She (Elvis Costello) 1999  (米なし 英?)
[Aznavour, Kretzmer] 

2002年にエルヴィス・コステロのシングルCD「スマイル」を買った。これは日本のみの発売だ。予想通りチャップリンの傑作「モダンタイムス」(1936)の挿入曲で、思わずニンマリ。チャップリン自身が作曲したこのスタンダードを淡々と歌うコステロ氏はやっぱり良い!エルビス・コステロというと初期のパンクのイメージがとても強いんだけど、最近はバート・バカラックと共演したり、とにかく幅の広い音楽性を誇っている。もともと彼はアイリッシュ(本名 Declan Macmanus)で、最近はケルト音楽にも挑戦しているらしい。この曲を繰り返し聴いているうちに、彼が歌うもうひとつのスタンダード曲「She」のことを無性に書きたくなった。
 
「She」はフランスの歌手・作曲家・俳優のシャルル・アズナブール(1924〜2018) 1974年の作品。1924年生まれだから現在80代の年齢。エディット・ピアフの付き人からスタートした彼は長い下積みの後に歌手・作曲家として不動の地位を築き、同時に俳優としてもフランソワ・トリフォーの「ピアニストを撃つな」などの作品に主演し、フランスの人間国宝的存在だった人。コステロの歌によるこの作品がテーマ曲として使用された同年の映画「Notting Hill (ノッティングヒルの恋人)」は、アメリカの大女優がイギリスのしがない本屋の男と恋に落ちるという、ちょっとありそうもない話だったけど、それを補って余りあるのが主演のジュリア・ロバーツとヒュー・グラントの存在感だった。ヒュー・グラントが憧れの有名人からいきなりキスされるシーンは、おずおずしたシャイな彼の持ち味が出ていて笑ってしまうし、いつもは演技過剰気味のジュリア・ロバーツが抑え気味に演じているのも良かった。でもこの作品で何よりも素晴らしいのは、作品全編に流れる静かで誠実なイメージだ。そしてそれは明らかにこの主題歌から発せられている。この映画のアイデアはこの歌から生まれたものであるかのようだ。

非常にロマンチックで耽美的な歌詞、メロディーで、「彼女」に対する賛辞が切々と歌われる。聴いていて気恥ずかしくならないのは、曲が持つ説得力と品の良さのためだと思う。稀代のロッカー、エルヴィス・コステロ氏はこの名曲に真っ向から挑戦。ストレートに歌い切っている。それでも単なる甘さに流れない、歌に対する彼独特の視線が感じられるのが非常に魅力的。スタンダードを単純にカバーする凡百のアーティストとは一線を画す作品だ。同映画のサウンド・トラック盤のほか、彼のベストアルバムでも入手可能。