D33  If You Look Far Enough (1993) [Arild Andersen] ECM


D33 If You Look Far Enough

Arild Andersen : Bass
Ralph Towner : Classical Guitar, 12 String Guitar
Nana Vasconcelos : Percussion

1. Suev [Arild Andersen] 5:25
 (Bass, 12st. Guitar, Percussion)
2. For All Wer Know [Fred Coots, Sam Lewis] 3:58
 (Bass, Classical Guitar) 
3. Backe [Arild Andersen] 5:46
 (Bass, Classical Guitar, Percussion) 
4. Main Man [Arild Andersen, Ralph Towner, Nana Vasconcelos] 4:59
 (Bass, 12st. Guitar, Percussion)
5. A Song I Used To Play [Arild Andersen] 4:04
 (Bass, 12st. Guitar, Percussion)

Produced By Arild Andersen
Reocrded July 1991and February 1992, Rainbow Studio, Oslo


アリルド・アンデルセン(1945〜 )はノルウェー生まれのベース奏者で、ジョージ・ラッセルやドン・チェリーという進歩派のミュージシャンと共演。1967年から1973までは同郷のサックス奏者、ヤン・ガルバレクのグループで活躍する。その後もビル・フリーゼル、ボボ・ステンソンなどの作品に参加。自身多くのソロアルバムを出している。「If You Look Far Enough」は、ECMから6枚目のソロアルバムで、その約半分にラルフ・タウナーが参加、冴えたギタープレイを聴かせてくれる。

1.「Suev」は緊張感溢れる曲で、パーカッションが急速調のリズムを刻み、ラルフの12弦とアリルドのベースが掛け合いでインプロヴィゼイションを展開する。リズム楽器奏者が主体のアルバムなので、ここでのラルフのギターのリズムの切れ味は、通常に増して鋭いものがある。アリルドのプレイは、グレン・ムーア、ゲイリー・ピ−コック、エディ・ゴメスなど、これまで共演してきたベースプレイヤーと大きく異なり、ピックアップの使用によってベースの音をソロ楽器として前面に押し出す、ジャコ・パストリアスなどのスタイルに近い。ナナ・ヴァスコンセロスのパーカッションは、人間が演奏しているという感じではなく、独自に音を発する生き物のようだ。 2.「For All Wer Know」は、1934年に出版された曲で、当時ハル・ケンプ、イシャム・ジョーンズによってヒットした。後年では、ダイナ・ワシントン、ナット・キング・コ−ルなど多くの歌手にカバーされ、スタンダード・ソングの地位を獲得している。私の場合は、ビリー・ホリデイ最晩年の録音が決定版だ。ここではラルフのギターをバックに、アリルドがメロディーをシンプルに奏でる。曲の情感をベースだけで表現し切っているのはさすが。ここでのラルフの伴奏の醍醐味を味わうのも、ファンにとって楽しみのひとつ。ジャズはアドリブやソロだけじゃないよ、といっているような好演ですね。 3.「Backe」は、ポピュラー・ソングの様にメロディックな曲で、アリルドの幅広い音楽性が感じられる。ここではラルフのクラギのソロも聴ける。この曲でのアリルドのプレイの音程とタッチの正確無比さは驚異的。ベースはフレットレスなので、微妙な音程のずれがあるのは、楽器の構造上ある程度は止む得ないのであるが、この人の音感とテクニックは完璧だ。4.「Main Man」は、ファンキーなリズムとサウンドで、ループマシーンを使用したリフをバックにベースと12弦がアドリブを展開する。ウッドベースでありながらグルーヴィーなプレイに終始するアリルドのプレイに脱帽。ラルフの12弦も負けじと頑張っている。5.「A Song I Used To Play」はスローな曲で、中盤の間奏部分でラルフの12弦ギターがフィーチャーされる。メランコリックな情感がこもったソロで、心に響くプレイだ。

上記以外に取り上げた曲は、ノルウェーのフォークソングを題材としたものや、ポール・サイモンの「Jonah」(ポールが製作した映画のサウンドトラック・アルバム「One Trick Pony」1980に収録されていた曲)などで、メロディー重視でECM特有の気難しさはあまり感じられない。全体的に、ジャズにおけるベースプレイを聴かせるというよりは、ベースをメロディー楽器として前面に押し出し、ポピュラーやファンク、現代音楽など幅広い音楽に挑戦した作品といえる。


D34  Che Dio Ti Benedica (1993) [Pino Daniele] Warner (Italy)


D34 Che Dio Ti Benedica

Pino Daniele : Vocal, A. Guitar
Pino Daniele or Antonio Annona : Synthesizer (2,3)
Ralph Towner : C. Guitar
Rosario Jermano : Percussion (3)
Carole Steel : Percussion (2,3)

1. Two Pisces In Alto Mare [Pino Daniele. Ralph Towner] 1:04
 (C. Guitar, A. Guitar)
2. Allora Si [Pino Daniele] 3:10
 (C. Guitar, A. Guitar, Synthesizer, Percussion) 
3. U Angelo Vero [Pino Daniele] 4:33
 (C. Guitar, A. Guitar, Synthesizer, Percussion) 

Reocrded 1992〜1993 at Roma, Milano


ピノ・ダニエリは、1955年イタリアはナポリ生まれのシンガー・アンド・ソングライターで、1970年代よりギタリストとして活動を開始、1977年のアルバムで、ソロアーティストとしての名声を確立した。ナポリの伝統音楽にブルースを融合させたスタイルは、その後ジャズやラテン、アラブなどの世界の音楽を取り入れて発展してゆく。当作品は彼が1993年に発表したもので、ジャズ音楽界からは、ラルフ・タウナーの他に、チック・コリアが2曲につきピアノとプロデュースで参加している。

全体的には、ロックのカラーが強いシンガー・アンド・ソングライター風の曲が大半を占める中で、ラルフが参加したトラックは、ジャズの味付けが施されながらも、イタリア歌謡の香りが漂う雰囲気だ。1.「Two Pisces In Alto Mare」は、スタジオの中で2人でさっと仕上げた感じのインストルメンタルで、メロディーを奏でるギターは、ピックの使用および音使いから、ピノ・ダニエリが弾いているものと思われ、ラルフは伴奏を担当しているようだ。短いながらも印象的な小品。2.「Allora Si」と 3.「U Angelo Vero」は、ピノの歌が入る。ここでもリードギターはピノで、ラルフは控えめでシンプルながらも、素晴らしい雰囲気の伴奏を付けている。途中フィーチャーされるシンセサイザーはストリングスの代替といった感じ。明るいメロディー、伸びのあるハイトーンの歌声が最高で、イタリア語の歌詞の意味はぜんぜん分かんないけど、何度聴いても飽きない味わいがある。

初期(1970年代)のセッション作品を除き、ラルフが一般曲の歌伴をした珍しいトラックだ。

注) 資料では、上記の3曲の他に、ラルフが参加したトラックとして「Questa Primavera」があげられているが、この曲は4ビートのリズムギターを伴奏に、ピノがリードギターを弾きながら歌っているもので、その曲調および演奏のスタイルがラルフのイメージと全く会わないものです。従って、この曲については本ディスコグラフィーの対象外としました。



