怒り大爆発的エッセイ

 日本人だもの。疲れたときや何かの節目には温泉旅館に行って、「はぁ〜こりゃいいわ」などとお決まりの独り言を心の中でつぶやく。風呂上りの濡れた髪、浴衣で飲むビールときたらファールすれすれのラフプレーだが、こういうプレーにこそみんな惹きつけられる。そして温泉に行きたがるのだ。そんな想いの向くままに目指しましたのは福島県、磐梯熱海温泉郷。緑豊かな山間の里に川のせせらぎ。うん、日ごろの疲れを癒すにはモッテコイではないか。
 
 この時宿泊した宿は某旅行雑誌の見開き1面を飾り、なかなか趣のある小奇麗な旅館であった。ホームページも開設しており、読んでみるとお客様の評判も上々。なんでも隠れ家的雰囲気をかもし出していて、団体客やカラオケすらないという。これはこれは。確かに外角高め、手が届くぎりぎりのストライクゾーンにゆるいタマ的料金設定ではあるが、これならオレにも打てると思った。
しかし、事件は現場で起きるものと決まっているのだ。車を旅館の駐車場に入れたときである。一人の渋皮中年が玄関から出てきた。客のお出迎えというよりも、「うちの駐車場で勝手なマネされては困ります」みたいな渋顔なのだ。笑顔で出直して来い。そもそも建物を見たときから雲行きは怪しかった。うたい文句と違うのでは?そんな雰囲気が充満。大人の隠れ家と言っていたが、本気で隠れなければならないような人々のためのお宿ではないのか。しかしまぁ、外見で判断するのはどうか。私も大人。ここはだまって(妻とヒソヒソしてたけど)案内されるままに部屋へと向かう。ここまで書いてすでに不機嫌になってきた。ひどいのはもう少し先なのだ、落ち着けドウドウ。
 で、部屋なのだが予想どおりの湿度を感じることとなる。写真と全然違うではないか!どれどれ、トイレは…。これも期待を裏切らないすばらしい構造である。和式に重厚なパーツを乗せ、なんだか無理やり西洋化しているのだ。と言うより巨大な和式で踏み台つき。そのせいで立つスペースが足ひとつでぴったり。背中が壁についてる。こんな不安定なおしっこしたことないから。はたして糞が出るか心配だ。プーしかでないかも。でも待てよ。ホームページで「改装が間に合っておらずご迷惑を…」なんてくだりを見かけたような。しっかり先手打ってあったか。軽くブルーになったところで、気が利く妻はお茶を入れてくれるという。あれ、仲居さんは?持ってくれた荷物を入り口あたりにドスン!とおいたら何かをしゃべってスタコラと行ってしまった。ただ、「お客様の時間を大切にしてほしいのでもうここには来ません」みたいなことを言ったのは覚えている。普通もう来ないだろ。なにをとってつけたように。よって当然お茶のひとつも入れてはくれなかったのだ。さて茶器はどれかな。妻があたりを物色中、たまたまグラスを手に取った。そうか、せめてビールが美味けりゃそれでいいか。
 
 そんなことを思った矢先である。うぇ!という妻の雄叫び。なんとグラスに小さな白い虫の大群が住んでいたのだ。確かうたい文句に「女性のお客様に最適」みたいなことが盛り込んであった。
だがこの旅館は女性客をつかむ上で最も大事な清潔感を欠いていたのだ。ここまできたらもう止まらない。夕食もダメ。ろうそくなんか置いてよく見せたい的演出はわかるのだが肝心なところが抜けていた。当方の前調べでは「暖かいお料理を食べていただきたいので、順々にお持ちします」「料理の質に重点を置いていますのでいわゆる旅館料理じゃないですよ。そういうのを望んでいる方にはご満足いただけないかも」なんて書いていた。期待するに決まっているではないか。でも実際は料理持ってきたのは2回くらい。さして上質とも思えないうえにお腹一杯にもならない。せめてビールもらいたいのに誰も来ない。そして部屋に戻って落ち込んだ…。まだ8時か9時だよ。今夜何してればいいのだ!

 よし!苦情の手紙書こう。

その辺にあった宿のお知らせ紙B5版。裏にびっしりの苦情とメールアドレス。これでもくらえコノヤロー。
 そして朝。さっさとチェックアウト。来たときは外まで飛び出してきたくせに帰りはまるで興味なし。なっとらん。

 あれから半年以上が過ぎた。結局メールなど来ないし、ようやくイマワシイ記憶も消えつつある。妻があの日何かの虫に刺された跡とともに。