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ラストバトルがはじまった +
封印の森を足早に行く、ちょっと人数多すぎるくらいの一団があった。
それは調律者と、誓約者の仲間たち。
今まさに、リィンバウムを滅ぼさんとする大悪魔の野望を打ち砕こうと足を急がせる者たちだった。
先頭を行く制服姿の少年、マグナ・クレスメントが前方を指差す。
「―――あれだ!」
そのすぐ後ろに続く、緋色のマントをまとった青年、ネスティ・ライルが鋭い声を上げた。
「遺跡に侵入しようというのか? そうはさせんぞ! レイム・メルギトス!」
その声に、機械遺跡の前の紫髪の悪魔が振り返る。余裕に満ちた笑みを浮かべ、
「おや……マグナくんに、アメルさんたちじゃありませんか」
…………。
……『マグナくんにアメルさん』?
……声を掛けたのはネスなのに、ナチュラルシカトで『マグナくんにアメルさん』?
……さすがは虚言と奸計の悪魔! 細かいところで嫌がらせを怠らないわ!
……声だけ聞くと『アメルさんたちじゃありませんか』しか言わないから俺のことも無視だし!
実話なので皆さん確かめてみましょう。
大悪魔のまめまめしさにおののく調律者の一団をよそに、レイムさんはとくとくと言葉を続けた。
「ルヴァイドは失敗してしまったようですねえ……せっかく、」
「あ、そのへん一周目で聞いてるからいいや」
が、いきなりマグナにさえぎられ少々ムカッとする。しかし虚言と奸計の悪魔らしく、それを顔に出すのは我慢した。
「えー、では、誓約者ルートらしいところから……。そこにいる誓約者さん、あなたたちのことです」
「てめえ……俺たちのこと知ってんのかよ?」
ガゼルが普通に対応してくれたので、レイムさんは内心ほっとした。調子を取り戻し、
「伊達に吟遊詩人だったわけじゃありませんよ? サイジェントにも足を運んでいるのです」
「……ああ! マスター! モナティ思い出しましたの! あの人ですの! アルク川で釣ったあの人ですの!」
レイムさんは続けようとしたのに、いきなりモナティが声を上げた。ハヤトもはっとそちらを見る。
「そうか、どこかで見覚えがあると思ってたら! ガゼル、レイド、覚えてるだろ? ほら、俺がこれも魚の一種かと思ってうっかりリプレに持って帰ったあの人だよ!」
「まさか、もう少しで晩御飯の煮付けになるところだったあの人なのか?」
レイドも驚きの声を上げる。魚の一種と間違われたことが普通に流されてる方が調律者たちには驚きだった。
そしてそれ以前に、なぜアルク川を流れてたんだというツッコミが必要だった。
「おいおいおまえさんたち、ちょっと待て」
エドスが手を上げて制する。
「確かに似てはいるが……あのときの魚はもっとこげ茶に近い体色だったじゃないか。だからワシは傷んでると思ってリプレを止めたんだ」
「そう言えばそうだったな。髪も黒っぽかったし、顔なんか見事に小麦色だったし」
今、彼らの目の前にいるレイムさんは薄紫の髪に、顔は見事に美白だ。これは別人かも……とぼそぼそ相談し始めた誓約者たちの後ろで、あかなべ店長が「まあまあ」と場をいさめた。
「肌の色くらいたいした問題ではないでしょう。ほら、あのようにナチュラルな白さなのですし。
バノッサさんで試したときはクレーム必至の青白さになってしまいましたが、今度は成功ですね。
『スーパー美白X』やっと商品化にこぎつけられます」
あんたの仕業かい! その場の一同が思った。レイムさんははっと思い出して、
「まさか! 台所から何とか逃げ出して街角でへばっていた私に、これを飲めば元気になりますよとあなたがよこした妙な味のお茶、あれは実験薬だったのですか?
