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心 その4・変遷と発達を考察する(下)

回の(上)では、子どもは両親の遺伝子を1/2ずつ継承して、新しい生命体になるまでのことを書きました。誕生した子どもは、天文学的数字の分母から選ばれた唯一無二の遺伝子の結晶です。それは神仏にも操作できない精妙かつ不可思議な生命体の創作です。そのような確率で生まれてきた子どもでも、両親の遺伝子だけでできていることだけは事実です。余談になりますが、DNA検査による父子鑑定の場合でも、排除率が99.8%以上の場合のみ「100%の父子確率」と記載されます。100%にならないのは精子や卵子がつくられる際に、染色体同士が少し組替わるという性質が生物にはあるからで、いわゆる突然変異などのことです。
 どのような遺伝子を継承したにせよ、子どもの誕生と同時に両親には100%の責務を生じます。「三つ子の魂百まで」とか「雀百まで踊り忘れず」という言葉がありますが、3歳前後までの躾は大切になります。躾だけでなく、満1歳になるまでの乳児期は、特に母親は昼夜を通して24時間子どもの世話で明け暮れします。10ヶ月間胎内に宿したあと、更に1年以上母乳を与えることを顧みれば、物理的、精神的な献身には男性として頭が下がります。
 今日のように家電製品も無く、日常の家事をこなすだけでも10時間はかかったと言われている1950年代までは、4人、5人と多産の主婦は10年以上にわたり自由になる時間は殆んどなく、ましてや楽しむ時間などありません。おそらく、子どもを愛子(あやし)ながら健康で「心」ある人間に成長することだけを夢見ていたのでしょう。母親と子どもは強い絆で結ばれているのはごく当たり前のことで、「母は強し」という言葉もそのあたりから生まれたのでしょう。
 一方、団塊世代以前の父親の多くは、家族の衣食住を確保することが第1の務めと教育され育てられました。現代においては育メンと呼ばれる父親も多くいるようですが、私はそのような男性とは程遠い昔堅気のダメ親父で、おしめ一つ変えたことがありません。風呂に入れたことも数えるほどしかなかったと思います。言い訳を一つ許してもらえるなら、職業が夜の商売(?)であったことも関係しています。しかし、二人の娘が幼い頃には、時間の空いている昼間に遊びに連れて行ったこともありますし、全く断絶していたということではありません。
 長い人生の流れの中では、あるいは職業によっては仕方のないこともありますが、子どもが中学校を卒業するまでは、単身赴任や出張多忙社員、夜の酒席等の接待社員は、社命とはいえ、時には子どもへの日常の接し方を意識的に自問自答することは、父親には必要なことかもしれません。子どもが結婚する時、どんな配偶者を選ぶかで、自分がどんな家庭人だったかを凡そ判断できます(笑)。
 子どもの心の成長は、もちろん両親からだけの影響だけではありません。環境や家族構成も大きな影響を与えます。どのような場所に住んでいるかという風土も大きいでしょう。両親の携わっている仕事も、少なからず子どもの心の成長に何らかの影響を与えます。「孟母三遷」の話は、まさに幼児の教育には環境が大切であるということを教えています。子どもが第1子、第2子、末っ子、一人っ子などによっても、家庭内での自分の立ち位場が変わるという差異も生じます。
 生まれた時から2歳時くらいまでは、空腹、不快感などの本能や自分の欲望を泣くことでしか表現できません。それ故、家族の日常観察がとても重要になります。言葉による自己表現はできなくても、心の中では周りの大人たちが考えている以上に、具体的に心(性格)が構築されているように思います。どの幼児でも母親が目を離している数分の間に、ティッシュボックスから無くなるまでペーパーを抜き出してしまうことを一度は経験します。これなどは、決して悪戯ではなく、関心、興味という心を持ち始めた証しと捉えるべきです。
 そして3歳前後になると保育園などに通うようになります。家庭から社会に踏み出し、見るもの聞くもの(人物、言葉、行動、体験など)のほとんどが初めてのことばかりで、驚きの連続の日々を送り、脳が著しく成長し、言語力も発達し文節を持った会話も身に付けてきます。そのためイヤイヤ期や反抗期を迎え、自己中心的、直観的、具体的、情緒的といった自律した行動や発言ができるようになり、自我意識が芽生えてきます。まさにこの3歳〜5歳は心の成長の土台を創る一番大切な時期と考えます。
 古稀を迎え、しかも子育てに手を貸さなかった男が、どうしてこれまで詳しく書くことができるのかという疑問を持つ卒業生もいると思います。「心」シリーズを連載するにあたり、乳児、幼児に関する書物も読みましたが、何よりも現在4歳になる孫の成長を定期的に観察できたことが大きいと思っています。長女は1ヶ月、あるいは間が空いても1seasonに1度は孫を連れて小田原に帰ってきます。40年前と違って私自身も自由な時間はたっぷりありますので、孫と接する機会が多く、しかも男ですのでよく遊び相手をしているのです。そして、会うたびに幼児の成長の速さに驚いています。

