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<<索 引>>
▲「地震被害発表数字(2011.3.30現在)」 ▲「季節の便りを目にした」 ▲「地震、津波に原発」 ▲「2011年 年賀状」 ▲「2010年 年賀状」 ▲「近況について少々」 ▲「2009年 年賀状」 ▲「記憶力不足を補ってもらいこの項をアップ」 ▲「あるショッキングな経験」 ▲セレンディピティー」 ▲「ごまめのはぎしり」 ▲「桜に寄せてよしなしごとを」 ▲「徒に過ぎる日々の中で」 ▲「2008年年賀状」 ▲「この世紀末的現象」 ▲「花の名エトセトラ」 ▲(続)「片隅の小市民の思い」 ▲「片隅の小市民の思い」 ▲「台風、地震」 ▲続「われわれの収入は雑」 ▲「あまりにも腹立たしいので殴り書き」 ▲「こんなメール往来」 ▲「どうしてこんなことに」 ▲「今日はちょっと気分がいい」 ▲「われわれの収入は雑」 ▲「近 況」 ▲「2007年年賀状」
<<「折々の雑感
2」 (2006年までの分) は、こちらにあります>>
<<「折々の雑感
1」 (2002年までの分) は、こちらにあります>>
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「 雑 談 コ ー ナ ー 」
新潮社のPR誌「波」(2007.9号[赤川次郎”ドイツ、オーストリア旅物語”の中にこんな一文があった。
わたしが同じことを書いてもこんなにうまく表現することはできそうにないので引用しておく。いささか悔しい気がするが。
”最近の日本映画やTVドラマで気になるのは、「死者が生き返る」話があまりに多いことである。
私も、同様の設定を使ったことがないわけではないが、最近の風潮は「泣かせ」狙いの
安直なものが多すぎる気がしてならない。
現実と混同する子供はめったにあるまいが、自宅で人が死ぬことを経験していない世代は、「死」を美しいものと捉えてしまうかもしれない。それは「美しい国」をめざす為政者にとってもつごうのいいことであろう。
作家も映画人も、「死」を描くには重い覚悟が必要だということを深く心に刻んでおくべきである。死を弄んではならない。”
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◎「地震被害発表数字(2011.3.30現在)」(2011.3.31)
30日警察庁まとめの東日本巨大地震の被害状況
死者 1万1362人
行方不明 1万6290人
負傷 2872人
建物 15万3228戸
この数字の巨大さがピンとこないわたし自身の鈍感さが情けない。
◎「季節の便りを目にした」(2011.3.21)
今日は朝から雨である。隣家のカーポート(住宅への私道にもなっている)との境界になっている高さ1メートルほどのブロック塀を硝子戸越しに見るともなく見ていたら2羽の小鳥がついっと飛んできて留まるのが見えた。そこは小鳥のことチチと囀りあったと思ったらすぐ飛び去ってしまった。
目のまわりが白く体全体は所謂鶯色ではないかと見えた。じっと留まってくれたらカメラに収めることができたのにと残念に思った。早速広辞苑で確かめたところウグイスのようである。もしそうであったならこんなむさいところによくぞ春を告げにきてくれたものだと勝手に思いこむことにした。
◎「地震、津波に原発」(2011.3.
