1975年  Sugar Babe 「Songs」 (1975/4/25発売)の頃   
家  筒井康隆 山下洋輔 (1976)  Frasco (Nippon Phonogram)   







1. 海 [語り 筒井康隆  音楽編曲 山下洋輔] A面1曲目

筒井康隆: Narration
山下洋輔: Piano, Electric Piano, Synthesizer, Organ, Celesta, Harpsichord, Glockenspiel, Vibraphone, Marimba, Bells, Gong, Violin, Chorus

タモリ: Narration
大貫妙子: Vocal
鈴木利恵、中沢まゆみ: Chorus

柏原卓: Synthesizer, Organ, Electric Piano, Percussion, Chorus
伊勢昌之: Acoustic Guitar, Electric Guitar, Guitar Synthesizer, Whistle
村松邦夫: Electric Guitar
寺尾次郎: Electric Bass, Percussion, Chorus
望月英明: Bass
北沢康隆、黒川博: Percussion, Chorus
生田朗: Gong Stand, Percussion, Chorus
宮坂剛: Effects

坂田明: Alto Sax
高橋知己: Tenor Sax
近藤俊則(近藤等則): Trumpet
向井滋春: Trombone
国吉征之(国義静治): Flute
山田恵子: Harp

玉野嘉久、森岡美穂子、田中英一、藤米田健生、藤原祥隆、中山誠: 1st Violin
渡辺恭孝、宮内洸、脇精一、大町欽一: 2nd Violin
遠山克彦、横井俊雄、北爪現世、中村由記子: Viola
阿部雅士、井戸聡: Cello

注:曲毎のパーソネルがないため、本作に参加した全員を記載しました。

写真上: 「家」 LP 1976
写真中: 「将軍が目醒めた時」新潮社刊 1972
写真下: 「ヨッパ谷への降下」新潮社文庫 2006 

録音: 1975年7月28日〜1976年1月24日

1. Umi (Ocean) [Talk: Yasutaka Tsutsui, Music & Arr: Yosuke Yamashita] A-1 by Yasutaka Tsutsui and Yosuke Yamashita from the album "Ie (House)" 1976

小説家の筒井康隆(1934- ) とジャズピアニストの山下洋輔(1942- )のコラボにより、筒井の短編小説「家」を音楽主体でレコード化した作品で、当時シュガーベイブの大貫さん、村松邦夫、寺尾次郎が参加。大貫さんにとっては(コーラスを除く)ボーカルとして他人の作品に参加した初めての作品となった。

[筒井康隆著 短編小説 「家」について]
初出が「将軍が目醒めた時」新潮社刊 1972で、ナンセンスなSF短編を書いていた初期から実験的・前衛的な作品を書くようになった時期にあたる。当時は一般的な人気が出始めた頃で、私も文庫本をたくさん買って読んだ記憶がある。本作は海の中に建つ合掌造りのような屋根を持った巨大な木造の家が舞台で、4階建ての室内は襖で仕切られて多くの家族が住んでいるという設定。食料や木材は住民の男達が乗る伝馬船によって運ばれてくる。話は隆夫という子供の視点で進行する。彼は同じ階に住んでいる茜という少女を気にしているが話したことはない。船を沈め住民を海に落とす暴風雨の日、隆夫は父親に船は何処から食料・木材を取ってくるのかという質問をするが、子供に話せない恐ろしい秘密があるようで、父親から家を追い出され布団をしまう部屋で寝る。そこに嵐で溢れた海水が入ってきて、隆夫は布団に寝たまま、家の周囲に巡らされた縁側を漂流する。

という不思議なストーリーで、家の構造と人々の生活の描写が執拗で、これでもかこれでもかという言葉の洪水に見舞われ、そのパワーに圧倒される。時代設定は不明であるが、ケビン・コスナー主演の映画「Waterworld」1995 (注: 映画は小説から20年以上後に作られたもの)を想起させ未来世界のように感じられるものの、距離の表現に古風な「間」、「尺」を使うことで、時代感覚と切り離されたような感もある。

