三宅学習塾OB会 > トップ > 狂育原論 > 心 その17・生命誕生からの歴史(詳細編)   


心 その17・生命誕生からの歴史(詳細編)  ESPECIAL ! 

きなりですが、現在この地球上にどれくらいの種類の生き物がいると思いますか? 1000万種近くいると推定されています。この数字を公表した研究機関では、まだ見つかっていない生き物を全て見つけ出すには、更に1200年くらいかかるとも言っています。新しい生物を見つけることは、これはこれで大変なことのようです。また、過去に絶滅して、もう出会うことができない多くの絶滅種もいます。これを含めたら、もっと長い年月が必要になります。
 現在、地球上には細菌からシロナガスクジラまで多種多様な生物が生息していますが、これらの生物には多くの共通項があります。それはすべて生物は細胞から成り立っていること、その細胞の中に遺伝情報の本体としてDNAがあること、自己増殖ができること、外部環境が多少変化しても体内環境の状態を一定に保つ仕組みがあること、生命活動にエネルギーを必要とすることなどです。DNA分子(正式名はデオシキリンボ核酸)には、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基があり、AはTと、GはCと結び付き、その形成される塩基対(狭義には酸を中和する能力のある化合物、または水溶液中で OH- イオンを生成する化合物)によって二重螺旋構造が作られ、子孫に遺伝情報が伝えられています。この塩基配列の働きによって情報が子に伝えられていくのですが、すべての塩基配列が遺伝情報となっている訳ではありません。DNAには遺伝情報を持っている部分と持っていない部分が存在し、遺伝情報をもっているDNAの一部(領域)が遺伝子と呼ばれています。
 大腸菌などの原核生物では,細胞質基質中に通常1個の環状のDNA分子が細く折りたたまれて局在していて、これを染色体と呼んでいます。一方、ヒトなどの真核生物では、DNA分子は通常ヒストンと呼ばれるタンパク質に巻きつき、繊維状の構造体で核内に分布していますが、分裂期になると繊維状の構造体が何重にも折りたたまれて凝縮され、太い染色体になります。このように細胞内でのDNA安定保持するために生じた構造が染色体になります。
 参考までに遺伝情報の説明をしましたが、前置きが少し長くなりました。本題に戻ります。原始の地球は46億年前に太陽系と同時期に形成され、無数の微惑星を取り込みながら誕生しました。地球に落下してきた微惑星のもっている巨大な運動エネルギーは、衝突の瞬間に大爆発し熱に変わり、地表は微惑星の衝突エネルギーで溶け、マグマの海となりました。微惑星に含まれていた揮発成分は衝突の瞬間に蒸発して水と二酸化炭素からなる濃密な大気を形成しました。
 地球周辺軌道には原始地球と一緒に成長した6〜8個程度の原始惑星があり、それらと次々に衝突・合体(ジャイアント・インパクト)を繰り返し、原始地球は成長していきます。破片の一部は地球の重力により落下し、残ったものは一つのまとまりとなり、私たちが現在、月と呼んでいる天体となりました。この月を生み出したジャイアント・インパクトが地球にとっては最後のものとなり、それ以降は地球レベルの破局的な衝突は発生していません。
 地球誕生後、時間とともに微惑星の衝突も減り、地表温度も徐々に下がり出し、地表のマグマは固化し、薄い岩石の皮膜を形成していきます。それでも地表温度は数100℃もあり、水蒸気と二酸化炭素からなる200気圧、数100kmに達する濃密な原始大気の中では激しい対流が起こっていて、原始大気の表層では冷やされた雲が雨になります。しかし初期の頃は、雨はまだ熱い地表付近で熱せられ、すぐに水蒸気に戻ってしまいましたが、地表の温度が少しずつ下がり始めると、ついに原始大気中の水蒸気が生み出した雨が地表に到達します。地球史上で最大の豪雨だったことでしょう。このように地表に到達した雨は蒸発しますが、地表の熱を効率よく宇宙空間に放出していくようになりました。