D35  A Chance Operation (1993) [Various Artists] Koch


D35 A Chance Operation
[A John Cage Tribute]

Ralph Towner: Sythesizers
Paul McCandless: Oboe, Bass Clarinet, Sopranino Sax
Glen Moore: Bass

1. Chance/Choice [McCandless, Moore, Towner] 6:19
 (Synthesizer, Oboe, Bass Clarinet, Sopranino Sax, Bass)

Reocrded 1992〜1993 at Roma, Milano


ジョン・ケージ(1912-1992)は、これまでの作曲法および作品の演奏過程に偶然性を持ち込み、従来の音楽概念を根底から覆した前衛アーティストだ。当初彼の作品は、芸術か単なる冗談かで大きな論争を呼んだが、時代が彼に追いつくにつれて評価が高まった。いつも貧乏で、有名になった後も幼稚園の送り迎えのアルバイトをしていたとか、「Mushroom」 のスペルが「Music」のとなりだったためキノコのマニアになり、テレビのクイズ番組で優勝したり、スノビズムを嫌い常にボロボロの格好で公式行事に出席、日本での賞の授与式でも正装を拒否して羽織袴姿ならばOKしたという奇行のエピソードが多く残っているが、自分の信念を曲げない頑固な人だったらしい。本作品は彼を慕うアーティスト達によるトリビュート盤で、ジョン・ケージ自身の作品やアーティストが彼に捧げた作品が収録されている。参加者は、デビッド・チューダーなどの前衛音楽の大御所から、メレディス・モンク、ローリー・アンダーソン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケール、イエスに加入したことがあるパトリック・モラツ、日本からは「タージ・マハル旅行団」を結成した小杉武久、YMOの坂本龍一、そして以前は作品がゲテモノ扱いされたが、近年の再評価が顕著なヨーコ・オノ(1950〜1960年代ニューヨークでの芸術活動でジョン・ケージと親交があった)が参加している。

オレゴンは2枚目の2曲目で登場、1.「Chance/Choice(偶然/選択)」は、(A Group Composition Offered In The Memory Of John Cage) というクレジットのとおり、彼らの演奏パターンのひとつである即興演奏だ。ラルフの解説によると、「この作曲法は、われわれが集団演奏として23年間発展させてきたもののひとつで、ジョン・ケージの存在と影響に負うものである」とある。本曲はCD上では5つのトラックで区切られており、それぞれ1:03, 0:39, 1:01, 0:50, 1:16, 1:30の時間からなっている。ただしトラックの切れ目と演奏内容についての関連性がないのが面白い。CDに収録された他の曲も同様で、その結果CD1は98、CD2は85のトラックからなるという不思議な構造。古代の易を使って譜面の順番を決めたというジョン・ケージにならい、シャッフルモードにして聴くべしというのかな? ここでの即興曲としての出来は大変良いと思う。ラルフのシンセサイザーはメロディーのみならず、パーカッション的な音も出す事により、トリオの演奏の幅を広げている。本CDに収められた筋金入りの前衛曲に囲まれたせいか、テーマや予め打ち合わせた進行など一切なく、相手の出す音への反応がすべてである彼らの即興演奏は、ある意味では最も生々しく人間くさいものだと思わせるほど、ここでの演奏は不思議な暖かさが感じられる。

ジョン・ケージの曲で最も話題となり、初演の際はセンセイションを巻き起こした「4' 33"」などの曲も含み、各アーティストの個性的スタイルによる自己表現が光る。前衛音楽というものは気難しいだけではなく、ユーモラスで人間的なものなんだ、と思った意味で、私にとっては「目からウロコ」的な作品となった。でも、しょっちゅう聴く作品にはならないよな〜!


D36  Oneness (1995) [Andrea Marcelli] Lipstic


D36 Oneness



D36a Oneness


Andrea Marcelli : Drums, Percussion, Synthesizer, Clarinet (2)
Ralph Towner : 12st. Guitar
Mitchell Forman : Piano
Gary Thomas : Flute (1), Tenor Sax (1)
Marc Johnson : Bass (1)
Jimmy Johnson : Bass (2)
Frank Colon : Percussion (1)
Sidinho Moreira : Percussion (1)
Laudir de Oliveira : Percussion (1)

Andrea Marcelli : Synthesizer Sequence and Programing, String Orchestration
Kevan Torfeh : String Cotractor


1. Oneness [Andrea Marcelli] 5:54
 (Tenor Sax, Flute, 12st. Guitar, Piano, Synthesizer, Bass, Drums, Percussion, Strings)
2. Clouds[Andrea Marcelli] 6:36
 (Clarinet, 12st. Guitar, Piano, Synthesizer, Bass, Drums, Strings) 


注) 写真上: 米Lipstick から発売されたCDの表紙
   写真下: 伊Silent Will Music から発売されたCDの表紙


アンドレア・マルセリは1962年イタリア生まれ。大学ではクラリネット(クラシック)と、作曲・編曲(ジャズ)を学び、活動拠点をイタリア、アメリカ、ベルリンと移しながら、主にテレビやラジオ音楽で活躍している人だ。またドラム奏者として、多くの有名ジャズプレイヤーとのライブでの共演実績もあるようだ。本作は彼がアメリカで録音したソロアルバムで、作曲家、アレンジャーとしての手腕が遺憾なく発揮されている。ジャズをベースに、シンセサイザーと本物のストリングスをミックスしたサウンドが、カラフルかつクリエイティブで、ラルフが演奏する12弦ギターのメタリックな冷ややかさがうまくブレンドされていて、アレンジャーとしての才能を感じさせるできばえだ。

1.「Oneness」のクールさは、アメリカのアーティストは出すことのできないヨーロッパのデカダンス・知性そのもの。ピアノを演奏するミッチェル・フォアマンは、アコースティック、エレキ両方に長けたプレイヤーで、マハヴィシュヌ・オーケストラ、ビル・エバンス(サックス奏者)、ウェイン・ショーター、ジョン・スコフィールドのアルバムに参加し、自己アルバムも多く出している。ゲイリー・トーマスはジャク・ディジョネット、ジョン・マクラグリンの作品に名を連ねている。マーク・ジョンソンは、ビル・エバンス(ピアノ奏者)・グループの最後のベーシストとして有名な人で、ラルフとの共演盤もある。前半は、ピアノ、フルート、サックスによるアンサンブルの後、ラルフの12弦がクールなソロを取る。その後曲は一転してアップテンポのラテン調になり、ピアノ、サックスがソロを取るが、ラルフの12弦の伴奏も小さい音ながら聴こえる。終始背景に流れる、一時期の坂本龍一を思わせるストリングスが印象的な曲。

2.「Clouds」は、ストリングスとピアノをバックに、アンドレアがクラリネットでテーマを演奏する。ここでもストリングスの冷たい川の流れのようなサウンドに乗せて、ラルフが抑制のとれたソロを展開する。クロスオーバー音楽、バックグラウンド音楽として気楽に聴くこともできるが、かなりの知性とセンスも感じられ、サウンドクリエイターとしての個性・美意識が感じられる。