「家」はLPのライナーノーツに全編がびっしり記載されているが、本としては「ヨッパ谷への降下」新潮社文庫 2006で入手可能。

[筒井康隆・山下洋輔 「家」LPレコードについて]
帯のキャッチフレーズは「日本ジャズの鬼才山下洋輔が彼の敬愛するSF作家筒井康隆の原作を得て、半年余を費やして完成させた文章と音楽の画期的競合!」。筒井と山下はお互いにファンで深い交友関係をもち、作品上多くのコラボがある。本作はそのひとつで、短編小説の抜粋を筒井が朗読し、山下が小説から得られたイメージで自由に音楽を付けている。それは小説の設定や筋に限定されない自由な発想に基づくもので、原作に従属した音楽とは根本的に異なるものだ。当時の山下はフリー・ジャズを演奏しながらエッセイを書いたり、学生運動で封鎖されたバリケード内で演奏するなどの型破りなパフォーマンスを繰り広げていて、本作でも型に嵌らない自由な創造力をいかんなく発揮している。使用楽器面ではシンセサイザーが出始めたばかりの頃で、今の耳で聴くと技術的に未熟な音もあるが、当時の環境の中でこれだけのサウンドを創り出したのは驚異的だ。

[大貫さんの参加について]
当時彼女はシュガーベイブのアルバム「Songs」が出てしばらく経った頃で、一部から熱狂的な支持を得られたが、一般的な知名度はまだ低かった時期。そんな頃に何故同僚の村松、寺尾と一緒に本作に参加したのか、一見謎に思えるが、シュガーベイブのWikiにある詳細極まりない年表を見ると、1974年4月に風都市を辞めた長門芳郎が友人達と設立した「テイク・ワン」という事務所の専属アーティストが山下洋輔トリオとシュガーベイブだったことがルーツであるとわかった。ちなみに前述のWikiに3人が1975年10月27日に本作の録音に参加という記述がある。なお大貫さんは最初の曲「海」に参加している。

[大貫さんが参加した1.「海」について]
14分37秒の曲はシンセサイザーの独奏から始まり「海」と「水」についての筒井の朗読が入る。ピアノによるリフが始まり、筒井の小説の描写のように執拗に続く。それにゆっくりした音で色を置いてゆくエレキギターは村松が弾いているようだ。向井滋春のトロンボーンが聞こえ、リフは他のキーボードが加わって厚みを増し、エレキピアノが和音を散りばめる。

ゴングが鳴り曲調がぱっと明るくなった10分40秒で大貫さんのボーカルが登場。彼女はコーラス付きで「じゃあぱ ねえず じゃあぱ ねえず さいぷ りいす さいぷ りいす」という歌詞を2回歌い、3回目は男性コーラスも加わり彼女の出番は約1分で終わる。この意味不明の言葉は、小説で伝馬船から食料や木材を積み下ろす際に歌われていて、彼らもその意味を知らないと書かれている。本来はもっと賑やかな歌いのように思えるが、ここでは大貫さんのクールな声がむしろシュールな雰囲気を醸し出している。

その直後にフルートによる前衛的な素早いパッセージが入る。それを吹いている国義静治は、後に国吉征之の名前で音楽プロデューサーになる人だ。バックで鳴り続けているリフにエレキベースがユニゾンで加わるが、これは寺尾が弾いているのだろう。終盤に山下のピアノがフリージャズ・スタイルで切り込んできてフルートと絡み合う。

[その他の曲について]
シンセのリフ音(当初とは別のパターン)の中切れ目なく 2.「月」に続き、筒井が隆夫と茜の出会いを短く語る。ここではウッドベースとギターが鳴っている。筒井による変わった形の「月」の話。ストリングスをバックに坂田明によるフリーなサックスソロ。不思議な月が夜空に浮かぶ様が現代音楽的な不協和音の中で表わされている。A面は筒井の「その夜暴風雨がやってきた」という語りで終わり。

