彼が飛んだ日 前編 10月も終わりに近づいたある日のことだった。2階に上がるアパートの階段で黒い毛玉のような物を見つけた。近くで見るとどうやらコウモリのようだ。正直、え? 翌朝、コウモリのことなどまるで気にもせず玄関を開けることになったのだが、彼はまだ同じ場所にくっついているではないか。しかもその姿勢さえ変えることなく。そして予想通り、その日帰宅した私を迎えてくれたのは妻ではなく、このコウモリであった。私は階段にしゃがみこみ、20センチまで近づいてその姿を見てみた。耳がちょこんとふたつ飛び出して、体はカブトムシのメスがふわふわになった様な、実に愛くるしいやつだった。フッと息を吹きかけてみる。すると彼は申し訳なさそうに体を縮こめるではないか(両手で頭を抱える感じで)。どうした、かわいいぞコレは。遅れて帰宅した妻も気になっていたようで、同じ事をしたらしい。それからしばらく、モリゾーと名づけたコウモリに欠かさず挨拶をするようになった。 そんなある夜、コウモリについて調べてみた。10日も動かないのはなんでだろうか。ちょっと不安になったからである。いいですか、みなさん。はい、コウモリとは。 ●沢山の蚊を食べる。人間で言うと一晩にゴハン100杯。アメリカでは土地の開拓前にコウモリのおうちを作り、まずは蚊を食べてもらったという。 ●多種多様のコウモリが生息するが、吸血コウモリは3種類だけ。しかも日本にはいない。吸血といってもちょっとぺろぺろするだけ。ドラキュラのイメージをコウモリに当てはめてはいけない。 ●冬眠をする。邪魔されると冬眠が失敗する可能性がある。冬眠中でも時々水分摂取や捕食を行う。 ●日本にいるコウモリのほっ…とんどが絶滅危惧種である。ゆえに捕獲することができない。飼育するには都道府県の担当窓口に申請する必要がある。 うちのモリゾー大丈夫なのかよ。水も飲まないし、蚊や虫を食べている様子もない。あんな寒い階段でちじこまって、死んじゃうのか?玄関扉ののぞき窓から外を見る。モリゾーはまるでゴマ粒のように壁に…テンと張り付いている。その小ささ。とても辛い気持ちになり、本気出したら涙が出そうなぐらいであった。 続く。 |
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