Pineapple Princess (Annette) 1960  (米11位)
[Sherman]

アネット(1942-2013、後にアネット・ファニセロと名乗る)は、ニューヨーク州出身のイタリア系アメリカ人で、12歳の時にウォルト・ディズニーに見出され、テレビ番組「Micky Mouse Club」に出演して、子供スターとして大人気を得る。テレビや映画出演の他に、番組の中での歌唱が評判となりディズニーのレーベルからレコードを発表、1959年の「Tall Paul」(全米7位)を皮切りに数曲のトップ40ヒットを飛ばした。成長後は、ビーチをテーマとした青春映画のシリーズに主演、フランキー・アヴァロンを相手に清純・可憐なイメージで一世を風靡した。ポール・アンカはアルバム製作で共演した際に彼女に恋したが、周囲に反対されて実らず、その思いを「Puppy Love」1960年2位にこめたという。後年1980年代に難病の多発性硬化症になり、引退して治療に専念、同病のための基金を設立して病魔と戦うが、症状が次第に悪化。2004年には歩けなく、2009年には喋れなくなり、2012年にその重篤な模様がドキュメンタリーでテレビ放送され、2013年に亡くなった。

「Pineapple Princess」は、彼女が1960年に発表したアルバム「Hawaiianette」に収められていた曲で、シングルカットされて全米11位のヒットを記録した。作者のシャーマン兄弟(Robert E. Sherman、Richard M. Sherman)は、ディズニーの傘下で曲を書いていた人達で、「メリー・ポピンズ」、「チキチキ・バンバン」、「ジャングル・ブック」等が名高い。ここでは「Brazil」を彷彿させるサンバ風のイントロが面白く、ハワイ音楽とブラジル音楽のごった煮サウンドが最高。当時のアメリカ人の大雑把さで、トロピカルな音楽はどれも同じということで、こんなアレンジになったのかなと思ったが、上述のアルバムを聴くと、ラテン音楽やジャズとハワイ音楽とのクロスオーバーの曲もあり、このプロデュースが確信犯であったことがわかる。1960年の時代で、このセンスは凄いと思う。ユーモラスでナンセンスな歌詞も素晴らしく、最後の「wicky-wicky wacky Waikiki」という一節は傑作!いろいろ褒めたが、何よりも魅力的なのは、当時約18歳だった彼女の歌声で、子供の純粋さと大人の女性の清純な艶やかさが見事にブレンドされている。すこし漫画っぽい声優のような響きなんだけど、一度耳にすると忘れられない声だ。

日本では、翌1961年に田代みどり(後にジャッキー吉川とブルーコメッツの三原綱木と結婚し「つなき&みどり」のデュオで活動した人、その後離婚したが、現在もナツメロ界で活動している)が日本語の歌詞でカバーしてヒットさせており、そちらも必聴。


Look For A Star (Billy Vaughn And His Orchestra) 1960  (米19位)
[Mark Anthony]