B面 3.「嵐」は風の効果音を背景にギターがジャズ・スタンダードの「Stormy Weather」を奏でる。ラジオによる天気予報官のアナウンスと男性群によるお経のような変なコーラスが短く入ったあと、天気予報官がデフォルメして意味不明の言葉を話し出し、なんちゃって中国語も飛び出す。それで話の主がタモリであることがわかる。山下が福岡で彼を発見し、あまりに面白く才能豊かなので、東京に呼び寄せて芸能界デビューさせたという逸話があり、本作はタモリにとって、媒体におけるデビュー作となった(テレビには1975年8月に初出演済。当時はビデオやCD、DVDがない時代で、カセットテープとレコードが一般販売可能な媒体だった)。

吹きすさぶ嵐の効果音を背景にギターと口笛によるボサノヴァが入る。ギターを弾いているのは日本おけるボサノヴァ・ギターの草分けだった伊勢昌之。この後タモリのハナモゲラが再登場し筒井による隆夫の漂流の話の後、何故か赤ちゃんがはしゃぐ声。シンセによるアンニュイな感じのメロディーが流れ、ストリングスとハープ、カモメの鳴き声が加わり、嵐が過ぎ去った様を暗示。

最後の曲 4.「家」は筒井の「次に目覚めた時、あたりは薄明かりの中にあった」という言葉から始まり、複数の男女による会話が続く。次に出てくるのは1.「海」のリフをテープの逆回転録音で再現したもの。ピアノによるリフにガットギターが音を入れ、筒井は隆夫の漂流の様を語り、その合間にブラスセクションが挿入され、最後はリフがテープ回転がゆっくりと停止する感じで止まり、「南の縁側の西端にたどりつくには一週間かかった」という小説の最後の言葉を筒井が語って終わる。

[むすび]
天気予報官とハナモゲラ、ジャズ・スタンダードやボサノヴァ、赤ちゃんの泣き声など、小説の筋とは全く関係ない声や音が出てきて、もうやりたい放題であるが、約40分にわたり、尽きることのないアイデアと創造力で聴く者の感受性を揺さぶり続ける。何度聞いても都度新しい発見がある傑作!ちなみに本作は2008年にCD化されている。

大貫さんのボーカルの使われ方が尋常じゃないけど、大切なシーンでシュールな効果を出すことに成功している。

[2024年9月作成]


 
1977年  「Sunshower」 (1977/7/25発売)の頃  
夜の旅人  松任谷正隆 (1977)  Panam (Crown)   


 

1. 荒涼  [作詞: 荒井由美、作曲: 松任谷正隆、荒井由美] A面2曲目

松任谷正隆 : Vocal, Keyboards, Producer
大貫妙子 : Vocal
鈴木茂 : Electric Guitar
Ted M. Gibson, 瀬戸龍介 : Acoustic Guitar
林立夫 : Drums
斉藤ノブ : Percussion

1977年11月25日発売


1. Koryo (Desolation) [Words: Yumi Arai, Music: Masataka Matsutoya, Yumi Arai] A-2
From LP Album "Yoru No Tabibito" (Night Traveler) by Masataka Matsutoya (November 25, 1977)
 

松任谷正隆の唯一のソロアルバム。発表された1977年は、奥様荒井由美のアルバム発表はなく、「14番目の月」1976/11/20と「孔雀」1978/3/5の狭間の時期にあたる。当時レコード会社の契約でアルバムを作ることになっており、嫌々制作したという。自分が表に出ると作品を客観的にみることが出来なくなるのが耐えられないという理由で、発表後もずっと好きになれなかったとのこと。当時私は発売直後に購入したが、音作りの素晴らしさとボーカルの下手さのアンバランスに違和感を感じた記憶がある。その後聴かなくなって、今回数十年ぶりに全編を聴いてみたが、意外にも結構楽しむことができた。当時は「上手い下手」の定義が画一的で、現在のような多様性の尊重という価値観がなかった時代だったと思う。長い年月の中でいろんな人の様々なスタイルの歌声を聞いて、耳の度量が大きくなったこともあるかな。なお制作にあたり奥さんの松任谷由美が作詞とアルバム・ジャケットのイラスト(彼女は多摩美術大学卒業)で手伝っている。