曲・アレンジのみならず、ソリストとしてのラルフの12弦ギターの演奏曲として見ても、かなり良い出来だと思う。



D37  Musiques de Cinemas (1995) [Michel Portal] Label Bleu


D37 Musiques de Cinemas

D37a Musiques De Cinema



Michel Portal : Sax, Bass Clarinet
Ralph Towner: 12st. Guitar
Nguyen Le : Synthesizer, Guitar
Linley Marthe : Bass
Doudou N'Diaye Rose Group : Drums


1. Yeelen [Michel Potral] 7:08
 (Synthesizer, Bass Clarinet, Sax, 12st. Guitar, E. Guitar, Bass, Drums)


注: 写真下は2008年の再発盤
アフリカはマリの映画「Yeelen (邦題 ひかり)」(スレイマン・シセ監督 1987年)のためにミシェル・ポルタルが作曲した音楽。この映画は同年カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞、日本でもシネセゾンで上映された。ミステリアスな物語で、子供が大人へ成長するうえで経験する旅を描いた作品という。ミシェル・ポルタル (1935〜 )は、フランスのフリージャズ界の大御所で、その音楽活動はクラシック音楽界や映画音楽の世界もカバーしている。

アフリカン・ドラムのグループ演奏をバックに、グループがインタープレイを展開.、アフリカのトラディショナルな音楽と現代音楽、ジャズが融合してミステリスなムードを醸し出している。イントロはシンセサイザー、バス・クラリネットと12弦ギター。そしてドラムのリズムが入り、まずラルフの12弦ギターがたっぷりソロをとる。続いてミシェルのバス・クラリネットのソロ。ドラムスのリズムが変わり新しいテーマが示され、エレキギターのソロが入る。

他で聴いたことのない不思議な雰囲気の音楽だが、ラルフのギタープレイはそのムード作りに大いに貢献している。


D38  A Big Hand For Hanshin (1995) [Various Artists] Polydor


D38 A Big Hand For Hanshin
[Rainbow Colored Lotus]

Ralph Towner: C. Guitar
Gary Peacock : Bass

1. Nardis [Miles Davis] 10:16  R9 R17 R25
 (C. Guitar, Bass)

Kenny Inaoka : Producer
Kuniyasu Inaoka, Oscar Deric Brown : Executive Producer

Recorded November 30, 1994 at Lumine Hall, Tokyo


私は、1995年1月17日の朝、アジアのホテルの一室でテレビのスイッチを入れた時に飛び込んできたニュース映像を一生忘れることができないだろう。それは横倒しになった高速道路をヘリコプターから撮影したものだった。崩れたビル、いたる所で発生した火事、増え続ける死者数と甚大な被害の報告。それは「安全」という言葉に慣れきった私の既定概念を根底から覆すものだった。私は仕事のため、その後約5年間を海外で過ごすことになるので、阪神大震災の発生とその後の復興作業は現実のものでなく、どこか違う世界で起った出来事のような気がするのである。

復興のための支援として、様々な募金・チャリティー活動が行われたが、そのひとつが本作だ。かつてトリオ・レコードのプロデューサーとして日本におけるECMレコードの活動に深く関与し、キース・ジャレットの10枚組ライブアルバム「サンベア・コンサート」などの製作にも携わった稲岡邦弥氏は、アメリカ在住のオスカー・デリック・ブラウン氏と共同で、「国際音楽家阪神大震災基金」を設立し、ジャズ、ワールドミュージックの音楽家によるチャリティーアルバムを製作した。そこにはキース・ジャレット、パット・メセニー、リッチー・バイラークなどのECMのアーティストの他、ハービー・ハンコック、小曽根真、坂本龍一、その他多くのアーティストが参加してCD2枚組の大作となり、ポリドール・レコードから発売された。当時私は海外にいたので、本作の存在を知らず、ラルフとゲイリーのデュオ音源が収録されていることを知ったのは、ずっと後になってからで、その時本作は既に廃盤となっており入手不可能な状態だった。日本のみの発売だったので、海外の市場で中古品が出回ることはなく、日本においても目にすることがないまま、長い年月が経った。私にとっては幻の作品のひとつとなったが、2008年の夏、CDの背表紙がいきなり目に飛び込んできた時は我が目を疑ったが、意外に身の周りで偶然見つけることができ、何かの縁だったのかなと思っている。

ラルフ・タウナーとゲイリー・ピーコックのデュオによる 1.「Nardis」は、彼らの日本公演の未発表音源で、本作でしか聴けない貴重な演奏だ。ラルフによるこの曲の録音は、「Solo Concert」 1980 R9と、マーク・コップランドと共演した「Song Without End」 1994 R17、そして3人のギタリストによる共演盤「From A Dream」 2008 R25の3作がある。ゲイリー・ピ−コックというビル・エバンス・トリオの経験者との「Nardis」はとりわけ感慨深いものがある。しかもゲイリーとラルフが共演した2枚のアルバムは、彼らの作曲によるオリジナルが収録され、スタンダードなジャズ曲はなかったため、ファンにとって本曲の存在意義はさらに大きいものになった。演奏面においても、ラルフの演奏には気合が入っており、テーマの演奏、インプロヴィゼイションいずれも緊張感に溢れている。受けて立つゲイリーも、どっしり構えたベースラインとメロディックなソロで対抗している。10分16秒という時間を感じさせない好演だと思う。

本作に収められた他の作品では、キース・ジャレットがNHKのために録音し、1994年12月31日放送のテレビ番組「Earth」で使用されたテーマ曲「Paint My Heart Red」が素晴らしい。この演奏を聴くことができるのは本作のみで、キース・ジャレットのファンにとってもコレクターズ・アイテムとなっている。ちなみにこの作品のライブ演奏が、2006年の「The Carnegie Hall Concert」に収録されている。

たかがCD、されどCD.......。思っていれば、願いはいつかは叶うものなのかもしれない。

最後に、阪神大震災で亡くなった方々のために、祈りを捧げたいと思います。


D39  Fabula (1996) [Maria Joao] Verve (Porutugal)


D39 Fabula

Maria Joao : Vocal
Mario Laginha : Piano
Ralph Towner : C. Guitar, 12st. Guitar
Ricardo Rocha : Portuguese Guitar
Kai Eckhardt de Camargo : Bass
Manu Katche : Drums

1. Fabula [Joao Paulo Esteves da Silva] 8:35
 (Vocal, 12st. Guitar, Piano, Bass, Drums)
2. Cor De Rosa [Mario Laginha, Fernando Pessoa] 5:37
 (Vocal, C. Guitar, Piano, Bass, Drums) 
3. A Festa Dos Gnomos [Mario Laginha] 6:30
 (Vocal, C. Guitar, Portuguese Guitar, Piano, Bass, Drums) 
4. Claridade [Towner] 7:34  R15 R22 O21
 (Vocal, C. Guitar, Portuguese Guitar, Piano, Bass, Drums) 
5. Fado Do Coracao Errante [Mario Laginha, Nuno Artur Silva] 4:07
 (Vocal, C. Guitar, Portuguese Guitar) 
6. Ines [Mario Laginha] 12:18
 (Vocal, C. Guitar, Portuguese Guitar, Piano, Bass, Drums)  
7. Les Douzilles [Towner] 8:12  O17 O20 R13 R19
 (Vocal, C. Guitar, Piano, Bass, Drums) 

