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ミ ス テ リの愉しみ

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<<索引>>

「パトリシア・コーンウェルの近作を読んだ」(2010.9.19 記) 「ミステリ作家のミステリアスな話」(2007.11.30 記) 「このページについて」(2007.9.12 記) 「警察署長」(2006.9.29 記) 「ザ・ベストミステリーズ2006」(2006.7.31 記) 「その後どんなミステリを」(2006.6.19 記) 「壁のない密室」(2005.10.14 記) 「ザ・ベストミステリーズ2005」(2005.8.20 記) 「ボクシングがらみのミステリ」2005.7.19 記) 「最近購入したミステリ」(2005.7.4 記) 「凍える牙」に関連して (2004.11.30 記) 「迷路列車」 (2004.10.15 記) 「パトリシア・コーンウェルとデボラ・クロンビーのシリーズ作品新刊2冊 」 (2004.5.19 記) 「短編2作」2003.11.28 記) 「複巻発行の文庫版翻訳もの短編推理小説2003.7.20 記) 「光原百合」氏について(2003.6.5 記) 「短編で読む推理傑作選」 上下(2003.5.21 記) 「翻訳家の仕事」(2003.4.8 記) 「ザ・ベスト・ミステリーズ 2002」 2002.9.17 記) 「デボラ・クロンビー 」(2002.5.30 記) 「パトリシア・コーンウェル(その2)」(2002.3.20 記)  「翻訳物の短編推理小説集」(2002.1.15 記)  「日本の短編推理小説年鑑(2001.7.9 記)  「このページで書きたいこと」(2001.5.5 記)  「海外女流作家二人(2001.5.7 記)

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§「パトリシア・コーンウェルの近作を読んだ」  (2010. 9.19 記)

 パトリシア・コーンウェルの近作「スカーペッタ(上 ・下)」(講談社文庫)を読んだ。

 著者のパトリシア・コーンウェルはもともと警察担当記者として犯罪記事を書いていたが、その後新聞社をやめ、バージニア州の検屍局でコンピュータプログラマーとして働くようになったという経験があるという。パソコンについても詳しい知識を持っている人のようである。

 巻末に近いところに、パソコンを使ってインターネット通信をするような人たちには今や必須の知識である迷惑メールにふれた部分があった。

 わたし自身パソコンに関してはそこそこの知識があると思っているので興味を持って読み進んだ。

 その後下巻を読み進むにつれて単に迷惑メールのことだけにとどまらず、パソコンを動かす基本的な 機能に関係することがあれこれ出てくる。

 書名そのものが検屍官シリーズの主人公の名前になっていてミステリーとしての面白さを追いかけることにも忙しいのであるが、併せてPCの機能をあれこれ追いかけなければならないことにも繋がっていい勉強になった。

 PCもウィンドウズマシンだけでなくマックマシンも登場する。本音のところ一つのことに集中できず散漫な読み方に終始してしまった気がする。

 まあエンターテイメントなんだからと割り切ってしまえばいいことなんだろうが。

 詳細は省略するしかないが、ちょっと目についた用語を順不同に挙げると

@IP、AIPHONE、BPDA、CID、Dワイヤレスネットワーク、EMACアドレス、Fアカウント、Gアカウント情報、Hインターネットサービスプロバイダ、Iメインフレーム、Jアクセス、Kセキュリティ、Lウィルス・・・・・と、

 ざっとこんな調子である。

 それと、ここでの本題とは全く関係ないが高価且つレアなシングルモルトの名前が出てきたりしたので、どうしても 集中できなかった。

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§「ミステリ作家のミステリアスな話」 (2007.11.30 記) 

 先年なくなられた日本の推理作家で「鮎川哲也」という名前を知らないという人はミステリ愛好家の中にはよもやおられないと思う。
 
 いろいろな賞の選者に名を連ね自らも本格ものをはじめ数多くのミステリをものしておられた。もうかなり古い話になるが氏の書かれたトラベルミステリにもいいものが多くあった。いま即座に書名が出てこないのが残念である。
 
 それはお許し頂くとして、1980年代後半の頃日本ミステリ界も海外物に負けない数多くのミステリが出版される動きが出てきた。そのような動きの中で東京創元社が日本人作家による書き下ろしシリーズを企画したことがあった。その中に鮎川哲也氏が中心となって積極的に新人作家を登用する「鮎川哲也と13の謎」というシリーズが生まれた、などということを聞いたことがある。
 
 そのうちの何冊かは読んだのであるが、鮎川哲也という作家に関してはその人物像というか私生活に属するようなことは一切ミステリアスなヴェールに包まれてなにも読者に明らかにされないということが徹底して実行されているのについて、一体これはなんなのだろうかと思ったことがあった。
 
 鮎川氏の作品が好きだったわたしは、できるだけ読み落としがないよういろいろな本を漁ったのであるがとにかく氏の身の回りのことはなにも分からず仕舞いであった。
 
 それがつい先週のことである。地元の図書館の新刊書購入棚に東京創元社から出版された芦川澄子著の「ありふれた死因」が置かれているのに気がついた。著者の名前に何となく引っかかりがあるような気がしたので、その本を手にとってパラパラとめくってみたのである。
 
 わたしの好みである短編推理小説が400ページあまりのハードカバーに収録されているのである。これは読まなくてはとその場で借りることにしたのである。また新人女流が誕生したのかと思った。
 
 驚きはそのあとに待っていた。著者は新人ではなくもう50年以上前からこの本に出ている作品を発表していた大ベテラン (?)作家であったのである。それだけでも驚きであるのは間違いないのであるが、それに追い打ちをかけたのがあの鮎川哲也氏の夫人であったことが分かったことである。
 
 芦川女史と鮎川哲也氏との結びつきもこちらであれこれ推測するしかないのであるが、鮎川氏の死後になるまで芦川氏はその名義ででもなにも発表していなかったのではあるまいか。
 
 それにしてもこれだけの作品を書かれた芦川氏に心から敬意を表したい。鮎川氏と結婚をしたことが筆を断った原因なのかまだ最後まで読んでいないのでよく分からない。あるいは80を過ぎてまた新しい創作をされるのであろうか何となく楽しみな気がする。
 
 ミステリアスな作家とその夫人のことを記してみた。
 

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§「このページについて」 (2007.9.12 記)

 2001年4月に「槇平氏のページ」というサイトを始めたときその構成ページのひとつとして「ミステリの愉しみ」を開設した。
 
 そのときはミステリに関してもっと書き込むことが多いだろうという見通しであったが、その後6年あまり経過していま見返してみるとその回数が少ないのに自分ながらいささかがっかりしている。
 
 もともとこのページはミステリ読書というジャンルを通して自分の人生において少しでも憩いと潤いのときが得られ、且つその感じたことを紹介することによって同好の士に伝わればということで始めたものであった。
 
 日常生活においてリタイア後で時間はたっぷりあるからどんどん本を読めるかというと、実際にはなにかと雑用もあり読書だけしていればいいというような生活は送れないことは皆さんご経験のとおりである。地域ボランティア(パソコン相談サポーター)活動も含めてそれなりに雑用が多くミステリの読書だけに専念するということはできないのが現状である。
 
 また、いろんなミステリーを読んだからといってそれをすべて紹介することは不可能であるし、そうすることにあまり意味があるとも思えない。
 
 あくまでわたしの主観的な立場から自分なりにいいと思ったものについて、いままでどおり書き込みを続けていくことにしたい。
 
 ミステリに関する情報を求めてできるだけアンテナを高くし続けていきたいと思っている。情報源はいろいろ、新聞の書評欄、新刊書店、大型古書店、入手可能な各種ミステリ雑誌、出版社の出しているPR月刊誌などなど。
 
 書店の売り場の配置の傾向とそこに置かれている本の書名を見て回ることも大いに参考になるが、ミステリ作家の名前や作品などにもっとも触れやすいのはアンソロジーとして編集された短編集を読むのが早道のひとつと考えている。しかし中には長編だけしか書かない作家もいるだろうし情報の収集は容易ではない。
 
 それにどちらかというと海外作家の作品にウェイトが高いかなという偏りがあったのは否めないのではないかと思う。しかし最近のところを見ると結構国内作家のことにふれているところが多い。今後はこの傾向を踏まえ、できるだけわたしなりのバランスを取り続けていきたいと思っている。
 
 自分自身の力をわきまえない大風呂敷かもしれないが、ミステリというエンタテインメントが自分の人生の一瞬において彩りを添えてくれたと自覚できるだけでも本当にありがたいことだと思う。
 
 早川書房刊行のミステリ雑誌「ミステリマガジン」という月刊誌がある。もともと海外ミステリを主として扱っている雑誌であるが、このごろは日本ものの紹介や掲載をするようになっている。その中でひときわ目立つのは、村野貴史氏の連載・日本人作家インタービュー「ミステリアス・ジャム・セッション」である。因みに同誌2007年9月号を見ると第76回となっている。
 
 もちろんわたしの知っている作家が取り上げられていることが多いが、浅学の悲しさはじめて目にする作家のことも多い。それはそれだけでありがたいと思う。
 
 大型古書店でそういう作家のひとりの本を見付けたときは迷わずとき遅れで購入することにしている。
 
 いつかも書いたことがあるが、積んだままになっている本がなんと多いことか。もうこの歳になると残り時間を考えるとたったこれだけの本でももう全部読み切ることに自信が持てないでいる。
 
