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ウィゼルの野望 +
「ゴホっ、ゲホっゲホっ……」
せまい路地に響いたのは老人がせき込む声。それを聞きつけたか、通りの方から茶色い髪の少年があどけない顔をのぞかせた。
「だ、大丈夫ですか?」
白いファー付きの上着を着、腰に大剣をつるした少年だった。路地の奥で苦しげにうずくまる老人を見て、彼はあわててかけてくる。
「しっかりしてください! 薬は……」
「い、いや、大丈夫じゃ、お若い人。ゲホっグフっ」
「でも、すごく苦しそうですよ。あ、ここに入ってるの、薬かな」
「本当に大丈夫なんじゃ!」
老人は叫び、助け起こそうとする彼の手をせき込みながら払いのけた。少年の手から薬をひったくるように取り戻し、
「大丈夫じゃと言っとるんじゃから大丈夫じゃ。さあ、さっさとうちに帰りなさい」
「でも、」
「いいから帰るんじゃ! これ以上ここにいると、魔王値がどんどんあがってゆくぞ!」
ものすごい勢いの拒絶。心配しつつも仕方なく、という感じで帰ってゆく少年の背が見えなくなると、老人はほっと息をついた。
「危ないところじゃった……。もう少しであんな小坊主に、フラグをたてられる所じゃった……」
ふところに手を入れて取り出したのは、一本の剣。大きなサモナイト石がはめ込まれたそれをつくづくとながめ、老人は小さくつぶやく。
「せっかく苦労して再現した、このサモナイトソード……いや、『シャルトス』。めったな人間に渡すわけにはゆかぬ」
二十年前、ある島で力をふるった、恐るべき剣があった。
老人は……すぐれた刀鍛冶・ウィゼルは、若き日に見たその剣に心奪われ、20年の歳月をかけてそれを再現したのだった。
再現品、つまりはコピーものだが、性能はオリジナルに劣らない。
オリジナルと同じく、持ち主を『覚醒』させる力が、この剣にはこめられていた。
「……そう、問題はそこじゃ」
剣の柄をにぎりしめ、老人は声に力を込める
。
「せっかく抜剣覚醒までできるようにしたのじゃ。あんな坊主に渡してなるものか……」
拳をにぎり、天をあおぐ。右腕を高く高く突き上げた。
「ウサ耳になるのは、かわいいおなごと決まっておるんじゃ!!」
そんなことを叫ぶ老人の姿に、むこうから歩いてきた盗賊風の少年が逃げるように回れ右をする。が、ウィゼルは気づかなかった。過去を思うような遠い目で、うっとりとため息をつく。
「ああ……アティ先生は本当にかわいかったのう……。抜剣覚醒をした姿は、まさしくウサ耳じゃった。最後にもう一度アティ先生のウサ耳が見たかったというのに……臆病者のオルドレイクめが、さっさと帰るなどと言いだしおって……」
泣く泣く島を後にしたウィゼルは、残りの人生をシャルトスの再現にかけた。すべてはただ一つの目的のため。
「かわいいおなごのウサ耳をもう一度……もう一度だけ……!。うっ、ゲホゲホっ!」
またせきの発作がおそってきた。体を丸めて苦しむウィゼルに、
「だ、大丈夫ですか!」
……おなごの声じゃ!
せき込みながらも顔を上げたウィゼルは、かけ寄ってくるミニスカートの少女に、心の中でガッツポーズを決めた。
「しっかりしてください!」
少女は、明るく元気そうなかわいらしい顔をしていた。茶色いショートヘアに、活動的な白と紫の服。
……アティ先生とはちとタイプが違うが……じゅうぶん合格点じゃ! おお、ロングブーツをはいておるではないか。アティ先生もあみ上げブーツが似合っとったのう……。
「く、薬が……、鞄の中に……」
「これかな? さあ、飲んで……」
「…………ふう、ありがとう、お若い人」
無事、第一のフラグは立った。
多少話をして気を引き、本当はネコの仕草当てに来たのーという少女を見送って、ウィゼルは満足の息をつく。
「かわいいおなごが見つかってよかったわい。あの子の魔力なら抜剣覚醒も可能じゃろうし……。さて、またここに来て、ちょくちょく話をせねばならんな」
ウサ耳つきの少女を想像し、一人にんまりしていたウィゼルは、またしてもせきの発作にみまわれてひざをついた。
「ううっ、ゲホ、ゴホっ!」
「大丈夫ですか?」
……むうっ? またおなごの声……?。……な、なんと!