飲んだとたんに髪は白くなるは日焼けサロンでせっかく焼いた小麦色の肌は脱色するわで一体何事かと思いましたよ!」
気付け。全員が内心でつっこんだ。そして、バノッサも犠牲者だったのかと気付いてやったのはエドスだけだった。
「とにかく! サイジェントであなたたちのご活躍は聞きました。そして実は、私が今、大悪魔の力を取り戻したのは、あの騒動のおかげなのですよ!」
「なんだと!? まさか、俺たちも無関係じゃなかったって言いやがるのか!?」
またしても普通に対応してくれたガゼルに、レイムさんは「友よ!」と心で呼びかけた。喜びにあふれた口調で、
「そう、特に……無色の派閥の一員として、儀式に加担したキール! あなたにはねぇ!?」
言い放ち、レイムさんは彼を見た。青ざめ、蒸し返された罪の意識に苦しむはずの彼の顔を。
が、ギザギザマントには特に目立った反応もない。せいぜい、「へー、そんな事情があったのか」くらいの納得顔だ。と、そのギザギザマントを誓約者が引っ張った。
「深崎! 役、役っ!」
「え? ああ、そうだったね。
えーっと、なんだって、それじゃあ君がいま元気にしてるのは僕のおかげじゃないか! お礼としてフラットまでおこめ券でも送るのが礼儀ってものだよ!」
問題の方向性がさわやかなまでに違っていた。
「あ、あなたはキール・セルボルトではありませんね?!」
「しまった、ばれてしまったよ新堂」
むしろ今までばれていなかったことの方が不思議だ。一団の比較的常識度の高い者(ガゼルあたり)はそう思ったが誰も口にしなかった。
「よく見ればタレ目でも外ハネでもないし……。私としたことが、ギザギザマントにうっかりだまされましたよ!」
「いや、誰もだまそうとはしてねえよ」
「せっかく聖王都まで来たんだからって思って、俺とネスで蒼の派閥の書庫につれてってあげたら、キール目の色変わっちゃって」
「手当たり次第古い書物を漁り始めたからな。ラストバトル行くぞと言っても、いそがしいあとにしてくれないか、だものな……」
呆れたため息のネスティにうなずき、
「で、急遽代役として、1のオープニングからキールコスの深崎を」
「トウヤマスター、とってもよくお似合いですのー」
「ははは、僕とキールは互換性が高いからね。それにひきかえソルコスの新堂があんまり映らないのって、やっぱり違和感があるからなのかな」
「うわ、気にしてること言うなよ〜」
それに続いて、樋口も橋本も仮装似合ってるよなとか、逆にパートナーたちが僕らの服で出てきてくれても良かったんじゃないかとか、楽しそうに話し始めた誓約者たち。
置いてけぼりのレイムさんは「待ちなさい!」と声を上げた。
「誓約者はこのリィンバウムにただ一人のはず! どうして二人も……」
「あ、二人だけじゃないぜ?」
さらっと言ったのはハヤトだった。続いてトウヤが、
「僕がついていけるなら自分たちもーって、女性陣が主張してね」
「ちょうど、ねえさまとフォルテにいさまがサイジェントに残りたいとおっしゃいましたし」
「パッフェルさんがツアコンかってでてくれたしね!」
微笑むカイナとミニスに、呆れ顔のミモザが、
「新婚旅行の下見ですって、見せ付けてくれるわよねえ」
「幸せそうで、よかったじゃないですか」
うふふ、と笑う巫女姿の弓使いは、よく見ると腰にサモナイトソードを下げている。そしてその隣では、
「綾は似合うからいいよね。あたし、やっぱり変じゃない?」
「そんなことない! ナツミのアネゴ、とびっきり似合ってるぜ!」
こちらはオレンジ色のメイド服姿(サモナイトソードつき)をした少女に、少年拳士が一生懸命主張している。
あごが外れているレイムさんが、「そんな反則技……」と言いかけたときだった。
「あーっ! やっと追いついた! こぉらマグナ! あたし置いてくことないでしょー!」
「うわっトリス! ごめんごめんネスがそうしろって言うから……」
「君は馬鹿か!? これ以上主役食う人間が増えたらたまらないといったのは君だろう!」
茂みを掻き分けて現れた制服姿の少女が、マグナにくってかかる。
「と、トリスさん? どうしてあなたまで……」
「あ、レイムさんこんにちは。今ちょっと取り込み中だから、少し待っててね。マグナ!」
「ごめんごめんってば」
レイムさんは目の前に広がる光景に唖然とする。
調律者が二人。誓約者は四人。それに1・2のユニットたちが無数。
ぽんぽん、とハヤトが手を打った。
「とにかくさ、先に最初の目的を終わらせとこう。リプレたちの観光待たせてるんだし」
おー、と彼らは気勢を上げた。
「じゃ、ちゃっちゃと片付けますか。楽しみだな、聖王都の観光」
「ルゥがおいしいケーキのお店、つれてったげる!」
「それはいい、リプレたちが喜ぶよ」
「うふふ、私も楽しみです」
「じゃ、行くぞ、みんな!」
「ああ! 勝つのは、俺たち人間だ!」
そんな言葉が口火を切って、ラストバトルが……、
レイムさんにとっての、ラストバトルが始まった。
04.01.28