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子育て 〜塾内特別編(超ロング授業バージョン)〜

三宅 亘

あ今日は、子育ての話の授業でもしようか。貴正、いい親父しているか!?知加、子育て順調にいっているか!?孝好、お前に似ず、子供はいい子に育っているか!?佳子、子供も気ばかり強いんじゃないだろうな!?じぁーいくぞ。『先生、どこへ行くんですか?』バカやろー、東京に行ってどうするんだ。授業始めるんだ。
 今思うと、当時(’75〜’90頃)俺も若かったし、未熟でも自分なりの考えもあって、俺流にやらせてもらったけど、みんなよくついてきてくれたと感謝しているよ。父母も青二才の俺の強引なやり方を、長い目で暖かく見守ってくれた。だから、お前さん達を、たくさんの行事をして楽しませ、嫌いな勉強を少しでもできるようにさせ、父母の期待に答えようと、俺も一生懸命だったさ。子供達に数十回の授業をしていれば、そのうちにその生産者の子育てがわかってくる。俺が行事をする気がなくなったのも、生徒、その生産者を見ていて、もし何かがあったらと怖くなってきたからだよ。親の身勝手さも目に余ってきたしね。幸いにも、あれだけの行事をしても新聞沙汰になるようなことはなかったけど、小さな事件や苦情はいくつもあった。しかし、俺は普段の授業であれだけ厳しくルールを守らせてきたから、生徒を信じることができ、いろいろなところへ連れて行くことができたんだと思うよ。
 養老さんも『バカの壁』の中で書いているけど、各人がそれぞれに個性を持って生まれた生命体であるから、社会の一員としての会話、行動はなるべく突出しないほうがいいとしている。俺も性格的な個性はいらないと思っている。そういう俺が一番個性的だったりしてな。画一化は軍国主義だ、とトンでもない飛躍をするバカがいるけど、生きていくことの基本的なことは共通性を持たせておいたほうが軋轢が少なくてすむ。まずは約束、礼儀、道徳、一般常識などの共存のルールを、子供には身に付けることが必要だと思う。その上で各人の才能が発揮されればよいことであって、会話のできないバカは手におえない。大人になってもいるだろ?会社にいるよな。飲み屋でもよく見かけるだろ?お前、そんな考えで生きていくなよ、というヤツが。
 子供の教育が怪しくなってきたのは、戦後生まれ、すなわち団塊の世代以降の親達からだと考えている。彼、彼女らの子供は今30歳代前半から、25歳前後が多い。だから30歳以下のほとんどの親は戦後生まれと考えていい。戦後生まれの親は本当の意味での叱る、怒ることをしない。注意をしない。だからまともな躾などできるわけがない。その漢字も知らない。『身を美しく』と書く。いい字じゃないか。甘やかすばかりで、厳しさがない。口から出る言葉といったら愚痴だけ。何より最悪なのが、嘘の脅かしと、嘘の約束事。『自分でしなさい。お母さんはこれから一切しないから。』『何回言ったらわかるの?やめなければ、捨てるから。』『今度のテストできなかったら、部活やめなさい。』そう言っておきながら、その通りにしない。こんなことの繰り返しでは、ますます親はなめられる。世間をもなめるようになる。できなければ、はじめから言わなければいい。親に威厳がなくなるだけだ。子供のご機嫌取りなど最低だ。
 親が戦前生まれである卒業生は思い出して欲しい(30歳以下の人は祖父母でもいい)。昔の人は生きることを教えてくれた。生きていくとはどういうことなのかということが、子育ての根底にあった。その中で家庭とはどういう役割を果たすべきかをちゃんと知っていた。戦前生まれの親は、いつも少し離れたところから、暖かな目で見つめ、病気になったり、困ったことが生じたら、奔走し子供を守った。子供ベッタリの親なんかいなかった。子供を独り立ちさせることを第一に考えていた。普段よく口にしていたのは、日常生活の基本が多かった。『物は大事に使うのよ』『お金を無駄遣いしてはいけないわよ。』『嫌でもしなくてはいけないこともあるのよ。』そういえば、昔の人は『もったいない』という言葉もよく使っていた。この言葉には感謝の心を感じる。この言葉も死語になってしまったのかな。ほんの40年〜50年前までの、もろもろの電化製品ができるまで、朝夕の食事、洗濯、掃除の仕事をするだけで、1日10時間近くかかったという。母親が一生懸命これらの家事をするのを見ていれば、生きるということがどれだけ大変なものか、それだけで十分わかるというものさ。