21)
わたしのほんとに小さな手帳の小さなメモの断片を記してみると
@ 3月11日(金):列島の東北から関東の太平洋側ににかけて大地震発生、報道によるとマグニチュード8.8とか
A 3月12日(土):東北地方太平洋沖地震(この時点ではまだ関東が入っていない)、本当にひどい状況、驚いた、大阪に住む妹から安否確認の電話、パートナーは地震のなんたるかを認識できない様子
B 3月13日(日):猫額の庭に咲いたジンチョウゲの香りがほんとに香しい、それにしても被災地の被害の大きさに驚くばかり、津波のすごさに言葉も出ない
C 3月14日(月):このままでほんとに日本は立ち直れるのであろうか
D 3月15日(火):東京電力福島原子力発電所の燃料棒全露出、被災地の1600遺体引き渡しせず
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E 3月15日(火)::知人の1人に送ったメールからの引用
”
ご連絡有難うございました。
わたし宅は古い建て売りですが、棚の荷物の落下はあったものの書棚や家具の倒れは
ありませんでした。
それにしてもあの揺れのすごさと時間の長さには驚きました。
直接被害には関係のないところでもこの状態ですから、被害に遭われた方々のことを
思うと涙が出てきます。
そして原発事故について、エリートの集まる組織や企業の実態が明らかになってくるに
つれてこの国の危機管理の責任は誰が取るのだろうかといらぬ心配をしています。
詰まらないことを述べました。お許し下さい。
”
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F 3月16日(水)::「計画停電」これはいやな言葉と言っていいのか、危機管理のために必要か
と、ここまで書いてアップロードしておいた。
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G 3月16日(水)::午後、定例のパソコンボランティア相談会に出席したが、そこで大家の公民館の担当者から「今日の午後3時から実際の計画停電がありますよ」という話を聞いた
。
こちらもうかつな話で実際に経験することになるとは夢にも思っていなかっただけに貴重な3時間半を過ごすことになり、その大変さを身にしみて実感した。
今後どの程度の期間続くのかわからないだけに文字通り暗澹たる思いがしている現在(3月16日22時55分)。
H 3月18日(金)::読売新聞朝刊記事「数字が語る巨大地震」
ア M9.0=歴史上記録のないマグニチュードの数字
イ 7.3メートル超=相馬市で観測された津波の高さ
ウ 17都道県=巨大地震が引き起こした大津波被害を受けた都道県数
エ 数万人=17日午後10時現在警察庁のまとめた数字は最終的にはどうなるだろうか
オ 44万人=被災地での避難住民は15日夜44万人と最も多くなった
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I 3月21日(月)[春分の日]
今日で東北関東巨大地震発生から11日目となる。このページを書き続けるのはわたしの任でもなければ能力の及ぶところでもない。
とりあえず今日の読売紙面で目に付いた記事をご報告することでこのページのアップロードを終了することとしたい。
「9日ぶり2人救助::80歳祖母と16歳、石巻 津波で倒壊の家屋」連日の悲惨な記事の連続の中でほんとに小さな一つの灯りのような気がしてならない。
◎「
2011年 年賀状」(2011.2.1
2)
昨年に続いて近況を報告したいと思う。しかし今回はわたし自身のことではなくパートナーのことを書かせていただく。
今や世界屈指の高齢社会に数えられている日本の一員として、避けて通ることのできない厳しい老いの現実を自分の身近な者に見ざるを得ないことについてである。
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例年賀状はなんとか年内に投函し年明けには届くように準備をしていたのだが、昨年はいろんなことが重なったため思い切ってPCを使わないで宛名を手書きすることにした。せめて松の内の間に挨拶させていただくことに
なれば失礼をお許しいただけるのではないかと勝手なこと考えたということです。
本当に失礼いたしました。
蚯蚓ののたくったような字で書いた宛名書きの賀状を受け取っていただいた知人のお一人からわたし宛に次のメールをいただいたのである。
そこには次のように書かれていた。
【例年の「近況ご報告」身につまされる思いで拝見しました、当方はs13年生まれ、同じ頃に異常を感じ、治療を納得させるのに一仕事でした。