大貫さんがゲストで参加した1.「荒涼」は、ハイファイセットのアルバム「ファッショナブル・ラヴァー」1976に収められていた録音がオリジナル。作曲者につき、インターネットでは「松任谷正隆」または「荒井由美」とする資料が多いが、正しくは両者の共作。北海道のオホーツク海に面する北の果ての地の景色を描いた歌詞に「鉄道沿いの 海岸線に...... 古びた列車の 窓の隙間で」という部分があるが、その後1980年代に廃線となり、今はない風景。私は稚内から知床までレンタカーで一人旅をしたことがあるが、広大な海・地平とどこまでも続く道は、日本の他の地域にない景色だった。ただし寒いのは苦手なので、夏に行きましたが......。この曲の録音にあたり、北をイメージする歌手として大貫さんを採用したとのこと。両者は、荒井由美の「Misslim」1974、「Cobalt Hour」1975、「14番目の月」1976へのコーラス参加などの仕事上の付き合いがあった関係。大貫さんはいつに増して硬質な感じで歌っており、一方松任谷の平板な感じのボーカルも、ここでは曲想に似合っていてなかなかの出来。ハイファイセットの山本潤子の暖かみのある歌声よりもいいかもしれない。またハイファイでのアレンジが松任谷のエレキピアノ一本だったのに対し、ここではバンドによる伴奏となっている。冬の情景を見事に描き出したアコースティック・ギターのアルペジオは、その爪弾きのタッチから Ted M. Gibson (当時吉川忠英が使っていた変名)で間違いないだろう。それとは別に左チャンネルから時折聞こえる生ギターの音は、1972年にEastというグループで米国でアルバムを発表した瀬戸龍介か、吉川忠英のオーバーダビングのいずれか(本アルバムは曲毎のパーソネルの表示がないため)。時折聞こえる鈴木茂のスライドギターのキューンという音が、広大な空間を想起させて効果的だ。

この録音は、後の2007年に大貫さんのアルバム「Sunshower」1977の再発の際にボーナス・トラックとして収録された。また同時期の二人のコラボとして彼女のシングル「明日から、ドラマ」1977/3/5発売 のプロデュース、アレンジ担当があげられる。

他の曲についても簡単に説明しよう。

「沈黙の時間」A面1曲目は、スタジオ・ミュージシャンである自分自身を描いた曲。「煙草を消して」A面3曲目は、ギター抜きのサンタナといった感じのラテンロック。「霧の降りた朝」A面4曲目はフォークっぽく、「もう二度と」B面1曲目、「気づいたときは遅いもの」B面2曲目は当時の荒井由美サウンドに近い。「乗り遅れた男」B面3曲目は本作のなかで異色の存在で、1930〜1940年代のスウィンギーなアメリカン・スタンダード風の曲。不貞腐れた歌詞と歌いっぷりが面白い。そして極めつけの「Hong Kong Night Sight」B面4曲目は、香港への憧れに満ちた名曲。イギリス統治領だった当時の香港は、私にとって「The World of Suzie Wong (スージー・ウォンの世界)」1960、「Love Is A Many Splendored Thing (慕情)」 1955 (いずれもウィリアム・ホールデン主演)、および「Les Tribulations d'un Chinois en Chine (カトマンズの男)」1965 (ジャン・ポール・ベルモンド主演)のイメージ、すなわち西洋と東洋がごっちゃになった少々妖しげな世界だった。細野晴臣がやっていた音楽と、歌詞に出てくる映画 「スージーウォンの世界」に感化されて作ったというこの曲は、そのエキゾチックな雰囲気を見事に伝えている。私が滞在した返還前の1990年代には、その香りがまだ残っていたが、返還後20年以上過ぎた今すっかり失われてしまったのが残念。ちなみにここでの細野のベース・ランは最高!本当に凄いよ!そしてこの曲は、松任谷由美がミニアルバム「水の中のアジアへ」1981でセルフカバーしていて、こちらも必聴。

