1977年  「Sunshower」 (1977/7/25発売)の頃   
夜の旅人  松任谷正隆 (1977)  Panam (Crown)  





1. 荒涼  [作詞: 荒井由美、作曲: 松任谷正隆、荒井由美] A面2曲目

松任谷正隆 : Vocal, Keyboards, Producer
大貫妙子 : Vocal
鈴木茂 : Electric Guitar
Ted M. Gibson, 瀬戸龍介 : Acoustic Guitar
林立夫 : Drums
斉藤ノブ : Percussion

1977年11月25日発売


1. Koryo (Desolation) [Words: Yumi Arai, Music: Masataka Matsutoya, Yumi Arai] A-2
From LP Album "Yoru No Tabibito" (Night Traveler) by Masataka Matsutoya (November 25, 1977)

松任谷正隆の唯一のソロアルバム。発表された1977年は、奥様荒井由美のアルバム発表はなく、「14番目の月」1976/11/20と「孔雀」1978/3/5の狭間の時期にあたる。当時レコード会社の契約でアルバムを作ることになっており、嫌々制作したという。自分が表に出ると作品を客観的にみることが出来なくなるのが耐えられないという理由で、発表後もずっと好きになれなかったとのこと。当時私は発売直後に購入したが、音作りの素晴らしさとボーカルの下手さのアンバランスに違和感を感じた記憶がある。その後聴かなくなって、今回数十年ぶりに全編を聴いてみたが、意外にも結構楽しむことができた。当時は「上手い下手」の定義が画一的で、現在のような多様性の尊重という価値観がなかった時代だったと思う。長い年月の中でいろんな人の様々なスタイルの歌声を聞いて、耳の度量が大きくなったこともあるかな。なお制作にあたり奥さんの松任谷由美が作詞とアルバム・ジャケットのイラスト(彼女は多摩美術大学卒業)で手伝っている。

大貫さんがゲストで参加した1.「荒涼」は、ハイファイセットのアルバム「ファッショナブル・ラヴァー」1976に収められていた録音がオリジナル。作曲者につき、インターネットでは「松任谷正隆」または「荒井由美」とする資料が多いが、正しくは両者の共作。北海道のオホーツク海に面する北の果ての地の景色を描いた歌詞に「鉄道沿いの 海岸線に...... 古びた列車の 窓の隙間で」という部分があるが、その後1980年代に廃線となり、今はない風景。私は稚内から知床までレンタカーで一人旅をしたことがあるが、広大な海・地平とどこまでも続く道は、日本の他の地域にない景色だった。ただし寒いのは苦手なので、夏に行きましたが......。この曲の録音にあたり、北をイメージする歌手として大貫さんを採用したとのこと。両者は、荒井由美の「Misslim」1974、「Cobalt Hour」1975、「14番目の月」1976へのコーラス参加などの仕事上の付き合いがあった関係。大貫さんはいつに増して硬質な感じで歌っており、一方松任谷の平板な感じのボーカルも、ここでは曲想に似合っていてなかなかの出来。ハイファイセットの山本潤子の暖かみのある歌声よりもいいかもしれない。またハイファイでのアレンジが松任谷のエレキピアノ一本だったのに対し、ここではバンドによる伴奏となっている。冬の情景を見事に描き出したアコースティック・ギターのアルペジオは、その爪弾きのタッチから Ted M. Gibson (当時吉川忠英が使っていた変名)で間違いないだろう。それとは別に左チャンネルから時折聞こえる生ギターの音は、1972年にEastというグループで米国でアルバムを発表した瀬戸龍介か、吉川忠英のオーバーダビングのいずれか(本アルバムは曲毎のパーソネルの表示がないため)。時折聞こえる鈴木茂のスライドギターのキューンという音が、広大な空間を想起させて効果的だ。

この録音は、後の2007年に大貫さんのアルバム「Sunshower」1977の再発の際にボーナス・トラックとして収録された。また同時期の二人のコラボとして彼女のシングル「明日から、ドラマ」1977/3/5発売 のプロデュース、アレンジ担当があげられる。