競作曲
Gary Mills  26位
Gary Miles  19位
Dean Hawley  29位

昔テレビやラジオ(私の記憶は天気予報)で聴いたメロディーで、ずっと後になってから曲名が分かった。ミュートしたギターのアルペジオとオルガンをバックにストリングスが優しいメロディーを奏でるドリーミーな曲で、邦題は「星をもとめて」。作者のマーク・アンソニーは、ペトゥラ・クラークの「Downtown」1964やクリス・モンテスの「Call Me」1966などで知られ、イギリスのバカラックと呼ばれるトニー・ハッチの変名だ。1960年公開のイギリス映画「Circus Of Horror」(邦題「殺人鬼登場」、直訳の「恐怖のサーカス」は1954年ハリウッド製作の別の作品)で使われた。性格異常の美容整形医者が主人公で、警察に追われてサーカス団に潜り込み、顔にワケ有りの女性を整形手術してスターにした後に次々と殺し、最後に自身も破滅するというB級ホラー作。私は全編を観ていないが、登場人物が演じる空中ロープ芸のバックに流れる本曲は、作品の雰囲気に場違いながらも口直し的な味わいを出していたようだ。映画ではイギリス人のGary Mills(1941〜 )が歌い、地元で7位のヒットを記録したが、同曲のアメリカ上陸前にレコード会社がナッシュヴィルで大急ぎで録音し発売したのが、Gary Milesのバージョンだ。The Casualsというコーラスグループで歌っていたJames "Buzz" Cason (1939〜 )を抜擢して、オリジナルと見紛う変名で売り出したもので、後年本人も認めている通り確信的な剽窃行為である。両者を聴き比べると、バックのアレンジや後半にバディ・ホリーを思わせるシャックリ唱法が入るなど、ほぼ同じ音作りなんだけど、現代の耳で聴く限り、モノ真似の後者のほうが出来が良いような気がするのも罪なものだ。イギリスのミルズのシングルは米国でも発売され26位、アメリカのマイルズは16位を記録したが、どちらもこれ1曲のヒットになってしまった。ただしミルズは本国であと2曲チャートインを果たし、マイルズは本名で作曲家、プロデューサー、セッション・シンガーとしてその後も音楽界で活躍した。その他同時期の競作としてDean Hawley(1937〜2002)の録音(全米29位)もあるが、これもまたワンヒット・ワンダーになってしまった。

しかるに日本では、上記ボーカル版と同時期に発売されたビリー・ヴォーン楽団のインストルメンタル(全米19位)が一番のヒットとなり、これが番組のテーマソングとして使われたもの。ビリー・ヴォーン(1919〜1991)は、1950年代前半はThe Hilltoppersというコーラスグループでピアノとコーラスを担当していたが、脱退して指揮者となり、「Melody Of Love」(1954年 2位)、「Sail Along Silvery Moon」(邦題「波路はるかに」1957年 5位)、日本ではハワイアンの「Pearly Shells」(邦題「真珠貝の歌」1965年) の独自ヒットを飛ばしている。近年では小野リサが1989年のデビュー盤でポルトガル語、2014年には薬師丸ひろ子が日本語でカバーしていて、これらボサノヴァ風アレンジもお勧め。

子供の頃に聴き、耳に残ったメロディーの由来を後に発見し、さらに歌付きの競作までたどり着くことができ、幸福な体験をさせてもらった名曲。

Hello Mary Lou (Ricky Nelson) 1961
  (米9位 英2位)
[Pitney, Manglaracina] 

リッキー・ネルソン(1940-1985)は、1950年代エルヴィス・プレスリー、パット・ブーンと並ぶロックンロールのティーンエイジ・アイドルだった。音楽家族に生まれ、子供の頃から多くのラジオ、テレビ番組に出演していた彼は、甘いマスクと優しいヴォイスが魅力的で、1959年にはハワード・ホークス監督の傑作ウェスタン映画「リオ・ブラボー」に出演、ジョン・ウェインやディーン・マーチンと共演した。「Hello Mary Lou」は、もうひとつの代表曲である「Travelin' Man」とカップリングでシングルカットされた。作者の一人はバカラック作曲の「(The Man Who Shot) Liberty Valance」などを歌い、自身作曲家としても有名だったジーン・ピットニーだ。アップテンポのロカビリー風味溢れる曲で、何時聞いても自分の中にあるロックの心を大きく揺さぶる快感を覚える。ロックンロール・ギターの巨人、ジェームス・バートンによる間奏のギター・ソロも最高。1972年にクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルがカバーした(私がこの曲を最初に聴いたのはこちらのほうだった)。


[リッキー・ネルソン その他のお勧め曲]
1.「Travelin' Man」(1961) 世界を旅し、各地に恋人を持つ男の話で、魅力的なメロディーと語り口が鮮やか。 米1位、英2位

2.「Lonesome Town」(1958) スローでブルーな感じの曲。男の魅力に満ちた哀愁溢れるヴォーカルが素晴らしい。 米7位、英なし。