制作当時彼らは考えもしなかったと思うが、「荒涼」や「Hong Kong Night Sight」を40年以上経った今聴くと、失われた当時のイメージが懐かしく脳裏に蘇ってくる。そういう意味で、制作当時と異なる意味合いで味わい深い作品に醸成したと思う。

[2024年2月作成]


  
1978年  「Mignonne」 (1978/9/21発売)の頃 
South Of The Border  南佳孝 (1978)  CBS Sony    
 



1. 日付変更線 [作詞 松任谷由美 作曲 南佳孝 編曲 坂本龍一] A面4曲目

南佳孝: Vocal
大貫妙子: Duet Vocal, Back Chorus
坂本龍一: Fender Rhodes & Korg PS-3100
鈴木茂: Electric & Acoustic Guitars
細野晴臣: Bass
林立夫: Drums
浜口茂外也: Percussion
斉藤ノブ: Percussion
吉川祐二: Percussion

坂本龍一、南佳孝: Sound Producer

写真上: アルバム・ジャケット 1978年9月21日発売
写真下: シングル盤「日付変更線」ジャケット 1978年7月21日発売


1. Hiduke Henkosen (Date Line) [Words: Yumi Matsutoya, Music: Yoshitaka Minami, Arr: Ryuichi Sakamoto] A-4 by Yoshitaka Minami from the album "South Of The Border" September 21, 1978

南佳孝(1950〜 東京都出身)の3枚目のアルバム。初アルバム「摩天楼のヒロイン」1973はとても良い出来だったが、プロデューサーの松本隆とアレンジャーの矢野誠のコンセプトが前面に出過ぎたきらいがあったため、2枚目の「忘れられた夏」1976が彼本来の姿での実質デビュー作といえるだろう。その後ティンパンアレーのアルバム「キャラメル・ママ」1975でゲストとして歌った鈴木茂の「ソバカスのある少女」を1977年にシングル盤カバーし、その翌年に出したのが本作で、本人の作曲、坂本龍一のアレンジと共同サウンド・プロデュースによりジャズ、ラテン・フレイバー溢れる名作となった。アルバム・ジャケットの官能的な絵は池田満寿夫(1934-1997)の「愛の瞬間」(リトグラフ、1966年)で、この名作の使用が許可されたという事は、本作が制作段階でいかに高い評価を得ていたかという事実の証といえよう。

1.「日付変更線」は彼女のもとを去って飛行機で日付変更線を超える男の話で、松任谷由美の歌詞は短編小説のような味わいがある。「スコール」、「遠浅サンゴ礁」という南国の言葉が出てくるので、行先は中央アメリカか南米の国なのかな?松任谷の洒落た歌詞、南のクールなメロディーと坂本の絶妙なボサノバ・アレンジにより素晴らしい曲に仕上がった。大貫さんは「Duet Vocal」としてクレジットされているが、彼女が単独で歌う部分はなく、コーラス・パートで南のボーカルにハーモニーを付けているだけ。しかしそのハーモニーの存在感が強烈で曲の印象をより深いものにしている。またエンディングで彼女のバックコーラスが聞こえるのもいいね。なお本曲はアルバム発売に先行してシングルカットされた。また松任谷由美は25年後の2003年にアルバム「Yuming Compositions: Faces」で本曲をセルフカバーしているが、両者を聴き比べると南の退廃的でダークな雰囲気のボーカルがいかに曲に合っていたかがよくわかる。

その他の曲について、来生えつこが歌詞を書いた曲が特にいいね。「夏の女優」1曲目(作曲はすべて南なので以降記載省略)、「プールサイド」2曲目、「常夜灯」5曲目のいずれも都会の男女のライフスタイルを切り取ったもので、気怠さと艶っぽさが奇妙に同居している。「夏の女優」はからっとしたラテン・ダンス調のアレンジなんだけど、南が歌い始めた途端さっと影を帯びるところが面白い。「プールサイド」は、南・坂本がブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン、編曲家デオダードの影響を受けたことがよくわかる。あと最後の「スフィンクスの夢」(作詞 三浦徳子)10曲目、「終末(おわり)のサンバ」(作詞 一條諦輔)11曲目のメドレーが素晴らしい。前者ではエジプトのスフィンクスに自身の孤独を投影させ、後者は「宴のあとの虚しさ」を歌い、聴き終わった後に何とも言えない余韻を残す。