 それにしてもわたし自身知らない作家が次から次へと出てくるのにはおどろく。
 
                   ================
 
 この数か月くらいの間に読んだミステリの一部を和洋の別を問わず書名だけ紹介しておきたい。
 
 ☆ベン・エルトン 「ポップコーン」 早川書房
 
 ☆ネルソン・デミル&オットー・ペンズラー編 「ベスト・アメリカン・ミステリ スネーク・アイズ」 早川書房
 
 ☆J・C・オーツ&O・ペンズラー編 「ベスト・アメリカン・ミステリ アイデンティティ・クラブ」 早川書房
 
 ☆ローリー・リン・ドラモンド 「あなたに不利な証拠として」 ハヤカワ書房
 
 ☆パトリシア・コーンウェル 「真相 上・下」 早川書房
 
 ☆日本推理作家協会編 「2007 ザ・ベスト・ミステリーズ 推理小説年鑑」
 
 ☆パトリック・マグラア 「失われた探検家」 河出書房新社
 
 ☆本格ミステリ作家ラブ・編 「本格ミステリ06」 講談社
 
 ☆日本推理作家協会編 「事件を追いかけろ」 光文社
 
 ☆松尾由美 「安楽椅子探偵 アーチー」 東京創元社

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§「警察署長」 (2006.9.29 記)

 §「その後 どんなミステリを」 (2006.6.19 記)の項で書いたように、Y紙コラム欄に紹介されていた「再読にも耐えうる海外ミステリ名作」5冊のうちの1位に挙げられていたスチュアート・ウッズの「警察署長」(真野明裕訳、早川文庫NV)を読んだ。
 
 あのコラムにもあったように舞台はアメリカのディープサウス(深南部と呼ばれる地域)のジョージア州の田舎町デラノという架空の町である。
 
 物語は1919年12月のある日から始まる。
 
 それまで農園主だった男が当時まで彼の国の農業を支えていた綿花の栽培が病害の蔓延により農業を続けられなくなり、土地の有力者の後ろ盾によりその地の初代警察署長に就任する。
 
 3代にわたる警察署長を中心にデラノの歴史が語られていく。これだけでもわかるとおりこれは大河小説である。
 
 古くは19世紀の南北戦争、20世紀に入ってからの第1次世界大戦、そのあとの第2次世界大戦と歴史の大きな節目が背景にあって、アメリカ南部の持つ暗部が舞台道具として出てくる。
 
 黒人奴隷のいた南部ならではの人種差別感情や差別問題、白人の狂信的な団体として悪名高いクー・クラックス・クランの暗躍などをはさみながら44年間の物語の進行の末に一つの解決を迎える。
 
 この間彼我の国の警察制度の違いや地方政治家の活躍や町民の自治のありようや中央政界とのつながりなど、さながらアメリカ南部の歴史教科書ともなるような感じで読み進めることができる。
 
 中央の政治家としてフランクリン・デラノ・ルーズベルトの名前が出てくる。これでもわかるとおりデラノの名はルーズベルト大統領のミドルネームから来ているのがわかる。
 
 もちろん登場人物も多くとても細切れで読み進めることは難しいが、読み出すと面白くてついつい寝不足になること請け合いというような小説である。
 
 純粋な意味でのミステリーとは言えないかもしれないが、クライム小説であり警察小説であることは疑いのないところである。
 
 3代の警察署長にまたがる一つの大きな事件を中心テーマにそれこそ大河的な物語が流れていく。
 
 この本については多くの人が傑作だといっているが、わたしもここでは素直にそれを認めたいと思う。
 

 <<余計な一言>>
 
 このような長編を読むのはちょっとという方には、アメリカ南部の持つ雰囲気特に人種差別の感情をヴィジュアルに手っ取り早く感じるために映画(DVD−ROM)をご覧になるというのはいかがであろうか。南部の文化・歴史理解の助けになると思う。
 
 直接的に南部問題を取り上げたものは避けてアカデミー賞を受賞した映画を2本を挙げてみた。
 
 拙HP”マイ映画館で観る”に紹介した1962年度アカデミー賞でグレゴリー・ペックが主演男優賞を受賞した「アラバマ物語」と1967年度アカデミー賞最優秀賞受賞作品「夜の大捜査線」とをお奨めしたい。 

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§「ザ・ベストミステリーズ2006」(2006.7.31 記)

 シリーズ本となっている《日本推理作家協会 編 推理小説年鑑「ザ・ベストミステリーズ 2006」》を今年も駅前の書店に予約して先日購入した。
 
 このシリーズは途中発行所や本の名称変更が1〜2回あって、現在ではこの名称に落ち着いているが、その年(前年?)に発表された短編から選んで年鑑という形でアンソロジーとして毎年発行されている。
 
 正確には調べてみないと断言できないが、もう50年近くにはなっているのではないだろうか。わたしはほとんど初期の頃からの愛読者で、このシリーズの欠本については機会がある度に集めておりいまではほぼ揃っているのではないかと思っている。
 
 この1冊を読めば日本の推理小説の作者や傾向が「短編推理小説」の形を通してほぼ把握できるということでも重宝してきている。
 
 これまで収録内容というか収録されている短編のジャンルについて疑問を感じたことはなかったのであるが、一昨年あるいは昨年あたりからなんとなく違和感があるように感じるようになっていた。
 
 その理由について考えてみた。
 
 2006年版に収録されている14編のうちいわゆる推理小説というオーソドックスな分類に入るものが少なくなっているのである。
 
 そもそも推理小説というジャンルに属する小説を小ジャンルに分けてみると、いわゆるオーソドックスな推理小説(本格もの、倒叙ものなど)、ハードボイルド小説、怪奇小説、恐怖小説、幻想小説、冒険小説、時代小説、歴史小説、海外歴史小説、SF小説、ショートショートファンタジー小説、ホラー・サスペンス小説などなどとなる。もっとあるかもしれない。
 
 これまで違和感を感じなかったのは、いわゆるオーソドックス系のもの以外はほんの1〜2編入っているだけということが常態だったからだと思う。
 
 本年の14編のうち非オーソドックス系はなんと4編を超えているのである。これではわたしのようなオーソドックス系に偏った読者にしてみれば違和感を感じても当然なのかもしれない。
 
 時代の変化とともに日本推理小説協会の編集方針も変化してきているだろうし、読者の好みも変化してきているだろうから当然の変化かもしれないが、わたしにとっては非常に残念なことだというしかない。
 
 往年のような推理小説集を探して歩かなければならない気がする。
 
 2007年版以降についてはもう少し考えてから対応を考えることにしようと思う。
 

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§「その後どんなミステリを」 (2006.6.19 記)

 まずお恥ずかしい話から。
 
 たまたま読売新聞文化面のコラム「つれづれ」欄(2006年5月29日〜6月2日)に「再読にも耐えうる海外ミステリ名作」として次の5冊が紹介されていた。
 
 1位 スチュアート・ウッズの「警察署長」(真野明裕訳、早川文庫NV)
 2位 ロバート・ゴダードの「千尋の闇」(幸田敦子訳、創元推理文庫)
 3位 R・D・ウィングフィールドの「クリスマスのフロスト」(芹沢恵訳、創元推理文庫)
 4位 トマス・H・クックの「緋色の記憶」 (鴻巣友希子訳、文春文庫)
 5位 イーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメインズ」( 宇野利泰訳、創元推理文庫)

 この5冊の書名のうち「警察署長」を除いてすべて記憶にある。早速つんどく書籍の山をあちこち調べてみたら4冊は見つかった。しかし、「赤毛のレドメインズ」(わたしの蔵書では『「赤毛のレドメイン家』となっている)は読んだ記憶があるが、他の3冊はつんどくのままで読んでいない。
 
 コラムで再読に耐えうる名作となっていることだし、早速時間を見つけて再読ならぬ初読をしたいと思う。

 こんな調子で蔵書というには恥ずかしいほどの量しかないのにまだまだ未読の本がかなりありそうなことがわかった。当分新しいものを買わなくても済みそうであるが、まあそこはそこ今までどおりで行くことにしておこう。
 
 さて、昨年§「最近購入したミステリ」(2005.7.4 記)で書名を列挙したのであるが、その後約1年経過したので、その後に購入したミステリを列挙させていただく。

 先ほども述べたように購入してもつんどくに終わってしまっているものもあるので、できるだけ読書時間を作っていかねばと思っているところである。

◯真相(上下) パトシリシア・コーンウェル 相原訳 講談社文庫

◎神の手(上下) パトリシア・コーンウェル 相原訳 講談社文庫

◯理由 宮部みゆき 朝日新聞社

◎警視の不信 デボラ・クロンビー 西田訳 講談社文庫

◎ベスト・アメリカン・ミステリ スネーク・アイズ ネルソン・デミル&O・ペンズラー編 田村義信・他訳 ハヤカワ・ミステリ

◎黒い軍旗 山前 譲編 飛天文庫

◯ミステリーの愉しみD 奇想の復活鮎川哲也、島田荘司 責任編集 立風書房

◯黄金色の祈り 西澤保彦 文藝春秋

◎比翼 泡坂妻夫 光文社

◯3000年の密室 柄刀 一 原書房

◎4TEEN 石田衣良 新潮社

◎ベスト・アメリカン・ミステリ ハーレム・ノクターン ジェイムズ・エルロイ・&オットー・ペンズラー 木村・他訳 ハヤカワ・ミステリ

◎ハード・タイム サラ・パレツキー 山本訳 早川書房

◎幻の女 ウィリアム・アイリッシュ 稲葉訳 ハヤカワ文庫

◎海外トラベルミステリー 山前 譲編 王様文庫

◯懐かしき友へ 井上 淳 文藝春秋

◯魔術はささやく 宮部みゆき 新潮社

  注、◎は既読、◯はまだつんどく(積ん読)状態

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§「壁のない密室」(2005.10.14 記)

 「壁のない密室」石井竜生・井原まなみ 文藝春秋(2004年10月10日刊)
 