 そして、蒸発サイクルの繰り返しによって、ついに海が誕生します。海の誕生の時期についてはいくつかの学説がありますが、43億年前というのが有力です。海の誕生は地球の進化、生命の誕生において、決定的に重要な役割を果たしていきます。現在の学説では地球が誕生してから6億年ほど経った頃(約40億年前)、海で生命が誕生したと言われています。当時の地表は強い紫外線や荷電粒子が容赦なく降り注ぎ、生命にとっては致命的な環境で、生命が存在できる環境は海中だけしかありませんでした。
 しかし、この地球にはこれまでに、直径100〜500kmもの微惑星が複数回衝突したと推計されています。このような巨大な天体が衝突すると、落下地点の岩石は瞬時に蒸発し、高温の岩石蒸気が地球の全表面を覆うことになり、海は沸騰し完全に干上がってしまいます。このようなグレイブ(危機的な事態)は生まれたばかりの生命にとっては致命的なものであったに違いなく、生命は生成と消滅のサイクルを何回か繰り返したと想像されます。
 原始の海には、生命に必要な有機分子(アミノ酸、核酸塩基、糖、脂肪酸、炭化水素など)が豊富に存在していたと考えられています。それは星間物質に含まれ、小天体と一緒に地球に到達したものもあれば、紫外線、荷電粒子、落雷などにより、活性化されていた地球の原始大気中でできたものかもしれません。生命の誕生は、宇宙の誕生とともに、未だに諸説あって科学的に立証できていない部分です。しかし、現に私たちはこのように生きています。宇宙も膨張しています。これは紛れもない事実です。宇宙からの生命誕生物質の飛来説、想像できないほどの環境下での化学反応説、あるいは突然変異説など諸説ありますが、旧約聖書「創世記」に記されている内容よりは真実味があります(笑)。
 再度、横道に逸れます。日常会話の中で、「細菌(バクテリア)」と「ウイルス」という言葉は、人や動物に感染症を引き起こす微生物(目にみえないくらい小さな生物の総称)の代表格としてよく使われていますが、最も重要な違いは、細菌は自分の力で増殖することができますが、ウイルスは人や動物の細胞の中に入らなければ、増えることができないという大きな違いがあります。水に濡れたスポンジの中で細菌は増えますが、ウイルスは暫らくすると消えてしまいます。
 もうひとつの重要な違いは、抗生物質(ペニシリンなど)は細菌を破壊することはできますが、ウイルスには全く効かないということです。インフルエンザにはタミフルなどの薬がありますが、これは抗生物質ではなく、抗インフルエンザウイルス薬で、身体の中で増殖を抑えるだけの作用しかありません。現在では、ノロウイルス、テング熱、あるいは風邪症候群の原因となっているウイルスに効く薬はなく、自分の免疫力で治すしかありません。大雑把に言えば、初めての生き物は細菌やウイルスのようにきわめて微小で、ある時、遺伝子上の塩基配列が突然変異したのか、あるいはウイルスのように、異種の生き物の細胞の中で合体して誕生したのだろうと、私自身は勝手に想像しています。
 初期の生物は全て単細胞であり,はっきりとした核をもたない原核生物でした。これらの生物は、初め海の中を漂う有機物を利用し、嫌気呼吸つまり酸素を使わない呼吸で生息していました。しかし、有機物には限りがあり、やがて自分で栄養を作り出す手段が必要となりました。これが光合成のはじまりで、約35億年前に藍藻植物(シアノバクテリア)がその担い手として登場します。光合成によって、無機物である二酸化炭素と水から、ブドウ糖などの有機物を作り出すことができるようになったのです。藍藻植物が酸素を作るようになると、酸素を利用した呼吸(有機呼吸)する微生物も誕生するようになりました。
 原核生物は長い年月をかけて多様な進化を20億年続けて、15億年前に核をもった生物、真核生物が現れました。また、多細胞生物が誕生したのは9〜10億年前だったと言われています。陸の上が安全になると、生物は次々と上陸を始めました。このような生物の進化は海の中で起こっていました。陸上で生物が生活するには、紫外線が大きな障壁となっていたためです。この問題を解決したのがオゾン層です。藻類の活発な光合成により大気中の酸素量が増えていくと,紫外線の作用を受けて酸素からオゾンが生成されました。高度約20〜50 kmの領域でオゾン層が形成され、生物にとって有害な紫外線はそこで吸収されるようになりました。こうして生物が地上でも安全に生活できる環境が長い年月をかけてようやく作られたのです。


 