本作は1978年という時代のなかで生まれた最良の作品のひとつと言える。坂本龍一にとって、ブレイクスルーとなるアルバム「千のナイフ」の発売が同年10月25日、イエローマジック・オーケストラのデビューアルバムの発売が11月25日なので、本作はその前夜の仕事として筆頭にあがる存在と位置付けることができる。

[2024年10月作成


1982年  「Cliche」 (1982/9/21発売)の頃  
Dear Heart 大貫妙子 Epo Jake H. Conception (1982)  Dear Heart (RVC)  



 

1. Dear Heart [Jay Livingston, Ray Evans, Henry Mancini] Promotional Single A Side

大貫妙子、Epo, Jake H. Conception : Vocal
清水信之 : All Instruments、Arrangement
Scot Lowson : Narration



Promotional Single Record (Picture Disk) "Dear Heart" Not For Sale (1982)



写真上: A面
写真下: B面

 

1982年宮田茂樹がRVC(Victor) 内に立ち上げたDear Heart レーベルのプロモーションのために制作、関係者に配布された非売品シングル盤。レーベルのロゴのみが印刷されたシンプルな白紙のカンガルー・ジャケットに収まったピンク色のピクチャー・レコードで、盤上にレーベル・アーティストとスタッフ、関係者の名前が列挙されている。そのA面に大貫さんが参加している。

1. 「Dear Heart」は、1964年の同名の映画(日本非公開)のためにヘンリー・マンシーニが書いた主題曲で、アカデミー主題歌賞にノミネートされた他、アンディ・ウィリアムス、ジャック・ジョーンズで前者が全米24位、後者が全米30位のヒットを記録した。映画はマンハッタンを舞台にした中年男女の恋愛の機微を描いたもので、主演はグレン・フォード、ジェラルディン・ペイジ、アンジェラ・ランズベリー、監督は「Marty」1955 が代表作のデルバート・マン。地味な俳優陣と華やかさに欠ける中年男女の物語ということで日本公開が見送られたこともあり、マンシーニらしい素敵なメロディーの曲なんだけど、日本におけるこの曲の知名度は低い。

ここではマンシーニと彼のオーケストラによる歌付のオリジナル・バージョンに忠実なアレンジで、大貫さん、エポ、そしてサックス奏者のジェイク H. コンセプション(1936-2017) が丁寧に歌っている。彼はフィリピン出身で、1964年23歳で来日、幅広い分野で数多くのスタジオ・セッションで活躍した他、自己名義のアルバムも発表した人。3人の声は綺麗に混じり合っていて、時折りジェイクが一人で歌う部分があるが、女性二人のソロパートはない。間奏部分ではスコット・ローソンという人の語りが入る。カントリー・スタイルのピアノとストリングス・サウンドのシンセサイザーをバックにした2分半ちょっとの短い曲だ。

なおB面は越美晴(Vocal)、鈴木さえこ(Drums)、Jake H. Conception (Sax)、清水信之(All Instruments)による同曲のセッション。

大貫さんは、このRVC傘下の同レーベルで2枚(「Signifie」1983、「カイエ」1984)、宮田茂樹のRVC退社、ミディ・レコード設立後に5枚(「Copine」1985、「Comin' Soon」1986、「A Slice Of Life」1987、「Purissima」1988、「New Moon」1990)のアルバムを製作している。

非売品であるが、そこそこの枚数が配られたようで、中古品市場で比較的高値で出回っている。大貫さんの声はエポと溶け合っていて、はっきり認識できないが、愛らしい曲・歌唱だ。

[2024年2月作成]