Recorded at Sound Studio N, Cologne October And November 1995


ポルトガルの歌姫マリア・ジョアンのアルバムに参加。マリア・ジョアン・ピレシュというクラシックのピアニストとは別人で、1956年リスボン生まれ。若い頃は合気道や水泳などのスポーツに没頭したが、1980年代よりジャズボーカルを本格的に志し、1983年に初ソロアルバムを発表、コンサートやテレビ出演で名声を獲得し、本作が8枚目の作品となる。1980年代の後半は日本人のジャズピアニスト高瀬アキとデュエットで活動、1993年以降は本作にも参加している同郷のピアニスト、マリオ・ラジーニャと行動を共にしている。ジャズのみならず、ポピュラー、ポルトガルの伝統音楽から発生した歌謡であるファドなど幅広い音楽に果敢に挑戦する人だ。舌足らずの可愛い娘チャン声で猛烈なテクニックのスキャットボーカルを繰り出すエキセントリックなアンバランスが誠に印象的で、日本では「ポルトガルの矢野顕子」と言われているようだが、私はちょっと古いが「ポルトガルの水森亜土」とも言いたい。

冒頭の 1.「Fabula」から、彼女のスキャットボーカルの洗礼を受けることになる。リズム感抜群で正確無比なのは、若い頃やっていたスポーツとの繋がりが考えられ、体育会系シンガーと言うことができるだろう。本作の大きな魅力のひとつは、リズム隊の差晴らしさにある。ベースのカイ・エックハルト・デ・カマルゴ(1961〜 )は、ジャコ・パストリアス系のメロディックなプレイから、猛烈なチョッパーまで何でもできるテクニシャンだ。ここでは猛烈に動き回るフレットレス・ベースのプレイを見せる。ジョン・マクラグリン、オレゴンのメンバーだったトリロク・グルトゥとのトリオでの演奏が名高い。ドラムスのマニュ・カチェはフランス生まれで、ロックからジャズまで何でもこなすプレイヤー。ピーター・ガブリエル、スティングのバックで有名になり、ジョニ・ミッチェル、ジェフ・ベック、ヤン・ガルバレク、アル・ディメオラなど多くの作品に参加、最近はECMからリーダー作を発表、ドラム演奏に留まらない音楽性においても高い評価を得ている。この二人が叩き出すグルーブが凄く、アルバム全体に動物的な疾走感をもたらしている。その中でラルフは12弦ギターで音とリズムを織り込んでゆくのがとてもスリリングだ。2.「Cor De Rosa」は、マリアはポルトガル語の歌詞を歌う。スローなテンポの現代的な感じの歌で、クラギとピアノソロがフィーチャーされる。3. 「A Festa Dos Gnomos」はアップテンポで、イントロで彼女のヴォイス・パーカッションが聞ける。ここではマリオ・ラジーニャのピアノソロが凄い。最初は緩やかなテンポで、だんだん速くなってゆき、最後は草原を駆け抜けるような急速調となるが、淀みなく弾きまくる様は只者ではない。ここで聞こえる共鳴弦の音は、ラルフの12弦ではなく、リカルド・ロチャが演奏するポルトガル・ギターだ(このギターについては 5で詳述する)。4.「Claridade」は、ラルフが手がけたサントラ盤「Un' Altra Vita」 1992 R15で使われたメロディーから発展して、オレゴンの「Northeast Passage」 1997 O21に本作と同名の曲として収録されたものに、ポルトガル語の歌詞をつけて歌ったもの。後にマリア・ピア・デビートがイタリア語の歌詞で「Verso」 2000 R22でカバーしているので、聴き比べの面白さがある。

5.「Fado Do Coracao」は、ポルトガルの民族歌謡ファドのスタイルで歌われる曲で、気品溢れる雰囲気が素晴らしい。ファドは1800年代に貧しい庶民の歌として生まれ、マリア・スヴェーラによって世界的に認知された。ここではファドの伝統にならいラルフのクラギとリカルド・ロチャのポルトガル・ギターの2台による伴奏。ポルトガル・ギターは共鳴弦付きの6セット、計12本の弦からなる小型の弦楽器で、中世のイングリッシュ・ギターやシターンが起源と言われる。12弦ギターやマンドリンとも異なる独特の音色には哀愁が感じられる。リカルド・ロチャは、ポルトガル・ギターの名手、フォンテス・ロチャの息子で、従来からの伝統に新しい息吹を加えるアーティストとして注目を集めているそうだ。彼の演奏は他の曲でも聴くことができるが、やはりこの曲でのプレイが圧倒的。ラルフがファドの伴奏する珍品ともいえる。6.「Ines」でも彼女の素晴らしいスキャットが楽しめる。ラルフの抑制が効いたクラギのソロの後、マリアがブラジル音楽のクイーカや太鼓のスルドを真似たヴォイス・パーカッションを入れるが、太い声も出せるのにはビックリ。それ以外に美しくしっとりした感じでも歌える 7色の声が出せる人なのだ。お馴染みの曲 7.「Les Douzilles」は、ブラジル音楽風のリズミカルな演奏で、カイの奔放なベースソロがめっけもの。マニュのドラムソロもあり、聴きどころ満載の好演。

ラルフが参加しているトラックは全体の約半分であるが、彼の演奏をたっぷり楽しむことができ、代表曲のカバーも楽しめる。それに加えて伴奏陣の素晴らしさ、そしてマリア本人の強烈な存在感が何よりも素晴らしい。ラルフ非参加のトラックも、アコーディオンとの歌謡曲、バンドネオンをフィーチャーしたタンゴ曲やアフリカ音楽調の曲、ピアノ伴奏だけの美しい歌曲があったり、変化に富んでいる。

ラルフの歌伴ものとしてお勧めの一枚。


D40  If Summer Had Its Ghosts (1997) [Bill Bruford] Discipline Global Mobile


D40 If Summer Has Its Ghosts

Bill Bruford : Drums, Percussion
Ralph Towner : 12st. Guitar, Classical Guitar, Piano, Electric Keyboards
Eddie Gomez : Bass

1. If Summer Had Its Ghosts [Bill Bruford] 6:20
 (12st. Guitar, Piano, Bass, Drums)
2. Never The Same Way Once [Bill Bruford] 5:04
 (Piano, Bass, Drums) 
3. Forgiveness [Bill Bruford, Iain Ballamy, Django Bates] 5:15
 (C. Guitar, Piano, Synthesizer, Bass, Drums) 
4. Somersaults [Bill Bruford] 3:27
 (12st. Guitar, Bass, Drums) 
5. Thistledown [Bill Bruford] 4:11
 (C. Guitar, Piano, Bass, Drums, Electric Percussion) 
6. The Ballad Of Vilcabamba [Bill Bruford] 5:00
 (C. Guitar, Synthesizer, Bass, Drums)  
7. Amethyst [Eddie Gomez] 4:18
 (Symthesizer, C. Guitar, Bass, Drums) 
8. Splendour Among Shadows [Bill Bruford] 4:52
 (12st. Guitar, Bass, Drums, Electric Percussion) 
9. Some Other Time [Bill Bruford, Joe Morello] 3:01
 (Drums) 
10. Silent Pool [Bill Bruford] 3:35
 (Synthesizer, Bass, Drums, Electric Percussion)  
11. Now Is The Next Time [Ralph Towner] 4:03
 (12st. Guitar, Symthesizer, Bass, Drums) 