 書店の店頭でこの本を手に取ってパラパラとページをめくって目次を見たとき、早とちりして短編集と思いこんでしまった。壁のない密室という空間が各編に盛られているのかと思ってしまったのである。まことに迂闊な話である。
 
 家に帰ってさて読もうとしたところなんだこれは長編ではないではないかという驚きであった。もともと夫妻共著の形でミステリを書いていることは知っていたので、いずれにしてもミステリーであることは間違いないだろうということで読むことにした。
 
 そもそも「壁のない密室」というのは何だろうという疑問がまず初めにあるべきであったのだと思う。まさか宇宙空間でもあるまいに壁のない密室というものが存在しうるかと考えれば、抽象的な概念だと思い当たったはずだから。
 
 そういえば普通ミステリーなどの本には奥付(おくづけ)のページに著者の略歴などは書かれないものの筈である。それが書かれている。夫妻二人に共通しているのは教育というジャンルにそれぞれ関わりがあったということらしい。
 
 最初のページに教科書会社の専務とその部下の運転手代わりの社員が登場する。諏訪湖に近いある都市で開かれた地元名士の祝賀パティーに出席した専務は、帰路一人の女性を東京まで送るのだという。深夜の中央高速道で交通事故が発生しその専務が死亡するところから始まる。
 
 その専務が残した一冊のノートが秘める謎を運転手代わりの社員が類推し隠されている謎を解き始め行動を起こす。
 
 これとは全く別に、ある小学校の用務員に中途採用されたばかりの女性が登場し、その学校で発生する出来事をとおして学校の抱えるいじめとか学級崩壊とかの問題が次第に語られていく。
 
 これがどうして教科書問題と絡み合っていくのかは読んでのお楽しみというところであろう。
 
 教科書の選定問題がその時期になると大きく取り扱われることは周知のことであるが、近年日本の近現代史を美化する動きもありその立場からの教科書も少しずつ採択されるようになってきている。
 
 教科書出版会社にとっては教科書というのは、一度選定されると4年間は安定供給を約束される非常においしい仕事だという。またその教科書を執筆する側にもいろいろなメリットや思惑があって、右左入り乱れての綱引きがあることも知られているとおりである。
 
 作中に登場する出版社の名前にもそれを思わせる社名が登場したりする。このあたりの描写を読むとミステリー作品であることを忘れてノンフィクションのドキュメンタリーを読んでいるような気持ちなる。
 
 著者たちの経歴の中で蓄積された知識が十分に書き込まれているのだと思う。
 
 どのような読み方をするのも読者の自由であるが、わたしは教育界という閉ざされた密室の中で発生するミステリーとしての愉しみと教科書問題というドキュメンタリーとしての愉しみの両方を堪能させてもらった気がする。
 

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§「ザ・ベストミステリーズ2005」(2005.8.21 記)

 今年の「ザ・ベストミステリーズ2005」を読んだ。

 この本は例年刊行される別名「推理小説年鑑」とも呼ばれるアンソロジーである。

 いつかも書いたが書店の店頭に並べられているのを見つけ購入するということが難しい類の本の一冊である。

 これは現在の日本における本の流通機構というか形態というかに問題があるせいかもしれない。そのため例年5月末になると駅前の書店に取り寄せ予約を入れて取り寄せてもらっている。そうしないと買いはぐれてしまい折角揃っているシリーズ本が欠けることにもなってしまう。

 この本に掲載されているのは、前年に雑誌などに発表されたミステリの短編(たまには中編と呼ぶべきものも含まれることがある)の中から、日本推理作家協会の編集委員が選び、「年鑑」の形で残してきたものである。

 それだけにこの1冊を読むだけで現在の日本の推理小説界の動きがどうなっているかを知ることのできる、貴重な資料の位置も担っているといってもいいだろう。

 今年の18編を通読した印象では、まず作家の多くについてあまり普段なじみのない人が多いということ、作品の扱っているジャンルが広がっていること、などが挙げられるののではないだろうか。

 わたしなどにとってはどちらかというとパスしたいような、ホラー系統のものや時代物あるいはそれらが複合されたものやSF系のものが増えているような気もする。

 自分の好みからいうと短いながらも本格の名に恥じない作品が一つでも入っていればという祈りにも似た気持ちになる。それだけ読者(消費者)の好みが変化してきているということなのかもしれない。

 特に面白いと思ったのは、作者は皆日本人でありながら、舞台や題材を海外に求め時代も現代以外の時代に設定した作品が4編あったことである。

 今年のイチ押しは、池永 陽の「犬の写真」である。わたしのような人情家にとっては読後ジーンとくるような佳編である。

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§「ボクシングがらみのミステリ」(2005.7.19 記)

 映画「ミリオンダラー・ベイビー」は、こちらで紹介したが決してミステリーではない。原作者はF・X・トゥールで彼の作品集『テン・カウント』(2000年刊)中の2作品を題材に映画化したものだという。

 このF・X・トゥールという人は、元ボクサーで、トレーナー、カットマンとしてボクシング業界ではよく知られた人である。69歳で作家デビューし70歳のときに刊行された作品集が「テン・カウント」である。

 数日前「ベスト・アメリカン・ミステリ ハーレム・ノクターン」;ジェイムズ・エルロイ&オットー・ペンズラー編;木村二郎・他訳;早川書房2005年刊(ハヤカワ・ミステリ)を読んでいたら、このF・X・トゥールの1編がミステリ作品として掲載されているのに気がついた。ずっと後ろの方の掲載であったがまずこれから読み始めた。

 題して「夜の息抜き」である。 

 もともとオットー・ペンズラー・編のボクシング小説アンソロジー「Murder on the Ropes」のために書き下ろされた作品で著者初のミステリ作品であった。彼自身は同書刊行後の2002年9月22日に死去している。

 この作品の内容は、いわゆるハードボイルドといっていいと思う。非常に乾いた筆致でクールに話を進め、ある意味非情な人物表現も出てくる。

 アメリカにおけるボクシング界の実際の姿について読者に知識を与えてくれる部分もある。このあたりのことは映画「ミリオンダラー・ベイビー」でも表現されていたのでよく分かった。やはり元ボクサーというだけあってその経験を生かした作品をもっと発表してほしかったという気がする。

 テキサスでそれぞれボクシングに関係したことのあるというか、今でもボクシングに関係している3人の人物が登場する。そのうちの一人は元警官で今でも優秀なヘビー級の選手が見つかるとそれを世の中に出してやり、自分もそれなりの収入を得ることを一つのビジネスにしている。他の二人も大なり小なりボクシングに関係した生活をしている。そんな3人の関係の中で一人の白人ボクサーの背信的な言動がどんな結果を生み出したかハードボイルド的に語られていく。

 注:カットマン=セコンドの一員で、止血を専門にやっている人。カットマンの技術が粗いと出血した際にはすごく不利になる。専門職である。 
 

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§[最近購入したミステリ」(2005.7.4 記)

 言い訳めくがこのページの記入が間遠になっていて、このままではあいつはミステリなんぞ読んでいないのではないかと思われそうなのでちょっぴり弁解しておく。

 間遠になっている理由はいくつかあるが、その一つはミステリ紹介の難しさについてである。ミステリの性格からいってその紹介のしかたによってはミステリとしての命のミステリの部分が消えてしまい、その紹介を読んだ人に対して読書意欲をそいでしまうところにあると思う。それだけに恐くて毎回慎重に推敲を重ねているのであるが、未だに自分なりの発表の形を見いだせないであるのが偽らざるところである。

 事実読書量の落ちているのは否定のしようもないのがもう一つの理由。でもこれは弁解にならないし、自らの非力を衆目に晒しているだけということになる。

 今回は前回の記入のあと購入したミステリ関係の書名だけをご報告することでお許しを願うこととしたい。これらをご覧になって相変わらず短編を主として読んでいるらしいとお思いになることであろう。

〇「ベスト・アメリカン・ミステリ ジュースボックス」 マイクル・コナリー&オットー・ペンズラー編 古澤・他訳 早川書房刊(ハヤカワ・ポケット・ミステリー) 2005年 
 
〇「パズラー PuZZler 謎と論理のエンターテインメント」 西澤保彦 集英社 2004年

〇「ザ・ベストミステリーズ2004」 講談社 2004年

〇「乱歩賞作家 白の謎」 鳥羽亮・中嶋博行・福井晴敏・首藤瓜於 講談社 2004年

〇「乱歩賞作家 赤の謎」 長坂秀佳・真保裕一・川田弥一郎・新野剛司・高野和明 講談社 2004年

〇「乱歩賞作家 青の謎」 藤原伊織・渡辺容子・野沢尚・池井戸潤・赤井三尋 講談社 2004年

〇「痕跡 上・下」 パトリシア・コーンウェル 相原訳 講談社文庫 2004年

〇「サム・ホーソーンの事件簿U」 エドワード・D・ホック 東京創元社(創元推理文庫) 2002年

〇「夜は我が友」 エドワード・D・ホック 木村訳 東京創元社(創元推理文庫) 2001年

〇「神保町の怪人」 紀田順一郎 東京創元社(創元クライム・クラブ) 2000年

〇「朝霧」 北村 薫 東京創元社(創元クライム・クラブ) 1998年
  
〇「謎物語 あるいは物語の謎」 北村 薫 中央公論社 1996年

〇「日本ミステリーの1世紀 上巻・中巻・下巻」 長谷部史親・縄田一男編 廣済堂
1995年

〇「鉄の絆 上・下」 ロバート・ゴダード 越前訳 東京創元社(創元推理文庫) 1999年

〇「ミステリ・ウェイヴ−世界短篇コンテスト・ベスト18」 森・田口他訳 早川書房 昭和58年

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§「凍える牙」に関連して(2004.11.30 記)