 疲れたな。少し雑談するか?敬之、カナダでもでかい声で歌っているのか?キャンプで先輩に酒飲まされて、アル中になったヤツはいないか?another貴之、指はまだちゃんと動くか?赤鉛筆削ってもらいたいヤツいるか?高校英語の授業のとき、円錐は円柱の1/3だから、鉛筆削りを使わないで、もったいないからと生徒の赤鉛筆をよく削っていたことがあったな。誰の学年だったかな。忘れてしまった。そんなつまらないことでも懐かしいよ。さあ、後半の授業始めるか。
 ナイフ、小刀といえば、刃物を使えない子供が多くなったと言われて久しい。ナイフが上手に使えるからといって、別に偉いわけでもなんでもない。俺が言いたいのは、鉛筆削りで済ましてしまうことの裏に、いろいろな体験学習を省略してしまっていることに気付いて欲しいということだ。不注意で自分の指を切れば、痛さを知る。刃物の大きさによって、これくらいの力で、これだけのものが切れることも知る。危険も知る。上手に使えば、とても重宝なものだと知る。そんなふうに子供の頃から日常生活の中で刃物に親しんでいたら、決して凶器として使わなくなる。このように至便化したことによって経験しなくなってしまったことがたくさんあるのではないか、と言いたいのよ。活動し、いろいろなことを経験すれば、そこから人間はいろいろなことを知り、考えるようになる。生きていくためには何が必要かを積み重ねていく。ところが今の親は、世の中が物騒だからということで、子供の行動を必要以上に規制しすぎてしまっている。これでは子供自らの力で、人間観察、危険判断、状況把握を学ぶことができなくなる。これも独り立ちする上での大きな障害だよ。
 人間も動物である以上、生き抜くためには競争をしなくてはいけない。そのこともしっかり教えておくべきだよ。どこかの国の文部省が、宿題は出しません、覚えられない子は暗記しなくてもいい、遅い子同士でかけっこしよう、嫌な事はしなくていい、こんなことばかり言ってきた。こんな教育に競争心は生まれない。我慢することも、努力することもしなくなる。運よく、好きなことをして飯を食えればいいが、生活力0の大人になってしまう。昔もいなかったわけではないが、確かに近年、ADHD(注意欠陥多動性障害)、社会性の欠如(常識・マナーの欠如、母親のコピー、会話下手等)、アパシー・シンドローム(無気力症候群)の子供は多くなってきているように思う。この原因は主に、親と社会全体が生きていくことの厳しさを正面から教えていないところにあると思っている。
 そろそろ時間がなくなってきた。俺の話、わかってくれた?わからない?『じゃあ、塾に来る前に、病院に行けよ。』これも昔よく使ったフレーズだ。つまらなくても、これが最後だから、もう少し我慢、我慢。昔は社会という集合体の中に、世間というもう一つ小さなカテゴリーがあった。これが子育てに大きな役割を果たしてきた。これを養老さんはコミュニティ、共同体と呼んでいる。この存在の消失は大きい。『世間様に顔向けできないことだけはしないでね。』と、親はよく言ったもんだ。顔見知りはお互いを気に掛けるという習慣があった。塾も世間の一環として、お前達を叱った。しかし今は俺自身、そんな気が起きない。歳をとったということか、バカバカしくなってしまったのか。塾の経営者も金儲け主義に徹し、父母も姑息な手段を使ってでも勉強さえできればいい、という時代になってしまった。これだけあからさまに自己チューを前面に出されるといやになる。だから今は、昔の俺を知っている卒業生の子供中心にやっているというわけさ。もしお前さんの子供が優秀であったなら、このことも教えておいてあげてよ。世の中には無駄なものなんて一つもないということを。地球上で必要のないものは結構人間だったりして。他の生き物はみんなそう思っているかもよ。同じように、人生にも無駄なものなどないということさ。学校の勉強だって、家事の手伝いだって、遊びだって無駄なものなどない。過度はよくないが、偏りなくいろいろなことをさせなければ、『心、知、体のバランスのとれた人間』にはなれないよ。あ、そーそー、それから相手のことを思いやる心と、健康は何より大事なものだということも教えておいたほうがいいよ。
 やはり、子育ても努力だと思うよ。自分なりに頑張ってもなかなかうまくいかないこともあるさ。適当にやってもいい子に育ってしまうこともあるしね。それは仕方のないことだ。お前さんの子供であってもクローンではないのだから、ウマが合わないこともある。そんな時は、子供が誰かいい人にめぐり合ってくれないかと願うしかない。自分なりの努力をして、あとは運を天に任せることだ。『親思ふ こころにまさる 親心 けふの音つれ 何ときくらん』これは、吉田松蔭、29歳の時の有名な辞世の句である。結局、自分の子供が大人になったとき、こんな心境になってくれたら、お前さんはいい親だっだということだ。

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