Recorded and Mixed at Make Believe Ballroom, West Shokan, NY February 1997

注) 9.はラルフ非参加


ビル・ブラッフォードといえば、イエスやキング・クリムゾンで活躍した、プログレッシブ・ロック界の代表的なドラム奏者でしょ、というのが私の印象であるが、もともとはジャズを聴いてドラムを志したとのことで、80年代以降はアースウォークスという名前のバンドを率いて、ジャズ音楽に取り組んでいたという。私は、イエスの「Fragile」やキング・クリムゾンの「Larks Toungues In Aspic」といった1970年代の作品しか聴いたことがないので、彼についていろいろ述べることは出来ない。本作に関する紹介記事は、一般的にロック側の視点で書かれているケースがほとんどなので、ここではあえてジャズの側から述べたいと思う。

本作は、イギリス人のロック・アーティストとの共演という意味で、ラルフにとって異色の作品だ。しかも、ビル・エバンス・トリオに11年在籍し、その後も無数のセッションで活躍する、ジャズ界を代表するベーシスト、エディ・ゴメスとの久しぶりの共演(「Batik」1978 R7や「Old Friends, New Friends」1979 R8 以来)という意味でも興味深い。サウンド的には、多重録音によって、ラルフがギターとピアノを同時に弾いている部分が多いので、純粋なジャズ・トリオの演奏ではなく、サウンド・クリエイティングを重視した音作りになっている。そういう意味で、ラルフのソロやオレゴンにおける音楽アプローチと比べて違和感はない。しかしこの作品の印象が他に比べて異なるのは、第1に収録曲のほとんどがビル・ブラッフォードの作曲によるため、第2に本作のテーマが「打楽器によるグルーブ」であり、他の二人は出しゃばらずに引き立て役に徹しているためであると思われる。従って、ジャズ作品に見られる、火花を散らすようなインタープレイといった局面はあまりなく、リラックスした雰囲気さえ感じらる。ラルフもエディーも、随所でソロを取っているが、主役を喰うような自己顕示はなく、ドラムスが叩き出すリズムに身を委ねるような演奏を展開しているのだ。その事自体は、バランスがとれた音作りという面で、決して悪いことではない。ただし、3人の演奏の素晴らしさに対し、ビルの作曲による収録曲がラルフのオリジナル作品に比べて、いまひとつインパクトに欠けるようで、それがラルフのファンにとって、物足りない点になると思う。

1.「If Summer Had Its Ghosts」は、ビルが叩く変拍子のリズムに乗せて、ラルフの12弦ギターとピアノ(多重録音)がテーマを演奏、12弦→ ピアノ → ベースの順にソロが展開される。プレイヤーの懐の深さが感じられる、落ち着いた雰囲気の演奏だ。2.「Never The Same Way Once」は、本作で最もオーセンティックな感じのジャズ・チューンで、ピアノトリオによる演奏。柔軟に変化するリズムがスリリングな曲で、正統的ジャズで典型的な4ビートのランもあり、ラルフがこの手のリズムをバックに演奏するのは大変珍しい。3.「Forgiveness」は、ビルがアースウォークスの仲間と共作した曲であるが、何故かグループでの録音はない。ミディアムテンポの曲で、ピアノとクラシック・ギターが音を紡いでゆく。アンサンブルのパートで聞こえる管楽器のような音は、ラルフによるシンセサイザーだろう。4.「Somersaults」はファンキー系の曲で、ラルフの12弦による切れ味鋭いプレイが楽しめる。5.「Thistledown」は、クラシックギターとピアノの多重録音によるプレイがオレゴン風で、途中からラテン調になる。ビルのエレクトリック・パーカッションが、カリンバ(アフリカン・ピアノ)のような音を出している。6.「The Ballad Of Vilcabamba」は、ラルフにクラギの独奏から始まり、バンドのフィルインの後はブラジル音楽的な演奏になる。ここでも多重録音によるラルフのシンセサイザーがギターに絡む。エディーのベースソロも快調。7.「Amethyst」はエディー・ゴメス作で、シンセサイザーが流れるなかで、クラシック・ギターがメランコリックなメロディーを奏でるスローな曲だ。8.「Splendour Among Shadows」は、ビルによるエレクトリック・パーカッションがインドネシアのガムラン音楽のような面白い効果をあげており、ラルフの12弦ギターの演奏がカッコイイ。9.「Some Other Time」は、ビルのドラムソロで、他の二人は非参加。これはデイブ・ブルーベックのアルバム「Time Further Out」 1963の収録曲「Far More Drums」が原曲。10.「Silent Pool」は、ビルのエレクトリック・パーカッションがクレイベルのような音を出し、エディーのアルコ奏法による重低音と、ラルフのシンセシザーが曲に色彩を付している。11.「Now Is The Next Time」は、唯一のラルフによる曲で、本作の中でも最もフュージョンっぽい雰囲気。シンセサイザーによるリフが印象的で、ここでのラルフの12弦ギターはアグレッシブで、ビルのドラムソロもフィーチャーされる。

ラルフが参加したセッション作品のなかでも、異色の作品と言えよう。


D41  Nomad's Notebook (1999) [Andy Middleton] Intuition

D41 Nomad's Notebook

Andy Middleton : Tenor Sax, SopranoSax
Ralph Towner : Classical Guitar, 12st. Guitar, Piano
Dave Holland : Bass
Alan Jones : Drums
Jamey Haddad : Percussion (2,4,8), Vocal (8)
Noah Bless : Trombone (2,8)
Henry Hey : Piano (7)

Andy Middleton, Sheila Cooper, Alan Jones : Producer

1. Loyalsock [Middelton] 8:11
 (Tenor Sax, C.Guitar, Bass, Drums)
2. Kasbah Tadla [Middleton] 6:00
 (Soparno Sax, Trombone, 12st. Guitar, Bass, Drums, Percussion) 
3. Mount Rundle [Middleton] 7:54
 (Soprano Sax, C. Guitar, Piano, Bass, Drums) 
4. Raffish [Towner] 4:49  R23 D42 
 (Tenor Sax, C.Guitar, Bass, Drums, Percussion) 
5. Lothlorien [Middleton] 7:57
 (Tenor Sax, Piano, Bass, Drums) 
6. I'll Remember August [Towner] 8:24  O24
 (Soprano Sax, Tenor Sax,Piano, Bass, Drums)  
7. Lizbet [Andy Middleton, Andy Ezrin] 6:47
 (Soprano Sax, C. Guitar, Piano, Bass, Drums) 
8. Songs Of Struggle And Songs Of Love [Traditional,. Arranged By Middleton] 8:05
 (Tenor Sax, Soprano Sax, Trombone, C. Guitar, Bass, Drums, Percussion, Vocal) 
9. Simone [Towner] 3:26  O27 R23
 (Soprano Sax, C. Guitar, Bass, Drums) 