 最近この欄に書くことが少ないのであまり読んではいないのかと思われているかもしれないが、暇を見つけては読んでいるつもりである。ただ、翻訳物ではパトリシア・コーンウェルやデボラ・クロンビーのシリーズものの次作が発表されていないということと併せて、他の作家の作品を読んでいないわけではないがいまのところ他の作家の作品の紹介に関して腰が重くなっているとだけ弁解させて頂いておく。そのうちに紹介したいと思っている。

 弁解ついでに国内ものについて一言。

 最近はミステリ雑誌「ミステリマガジン」も国内作家の作品を必ず掲載するようになっていることもありアンテナも高くなっている。おもしろそうなものが見付かれば読むようにしている。ただ、国内ものでもどうしても短編に目がいってしまっている嫌いがあると指摘されそうである。

 最近読んだものをあげておくと「2004 ザ・ベストミステリーズ」、これ以外はいずれも旧作で佐野洋「検察審査会の午後」、佐野洋「四千文字ゴルフクラブ」、宮部みゆき「人質カノン」、三好徹編「情報小説名作選」、藤田宜永「動機は問わない」などなど。

 しかし、つい昨日読み上げたのは女性刑事とオオカミ犬が登場する1996年の直木賞受賞作乃南アサ「凍える牙」である。これは長編である。一気に読ませられたが、旧作である

 今日は本題を離れたことを書きたいと思う。

 ご存じのように直木賞受賞作の中に多くのミステリ作品が入っている。「凍える牙」が直木賞の何年度受賞作かなどを調べようと思ってサイトを探していたらこのサイト

http://homepage1.nifty.com/naokiaward/download/download.htm

に出会った。当然調べたいことはその中に含まれていたが、それ以外に非常に興味を引く記載があったのである。
   
 
 最近はパソコンの普及とともにパソコンソフトの著作権の問題がクローズアップされてきている。

 ユーザーとしては何でも自由にコピーできればと思いたくなるところであるが、それでは大切な権利が保護されなくなるし見方を変えれば生活権の侵害にもなるわけである。社会的にはお互いの立場を尊重し必要な対価は支払わなければならないのは当然であろう。


 文学作品や音楽作品などの著作物については、れっきとした著作権法という法律で保護されている。文学作品の場合50年で著作権が切れる。出版界では著作権の切れた作品の刊行が話題になったこともあり知ってはいたが、作者没後50年経過した直木賞受賞作品をダウンロードできるようになっているページがあったのである。これには一寸した驚きを感じた。いまのところ2点だけのようである。

 対象作家、作品名等は次のとおりである。

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○第2回受賞作

鷲尾雨工『吉野朝太平記』第一巻
(昭和10年7月・春秋社刊、松柏館発売) 2002/1/23 PDF版=598KB T-Time版=208KB
昭和33年4月・東都書房刊『吉野朝太平記 第一巻』第一刷

○第16回受賞作

神崎武雄「寛容」
(『オール讀物』昭和17年11月号) 2001/11/25 PDF版=83KB T-Time版=16KB
平成1年3月・文藝春秋刊『オール讀物 平成1年3月臨時増刊号 直木賞受賞傑作短篇35』
参考=昭和48年10月・講談社刊『大衆文学大系30 短篇(下)』

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 残念ながらミステリ作品ではなかったが、本好きにはどうしても目を奪われてしまう記事であった。

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§「迷路列車」 (2004.10.15 記)

  これは、「歴史読本・特別増刊スペシャル21」(1988・2)に掲載された種村直樹氏のほんとにごく短い作品である。その後二三のアンソロジー編纂に当たって収録されているのでお読みになった方もおられると思う。

  同氏は毎日新聞記者を経てフリーになり作家として活躍されており、鉄道に絡む作品を数多く発表されている。

  作品の体裁としては、「時刻表の旅」に時刻表と列車の歴史をまとめた筆者に対し、大分在住の一読者がその知識を頼って終戦直前の混乱した鉄道事情の中を別府から福井までの旅をしたときの断片的な記憶を綴り、是非実際の経路を教えてほしいという手紙による問い合わせに回答するために、実際に通った経路を推理するという形をとっている。

 ここまで書いてきてこの小品(文庫本のページ数にして約6ページ)は初出誌からみてミステリー(推理小説)として書かれたものかどうか分からなくなった。手紙を読んだときのことを思い出して書いたエッセイなのかという気がしてきたのである。しかし、その後本稿が収録されたアンソロジーはいずれも推理小説集であるのでここではそのことを論じる必要はないのかもしれない。その内容はたとえ鉄道経路のことであっても時代的背景と鉄道事情を勘案して推理を行っているので推理小説と考えてよいのではないだろうか。
 少女の記憶では途中で広島を通過した後、その先には進めなくて逆戻りしたり、どこかから迂回して日本海側に出たりして大阪に至り、やっと福井に到着するまでに45時間もかかった旅である。

 その少女は戦後40年余経ったいま、夫には先立たれたものの細々とお好み焼き屋をやって一人娘を育てている、その娘も大学生になっているので終戦直前にとおった経路をもう一度娘と二人で辿ってみたいと思い認めたものらしい。

 わたしは旅行が好きで鉄道のことも生かじりの知識が少しはあるつもりなので、自分でもその経路を考えてみた。ただ残念ながら手元に当時の時刻表を持ち合わせていないので、ただ経路を推理するだけでしかなく時刻表をベースに緻密な推理をすることができなかった。経路はおおむね当たっていたが、何月何日の何駅何時発何行きという詳細な裏付けのない頭の体操にしかすぎないものである。

 本題とは関係ないが、件の当時の少女の記憶の中で多分広島だろうと思われるところで大きな空襲による被災者らしい人々が列車に乗り込んでくるところが書かれている。

 これを読んだときわたしは、S県で歯科医を開業していた叔父から聞いた話を突然思い出した。叔父の話を聞いたのはいつだったか覚えていないが、非常に悲惨な情景だったといっていた。それが少女の短い一行に満たない表現とダブって凄惨な状況だったろうことが眼前に浮かぶような気がした。なぜ歯科医の叔父が原爆投下直後の広島に行ったのかという疑問に対して、叔父は原爆投下のあと広島の近県から医と名の付く職業の人たちが被災市民救助のためにかり出されたのだと教えてくれた。

 もう一つ本題と関係のない話。あれは昭和27年か28年の3月頃だったと思う。印刷会社の原版運びのアルバイトで大阪から小倉までとんぼ返りの夜行列車による往復旅行をしたことがある。そのときの暗い車内の雑然とした3等車の固い座席で、一睡もできない2晩を過ごしたときのことが頭に浮かんだ。少女が乗った列車よりは少しはましだったであろうが何となく倦み疲れた車内のあの空気を思うと、少女が本当につらい旅行をしたのであろうと思わずにいられなかった。

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§「パトリシア・コーンウェルとデボラ・クロンビーのシリーズ作品新刊2冊」 (2004.5.19 記)

 この二人はすでに紹介したようにシリーズ作品を発表してきているが、その間パトリシアの場合は別のキャラクタを主人公とする作品などを発表してはいるもののお馴染みの検屍官ケイ・スカーペッタのシリーズ作品はもう一年以上も発表していないし、デボラ・クロンビーについてはシリーズ作以外の作品を発表しているかどうかもはっきりしない。読者にとってはこれくらい待たされるともうそろそろかと思いときどきは書店の棚や出版PR誌などをチェックすることを繰り返すことになる。

 毎月何十点単位で発行されるミステリーを全部読むなどということはとてもできる話ではないが、せめて気に入った作家のものくらいはと思う。それが廉価版の文庫で出版されれば購入にそう躊躇はしないもののハードカバー物が挟まったりするとパスしてしまうことが多い。そんなことでシリーズものが読めなかったのではないかと余計な心配をしたりする。

 昨年12月と11月にそれぞれ最新作として前者は12作目の「黒蠅」(上下)、後者は7作目の「警視の予感」が有り難いことに従来と同様文庫で出版された。

 こんなことをふまえてか「黒蠅」の帯には、(スカーペッタが帰ってきた!バージニアを離れ新天地を求めた彼女。だが悪夢は終わってはいなかった。)、とあった。

 ミステリないしはサスペンスものであるからその内容を紹介することはできないが、前作でスカーペッタにとって心を通わせた男が非業の死を遂げるという形で終わっていたことを思い出していただきたい。ほんとに悪夢のような出来事であった。あの悪夢はそこで一応終わっているのであるが、人の命を命とも思わない悪人は刑務所の中や人目の届かない沼のほとりで生き続け悪の復讐を計画し新たな犯罪を働いているし、働こうとしている。重要な舞台回しをする謎の人物が登場し読者はあの彼ではないかとわかるのであるが、ケイはそのことを知らない。読者はその彼の存在を意識しながら読み進めることになる。

 本作では、コーンウェルは少し作品の書き方を変えたのではないかという気がする。正確に検証したわけではないがそういえば終始3人称で書かれているし、章立ても短くして場面転換が早いような気がする。前作までは一人称で書かれているところもあったように思う。

 それにしてもパトリシアは才女だと思う。少しマンネリという気もするが全体としての構想がしっかりしているのでとにかく読ませるのである。そしてこの後はどう続くのだろうかと期待を抱かせるのである。

 後者は、シリーズ7作目の「警視の予感」である。

 こちらの帯には、(不可思議な力が警視を誘う妖しい町の罠に危機一髪!巡査部長ジェマは警部補をめざし、恋人キンケイドとの関係を解消することを覚悟した。ふたりで捜査するのも、これが最後になるのか!?)、とある。

