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アヤ先輩に贈る +
オレは西郷克也、今んとこ応援要員だけどバスケ部所属の高校一年生。
青春真っ盛りのオレは今、2年の先輩に恋をしちゃっている。
さらさらの黒髪、柔らかそうなほっぺ、やさしげな瞳におしとやかな物腰、とまさにオレの理想そのまんまなその人の名は樋口綾先輩。
今はまだ、アヤ先輩(とか名前で呼んじゃうぜ、心の中でだけは)はオレの存在すら知らないけど、是非是非お近づきになりたい!
オレはそのために、努力の日々を送っているのだった。
アヤ先輩と同じクラスであるバスケ部部長の前でため息などついてみせるのも作戦の一つ。
「どうしたんだ? 克也、元気ないな」
よしよし、思った通り、人のよい部長は心配してくれた。向こうで、部長と一緒に帰ろうと計画していたらしいエミが恨みがましい目で見てるけどどうでもいい。いっそう肩を落とし、
「実は、悩んでるんすよ。聞いてくれますか、せんぱーい」
「俺でよければ」
聞いて聞いてオーラでZOC大を形成しつつ言うと、先輩は乗ってきた。だがしかし、
「樋口かあ……。俺、あいつと特に友達ってわけでもないからなあ……」
話を聞いた部長はそんなことを言ってほほをかく。試合の時の頼れる部長はどこに行ったんすか?!
「センパイ同じクラスじゃないっすか〜。話くらいするでしょ〜?」
「そりゃ口利いたことはあるけどさ、委員会のことだの日直のことだの、事務連絡だけだよ、事務連絡」
そんな〜、と言いかけたとき、後ろから「新堂くん」と鈴の音のような声が聞こえた。
「あ、樋口」
せ、せせせせ先輩っ! 今日もお美しいっ!
たらたら歩いてきたオレ達に追いついてきたのはアヤ先輩。ほっこらしたほほえみをうかべ、口元に右手を当てている。……って、え? アヤ先輩が部長に用事? なんだよ友達じゃないとか言っといて……!
「連絡事項があったんですけど、学校で伝え忘れていたんで、追っかけてきたんです」
アヤ先輩はかわいらしい声でそう言った。な、なんだ、事務連絡か。部長がほらな?と言いたそうにこっちを見た後、
「ああ、あのことか。無事に終わった?」
「はい」
先輩はおっとりとほほえんだ。
「無事にソルさんを落とすことに成功しました。
これで全員がパートナーエンドを迎えたので、また新堂くん、橋本さん、深崎くん、わたしの順で2週目です。
2週目は落とす相手を自由に決めていい約束でしたから、重ならないように相談しようと思ってるんですけど。
新堂くん、誰を狙ってます?」
「うーん、次は順当にリプレかな。パートナーはカシスのままでいいや」
「はいわかりました。リプレエンド狙いで、パートナーはカシスさん、と。それじゃ、他のみなさんの意見も聞いてみますね」
「ああ、よろしく」
さよなら、と優雅に手を振ってアヤ先輩は去ってゆく。笑顔でそれを見送った部長は、苦笑してオレを振り向き、
「な? 事務連絡だけだろ?」
ちょっと待てい。
「なんすか今の会話」
「事務連絡」
「いや、事務連絡って」
「あ、俺ちょっと公園寄ってくから。またなー、克也ー」
問答無用の笑顔で、部長は去っていった。
オレは西郷克也。アヤ先輩に恋する高校一年生。そして部長に見切りをつけたバスケ部員。
部外者お断りな『なにか』が部長とアヤ先輩の間にはあるようだ。なんだか怖くてあのときのことを部長に聞けないままでいる。とにかく部長には頼れないことは確かだ。となれば、オレとアヤ先輩の橋渡しをしてくれる人を新たに探す必要がある。なのでオレはアヤ先輩の交友関係調査に乗り出した。
先輩のうわさを集めてみたり、2年の教室前を何度も何度も通り過ぎたりの努力を重ねたわけだが、それで判明したのは非情な事実。アヤ先輩の友達のみなさんってば、オレなんかにはたやすく近づけないおしとやかな空気を漂わせた女子ばかりなのだ。これはまずい。友達の友達になってそこから橋渡しを頼もうと思ってたのに。もっと近づきやすい、すぐにでも友達になれそうな人はいないのか?