Recorded at Systems Two, Brooklyn, NY on September 17 & 18, 1998


アンディ・ミドルトンについては、あまり資料がないので年齢不明であるが、本記事執筆時点では、「若手サックス奏者」ということはできる。長らくニューヨークを本拠地として活躍、過去にライオネル・ハンプトン、ボブ・ミンツァー、マイケル・ブレッカー、マリア・シュナイダー等と共演の実績がある。そして近年ウィーンに移住し、ヨーロッパで音楽活動を続けながら、現地の音楽学校の教壇に立っているそうだ。上述アーティストに加えて、ジョー・ラヴォロ、ジョン・アバークロンビー等の賛辞もあり、玄人好みのミュージシャンといったところか。本作での演奏を聴く限り、派手な技巧をひけらかすタイプではなく、歌心を強く感じさせる、天性のひらめきに溢れたプレイをする人だと思う。彼は、2007年までに4枚のリーダーアルバムを発表しているが、本作はその2枚目にあたり、ラルフ・タウナー、デイブ・ホランドとの共演は夢がかなったものと本人は言っている。本作は、ジャズ・ベースの巨人デイブ・ホランドとの初めての「レコーディング上の本格的な共演」(1978年にケニー・ウィーラーのアルバム「Deer One」 D17で1曲だけ一緒に演奏しているため、厳密には初めてではない)であること、そしてラルフがオーセンティックなジャズ・アルバムの全曲にわたり、サイドマンを務めたという意味で、ラルフのファンにとって大いに興味深く、意義がある作品となった。

1.「Loyalsock」は、変拍子の曲で捉えどころがないテーマであるが、精神的には初期オレゴンの「North Star」に近い。バックで聴こえるデイブ・ホランドのベースがよく歌っている。そんなに目立つフレーズではないんだけど、音色に深みがあるというか、他のベーシストと違う感性があるんだよね。私のような理論に詳しくない人でも分る違いなのだ。ラルフはクラギでソロを取るが、本アルバムでは主役を立てるためか、控えめでしゃばり過ぎないプレイに徹している。アンディのプレイは漂うような感じであるが、その落ち着いた演奏は聴く者に一種の瞑想感を与えるものだ。2.「Kasbah Tadla」は、タイトルの通りモロッコのイメージ、中近東の音階による陰影に満ちた曲で、ラルフの12弦が一層エキゾチックなムードを盛り立てている。3.「Mount Rundle」は、カナダのジャスパー近くの山の名前から取ったもので、ハービー・ハンコックの「処女航海」を思わせる曲。ラルフはピアノ主体の演奏で、ギターはテーマ部分のみのオーバーダビングとなっている。本作でのラルフは、ギターのみでなくピアノもたくさん弾いているのがいいですね。4.「Raffish」では、アンディのテナーがテーマの超難しい部分を吹き気っているのがスゴイ。ラルフはソロ、マリア・ピア・デビートと、本作を入れてこれまで3回録音しているが、何時何度聴いても素晴らしいR&B調の曲だ。5.「Lothlorien」は、アンディの作曲の才能をうかがうことができる曲で、彼のメランコリックなソロは、何度聴いても飽きない深い味わいがある。ラルフも負けずにビル・エバンスを思わせるクールなピアノプレイを展開する。

6.「I'll Remember August」のような綺麗なメロディーとコード進行の曲では、アンディの閃きに満ちたソロを堪能できる。それにしても暖かみを感じるプレイだ。ラルフの曲のなかでは珍しく4ビートのベースランが聴ける曲で、彼のピアノプレイもキラキラ光っている。本作では7.「Lizbet」のみ、ヘンリー・ヘイという若い人がピアノを弾いている。彼はビル・エバンス(サックス)、ビル・ブルフォードや、ロッド・スチュアートのスタンダード集でピアノを弾いている人だ。ここではラルフのナイロン弦ギターのプレイが聴きもので、特にアンディのソプラノサックスとのテーマ部分のアンサンブルは素晴らしい。8.「Songs Of Struggle And Song Of Love」は、アフリカのメロディーをベースにした曲で、2.と同様、テーマ演奏部分のみトロンボーンが加わり、パーカッションが活躍、ラルフのギターソロに切れ込むような鋭さがある。9.「Simone」はラルフの曲で、ソプラノサックスの退廃的で内省的な音色が心に染み入ってくる。

ソロ以外に、曲作り、テーマ演奏のアンサンブルにサウンドクリエイターとしての才能が感じられ、本人および各プレイヤーの歌心にあふれた演奏は魅力的で、何度聴いても飽きることがない佳作だと思う。


 
D42  Nel Respiro (2002) [Maria Pia De Vito] Provocateur 
 
D42 Nel Respiro

Maria Pia De Vito : Vocal, Voice
Ralph Towner : Classical Guitar, Snthesizer Guitar
John Taylor : Piano

1. Raffish [Towner] 5:44  R23 D41 
 (Voice, Synt. Guitar, Piano)
2. Lengue [Rocco De Rosa, Marten Congo] 5:28  
 (Voice, 12st. Guitar, Piano)
3. Int' 'O Rispiro [Maria Pis De Vito, Ralph Towener] 5:07   
 (Vocal, C. Guitar, Piano)

録音: Esagono Recording Studios, Rubiera (Reggio Emilia), November 2001 and Sonic Studios, Rome, February 2002


2000年「Verso」 R22でラルフ・タウナー、ジョン・テイラーと共演したイタリアのジャズ歌手マリア・ピア・デヴィートが、その後ジョン・テイラーと一緒に製作した作品にラルフがゲスト参加している。2001〜2002年の録音であるが、 発売年については2002年、2004年の2通りの資料があり、常識的には2002年ではないかと思う。

1.「Raffish」は、アンディ・ミドルトンの「Nomad's Notebook」 1999 D41、ラルフのソロアルバム「Anthem」 2001 R23に収録されていた曲で、R&B風サウンドの佳曲。マリアはスキャットで参加、テーマ部分の恐ろしくテクニカルな部分を見事に歌いきっており、ソロ部分も奔放な歌唱でよろしい。ラルフは、前述の2作ではクラシック・ギターを使用していたが、ここではフレイム・ギターを弾くことで少し歪んだ音を出している。ジョン・テイラーは、2.「Lengue」ではプリペアード・ピアノ(ピアノの弦に物を挟んでミュートさせ、パーカッシブな音を出すようにしたもの)を弾いている。ラルフも12弦ギターのハーモニクスやボディを叩いたりしてリズムを強調しており、それらをバックに、マリアはスキャットやヴォイス・パーカッションを自由に展開している。3.「Int' 'O Rispiro」は、ラルフのソロアルバム「Time Line」2006 R24に「Turning Of The Leaves」というタイトルで収録された曲で、年代的にはこちらのほうが初出となる。漂うような美しいメロディーが大変印象的な曲で、マリアは「息遣い」をテーマとする歌詞(イタリア語で歌っているが、ジャケットに歌詞・訳詩が掲載されているので大丈夫)を付けており、その艶やかな声が素晴らしい。また本曲および1.におけるジョン・テイラーのピアノの絡みも面白い。