他の曲についても簡単に説明しよう。

「沈黙の時間」A面1曲目は、スタジオ・ミュージシャンである自分自身を描いた曲。「煙草を消して」A面3曲目は、ギター抜きのサンタナといった感じのラテンロック。「霧の降りた朝」A面4曲目はフォークっぽく、「もう二度と」B面1曲目、「気づいたときは遅いもの」B面2曲目は当時の荒井由美サウンドに近い。「乗り遅れた男」B面3曲目は本作のなかで異色の存在で、1930〜1940年代のスウィンギーなアメリカン・スタンダード風の曲。不貞腐れた歌詞と歌いっぷりが面白い。そして極めつけの「Hong Kong Night Sight」B面4曲目は、香港への憧れに満ちた名曲。イギリス統治領だった当時の香港は、私にとって「The World of Suzie Wong (スージー・ウォンの世界)」1960、「Love Is A Many Splendored Thing (慕情)」 1955 (いずれもウィリアム・ホールデン主演)、および「Les Tribulations d'un Chinois en Chine (カトマンズの男)」1965 (ジャン・ポール・ベルモンド主演)のイメージ、すなわち西洋と東洋がごっちゃになった少々妖しげな世界だった。細野晴臣がやっていた音楽と、歌詞に出てくる映画 「スージーウォンに世界」に感化されて作ったというこの曲は、そのエキゾチックな雰囲気を見事に伝えている。私が滞在した返還前の1990年代には、その香りがまだ残っていたが、返還後20年以上過ぎた今すっかり失われてしまったのが残念。ちなみにここでの細野のベース・ランは最高!本当に凄いよ!そしてこの曲は、松任谷由美がミニアルバム「水の中のアジアへ」1981でセルフカバーしていて、こちらも必聴。

制作当時彼らは考えもしなかったと思うが、「荒涼」や「Hong Kong Night Sight」を40年以上経った今聴くと、失われた当時のイメージが懐かしく脳裏に蘇ってくる。そういう意味で、制作当時と異なる意味合いで味わい深い作品に醸成したと思う。

[2024年2月作成]


 
1982年  「Cliche」 (1982/9/21発売)の頃  
Dear Heart 大貫妙子 Epo Jake H. Conception (1982)  Dear Heart (RVC)  



 

1. Dear Heart [Jay Livingston, Ray Evans, Henry Mancini] Promotional Single A Side

大貫妙子、Epo, Jake H. Conception : Vocal
清水信之 : All Instruments、Arrangement
Scot Lowson : Narration



Promotional Single Record (Picture Disk) "Dear Heart" Not For Sale (1982)



写真上: A面
写真下: B面

 

1982年宮田茂樹がRVC(Victor) 内に立ち上げたDear Heart レーベルのプロモーションのために制作、関係者に配布された非売品シングル盤。レーベルのロゴのみが印刷されたシンプルな白紙のカンガルー・ジャケットに収まったピンク色のピクチャー・レコードで、盤上にレーベル・アーティストとスタッフ、関係者の名前が列挙されている。そのA面に大貫さんが参加している。

1. 「Dear Heart」は、1964年の同名の映画(日本非公開)のためにヘンリー・マンシーニが書いた主題曲で、アカデミー主題歌賞にノミネートされた他、アンディ・ウィリアムス、ジャック・ジョーンズで前者が全米24位、後者が全米30位のヒットを記録した。映画はマンハッタンを舞台にした中年男女の恋愛の機微を描いたもので、主演はグレン・フォード、ジェラルディン・ペイジ、アンジェラ・ランズベリー、監督は「Marty」1955 が代表作のデルバート・マン。地味な俳優陣と華やかさに欠ける中年男女の物語ということで日本公開が見送られたこともあり、マンシーニらしい素敵なメロディーの曲なんだけど、日本におけるこの曲の知名度は低い。

ここではマンシーニと彼のオーケストラによる歌付のオリジナル・バージョンに忠実なアレンジで、大貫さん、エポ、そしてサックス奏者のジェイク H. コンセプション(1936-2017) が丁寧に歌っている。彼はフィリピン出身で、1964年23歳で来日、幅広い分野で数多くのスタジオ・セッションで活躍した他、自己名義のアルバムも発表した人。3人の声は綺麗に混じり合っていて、時折りジェイクが一人で歌う部分があるが、女性二人のソロパートはない。間奏部分ではスコット・ローソンという人の語りが入る。カントリー・スタイルのピアノとストリングス・サウンドのシンセサイザーをバックにした2分半ちょっとの短い曲だ。

なおB面は越美晴(Vocal)、鈴木さえこ(Drums)、Jake H. Conception (Sax)、清水信之(All Instruments)による同曲のセッション。

大貫さんは、このRVC傘下の同レーベルで2枚(「Signifie」1983、「カイエ」1984)、宮田茂樹のRVC退社、ミディ・レコード設立後に5枚(「Copine」1985、「Comin' Soon」1986、「A Slice Of Life」1987、「Purissima」1988、「New Moon」1990)のアルバムを製作している。

非売品であるが、そこそこの枚数が配られたようで、中古品市場で比較的高値で出回っている。大貫さんの声はエポと溶け合っていて、はっきり認識できないが、愛らしい曲・歌唱だ。

[2024年2月作成]