そんなある日、帰り道のアヤ先輩に親しげに声をかける他校生を見た。
「アヤ! 久しぶり、今帰り?」
「あら、ナツミさん、お久しぶりです。珍しいところで会いますね」
「バレー部の試合で、市民体育館まで行ってきたの」
明るく笑う他校生は、なんともにぎやかな感じの、実に親しみの持てるコだった。アヤ先輩に「試合はどうでした?」とたずねられ、
「もっちろん! ナツミ部長の大活躍で完全勝利!」とVサインなどつきだしている。
この人だ! この人で決まり! この人とお友達になって、アヤ先輩に紹介してもらおう!
「おめでとうございます。さすがナツミさんですね。わたしのほうは、最近なまっちゃって……」
アヤ先輩は胸に手を当てて吐息をつく。他校生は小首をかしげ、
「ちょっと、練習してく? ホント言うと、あたしもすこしなまってるかもしれないし」
「そうですね、そうしましょう」
2人は手近な空き地に入ってゆく。練習? 最近なまっちゃって、ってことは、アヤ先輩も昔はバレーをやってたんだろうか。塀のすきまからこっそり空き地をうかがったオレは、2人の姿を目にして一瞬頭が白くなった。
「素振り50本、はじめーっ! いーち、にーい、」
「さーん、しーい」
交互に言いながら素振りしてる2人の手には……す、すんません、それヒカリモノに見えますけど?!
ペーパーナイフと、……た、短剣って言うんすか、そういうの! とにかく刃物に見えますけど!
「よんじゅきゅ、ごーじゅう! ……ふう、大分感覚がもどってきました」
「そうだね。今なら、オルドレイクの10人や20人、軽く撃退できそう!」
2人は素振りを終え、さわやかに汗を拭っている。と、ハンカチを下ろしたアヤ先輩の目が、夕焼けに赤く光ったように見えた。
「……うふふ、それどころか、リィンバウムの10や20、軽く破壊できそうです」
…………い、今先輩の後ろに何か見えた! なんか変な影が見えた!
「ふふ、いっそこの世界でもいいんだけどね……」
他校生の低い声を背後に、オレはその場から全速力で逃げた。
オレは西郷克也。恐怖体験を経ても先輩への愛をつらぬく高校一年生。そして最近部長に「なあ、お前がストーカー化してるってウワサがあるんだけど……」と言われてしまったバスケ部員。
他校生と先輩の『練習』を目撃した次の日、オレは作戦の変更を決意した。そう、最初から他人に頼ろうとするから妙なことになるんだ。ここは一つ、正面からオレの気持ちを伝えるぜ!
そう決めたオレは、さっそく呼び出しの手紙を書いて靴箱に入れに行った。ちょっとレトロか? いいや、先輩は古風な美人だし。
ところが。いざ靴箱を開けてみると、先輩の靴の上になにかメモが置いてあるではないか! 慌てて引っ張り出したそのメモには、きっちりした楷書でこれだけ。
『樋口さんへ。例の物を渡します。学校が終わったら、例の場所へ来てください。T・H』
……なんだこれ、例の物だの例の場所だの……。
「樋口さん、さよならー」
「はい、さようなら」
後ろから先輩の声が近づいてきて、オレは思わずメモを放り出してその場から逃げた。靴箱の陰から先輩をうかがう。
靴箱を開けた先輩は、中のメモに気づいたようだった。文面を読みながら二つ三つうなずき、靴にはきかえて校舎から出て行くその背を、オレもそっと追う。時計に目を落としたところを見ると、あの呼び出しに応じるつもりらしい。
向かった先は高校にほど近い公園だった。このあいだ部長が去っていったところ。人気のないその場所に一人だけ、ベンチに座っている人影に先輩は近づいてゆく。
「ごめんなさい、お待たせしちゃいました?」
「ああ、樋口さん。今来たところだよ。僕の方こそ、いきなり呼び出してごめん」
思わず、「うわっ」とつぶやいてしまった。ベンチで先輩を待っていたのは黒い制服姿、立ち上がるとすらっと背が高く、爽やかかつ知的な風貌の他校生だった。エミなんかが見たらかっこいいと騒ぐこと間違いなしだ。こいつ、先輩とどういう関係なんだ!?
「ところで、例のブツは?」
声を低めた先輩に、他校生は「ああ、これだよ」とベンチの下から白いふくろを取り出した。一抱えもあるそのふくろは、中に固いものでも入っているのかごつごつしていて、かなり重そうだ。ベンチの上に置き、口を縛ってあったひもをほどいて、先輩は中をのぞき込んだ。オレの位置からも、ふくろからあふれる輝きが見て取れる……って、ありゃ宝石じゃないか?!