 陸の上が安全になると、生物は次々と上陸を始めます。最初に上陸したのは緑藻類(緑色の藻類で、クロロフィルaおよびbを多量に含む色素体をもつ、最も簡単な植物)でした。陸上は光合成に必要な光があふれていることから植物は進化し、繁栄を始めます。陸生植物は約5億年前に出現し,体をしっかり支えるために根や茎、葉が発達し、海の浅瀬から低地の沼へと徐々にその生息地域を拡大していきました。またシダ植物も大繁殖しました。現在化石燃料として使われている石炭は、この頃から堆積し始めた植物が石灰化したものです。
 ところで、遺伝子分析はどのように行われているのでしょう。近年の科学技術の飛躍的進化で、最新の電子顕微鏡は最大倍率は約100万倍にもなり、100万分の1mmの単位である1nm(ナノメートル)の小さなモノまでも観察することができるようになっています。日常的に使われている単位に例えるなら、1mmのモノが100kmに拡大されるということになります。
 昭和生まれの人が中学生の頃、理科の授業で使われていた光学顕微鏡は、観察したい対象に光(可視光線)を当てて拡大するのに対し、電子顕微鏡では光学顕微鏡の光の代りとして、電子線を用います。光学顕微鏡では、光(可視光線)の波長以下の対象物は見る事が出来ませんが、電子顕微鏡に用いる電子線の波長は光より遥かに「短い」ので、より小さな対象物を分離して見る事が出来ます。更に、電子顕微鏡は光学顕微鏡と比較して、遥かに高い分解能が得られます。多くの人にとっては、これだけの説明では「チンプンカンプン」だと思いますので、興味のある人は、PCのnetで「電子線」か「電子顕微鏡」をキーワードにして調べてみてください。
 電子顕微鏡での遺伝子分析は二つの種について特定の遺伝子を調べ、塩基配列が何ヶ所違っているかを数値化する作業をしています。この数値により二つの種がどのくらい近い(あるいは遠い)関係にあるのかが判ります。また、近縁種であれば、二つの種が共通の祖先から分岐してどのくらいの時間が経過しているかも知ることができます。この考え方を「分子時計」といいます。分子時計という考え方は、遺伝子の塩基配列の変化は突然変異により起こり、その発生確率は一定であるという前提に基づいています。一つの塩基配列が変化する確率時間(t)が分かれば、(n)個の変異が起きるのに必要な時間は nt ということになります。
 この分子時計を使用して、類人猿の中でチンパンジーが分岐したのは1250万年前、ゴリラが分岐したのは800万年前、チンパンジーとヒトが分岐したのは600万年前というように、経過時間を含めた系統樹を作ることができます。この分子時計は理論値であり,実際の系統樹には化石などの具体的な証拠が必要になります。このような研究のおかげで、人類の進化過程は、おおむね連続的で、かつ複雑な流れをたどってきましたことが判ってきました。
 簡易に人類の流れを理解するための、猿人→原人→旧人→新人という4段階に分けられていることは、現在も変わっていません。旧人まではアウストラロピテクス類で、これらは400万年前から100万年前にアフリカに存在していました。そして、猿人と原人の橋渡しをするのが、ホモ・ハビリスで240万〜170万年前、東アフリカに存在していました。原人はジャワ原人や北京(ペキン)原人を含めて、ホモ・エレクトゥスで統一されていて、180万〜30万年前アフロ(アフリカのこと)・ユーラシアの熱帯、温帯に広く分布していました。旧人はネアンデルタール人および古代型サピエンスと言われていて、15万〜3万5000年前に旧大陸に広く分布していました。
 現生人類の生物分類体系上での最新分岐点は、約3万年前から今日に至るまでの人類で、ヨーロッパのクロマニョン人、中国の山頂洞人、日本の縄文時代人、そして現代人などがこれに属します。新人と呼ばれています。今日では極度に過酷な気候で不毛な土地を除き、汎(はん)地球的に分布しています。原人の脳の大きさは猿人のそれの約2倍、旧人と新人は約3倍になっています。多地域にわたるこれらの諸人類の系統関係には諸説あり、小異を捨てて単系進化をしたとみる説もある一方、複雑な系統関係で想定する説もあり、未だに定説はありません。

住 所
〒250-0034 小田原市板橋647番地 三宅学習塾OB会事務局
事務局への投稿などはこちらへ
三宅先生への連絡などはこちらへ