 デボラはアメリカ人であるがイギリスが好きで今も在住しているという。彼女の描くイギリスの風景は、まだその地を訪れたことのないわたしにとってそれなりに持っているわたしの心象風景を何となく裏付けてくれるように感じられる。わたしの心象風景は、写真や絵画やテレビや映画や多くの小説などから得たものにより何となく頭の中に作り上げられたものではあるが。

 ケイもののように広いアメリカを飛び回ったり更に広く世界を飛び回るような舞台の移動はないが、古いものを残す彼の地の風景が優しくじっくり記述されてそのまま頭に入ってくるような気がする。

 そしてこれもミステリとしての作品の本題とは関係ないが、キンケイドとジェマの恋愛の背後にある現代社会の持つ様々な男女関係のあり方なども女性らしい筆致で描かれていると思う。わたしは常々ミステリはその時代の風俗を写す絶好の表現形式の一つではないかと思っている。その意味でもいつも待たれる作家の一人なのである。

 ただこの作品はオカルト的要素が入ってきているのでちょっとと思うところもあったが、最後は歴史物(イギリス建国のアーサー王にまつわる)ミステリらしい終わり方をしているので安心したのである。

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§「短編2作」 (2003.11.28 記)

 今年の「ザ・ベストミズテリーズ2003」は、例年より発刊が遅れて7月25日であった。昨年より更にページ数が増えて706ページ、価格も3,800円とほんとに大冊である。

 例によって読むのは夜布団に横になってから眠くなるまでという気ままな読み方だから、今日現在全20編中あと4編残っているというところである。楽しみはゆっくりというわけでもないが、気の向いたときに読むということを繰り返している。読むものはもちろんこれだけというのではなく、この間外にも読みたいものがあればそれを読むという、肩の凝らない何冊かの並行読みをしている。

 そんなことで数年前古書展で見つけた「年間推理小説・ベスト20(1962年版)」〈B・ハリディ編 宇野利泰他訳 1961年6月25日 荒地出版社刊)〉を読み始めたのが今月(11月)に入ってからすぐであったろうか。

 この本の今朝読んだ1編は、〈暗い帰り道〉(ポール・W・フェアマン)である。読み進むうちになんだかすでに読んでいるぞという既読感にとらわれ始めた。最近めっきり衰えたというかもともとなかったのかもしれない記憶力を奮い起こしてみてもさっぱり思い当たらない。読み始めたのが午前3時半頃で、読み終えたのが4時過ぎであるがすっかり目が覚めてしまっていつもなら一寝入りする時間をふいにしてしまった。あれこれ考え巡らせているうちにどう考えても既読感の元はそんなに古いことではないと思い当たった。
 「暗い帰り道」は翻訳物であるから舞台は当然ながら外国である。登場人物の中心は少女とドーベルマンである。この少女は故国ハンガリーのブダペストから逃れてアメリカにきたが生命を長らえることができたのは一匹の犬のおかげらしい。遠く離れたアメリカにおいて安住の地を得たかに見えたとき、大きな危難に見舞われる。迫りくる危難から逃れる過程がミステリとして語られていく。大きな働きをするのはおわかりのようにドーベルマンである。これ以上語ることはミステリーの種明かしをすることになるのでやめざるをえないが、もうひとつ明かせない秘密が隠されていることだけ付け加えておこう。

 そこで思い当たったのが「2003 ザベストミズテリーズ」である。つい最近読んだはずだからと目次を探したところすぐに見つかった。乙 一〈犬 Dog〉である。この作者は1996年、「夏と花火と私の若干死体」で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し弱冠17歳でデビューを果たしたという。

 作品を改めて読み直してみた。作品の筋は全く違うが登場人物の中心は少女と犬である点は同じである。こちらの方は最後に読者をあっとうならせる結末を用意している。少し猟奇的に過ぎるという批判もあり得るかもしれないが、暗い情景を二人の語り手(正確には一匹と一人)が交互に話を進めていく。この作品でも「暗い帰り道」の場合と同じく少女に秘密がある。登場する犬はゴールデンレトリーバーである。

 両作品とも背景の主題は暗さといっていいのではないだろうか。なるほど〈暗い帰り道〉を読んだとき既読感を感じたのは至極当然のように思える。いささかややこしい話になるが、先に読んだ方が30数年あとの作品で、あとから読んだのが30数年前の作品であり、前者が日本のもので後者が外国のものである。

 乙 一がポール・W・フェアマンの作品を読んでいたかどうか知らないが、読んでいたとしても直接影響を受けたとは考えられないのではないだろうか。

 はからずも2作品とも2回ずつ読むということになってしまった。

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§複巻発行の文庫版翻訳もの短編推理小説 (2003.7.20 記) (2005.5.28 一部字句修正)

 前回は比較的最近発行された文庫版で単巻ものを紹介したが、今回は1人の作家の作品ではなく複数の作家の作品が収録されており、しかも複巻(シリーズ)で発行されたものを紹介する。これらはすべて翻訳ものの短編推理小説である。どれをとってもそのよさが十分味わえると思う。

 これらのすべてがいわゆる今ふうの古書店で手に入るかといわれると、その点については少し自信はないがお急ぎでない方はゆっくり探していただければどこかで見つけることができると思う。

 そのうちに日本の短編推理小説で、文庫版のものをいくつか紹介してみたいと思う。

 最近は、時間があるようで時間に追われる生活に堕してしまっているところがあって所謂積ん読読書が多くなっている。読了しないものが大分溜まっている。

 心待ちにしている作家の長編作品がなかなか文庫化されないということもあるようである。

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☆英米短編ミステリー名人選集 T〜[ (各巻毎に選者が異なる) 光文社文庫 1998〜2000年

☆ウーマンズ・ケース 上,下 サラ・パレツキー編 ハヤカワ文庫 1998年

☆現代ミステリーの収穫 T〜W ミステリー・シーン編 扶桑社ミステリー 1997〜98年

☆現代ミステリーの至宝 T,U エド・ゴーマン編 扶桑社ミステリー 1997年

☆ウーマン・オブ・ミステリー C・マンソン編 扶桑社ミステリー 1995年

☆PWA+シスターズ・インクライム傑作選 1,2 ランディージ、ウォレス編 扶桑社ミステリー 1995年

☆シスターズ・イン・クライム 1,2 マリリン・ウォレス編 ハヤカワ文庫 1991〜92年

☆ウーマンズ・アイ 上,下 サラ・パレツキー編 ハヤカワ文庫 1992年

☆アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (1)〜(13) (各巻毎に選者が異なる) ハヤカワ文庫 1984〜91年

☆アメリカ私立探偵作家クラブ傑作選 ロバート・J・トランディージ編 ハヤカワ文庫 1990年

☆イギリス・ミステリ傑作選 1〜15 (各巻毎に選者が異なる、因みに〈1〉はヒラリー・ヘイル編) ハヤカワ文庫 1974〜88年

☆クイーンズ・コレクション 1,2 エラリー・クイーン編 ハヤカワ文庫 1983〜84年

ミニ・ミステリー100 アイザック・アシモフ他編 上,中,下 1982〜83年 ハヤカワ文庫

 

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§「光原百合」氏について (2003.6.5 記

 光原百合氏についてはここでユニークな推理小説を書く作家と紹介したことがあるが、前回の「18の夏」より数年前に発行された「時計を忘れて森へいこう」(1999年4月20日東京創元社刊)を読んだ。彼女の最初の本のようである。

 あの作風は最初からのものであるらしい。なんと言えばいいのか、全編を通じて流れているユーモアのセンス、わるく言えば少女趣味の範囲を超えない、それでいて推理小説の範囲に入る作品、描かれる人物やもの(それには人間以外の動物や木や草や森や自然など全てが含まれる)に対する暖かい視線、を持って書くことのできるユニークな作家であることを改めて感じた。そして読んでいて面白く楽しいのである。改めて思う、本当に分類不能小説と言うべきなのだろうか。

 誰かが癒し系の作品と評しているようであるがそんな言葉を使いたくないユニークな作家だと思う。

 

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§「短編で読む推理傑作選」上下(1995年光文社刊) (2003.5.21 記)

 毎日がサンデイであるはずがなかなかそうは運んでいないのが実情である。好きなときに好きなことができてほぼ毎日楽しく暮らせるのが、毎日がサンデイの意味と考えるととてもそんな日々は永遠に来ないのではないだろうかと思う。全く社会から没交渉に生きるということはよほどの覚悟を決めてかかってもそう簡単にできるものではない。極当たり前ないい方をすれば人間はあくまで社会的存在だからということだろうか。何をくだらないことをくだくだと、といわれそうである。要は毎日本だけを読んで過ごすということは不可能なことだということをいいたいのである。

 好きな読書ではあるがそのためだけに毎日が過ぎて行っているのではなく、なかなか読書の時間が取れないでいる。そのためというわけでもないが、読みたいミステリがもう大分溜まってしまっている。その中にこの2冊も入っていた。

 上巻612ページ、下巻583ページの大部であるから夜布団の中で読むとしてもその重量を支えるのに寒い間は布団の外に腕を出すことができないのでなかなか読み始めるに至らなかった。ここにきてやっとそんな季節になったということである。

 最近ではどちらかというと翻訳物に重心があることはこのページでも言ったとおりであるが、日本のミステリを全く読まないということではなく興にまかせて読むことも多い。特に毎年出版される「《推理小説年鑑》ザ・ベストミステリーズ****」は欠かしたことがない。これはその年に発表された短編推理小説の中から20編を選んでいるのでミステリ界の現状を知る上でも必読の書となっている。しかし、あくまでもその1年に発表されたものしか対象となっていない。