 スキャモン発達発育曲線というのがあります。幼児教育の分野でよく使われている言葉です。それには4種類の曲線があり、その中の一つに神経系の発達発育曲線があります。それによると神経系統は生まれてから5歳頃までに80%の成長を遂げ、12歳でほぼ100%になるそうです(注…グラフ中の一般型曲線は身長・体重・臓器などを指しています)。この時期は、神経系の発達が著しく、さまざまな神経回路が形成され、一度その経路が出来上がるとなかなか消えないということです。幼い頃に自転車に乗れるようになると、何年間も何十年間も乗らなくてもスムーズに乗ることが出来るのが、その1つのよい例だそうです。
 この時期に神経回路へ刺激を与え、さまざまな動きを経験させることで、後の大きな成長の下地を作っていくことができます。日本サッカー協会では、このスキャモンの成長曲線をとり入れた少年サッカー指導をしているそうです。この「限られた期間」に適切な指導をすれば、正しいスキルを身に付けることができるという考えからのようですが、南米や欧州の選手たちとの遺伝子の違いについては無視しています。私は前述のように、遺伝子、環境も重要なfactorと考えていますので(笑)。
 就学前までの時期は、もう一つ大きな環境の変化があります。3歳くらいになると多くの幼児は、保育園、幼稚園の通園とは別に、塾、けいこ事、各種スポーツ教室などの習い事にも通い始めます。そのような子どもは2倍、3倍の新しい世界を知ることになり、子どもによってはマイナスに働くこともあり、何でもやらせてみることが正しいとは限りません。幼児のpotentialは無限ですが、containerは小さいのです。2〜3歳児くらいまでの家庭での観察、指導によって、その子の興味、関心、快感(喜び)、自発性、集中力などを引き出すことのが先決事項になります。
 4歳を過ぎると、集団生活にも慣れ社会性が身につきます。身の回りのことを自分でできるようにもなり、コミュニケーションをとることも上手になってきます。両親からの遺伝子⇒家庭での指導⇒集団生活の対応などから、個々のidentity が確立され、その80%は5歳頃までに形成されてしまうということです。両親は日常のわが子の行動、仕草を観察していれば、好き・嫌い、得手・不得手、関心・無関心、集中・散漫、ネアカ・ネクラ、平和的・戦闘的などの基礎的identityを、何となく判別できるようになっているはずです。
 最近、このテーマに相応しい話題がありました。将棋界の中学生棋士藤井聡太君(14)が無傷の29連勝の公式戦最多連勝記録を作ったことです。マスコミ報道は2〜3ヶ月過熱し、新記録誕生の時はTVにテロップまで流れました。ちなみに、それまでのプロ初戦からの公式戦連勝記録は「10」でした。よく言われている「28」はデビューしてからの連勝記録ではなく、将棋界公式戦の連勝記録のことで、その記録すらもデビューしてから一度も負けることなく更新してしまったということです。
 それにしても、14歳であそこまでネクタイ・背広姿が様になっていて、記者団の対応にソツ無く答える穏やかな表情には驚かされました。NHKスペシャルで彼の幼児期から今日までの特集番組を観ましたが、それによると彼の祖母が聡太君に将棋セットを買い与えたことがキッカケだったようで、聡太君の幼少期の日常生活を観察していた祖母の大金星と言えます。、小学校低学年当時の彼は「好きなことにはとことん熱中し、対局に負けると大声をあげて泣くこともあるが、ひとしきり泣くとケロッとしてまた盤に向かっている」という、気分転換と集中力を持ち合わせた性格だったようです(母親談)。
 identityという言葉は、今日では中学校の道徳の時間によく使われている言葉のようですが、日本語にするにはとても難しい言葉です。辞書には、自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一性のもの。主体性。自己同一性。と、書かれていますが、一般人にはイマイチよくわかりません。個人的解釈としては、自分らしさ、今の自分を容認すること、すなわち個性の自己認識、あるいは他者と区別された独自の特性と理解しています。
 そのidentityの80%は、両親からの1/2ずつの遺伝子を基盤に、乳児、幼児期の環境、経験、身の回りの大人たちの指導が加味され、小学校に入学する時までに形成されてしまっているというのですから、捉え方によっては、とても恐ろしいことです。そして、小学校、中学生の時代には、同類のcharacterの遊び仲間と一緒にいる時間も多くなり、その影響を強く受けてidentityの質は強化され、より細分化されていきます。以上のことから、乳児、幼児期の家庭での躾と、環境に順応する対応力が、いかに大切であるか理解していただけたと思います。
 最後に2つのことを付け加えておきます。1つは、「6歳を過ぎてからでは、『心』の変化を殆んど期待することはできないのか」という不安です。もう1つは、この文章を読んでくれている卒業生は40歳以上の人が多いと思っていますが、そのような人にとっては、ずっと昔に子どもたちは幼児期を過ぎてしまっていて、「今頃読んでも、何の役にも立たない」という言葉が聞こえてくることです。確かにその通りです。それらについては長くなりますので、次回以降に書き記すつもりでいます。

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