CDのお知らせ
バッハ自ら編纂した音楽語法の辞書とも言われる曲集。J.S.バッハ『オルガン小曲集』 COO_RECORDS(株式会社マーキュリー)より発売中。
取扱い





ドイツのトロッシンゲン、 オーストリアのウィーン、

のおはなし。





ウィーンの話その1(入学試験編)

 ライプツィヒでのバッハコンクールでセミ・ファイナルに入ったものの、大学4年の時に初めてパイプオルガンに触れた私にとっては、まだまだオルガンを学びたいという思いが強くありました。そこで、ウィーン国立音楽大学の”Postgradualer Lehrgang”というマスター修了後の人が学ぶ課程で、バッハコンクールで審査員だったラドゥレスク氏に師事するため、2005年10月、ウィーンに飛んだのです。

 いざ、入学試験、実技の日。私の順番は3番目。私の前に演奏した人は大柄の韓国人女性でした。教授陣5人の前で一礼し、バッハのG-durのプレリュードとフーガをいつものように弾きだしました。よし、よし♪軽快に調子いい感じ。しばらくしてペダルの見せ場、高いところにさしかかった時、鍵盤がわずかに遠いような気が...。右足を思いっきり延ばして何とか鍵盤に届いたものの、その瞬間、な、なんと、お尻が椅子の縁からずり落ちてしまったのです。次の瞬間、何とか椅子から落ちまいと踏ん張った私の両足は、ペダル鍵盤の上で、16フィートのリード管を含めた大低音の不協和音を鳴らしてしまった!。しかし念願ウィーンでここで終わるわけにはいかない。にっこり笑って振り返り「Einmal bitte! (もう一度!)」。高さが合わずに椅子から落ちたことは、試験官の教授陣にもバレバレでしたよ。今度は、椅子の高さをちゃんと直して無事終了。ウィーンに来るなり、やってしまいました。演奏自体は自分の思うようにできたのでよかったけれども、まさか椅子から落っこちるとは!それも実技試験の日に! それにしても、試験に落ちなくてよかったわ。

 これがきっかけで、教授陣に名前を覚えてもらえたからよかったけどね。 



ウィーンの話その2(アパート探し)

 ウィーンでのアパート探しは苦労した。私のコースの入学試験は、学部の試験と違って、10月になってからだったので、webで捜した物件はことごとく成約済み。最終的には学校の掲示板に毎日見に行って、たまたま係の人が貼り出したチラシの電話番号にかけたところ、さすがにまだ空いているとのこと。早速アポイントをとって部屋を見に行き、ここしかないとその場で決めた。ウィーンの建物事情は、ノイバウ(新しい建物、新築?)とアルトバウ(古い建物)というカテゴリがあり、明確な区別はよくわからなかったが、少なくても築40年や50年ではノイバウ(新築)のカテゴリに入るらしい。最も人気が高いのは、リフォーム済みのアルトバウ、ただし、立地条件がいい場所だと相場もそうとう高い。私の暮らしたアパートは築50年くらいの建物で、間取りは居間兼寝室1部屋に、キッチンとシャワーとトイレつき。5階建てで、フランス映画に出てくるような螺旋階段を上った3階だった。部屋は天井が高く、日本の普通の家に慣れた私にとっては広くて落ち着かなかった。でも、このアパートがある場所は、西駅からのびるマリアヒルファー通りというにぎやかな通りからちょっとの入っただけの便利な場所。西駅はウィーン・シュベヒャート空港から直通バスが出ているほか、ドイツやスイスからの国際列車やオーストリア国内列車がここから発着するだけあって、観光客がたくさん訪れる。マリアヒルファーを西駅と反対方向に進むと、オペラ座、そのちょっと先に学校の校舎があった。天気の良い日には、30分ほどの散歩で学校まで行ける距離だった。





ウィーン音楽大学



オルガン&教会音楽研究室







シュテファン寺院





マリアヒルファーのあたり