 そこでこの「短編で読む推理傑作選」であるが、まえがき(佐野洋)を読むと戦後の1945年から1995年までに発表された推理小説で、上にあげた推理小説年鑑やその他のアンソロジーに収録されなかったものの中から50編を選んだという。

 あらかじめ日本の推理小説について詳しい推理小説研究家の神保博久氏がリストアップした100編について、佐野洋氏と五木寛之氏の二人が選ばれたアンソロジーということである。店頭でパラパラとページをめくってそのことを知って安心して購入する気になった。わたしの読書範囲は極狭いものであるから既読のものを再読することになる危険はもともと少ないのであるが、それでももしやという心配もないわけではなかった。そういう意味でこの50編は全て初読のものばかりだったのは嬉しいことであった。

 50年分を50人で代表させることにもあるいは無理があるかも知れないが、どの作品もわたしから見ると粒よりのものが揃っていたといってよいのではないかと思う。どの作家の名をみても知らない名はなく、その人たちの作品も長短編を問わず何冊かは読んでおり、その特徴など思い出しながら読むという楽しみを久しぶりに堪能したという気分になった。

 各編末に神保博久氏が、各作家に関する個別の文献やそれぞれの作家の作品を踏まえた丁寧な解説をされている。この1ページでその作家の推理小説作家としての業績が無駄なく理解できるのもこの撰集がよかったと思うひとつの理由に挙げたいくらいである。

 この50ページを通読するだけで戦後50年の日本における推理文壇史を知ることにつながるといえる。そして推理小説というものは歴史物でない限りそのときどきの社会の風俗を色濃く映すものであるということもできるので、楽しみ方は幾重にもふくらむというものである。

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§「翻訳家の仕事 (2003.4.8 記)

 海外ミステリーを読むことが多いことは最初にお断りしたとおりであるが、原典を読む語学力も時間もないことだから勢い日本語になったもの(翻訳もの)を読んでいる。今日日そんなに無責任な誤訳の多いものが出版されているとも思えないので、大抵の場合訳者を信じてそのまま読んでいるというのが実情である。たまにここは前後から判断して別のことを言っているのではないだろうかと疑問を持つようなこともないではないが、傍に原典があるわけではないので確かめることもできないまま読み飛ばしてしまうことになってしまう。ミステリーであるから論理的に矛盾を来すようなことがあるようでは読者としても見過ごすことはできないが、今までの経験から言ってそんな致命的なケースには出会ったことがないような気がする。それはそうだろう一冊の本が翻訳出版されるまでにはいろんな関所(訳者、編集者、校正者など、更には読者も付け加えておいた方がよいかも知れない)を通ってくるのだから大抵のことはクリアされているのだろうから。言葉を換えて言えば日本における翻訳物出版システムそのものを信じ切っているということになるのだろうか。

 海外ミステリを中心として編集されている「ミステリマガジン」という雑誌を毎月読んでいるが、この中に「翻訳者の横顔」という連載コラムがあって毎号異なった翻訳者自身が翻訳に纏わるいろんな話を書いている。今年の4月号で40回となっているから既に40人の翻訳者の日本語にするためのいろんな苦労話を読んだことになる。このコラムに登場した人は例外なく誤訳などの防止のためにいろんな苦労をしておられるようである。またそのために人知れぬ努力を続けてもおられるようである。そんなことを知っているからまず安心して読んでいられるのだろうと思っている。

 つい数日前A新聞の「就職しよう」という欄に「夢の設計図」というのがあって毎回投稿者のどういう職業に就きたいかに対してその道の専門家によるアドバイスが載っているのを何気なく読んでいた。就きたい職業「翻訳家」となっているではないか。

 この日の指南役は、「検屍官」シリーズを広める相原真理子さんとなっている。

 このページの冒頭に紹介したように「検屍官」の作者パトリシア・コーンウェルはこれによって、米国推理小説作家協会が毎年優秀なミステリー作家に贈る、権威あるエドガー・アラン・ポー賞の新人賞を受賞している。そのとき以来パトリシア・コーンウェルと訳者の相原真理子の名は対になって記憶されている。その相原さんはどういうことを言っているのだろうか。非常に興味のあるところである。

 この記事はいきなり興味深い文章から始まる。

 (翻訳者との出会いが本の行方を決めることがある。パトリシア・コーンウェルの「検屍官」シリーズは、実はお蔵入り寸前であった。作品は最初、別の翻訳者が下読みした。感想は芳しくなく、相原さんに回ってきた。読み始めると、登場人物が魅力的で顔かたちや動作までも浮かんでくる。ぐいぐい引き込まれた。出版社に「是非やりたい」と提案した。最初の出版は92年。シリーズ11作で900万部を越えるベストセラーとなる。)

 以下相原さんが翻訳に当たり注意していることを書き記すと、

 ◎ミステリー独特の言い回しには「取材」が欠かせない。たとえば拳銃が出てくる場面が多いので、警察官に図解で説明してもらう。ろうそくで影ができる場面では、実際に灯して影の大きさを見る。

 ◎翻訳は、原作者の意図をくみ取って伝えることが使命だと考えている。訳によって違うイメージになってはいけない。例えば情景描写で、花の名前を日本語に置き換えてもしっくりこない場合は、あえて「かれんな小さな花」と訳す。

 ◎「日本語でどういえるか常に考えています。重要なのはむしろ日本語の能力」

 いずれにしてもいきなり翻訳者になったわけではなく、短い記事の翻訳修業、出版社での下読みや下訳を1・2年、翻訳コンテストでの最優秀賞の受賞といろいろ努力を積み重ねたという。

 かくして読者として安心して読むことができることになっているのではないだろうか。

 これから翻訳家を志す人は、是非いい原作者と出会いいい翻訳を世に出してくれることを期待したい。

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§「ザ・ベスト・ミステリーズ 2002 (2002.9.21 記)

 ここで触れたようにわたしのミステリ好きも読む対象がかなり偏っていることは申しあげたとおりである。

 それでも日本の作家のものについて全く読まないわけではなく、必ず読むことにしているのが「当該年版 ザ・ベストミステリーズ 推理小説年鑑」(日本推理作家協会編・講談社刊)である。今年の同書は例年より出版日がずれて入手したのは8月に入ってからであった。読書の時間は大体夜横になってから寝付くまでの時間としているのであるが、文庫本ならぬこの本は622ページもある大冊のため重量があって支えて読むのにはかなり努力がいる。そんなことで今回は読了までに少し時間がかかった。

 もちろんエンタテインメントであるから内容的には軽く、しかも短編であるから読む気になれば一晩もあれば十分であるのだが、まあ時間をかけてゆっくり楽しんだということであろうか。

 ここ数年感じていたことであるが、作者の方の代替わりがかなり進行しているらしく往年の作家の名前がほとんど見られなくなっている。往年の推理小説作家といえば必ず顔を出していた佐野洋とか夏樹静子というような名が本年版からは姿を消している。しかし、これもたまたまこの年に短編を発表しなかったためかもしれず断定することはできないのかもしれない。

 それなりに最近の作家の名も知りつつあるが、どうしても読む機会が少ないのがなじみが薄いということににつながっているようである。それでも直木賞作家を二人見つけた。逢坂剛、篠田節子の両氏を。

 収容作品は全部で20編あり、日本推理作家協会理事長 逢坂 剛氏の序文によると「この年鑑のいいところは、ミステリーの名でくくられるあらゆるタイプの小説が、過不足なくそろっている点である。」と胸を張っていっておられる。

 参考までにいま日本において行われている推理小説関係の賞を並べてみると次のようになる。

 日本探偵作家クラブ賞(1948年から1962年まで)、日本推理作家協会賞(1963年から現在まで)、江戸川乱歩賞(1955年から現在まで)、横溝正史賞(1981年から現在まで)、オール読物推理小説新人賞(1962年から現在まで)、小説推理新人賞(1979年から現在まで)、小説現代推理新人賞(1994年から1988年まで)、サントリーミステリー大賞(1983年から現在まで)、日本推理サスペンス大賞(1989年から1994年まで)、鮎川哲也賞(1990年から現在まで)、日本ミステリー文学大賞(1997年から現在まで)、本格ミステリー大賞(2001年から) 

 2002年の日本推理作家協会賞の短編部門賞を受賞している法月倫太郎の「都市伝説パズル」および光原百合の「十八の夏」の2作は本書に収録されている。法月氏の作品は一二読んだことがあるので既知の作家であったが、光原氏については全く知らなかった。この作品はどちらかというと推理小説の範疇からは少し外れているような印象を持ったが、書き方も内容も柔らかさをもっておりユーモアのセンスが豊かなようで今後も読んでみたいひとだなと思った。

 つい二三日前図書館の新来図書の棚にこの人の「十八の夏」(双葉社刊)が並んでいたので早速借りてきて読んだ。「十八の夏」を含めて四編の作品が収録されており読んでますますお気に入り作家の一人に入れたいという印象を強くした。

 著者のあとがきに「楽しんでいただけたら、そしてできればほんの少しでも”人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません。」とある。この言葉のとおりの読後感を持った。そういえばどこかの書評欄に癒し系の作品とも出ていたようである。推理小説でこのような内容を持つ作品をどんどん発表してほしいと思う。

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§「デボラ・クロンビー」(2002.5.30 記)

 今日は、アメリカ人だが大のイギリス好きでロンドンを舞台にしたシリーズキャラクタの活躍するミステリーを書いている女流のデボラ・クロンビーを紹介したい。もうすでに講談社文庫から6冊(2001年6月現在)出版されている。シリーズキャラクタはダンカン・キンケイド(ロンドン警視庁警視)ジェマ・ジェイムズ(同巡査部長)である。