「すばらしいです……。やっとサモナイト石の引継が可になったんですね。これで面倒が省けます」
先輩はうっとりした顔でふくろから大粒の宝石を取り出した。軽くすくっただけで、片手にこぼれ落ちるほど。ど、どれだけ詰まってるんだ?
「ああ、調律者が引き継ぎできるのに、誓約者が引き継ぎ不可なんてどう考えてもおかしいからね。そう言ってエルゴを脅したら結構簡単にOKを出してきたよ」
「うふふ、当然ですよね。あら、これは?」
「ああ、聖王都産のアクセサリーを使って、いろいろ新しい召喚獣を作ってみたんだ。これはプニムといってね、かわいいのに凶悪で、使いやすいよ」
「これも強そうですね」
宝石を一つ一つ取り上げては謎な会話を繰り広げている。二人とも実に楽しそうだったが、ふとアヤ先輩が悲しそうにため息をついた。
「これだけ新しい召喚術があっても……アレはないんですね? やっぱり召喚出来なかったんですね……」
その言葉に、他校生も顔を曇らせた。
「そう……アレはなかったんだよ。もしかしてメイトルパからかと思ったけれど、駄目みたいだった」
「メイトルパ! 確かに、アレは獣人でもありますものね。でも、メイトルパからも駄目だったんですね?」
「ああ。今僕らが持っているアクセサリでは、召喚できないみたいだ」
二人はつらそうに顔を見合わせる。
「なぜなんでしょう。やっぱりおかしいですよ。どうして、どうしてロレイラルからド○えもんが呼び出せないんでしょう? こんなに、こんなに努力しているのに!」
ど……ドラ?
アヤ先輩は悲痛な顔で頭を振った。と、他校生が先輩の肩を軽く叩く。
「希望を失わないようにしよう、樋口さん。それより今日は、気分を変えてちがうものに挑戦してみようと思ってたんだよ」
抱えていたカバンを探り、なにかうすい本のようなものを取り出す。映画のパンフレットにも見えるな。
「新堂が言ってただろう? 絶対、アレがメイトルパにいるはずだって」
「アレに挑戦するんですか! わあ、わくわくしてきました! ぜひやりましょう!」
「よし、じゃあ行くよ。始源の時より生じ、悠久へと響き渡るこの声を聞け……」
何かとてつもなく嫌な予感がした。後も見ずに駆け出したオレの背に、息の合った二重奏が聞こえた。
「いでよ、ゴ○ラ!」
背後から何か巨大なものの影がさした。いや、オレは何も知らない。ずしーんずしーんと響く重い足音のことも、公園を爆破する怪光線のことも、オレは知らない、オレは何も見なかったんだ!!
オレは西郷克也。ちょっぴり勇気がくじけてきた高校一年生。そして最近部長に「そういえば樋口のことはもういいのか?」と聞かれて返答につまったバスケ部員。
謎の公園壊滅事件から一週間、それでもオレはアヤ先輩をあきらめることが出来なかった。あんな理想ぴったりの人は世界中探したっていない。……そうだ、やっぱりオレにはアヤ先輩しかいなんだ!
そう決めたオレは、ストレートにこの気持ちを伝えるべく放課後の廊下をアヤ先輩の教室へと向かった。
教室に残っていたのはアヤ先輩1人。よし、絶好のチャンス! とオレが教室へ踏み込もうとしたとき。
いきなり閃光がまたたいた。
轟音。煙。そしてそれらが去った後には、なぎ倒された机の間に、見たこともない男がひとり、出現していた。床に座り込んだそいつは、アヤ先輩を見て、ほっとしたように笑う。
「アヤ………」
「き……キールさん!」
立ちつくした先輩は目に涙を浮かべ、両手で口元をおおう。男は少し不器用に片目をつぶってみせた。
「きみの張った結界を越えるのは大変だったよ……。ずいぶん時間がかかってしまった」
「キールさん……今ちょうどキールさんの事を考えていたんです。会いたい、会いたいって……」
「僕もずっときみのことを考えていた。もう一度会えるって信じていたよ」
男は立ち上がる。マントにギザギザ服、この上なく変な衣装を着ていたが、アヤ先輩はそんなことは気にしていないようだ。泣き笑いの笑顔で、そいつの顔を見上げる。男もまた少し泣きそうな顔で笑った。
「これからは、ずっと……」
「おーいアヤー。家に忘れてったノートってこれかー?」
「……え?」
いきなり雰囲気をぶちこわしにする声。オレも含めた全員が教室の前のドアに注目した。ひょっこり顔を出したのは私服姿の栗色髪の少年。手に大学ノートを持ったそいつは、マント男と目があった瞬間、青くなって叫んだ。
「き、……キール?」
「ソル! な、なんでソルがここに……!」
