自己紹介、自社紹介

住まいと環境社、そして自分のことについて   住まいと環境社 代表 野池政宏

 私が「建築」とか「住宅」とかの分野に首を突っ込んだのは15年ほど前です。高校物理の教師を辞め、「これから環境に関係する仕事をするぞ」と決めて炭に関わる仕事を始めたのですが、その頃炭は「燃料以外の用途」が注目されていて、建築への利用もそのひとつとしてあったわけです。
 当初はとくに床下への利用がおもしろそうだということで、主に床下環境や湿気のことについて勉強していました。そこからカビ、ダニあたりにも勉強することが広がっていきました。また、まだシックハウスという問題が騒がれていなかった頃に、炭についてホルムアルデヒドの吸着試験などもやっていました。振り返ってみるとと、その頃に取り組んでいたことがいま大いに役立っています。
 3年間ほど、いまで言うベンチャー企業みたいなところで炭の仕事をして、1995年に「炭と環境社」という社名をつけて独立しました(TOPページに「旧社名」として載せているのはそういう意味です)。

 ちょうど独立する頃に、シックハウス問題が大きくなってきました。当初の関わりかたは「炭屋」「床下屋」という立場だったのですが、理科がそこそこ得意だったこともあって、まわりの人にシックハウス問題を理科的に解説するような立場になっていきました。その活動が少しずつ認められ、地元関西だけでなく、いろんなところに講演に出かけるようになったり、専門誌に原稿を書くようになりました。その頃の影響は大きく、今でも私のことを「シックハウス問題の専門家」として見てくれる人がたくさんいます。

 一方、いろんなおもしろい人や企業と出会う中で、「一緒にこの商品を普及させようよ」「これ扱ってみない?」という話が出てきて、炭だけでなく、いろんな建材を扱うようになっていきました。

 シックハウス問題については、2000年頃に自分の中で一応の決着が着いたこともあり(ある意味自分の役割は終わったと考えた)、自分にとってのライフワークである「環境にやさしい住まい/暮らしを広げていく」という、もう少し広い範囲のことに活動をシフトしていきました。
 具体的には「省エネになる住まいはどうすれば実現できる?」「日本の木を使っていくためにはどうすればいい?」「住まいを長持ちさせるにはどうすればいい?」、そして「環境にやさしい家づくりを行っているところにたくさん家を建ててもらうには?」というようなテーマです。テーマが広がるほど「仕事」としてやるのが難しくなっていくのですが、そのへんをなんとか工夫して食べていけるように考えています。

 さてそうなると、いよいよ「炭と環境社」という社名に違和感が出てきて、社名を変えることにしたのが2003年です。会社的に動いているというよりも野池個人として動いているもののほうが多いので、シンプルに「野池商店」にしようとか、ちょっとかっこよく「住まいと環境研究所」はどうだろう?なんて思ったのですが、「商店」だとモノ売りだけをやっているみたいだし、「研究所」という名前でモノを売るというのも変だし、ということで、いまの「住まいと環境社」に落ち着きました。

 2005年には「自立循環型住宅」が登場し、それがとてもおもしろいので強く取り組むようになりました。IBECから講習会の講師に認めてもらい、また2007年4月には「自立循環型住宅研究会」を発足させました。会員数も増え(2009年末の段階で100名を超えました)、その活動内容も非常にレベルの高いものになっています。

 自立循環型住宅に取り組む中で、「これからはパッシブデザインだ」という“結論”を出しました。そのことをいろんなところで言っていると、それに賛同してくれる人たちがどんどん増えています。住宅業界も大変ですが、おもしろい時代がやってくる予感がします。

 パッシブデザインと並行して「暮らし向上型リフォーム=本質改善型リフォーム」を追求しようと考えています。その研究会も2010年の3月に立ち上げます。これが私の最後の仕事になると思っています。

 2010年2月 記す


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