おそるおそる近寄ってくる少女の姿に、ウィゼルは心の中で驚きの声を上げた。
……ロングヘア。ですますで話しそうなほわほわ系。しかも、衣装が赤っぽい!
近い! このおなご、アティ先生に近いぞ!
「く、薬が……、鞄の中に……」
「ええっと、これですか? さあ、飲んでください」
「…………ふう、ありがとう、お若い人……。ところで、名前はなんと?」
「私ですか? アヤといいます」
……おお、アで始まるとは名前まで似ているではないか。
「いつもこの辺りを散歩しているのかのう?」
「いいえ……。ガゼルさんから変な人が叫んでいると聞いて、見回りに来たんですが……。
おじいさん、なんだか恥ずかしいことを叫んでいる変な人を見ませんでしたか?」
「いや、知らぬのう。それで、いつもはどの辺を歩いておるんじゃ?」
「ええっと、いつもは市民公園を。
あの、なんでそんなことを聞くんですか?」
「次のフラグの関係で……。いやいや、何でもない。今はまだ聞かぬ方がよいじゃろう。
ふう……。運命とは無情なものじゃ……」
「あ、待って下さい、おじいさん!」
無意味に思わせぶりなことを言い、ウィゼルはその場を足早に去った。建物のかげで足を止めてほくそ笑む。
……これでよし。あのおなごはまたちょくちょくこの辺りをのぞきに来るだろう。この後のフラグもばっちりじゃ。
いや、待てよ。さっきの元気タイプのおなごにも、最初のフラグをたてさせてしまったのう。かちあってしまったら……。
ウィゼルはしばし考え、ぽんと手を打つとふところから無線機を取り出した。
「あーもしもし? オルドレイクかの?
実はのう、ツェリーヌがおぬしの浮気にまた勘づいたようじゃぞ。手下におぬしを探らせておるらしい。
うむ、茶色い短髪の、セーラー服を改造したような服を着たおなごの調査員じゃ。すぐに見つけだして何らかの手を打った方がよいぞ。
……知恵を貸せじゃと?
そうじゃな、おぬし年頃の息子が何人もいるじゃろう。そやつらを近づけて茶でもおごらせて、毎日どこかの店に足止めしておけばよい。
うむ、しっかりやるのじゃぞ」
通信を切ったウィゼルは、晴れ晴れとした顔で夕日の空をあおいだ。
「ウサ耳はもうすぐそこじゃ……。うぐっ! ゴホゴホっ!」
また発作が来た。背を曲げ苦しむウィゼルに、
「大丈夫ですか、おじいさん」
落ち着いた冷静な声が届く。が、それは、
……男ではないか! ええい、用はないと言うのに!
「しっかりして下さい、おじいさん。ああ、これは薬ですか? さあ、どうぞ飲んでください」
ウィゼルの鞄から薬を取り出し、差し出すのは、やはり男だった。胸当てとマントをつけた黒髪の少年だ。
「いらん! ゲホっ、大丈夫じゃ、わしにかまうな!」
「苦しんでる人を前に、そうも行きませんよ。さあ、飲んで」
「うるさい! ゲホっ、ゴホゴホっ! おぬしなどに薬を飲まされてたまるか!」
手を振り払う。と、少年はふっと笑った。
「……じゃ、薬は飲まなくていいです。サモナイトソードだけ下さい」
「……は?」
「持ってるでしょ? サモナイトソード」
思わずせきも止まったウィゼルに、彼はにっこりとほほえんでみせる。ウィゼルは反射的にふところを押さえてしまった。
「僕としてはサモナイトソードさえもらえればいいんですから。何度もフラグ立てに来るの、正直めんどくさいんですよね」
「いや、あの、これはおなごに……」
「ああ、よけいな設定はいらないんですよ。『全憑依無効』はじゃまなことのほうが多いですし、誓約者に抜剣覚醒は必要ないんで、安心して僕に渡してください」
「こ、これはわしが半生をかけて作った……」
「ちなみに僕、フリーバトルのしすぎで今現在バノッサも一撃です」
「………………」
……ああ、夕日が真っ赤じゃのう。アティ先生の髪の色にそっくりじゃ。
あの白い雲、抜剣覚醒した後のアティ先生を思わせるようではないか。
アティ先生のウサ耳は、本当に、本当にかわいかった……。
そんなことを思いながら、ウィゼルはとぼとぼと家路をたどった。
ふところにぽっかりと、剣一本分の空白を抱いて。
04.09.04