他の曲では、ベーシストのスティーブ・スワローやパーカッションが入ったトラックの他、ループ・エフェクトを使用した彼女のヴォイスのみによる超人的なパフォーマンスも入っている。かなりアヴァンギャルドなものもあるが、それらのストイックでピュアな響きは、休日の午後など、夕日が差し込む静かな部屋で一人無心になって聴き入るとよい感じだ。

ラルフのファンにとっては、「Raffish」と「Turning Of The Leaves」の別バージョンを聴けるということだけで、購入する価値があるよ。

 
D43  Aceno (2003) [Jose Peixoto] Zona  
 
D43 Aceno

Ralph Towner : C. Guitar
Jose Peixoto : 8st. Guitar
Mario Franco : Contrabass
Quine : Percussion

1. Espacos [Jose Peixoto] 5:28
 (C. Guitar, 8 String Guitar, Contrabass, Percussion)

録音 : 2003年7月12日


ホセ・ペイショート(と読むらしい)はポルトガルのギタリスト。英語・日本語の資料がないので、詳しい情報がないが、1985年リスボンで結成されたファド、クラシック、ブラジル音楽、ポピュラーをミックスさせたグループで、1993年以降数回の日本公演で日本でも人気があるマドレデウスのメンバーだった人(1995年頃加入、2007年に脱退)。また1991年には、Grupo Calvivaというバンドのメンバーとして、マリア・ジョアン (D39参照)との共演作がある。


8弦ギターを操って繰り広げる音楽は、前衛的な感じがするが、どこか中近東や現地の伝統音楽の香りが漂い、独特の雰囲気がある。退屈なようでいて、聴き込むと不思議な味わいが出てくるところが面白い。彼のギターをメインとして、もう1台のギター、ベース、パーカッションとのアンサンブルによるインストルメンタ ル9曲と、ゲストの女性ボーカリストをフィーチャーした 3曲からなり、前者のなかの1曲にラルフが参加している。

1.「Espacos」は、本作のなかでは唯一、ジャズっぽいサウンドの曲で、前衛的なメロディーのテーマの後、ホセが弾くハンマーオン奏法の伴奏で、ラルフがソロを入れる。曲名は、ポルトガル語で「宇宙、空間、時間」という意味で、彼が1980年代末に発表したアルバムのタイトルに同名のものがあり、本作はその再録音らしい。この曲だけを聴くと「何これ?」という感じなんだけど、アルバムの中の1曲として聴くと、それなりに納得感がもてるのが面白い。

一見ならず一聴した限りでは、ラルフ参加の曲を含めて、耳慣れない風変わりな曲が多いけど、聴き込むと独特の味わいが出てくる不思議な音楽だ。


D44  Guitar Harvest (2003) [Various Artists] Solid Air  
 


Ralph Towner : C. Guitar

1. Sarabande For Two Guitar [Ralph Towner] 2:24
 (C. Guitar)

 
 
New York Guitar Festivalは、ラジオ司会者、作家のJohn Schaeferと音楽家、プロデューサーのDavid Spelmanにより1999年に設立された。あらゆるジャンルのギター音楽からなるフェスティバルを企画する他、ギター音楽振興に係る活動を行っている。本作は、上記2名がプロデューサーとなって作成されたオムニバス作品(CD2枚組)で、クラシック、ジャズ、フィンガースタイル、ケルティック、ロック、ジャンゴ・スタイルなど、様々な分野で活躍するギタリストが未発表作品を持ち寄っている。そして本作から得られる収益は、ニューヨークの学校による少年たちへのギターレッスンのための運営費用にあてられるとのこと。

本作の副題で「volume one  teachers, mentors, inspiration... 」とあり、各ギタリストが自分が影響を受けた音楽、ギタリスト、教師・指導者をテーマとして作品を提供している。ラルフによる1.「Salabande For Two Guitar」は、彼の自宅で多重録音により製作されたもので、演奏時間が2分ちょっとの小品だ。解説書で引用されたラルフのコメント「a homage of Sylvius Leopold Weiss」は、バロック時代に活躍したリュート奏者・作曲家のシルヴィウス・レオポルド・ヴァイス(1687〜1750)のこと。当時ヨハン・セバンチャン・バッハと親交があったそうで、多くの作品(ソナタ、組曲、舞曲)が残されており、現在でもリュート、クラシック・ギターで演奏されている。ラルフの作品のなかでも異色の存在で、ジャズ的な和声やインプロヴィゼイションは全くなく、2台のギターによる演奏用にきっちり作られた曲だ。丁寧な出来ではあるが、地味でこじんまりとした印象を受ける。

その他のトラックは、クラッシック・スタイルのギタリスト、アレックス・ド・グラッシ、ピエール・ベンスーザン、ローレンス・ジュベーなどの鉄弦によるフィンガースタイル、ビル・フリーゼル、アーレン・ロス、アンディ・サマーズ(ポリスのギタリスト)、ヴァーノン・リイド(リヴィング・カラーのギタリスト)などのピック奏法によるギタリストの作品が収められているが、全般的に派手さに欠けるので、ギター音楽全般が大好きな人向けの作品といえよう。


D45  Journey To Donnafugata (2005) [Salvatore Bonafede] CAM JAZZ  
 

Enrico Rava : Trumpet
Salvatore Bonafede : Piano
John Abercrombie : Electric Guitar
Ralph Towner : Classical Guitar
Ben Street : Bass
Clarence Penn : Drums
Michele Rabbia : Percussion

1. Reputation And Character [Bonafede] 8:00
 (Trumpet, C. Guitar, E. Guitar, Piano, Bass, Drums, Percussion)
2. Taceas, Me Spectes [Bonafede] 4:25
 (Trumpet, C. Guitar, E. Guitar, Piano, Bass, Drums)

録音 : 2003年5月12, 13日 Forum Music Village Studio, Rome

 

サルヴァトーレ・ボナフェデ(1962〜 )はイタリア・シシリー島のハパレルモの生まれで、若い頃は現地でクラシック音楽を学び、1986年に渡米しバークリー音楽院でジャズを学んだ後、ニューヨークで活躍するが 1994年にイタリアに戻る。その後はイタリア人であることを意識した作品を発表しながら、教師として後進の指導にあたっているという。彼が出身地であるシシリー島をテーマにした作品を製作するにあたり、イタリア映画の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作「山猫」1963 の音楽(ニーノ・ロータ)を使用したのは、この映画が近代国家としてのイタリアが誕生する時代の変遷の中、没落してゆくシシリー島の貴族を描いた作品だったからである。本CDは、タイトル曲(映画の序曲「Titoki de testa」の副題)を除き、作品の多くを占める舞踏会のシーンで流れるダンス曲をジャズにアレンジしたものに、現代的な感覚のサルヴァトーレ自身の作品3曲を加えることで、同地の過去と現在を融合しているように思われる。説明不要のジョン・アバーンクロンビー、イタリアのトップ・プレイヤーの一人で先進的なスタイルのエンリコ・ラヴァに加えて、ウィントン・マルサリス、ステップス・アヘッド、小曽根真などのバックを務めたクラレンス・ペンといった強力メンバーからなるバンドは、自由な境地によるジャズの精神とは異なる、アンサンブル重視の演奏に徹しており、サルヴァトーレもピアノ奏者というよりはサウンド・クリエイターの面を強く出している。本作に収録されたすべての曲がオーバーダビングなしの一発録りというのも、プレイヤーの連帯感が感じられる理由だろう。

