った。


06.08.19




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22000踏んで下さった咲坂様から頂いたお題「ソルとトウヤののんびり話」です。
あ、あまりのんびりしてない……。当サイトのソルとトウヤはこんな力関係のようです。
当サイト初の(あんまり)腹黒じゃない深崎くんでした。ソルの人徳かなあ。
咲坂様、キリリクありがとうございました〜。