 デビュー作である第1作「警視の休暇」の訳者あとがきに「−−−−−原書のジャケットの書評にも書かれているように、アガサ・クリスティーを思わせるものがある。しかし、離婚や親権にまつわる裁判ざた、老齢の親の介護、男女の三角関係、アルコール依存症などのディテールは、現代社会をリアルに反映したものだ。いってみればこれは現代イギリスを舞台にした本格派ミステリーなのである」とある。そのとおりだと思う。

 今朝最新刊の「警視の接吻」を読み終えた。

 この第6作では、ロンドン東部のイーストエンドとよばれる地域が舞台になる。その一帯はドックのあるドックランドともよばれる。往年東方貿易の発着地として数多くの帆船が往来し、係留されたりして賑わっていたという。その南部にアイル・オブ・ドッグズはあり蛇行するテムズ川に三方を囲まれた半島形をしている。グリニッジ天文台で有名なグリニッジの対岸にありながら長い間取り残されたままであったという。近年ロンドンの中心街から近いことから注目され始め、鉄道や道路が整備され、商業地区や住宅地区として開発が進んでいるのだそうである。

 そんな大規模開発を手がけるディベロッパーが重要な役割を果たす。またイギリス人に欠かすことのできない紅茶文化も大きな役回りを果たす。ヨーロッパ各地で見られるストリートミュージシャンも重要な登場人物である。

 地理のことイギリス文化の取り上げ方などこれを書いたのがアメリカ人かという気にもさせられる。

 ストーリーは第二次世界大戦中の小中学生の疎開にまつわる話を少しずつ各章の部分に配し、50年以上後の現代の事件にどのようにつながっていくのか面白い展開をはかっている。また、各章の冒頭にアイル・オブ・ドッグズの短い地誌的な事項をそれぞれ複数の著書から引用して、地域的な背景の理解を助けるようにしている。日本人には理解しにくい階級的なことも出てくる。

   登場人物それぞれの男女間の感情、親子の感情などの流れも適切に描かれており単なるミステリに終わっていないような気がする。

   ある朝公園で美しい女性の死体が発見されるところから始まる。

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  これまで講談社文庫として文庫化されている作品は、次のとおりである。

 

 @  警視の休暇−−−A SHARE IN DEATH

 A 警視の隣人−−−ALL SHALL BE WELL

 B 警視の秘密−−−LEAVE THE GRAVE GREEN

 C 警視の愛人−−−MOURN NOT YOUR DEAD

 D 警視の死角−−−DREAMING OF THE BONES

 E 警視の接吻−−−KISSED A SAD GOODBYE

 

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§「パトリシア・コーンウェル 」(その2)(2002.3.20 記)

 パトリシア・コーンウェルの「女性署長ハマー・上下」は、いまのところ講談社文庫の最新版(2001.12.15発行)である。この本は検屍官ケイ・スカーペッタシリーズではなく警察官ジュディ・ハマーものである。「スズメバチの巣」「サザンクロス」に続くコーンウェルの警官シリーズの一冊ということになる。これまでに発行されているP・コーンウェルの講談社文庫の書名はここを見ていただきたい。検屍官シリーズの巻も進んで11巻を数える。それに警官シリーズが3巻である。検屍官シリーズにせよ警察官シリーズにせよ主人公はいずれも女性であるが、前者はどちらかというと検屍官のケイスカーペッタが職務を忠実に実行しようとしていろいろな壁に突き当たりながら進んでいくシリアスな内容になっているのに対し、後者は作家の遊び心が出ているユーモラスな内容になっているといえる。

 一読者としてはそんな本を次々に読めることを喜んでいればいいのであるが、ついつい余計なこと(ゴシップというべきなんだろうか)に関心を持ったりしてしまう。

 そういう使い分けができるという非常な才女でありそして美人であるコーンウェルであるが、売れっ子作家として高収入を得自家用ヘリコプタを所有したり、有名人との浮き名を流したり私生活も派手なようである。

 今朝「ミステリマガジン」2002年3月号をのぞいていたらオットー・ペンズラーのコラムにこんなことが出ていた。少し長くなるが引用させてもらう。

 「最近パトリシア・コーンウェルはまたもや国際的に大きな話題になっている。彼女はその奔放なロマンスや、オリン・ハッチー上院議員のような政治家および宣教師のビリー・グレアム師の一族との親交について、何年にもわたってタブロイド紙に書かれてきた。しかし、今回、ケイ・スカーペッタを生んだ超ベストセラー作家が関わっている名前は、ずっと昔に死んだ人物たちのものだ。切り裂きジャックと、ヴィクトリア朝時代のイギリスの画家、ウオルター・リチャード・シッカートである。コーンウェルにとってこの二人は同一人物であり、いくつかのインタビューによると、それを証明するために四百万ドル以上をつぎ込んでいるという。彼女の仮説は新しいものではない。−−−−ジョゼフ・シッカートと自称する男が、自分はその画家の息子であると言い出して、20年前の父親の死に際の告白を吹聴して以来、かれこれ40年ほどいわれてきたことである−−−−が、彼女はこれに「自分の名声を賭けている」と公言している。

 彼女がすでに失っているものの一つは、何人かのイギリスの美術評論家やディーラーたちによれば、正気だという。彼女はシッカートの絵を32点購入してそのいくつかをバラバラにし、1888年の切り裂きジャックが殺人を重ねている時期と、シッカートがつながるような証拠を得るためにDNA鑑定を試みたものの失敗に終わったというものだ。」 このあと彼は、「彼女の確信は非常に強いものとなっており、今は切り裂きジャックの事件と仮説にかかりきりになっている。これまで確固たる証拠があがったことは一度もないが、あるいは彼女はこの仮説に対する解明をもたらすようになるかもしれない」というようなことをいっている。」

 このあと彼は、「彼女の確信は非常に強いものとなっており、今は切り裂きジャックの事件と仮説にかかりきりになっている。これまで確固たる証拠があがったことは一度もないが、あるいは彼女はこの仮説に対する解明をもたらすようになるかもしれない」というようなことをいっている。

 こういう彼女の行動がどんな結果にたどり着き、いつどんな作品にどんなふうに反映されることになるのか興味のあるところである。

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§「翻訳物の短編推理小説集」(2002.1.15 記)

 さる7月に「2001ザ・ベストミステリーズ(推理小説年鑑)」を題材に短編推理ものの面白さについて、触れたきりその後なにも書いていない。このままでは何も読んではいないのではないかと思われる方もおられるのではなかろうか。この「ミステリ編」を始めた目的を今一度考え直しているのであるが、いろいろと迷いが多い。

 読んだものをひとつずつその都度紹介するのは書評誌でもないのにという気もする。もともとミステリ好きの人にとっては、こんなちっぽけなページを訪問してでは読もうかなどということもありえないだろうし、興味のない人にとってははじめからこの「ミステリ編」はパスということであろう。

 書き手のわたしにとっては、このページによって一冊でも読んでみたよという人が出てきていただければ、それだけでこのページを開いた甲斐があったというものである。何とか興味を持っていただけるようなページにできればと願いながら続けることにします。

 今回は前回に引き続き短編を取り上げる。

 短編にもいわゆるショートショートと普通の短編とがある。ショートショートはほんの数ページの間に推理小説としての起承転結を盛り込まなければならないいう技術的な難しさをもっているが、名手の手にかかればこれがまた面白いが、とりあえず今回はパス。

 通常短編は最初発表されるときは雑誌の場合がほとんどである。雑誌といっても推理小説専門の雑誌、週刊誌、中間小説雑誌、総合雑誌等々いろいろなものがある。いろんな作家が、いろんなところで発表した多数の小説をある方針に基づいていくつかまとめて一冊の本にして出版されるのが普通である。前回ご紹介したのは当該の一年間に発表されたものをまとめたものであった。

 こういうように多くのものから選び出して編集したものをアンソロジーとかシソーラスというが、要するに選集のことである。選集の編集は、ある編者により行われる場合と作家自身が自作について行う場合の二とおりあるが、いずれの場合も編者、作家自身の方針により編まれる。もうひとつ短編集には一冊で多くの作家の作品を読めるというメリットもある。

 今回は、比較的最近文庫本として発行された翻訳物の中から わたしが面白いと思ったものを何冊か紹介することにする。

☆各務三郎編(エラリー・クイーン著) 「クイーンの定員T〜W」 光文社文庫 ク 1-3〜6

☆ジョージ・ハーディング編 「現代イギリス・ミステリ傑作集[1]」 ハヤカワ・ミステリ 1491

☆レジナルド・ヒル編 「最低の犯罪」 光文社文庫 ヒ 4-1

☆レジナルド・ヒル/他 「13のダイヤモンド」 ハヤカワ・ミステリ 1578

☆ローレンス・ブロック編 「頭痛と悪夢」 光文社文庫 フ 5-1 

☆ピーター・ヘイニング編 「ディナーで殺人を 上下」 創元社文庫 M ン 5 1〜2

☆オットー・ペンズラー編 「愛の殺人」 ハヤカワ・ミステリ文庫 218-1

☆オットー・ペンズラー編 「復讐の殺人」 ハヤカワ・ミステリ文庫 218-2

☆シンシア・マンソン編 「ウーマン・オブ・ミステリー 上下」 扶桑社文庫 マ 12-1〜2

☆ルース・レンデル編 「女を脅した男」 光文社文庫 レ 1-3

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§日本の短編推理小説年鑑(2001.7.9 記)

 一口にミステリーといってもその中味を見ると非常にバライエティに富んでいる。まず大きく分けて、イギリス・アメリカを中心とする海外翻訳ものと日本の作家のものに分けることができる。ボリュームから分けると長編ものと短編ものになる。内容的には、本格もの、サスペンスもの、ホラーもの、バイオレンスもの、ハードボイルドものなど。またそれぞれの分類の中でも更に分けることができるであろう、例えば本格ものの中かでは事件の発生から事件の解決に至るまで時系列を追って展開していくもの、初めから犯人が分かっている倒叙ものなどなど。