ラルフはサルヴァトーレの作品2曲にゲストとして参加、曲のテーマ部分とソロ演奏で大きな役割を演じている。1. 「Reputation And Character」は、ラルフのギターによるテーマ演奏に続き、クラシックギター、エレキギター、ピアノ、エレキギターの順番で展開されるソロと、クリエイティブなアンサンブル演奏のバランスが絶妙の名曲・名演。何度聴いても飽きがこない魅力に溢れている。2.「Taceas, Me Secties」は、よりジャズっぽい雰囲気のスローな曲で、ここではラルフが前半でテーマとソロを、後半でエンリコがテーマを担当している。

特定のテーマに基づき、アンサンブル重視で演奏されるジャズとして異色であるが、サルヴァトーレ本人のクリエイターとしての音楽的才能がフルに発揮された作品であると思う。


 
 D46  Siroko (2005) [Olivier Ker Ourio]  e-motive
 

Olivier Ker Ourio : Harmonica
Ralph Towner : Classical Guitar, 12St. Guitar
Heiri Kaenzig : Bass 

1. Bellydancing [Olivier Ker Ourio] 6:39
 (Harmonica, 12st. Guitar, Bass)
2. Tramonto [Towner] 4:54  R16 R22
 (Harmonica, C. Guitar)
3. Siroko [Olivier Ker Ourio] 5:52
 (Harmonica, C. Guitar, Bass)
4. Sea Scape [Olivier Ker Ourio] 5:44
 (Harmonica, C. Guitar, Bass)
5. Goodbye Porkpie Hat [Charles Mingus] 5:22  R3 R23
 (Harmonica, 12st. Guitar)
6. Fun Key [Heiri Kaenzig] 2:11
 (Harmonica, Bass)
7. ELM [Richie Beirach] 5:22
 (Harmonica, C. Guitar, Bass)
8. Payanke [Olivier Ker Ourio] 5:10
 (Harmonica, C. Guitar, Bass)
9. Everybody's Song But My Own [Kenny Wheeler] 6:29
(Hamonica, C. Guitar)
10. Syracuse [Olivier Ker Ourio] 6:11
 (Harmonica, 12st. Guitar, Bass)

Recorded Nov. 1 & Dec 18, 2004 at Powern Play Studio, Zurich

注: 6 はラルフ非参加


オリヴィエ・ケル・ウーリオ(1964〜 )はフランス生まれで、先祖はケルト系住民が多いブルターニュ地方出身という。アフリカ大陸に近いマダガスカル島の東にあるフランス領ルユニオン島で育った彼は、幼い頃からハーモニカに親しみ、1990年代からはフランスのジャズ・シーンで、多くのセッションに参加しながら自己名義のアルバムを発表してキャリアを磨いてきた。クロマチック・ハーモニカ(スライドレバーという押しボタンで半音を出すことができるタイプ)の名手で、スタイル的には2014年に引退したトゥーツ・シールマンスの後を継ぐ存在といえる。アルバム・タイトル(タイトル・ソング)の「シロッコ」は、アフリカ大陸から地中海を経てヨーロッパに吹きつける熱風の事で、育った地のためか、通常のヨーロッパ人には見られない、独特な異国情緒を感じさせる彼の音楽性を表しているように思える。

ラルフが過去に主催・参加したセッション・リストを見ると、「この楽器は誰がいい」と相手を決めているように思われ、そういう面で本作はハーモニカ奏者との共演盤と位置付けられる。彼のアイドルであるビル・エバンスが、1979年にトゥーツ・シールマンスを招いて「Affinity」という名盤を発表しており、本作はそのオマージュと捉える事もできる。ラルフがピアノを弾かず、ギターに専念しているのも、そういう思い入れからという気がする。

1.「Bellydancing」は、イントロでラルフの切れ味鋭い12弦ギターの独奏を楽しめる。本作を録音した頃の彼は、12弦ギターをあまり弾かなくなっており、ここでは昔の尖がったプレイを彷彿とさせる演奏で、貴重な存在と言える。12弦のアルペジオをバックに聞こえてくるハーモニカの音はあくまでクールで、その対比が面白い。ベース奏者のエイリ・カエンジグ(と読むのかな?)は、アメリカ生まれで、グラーツ、ウィーン、チューリッヒで学び、おもにスイスを活動拠点とする人。多くのセッションやグループ活動に参加、1990年代にアート・ランディ、ケニー・ホィーラー等とグループを組んでいる。本アルバムでは、ドラム、パーカッション奏者がいない分リズムに専念し、あまり表にに出ない感がある。曲の後半では、ラルフがギターのボディーを手で叩いてリズムを出している。ちなみにこの曲にはプロモーション・ビデオがあり、そこでは本曲の録音・リハーサルの風景や、車で移動するオリヴィエの姿が映っている。2.「Tramonto」はラルフの曲で、美しいメロディーがハーモニカの哀愁ある音色で一層引き立っており、ラルフの伴奏も聴きもの。タイトル曲 3.「Siroko」は、ヨーロッパ風でありながらも、どことなくエキゾチックな雰囲気が魅力的で、ハーモニカ・ジャズの魅力全開だ。4.「Sea Scape」は、アンニュイな雰囲気に満ちたバラードで、オリヴィエのハーモニカの切ない音色と、アルペジオ奏法主体によるラルフのギターが心地良い。いつもはラルフが独奏する 5.「Goodbye Porkpie Hat」のデュエットが聴けるのもうれしい。7.「ELM」は、ピアニストのリッチー・バイラークがジョージ・ムラーツ、ジャック・ディジョネットをバックに、1979年ECMから発表したアルバムのタイトル曲。8.「Payanke」のイントロは、ベースのエイリーがボディーを叩いてリズムを出し、ラルフはブリッジ付近の弦に紙をはさんでミュートしたギターを弾いている。自虐的なタイトルが傑作な 9.「Everybody's Song But My Own」は、トランペット奏者のケニー・ホィーラーの曲。デイブ・ホランド、ジョン・テイラーが参加した1989年のアルバム「Flutter By, Butterfly」が初出で、作曲能力に秀でた彼らしい作品だ。オリヴィエの歌心溢れるプレイが心に染みる。10.「Syracuse」は、ラルフの12弦ギターによる切れ味鋭いR&B風リフ、対するオリヴィエのクールでブルージーなプレイがかっこいい曲。

少人数の演奏で、オリヴィエとラルフの演奏がたっぷり味わえるお勧め盤。