「1周目がソルさんエンドだったものですから」
笑顔で答えたのはアヤ先輩だった。あっさりした声で、
「ソルさんも結界を越えてこの世界に来てくれたんです」
男2人は口をぱくぱくさせて、しばらく言葉もない様子だった。
「ちなみにソルさん、キールさんがここにいるのは、2周目はキールさんエンドだったからです」
軽く付け足したアヤ先輩の言葉にようやくマントの男の方が、
「そ、ソルの方が先に……?」
「ええ」
先輩はさらにあっさりこたえた。
「あれはウソだったのか? 僕のことを大切だって、必ず守るって言ってくれたのは!」
「お、オレにだってそう言ったよな?! だましてたのかよ!」
「そんな、ウソなんかじゃありません!」
アヤ先輩は強い声で否定した。思わず息をのんだ2人に、天使のようにほほえむ。
「キールさんのこともソルさんのことも大好きですし、本当に大切です。2人とも、私が必ず守ります」
そう言うと聞こえはいいけど、それって、
「つまり……ふたまたかけたいってことか?」
「3周目はカシスさんをおとしますから、3またですね」
「笑顔で言うな―――っ!」
「実家に帰らせてもらいますっ!」
2人は泣きながら走って行ってしまった。アヤ先輩はうふふ、と笑い、
「もう、本当に仲のいい兄弟ですね。……あら?」
廊下で立ちっぱなしだったオレと、思い切り目があった。
「こんにちは。たしか、新堂くんの後輩さんでしたっけ? 何かご用ですか?」
「……な、なんにもないっす! さよなら!」
「はい、さようなら。うふふふふ」
逃げ帰るオレの背に、アヤ先輩の笑い声がいつまでも響いていた。
オレは西郷克也。失恋の痛みがいまだ胸を刺す高校一年生。部活帰りの道の上、部長に肩など叩かれてしまうバスケ部員。
「克也〜、元気出せよ。ほら、ラーメンおごってやるからさ」
「いいっす……食欲わかないから……」
「まったく、何があったんだよ、そんなひどいふられかたしたのか?」
「……理想が砕かれた痛みなんて、センパイにはわからないっすよ……」
「なんだよー、それ。……あれ、あそこにいるの……。おーい、クラレットー!」
「あ……、ハヤトさん……」
遠くから返ってきたやさしい声に、オレはうつむけていた顔をぱっと上げた。目に入ってきたのは、おとなしそうな女の子。きれいなロングヘアに大きな瞳。少し内気そうで、支えてやりたくなるタイプだった。
「買い物?」
「はい、トウヤさんのお母様に頼まれて。ハヤトさんは今お帰りですか?」
「うん。ああ、これ、部活の後輩の克也。克也、この子、クラレットっていって……」
「よ、よろしくっす! く、くら、クラレットさんっていうんすか、かわいい名前っすね!」
勢い込んで言うと、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。
「ええっと……ありがとうございます。それじゃ、ハヤトさん、また……」
「うん、またな。3周目、よろしく」
頭を下げて去ってゆくクラレットさんに、オレは顔を真っ赤にしたままいつまでも手を振った。
「なんだよー、お前いきなり元気になったじゃん」
笑う部長に、オレはまだうわずった声で、
「か、かわいいっすね、クラレットさん! ガイジンなんすか?」
「うん、外国人は外国人」
「センパイどこで知り合ったんすか? いつから知り合いなんすか? よく会うんすか?」
「うーん、そうだな、次の周で会う予定だけど……知り合ったのは荒野でかな」
「オレも連れてってくださいよ!」
あんなかわいいコ生まれて初めて会った! オレの好みド真ん中ストレートだ! 絶対、絶対お近づきになりたい!
「……そんなに行きたい? けっこう大変だよ? 資金稼ぎのフリーバトルとか」
「苦労くらいどうってことないっす!」
部長の言ってることの意味はよく分からなかったが、オレには関係ない。それよりも出会ったばかりの彼女のことで、頭がいっぱいだったんだ。
「そんじゃ、次は俺の番だし連れてってやるか……」
部長が何かつぶやいているけど、オレの耳にはよく聞こえなかった。
今度は絶対あんな事にならない。ああ、あの虫も殺せなさそうな彼女を、オレが守ってやるんだ!
夕日に向かって固く決意する。どこからか、あの彼女の優しい声が、小さく響いてきたような気がした。
……部長がオレにかまっていると男パートナー確定。その事実をオレが知るのはそれからまもなくのことだった。
04.09.19