 それらの中から好きな作家の本格もの長編を選びだし読むのも楽しいものであるが、ときにはいろんな作家の短編をまとめて読むのも楽しいものである。それに長編ものの大家必ずしも短編ものの大家とは行かない場合もあるし、あるいはその逆の場合もあり得るということで面白いものである。しかし、短篇集というのは発行される機会が少ないので、なかなか満足させてくれない。どちらかというと海外翻訳ものに重心がある わたしだが、毎年必ず読むことにしている日本の作家の推理小説がある。それを紹介することにする。

 毎年発行される日本のいわば短編推理小説年鑑といったものである。日本推理作家協会編「2001ザ・ベストミステリーズ(推理小説年鑑)」講談社刊がそれである。例年6月頃に発行されるだが、これまで書店の本棚で見かけたことはほとんどない。発行元に問い合わせたことはないが、書店の話によるとあまり部数が配布されないのですぐ売り切れてしまうとのことである。仕方なく毎年取り寄せを依頼して購入している。1971年から1997年までは同じく日本推理作家協会編「推理小説代表作選集」として発行されていた。それ以前は「推理小説年鑑」という名で発行された時期もあるが、このあたりの本は小生でも完全には揃えることができずにいる。作家の名前を見ても最近ではなじみのない人が多くなっている。こうして毎年続けて読んでいると日本の推理小説の変化の模様がよく分かるようである。もし本屋に本年版が置いてあるようでしたら是非手に取ってみられてはいかがでしょうか。

                                  

                        2001年版 620頁 3,200円               1976年版 358頁 1,200円

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§このページで書きたいこと(2001.5.5 記)

 正直いってこのページで書きたいことはなんだろうかということが、わたしの頭の中でまだ十分整理できていない。書きたいことはたくさんあるような気もするし、逆に今更自分が書くようなことがあるのだろうかという気もする。(

 単なる読後感なら新聞や雑誌の書評欄を読めばいいだろうし、なんといってもミステリというのは自分が読まなければ全く意味のないものである、ということが大事なことであることを忘れるわけにはいかない。

 この著者のこの本は面白いよといったところで、果たして人はその言葉につられて読んでは呉れないだろうとも思う。それにミステリというのは本来内容のあらすじをそのまま紹介することがふさわしくないものであることは、これまた当然のことであろう。そうだとすると一体何を書けばよいのだろうかということになってしまう。それで困っている。

 でも読み物としてのミステリは、大げさないい方を許してもらえるならば今や欠かせないエンタテインメントのひとつといえるのではないだろうか。この社会に生きているということは、ただ面白いからといってミステリばかりを読んで毎日を過ごすことができるわけもない。他にも楽しみたいエンタテインメントは一杯ある。あれもこれも楽しみたいが、ここは取りあえず日常の生活の中でいかに暇を見つけてエンタテインメントとしてのミステリを楽しみ、少しでも余裕のある気持ちになってもらえればこんな嬉しいことはないではないか。ちょっぴり知的なあそびを楽しみ、ああ面白かったと思えればすてきなことではないだろうか。ミステリはそんなことに役立つもののひとつだと思っている。

 とするとわたしがこのページに書いたことがきっかけで、それを読んでみようという気になる人がひとりでも生まれれば大成功ということにならないだろうか。

 そんなにうまい具合に事は運ばないような予感がするが。

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§海外女流作家二人(2001.5.7 記)

 書店で店頭に並ぶ文庫本のコーナーを見てください。おびただしい冊数の本が並んでいるのに気がつかれるでしょう。このことはミステリ愛好家にとってはまことにありがたいことのひとつです。文庫本として出版されるミステリは、海外作家のもの、日本作家のもの併せて月刊何点が出版されているのだろうか。出版社の数にしてもざっと数えて指の数を超えるのではないだろうか。文庫化により安く買うことができることがなんといってもありがたいことです。

 今日はその文庫本の中から二人の作家のシリーズ作品をご紹介します。その二人の作家とはアメリカの女流サラ・パレツキーとパトリシア・コーンウェルです。なお、蛇足ですが、翻訳物を読むときは傍らに外来語辞典(コンサイスタイプの小さなもので十分です。)を備えておかれるといろんなときに役に立つと思います。

 ☆サラ・パレツキー

     

  シカゴを舞台に活躍する女探偵ミズ・ウオーショウスキー(通称V・I)は、「サマータイム・ブルース」でデビュー当時33歳くらい、近作の「バースデイ・ブルー」ではあと4か月で40歳になろうとしている。主人公が作品ごとに明確に年をとってゆくというスタイルをとったのは、作者が単に新しい趣向を凝らしたというだけのためであろうか。ある解説者によると、女であることの困難を歯を食いしばって生きてきた多くの女たちの年代記としてのねらいもあるのではないかという。

 そのときどきに取り上げる題材は、海運業界や建築業界、行政組織や医療ミス、マネーロンダーリング、ジャンクボンドなどであり、闘うV・Iは必ずしも巨悪と闘う正義の味方として描かれているわけではない。しかし、作中ではシカゴの持つ政治風土や、企業体質などの社会構造が描き出されており、隠れた現代史の一面をあらわしている。現代のアメリカ社会を生きるひとりの女性としてのV・Iの活動は、現代社会のもついろんな矛盾に対処しながら懸命に生きる様を描いて、読むものを引きつけてやまないものがある。弁護士の資格を持ちながら弁護士ではなく探偵として生業をたてている。空手の達人でもある。バツイチの独身女性でもある。実に魅力的な女性なのである。

 ミシガン湖畔をジョギングする様子やハイウェイの描写など、わたしはシカゴは僅か2・3日滞在したに過ぎないが、作中に出てくるいろんな地名からその場の情景を想像しながら読んでいる。こんな読み方も楽しい。ときとして徹夜で読みあかすこともあるほどである。

 これまでハヤカワ文庫で文庫化されている女性探偵V・Iのシリーズ作品と短篇集は次のとおりである。

 @ サマータイム・ブルース−−−INDEMNITY ONLY 保険金詐欺を題材に

 A レイクサイド・ストーリー−−−DEADLOCK 5大湖を運航する海運業界を題材に

 B センチメンタル・シカゴ−−−KILLING ORDERS 証券業界を題材に

 C レディ・ハートブレイク−−−BITTER MEDICINE 医療ミスを題材に

 D ダウンタウン・シスター−−−BLOOD SHOT 化学・薬品の業界を題材に

 E バーニング・シーズン−−−BURN MARKS 行政組織の腐敗を題材に

 F ヴィク・ストーリーズ−−−SARA PARETSKY'S SHORT STORY COLLECTION V・Iの活躍する短篇集 

 G ガーディアン・エンジェル−−−GUARDIAN ANGEL ジャンクボンドの売買や年金詐欺を題材に

 H バースデイ・ブルー−−−TUNNEL VISION 建築業界を題材に

 I ウーマンズ・アイ−−−A WOMAN'S EYE サラ・パレツキー編集の女性の視点を中心に据えた女流作家たちの短篇集

 J ウーマンズ・ケース−−−WOMEN ON THE CASE サラ・パレツキー編集の女性作家26人の短篇集(ウーマンズ・アイに続く第2集)

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 ☆パトリシア・コーンウェル

       

 現在アメリカミステリ女流作家を代表するもう一人といえばやはりこの人である。この作家のデビューは1990年というからそんなに前ではない。第1作の「検屍官」によりMWA(米国推理小説作家協会)の処女作賞を受賞した。

 女性検屍官ケイ・スカーペッターが主人公で、以降シリーズ作品として発表されている。最近では日米英同時出版ということになっており、発表と同時に読めることもあり日本でも多くのフアンを獲得している。必ずといってよいほどベストセラー作品に入っている。

 著者のパトリシア・コーンウェルはもともと警察担当記者として犯罪記事を書いていたが、その後新聞社をやめ、バージニア州の検屍局でコンピュータプログラマーとして働くようになったという。ここで様々な経験をしたことがシリーズ作において十分に生かされており、非常にリアリティに富んだ内容になっている。

 ケイは離婚歴のある40歳の魅力的な女性で、バージニア州の検屍局長という要職にある。職業柄単に医学者というだけでなく、弁護士の資格も持っている。警察の捜査、検屍局の仕事、コンピュータの操作などについても作者の経験が反映されて、緻密でサスペンスに満ちたものになっている。

 蛇足になるが文庫の帯の著者の写真を見る限り知的な美人で、シリーズ作のケイのイメージと完全に重なるような気がするのは わたしだけだろうか。

 これまで講談社文庫として文庫化された作品(シリーズ作でないものを含む)は、次のとおりである。

 @ 検屍官−−−POSTMORTEM

 A 証拠死体−−−BODY OF EVIDENCE

 B 遺留品−−−ALL THAT REMAINS

 C 真犯人−−−CRUEL & UNUSUAL

 D 私刑−−−FROM POTTER'S FIELD

 E 死体農場−−−THE BODY FARM

 F 死因−−−CAUSE OF DEATH

 G 接触−−−UNNATURAL EXPOSURE

 H スズメバチの巣−−−HORNET'S NEST (シリーズ外)

 I 業火−−−POINT OF ORIGIN

 J サザンクロス−−−SOUTHERN CROSS (シリーズ外)

 K 警告−−−BLACK NOTICE

 L 審問−−−THE LAST PRECINCT

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わたしが参加している研究会:ネット研21(ネットワークやパソコンの研究会) 

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