Cry Me A River  (Julie London) 1955 (米9位 英22位)
[A. Hamilon]



ロンドンときたら、「愉快なロンドン楽しいロンドン」ではなくて、名犬ロンドンと、ジュリーロンドンだ!(これが分かる人は結構古い人です) 私が子供のころ家では毎日のように音楽がかかっていた。父がかけるレコードは、ほとんどクラシック(そのおかげで私は、エリック・サティを除きクラシックのレコード・CDを1枚も持っていないにもかかわらず、ほとんどの曲を知っている)だったが、たまにペレス・プラードやスタンリー・ブラックなどのラテンもの、ビル・エバンスやオスカー・ピーターソン、アート・ブレイキーなどのジャズ、ジョーン・バエズ、ミリアム・マケバなどのフォーク、映画のサントラを聴くことがあり、それらは私の音楽人生に大きな影響を及ぼした。そのなかでジュリー・ロンドンのレコードは父のお気に入りだった。子供心に「Come On-A My House」を聴き、ジャケット写真に見惚れて、色っぽいなあと思ったものだ。

ジュリー・ロンドン(1926〜2000)は、50年代に活躍した美人女性歌手(兼女優)だ。ジャズとポピュラーの中間に位置し、彼女よりもうまい人はいくらでもいたが、その美貌と少しハスキーな必殺の低音声で大きな人気を博し、現在でも唯一無比の存在として、より多くの人に愛されている。浜崎あゆみもビックリの少女漫画のように大きな目、男顔と言えるほど、きついクールな猫顔をしていながら、ひとたび微笑むとしっとりした女らしさがむんむんと漂う。広い肩幅、大きな胸にくびれた腰、すらりとした足、アメリカの美人女性歌手のイメージのすべてがそろっている。当時のレコードの表紙写真がかっこよく、コレクターアイテムになっているそうだ。特に1956年の「Calender Girl」の表紙は季節感豊かでユーモラスかつセクシな彼女のポートレートが12ヶ月分(あまけに収録曲も1月から12月までの月にちなんだ曲)!これは大瀧詠一の「Niagara Calender」の元ネタだあ。

そしてあの声。最も低い声をだす女性歌手の一人だと思う。その低い声はチェロの演奏を聞いているかのようで、独特の癒しの効果がある。繊細で情感に溢れた歌は、テクニックに走らなくても、そこらのジャズ歌手よりもずっとジャジーだ。これだけの才能をもちながら、歌手・女優としてトップにならなかったのは、内気で繊細な性格のためらしい。スタジオでどうしてもうまく歌えず、自宅で録音したこともあるそうだ。そんな彼女にとって、「Cry Me A River」はぴったしだ。デビュー盤「Julie Is Her Name」からシングル・カットされ、大ヒットした。自分を捨てた男に恨みつらみを言う、それはそれは暗いブルースなんだけど、あふれる情感をぎりぎりに抑えた歌唱が聴く人の心を揺さぶる。伴奏がギター1本というのもシンプルでとてもよい。名ギタリスト、バーニー・ケッセルの名演だ。

この曲を歌うジュリーの映像が存在する。フランク・タシュリン監督による1957年のハリウッド映画「女はそれを我慢できない(The Girl Can't Help It)」で、「7年目の浮気」(1955)でマリリン・モンローと共演したトム・イーウェルと巨乳で売り出したジェイン・マンスフィールド主演の作品にゲスト出演している。宣伝屋(トム・イーウェル)がギャングのボスの依頼で新人歌手(ジェイン・マンスフィールド)の売り込みを担当するが、二人は愛し合うことになり、彼は仕事と恋の板ばさみで苦悩する。泥酔して自宅のアパートに帰り、憂さ晴らしにレコードをかける(ジャケットから「Julie Is My Name」であることが分かる)。「Cry Me A River」が始まり、そのうちにダイニング・テーブルに座って歌うジュリー・ロンドン本人の幻が見える。耐えられずによろめきながら他の部屋に移るが、そこでもジュリーがいる。次から次へと部屋を替わるが、彼女の幻は付きまとう。最後の階段のシーンでは、フェイドアウトとともに歩き去る。シーンの都度異なるドレスを着こなす様が大変豪華で、怒りと悲しみに満ちた表情が大変素晴らしい。一見の価値はあります。

ジュリーのCDはオリジナル盤以外に各種の企画盤が沢山出ているので、「Fly Me To The Moon」前述の「Come On-A My House」(もともとローズマリー・クルーニーがヒットさせた曲だけど、こっちのほうが遥かに出来がいい)なども入った作品をおすすめします。

[その他のお勧め曲]
1.「Come On-A My House」 (1959) もともとはローズマリー・クルーニーの持ち歌だったが、テンポを落として、じっくりセクシーに歌うジュリーのカバーが断然勝っている。この曲を聴くとノックアウト間違いなし!

2.「Fly Me To The Moon」(1964) このスタンダード曲と彼女の声がピッタリ合い、良質のアレンジも加わって比類のない濃密なムードがでている。

3.「Wives And Lovers」 (1963) バート・バカラックとハル・デビッドの作品で、おそらくブロードウェイ・ミュージカルの挿入曲。独特のコード進行・メロディーとウィットに富んだ歌詞が素晴らしく、洗練の極みだ。このように単純なラブソングではない、ひねりがきいた曲を歌う彼女には、いつものセクシーな路線とは異なる理知的な感性が感じられる。



Cry Me A River(Julie London) 1955