物忘れも色々あるようですが、当方はアルツの手当になっています、投薬は「ドネペジル(薬名アリセプト)」完治薬でなく進行を抑えるため、副作用の興奮を抑えるため漢方薬「抑肝散」となっています、当初頑張りがありましたが、落ち着いています。
今年には、ガランタミン、メマンチンなどが認可されるようです、見当違いでしたらお許し下さい。】
ここにも同じような厳しい老いの現実を経験されている方がおられたのである。
このほかに賀状に同じような内容を付記されている方がお一人おられた。
わたし自身が2011年の「近況ご報告」として記載したのは、次の1文であった。
「近況ご報告」
わたし自身は昨年喜寿を迎えることができました。が、それなりに加齢に伴う日常的なもの忘れがひどくなっています。
一方パートナーの「もの忘れ症状」は4年余りの通院を続けているものの進行の止む気配が見えないのが気がかりです。
実際の賀状は次のとおりである。

◎「近況について 少々」 (2010.6.25)
後期高齢者というあまりありがたくない区分けに2歩も3歩も踏み込んでいる自分をふと意識した途端に今のこんなままでいていいのか不安になってきた。
昨年(平成21年)は身辺雑事に取り紛れてそれまで春秋2回の大阪への墓参は欠かしたことはなかったのにそれさへ怠ってしまった。実に恥ずかしいことだ。
いろいろお世話になった先輩や友人・知人に関する訃音が届く。
自分自身の体力にも全く自信が持てなくなっており、まさに無理の利かない体になっていることにただただ愕然とするだけ。
いまの地に住みついて40年余、何度か手を入れたものの家そのものの不動産価値は無に等しく次におおきな地震でもくれば倒壊のおそれは拭えそうにない。
このあいだほんとに久しぶりに親子(私たち夫婦、娘、息子)4人顔をあわせた。子供たちは2人とも母親の今の状態が「もの忘れ外来」に通院するようになってからも一向によくなっていない状態を心配して、ネットや友人・知人の話を参考にしてこの際別の病院で診てもらうことをやってはということを言い出した。
わたし自身元気な間はなんとか不便を忍びながら日を過ごすことはできるだろうが、ストレスの蓄積は目に見えている。
地域社会との関わりをできるだけ深めたいと思って参加している、パソコン相談事業のサポーターとしての活動はこれまでどおりほとんどフルに出席を続けたいと思う。
ここまで書いてきたが、一体何を言わんとしているのだろうか。自分でもわからなくなってきた。
これこそわたし自身の日常的なもの忘れ現象のようにも思える。
そういえば、(2008.8.19)の項に「あるショッキングな経験」を書いたことを思い出した。
まさに厳しい老いの現実である。
◎「2010年 年賀状」
(2010.1.1)
◎「2009年 年賀状」 (2009.1.1)

◎「記憶力不足を補ってもらいこの項をアップ」(2008.11.16)
いつものことながらこのページへの書き込みが少ないことを常に気にしている。
なにか気の利いたことを書きたいという気はあるのであるが、なかなか思うようにはならない。
そのこと自体はいつものことではないかと言われればまさにそのとおりというしかない。それでも時間は否応なく過ぎていく。加齢が進んでいく。
日々紙上をにぎわす話題もそれこそ日替わりでとどまるところを知らない。それも明るい話題はまずない。わずかに明るい話題といえば、ノーベル受賞者が4人出たことくらいであろうか。そのうちの3人はいま国内には住んでおられない。
なにか日本で住んでいて外に出る機会のない者たちにとってまさに閉塞状態というしかないような気がする。
それかあらぬか「誰でもよいから人を殺したかった」的な事件が後を絶たない。「自分さえよければ人のことなどどうでもよい」的な反社会的な行動も多い。
「オレオレ詐欺事件」、「公共的な図書館蔵書の中身の抜き取り事件・蔵書行方不明全国で28万冊」、「高級官僚による汚職事件」、「憲法を守らなければならないはずの組織の長たる官僚の明らかな逸脱行為」、「自動車を使った誰でもよかったひき逃げ事件」等々枚挙に暇がないとはこのことであろう。
こんなときこそ日頃世のリーダー的存在であらねばならないはずの政治家や、官僚や、経済人たちはなにをしているのだろうか。
あれやこれや考えていると生きているということはいかに残酷なものかということに行き当たる。
今流行りの言葉をあげれば、「老老介護」「認認介護」、「後期高齢者」、「独居老人の孤独死」などなど。これほどいやな言葉はないのではないかという気がする。まったく潤いがない。
自分自身のことを考えても年をとるということがいかに残酷なものかという壁にぶつかって文字どおり立ち往生というところである。
現役の頃よく口にした「経年劣化」という言葉がシステムや商品のことではなく、自分自身の精神や体のことを説明したり言い訳したりするのに適したいう言葉になってしまっているのに愕然とする。それが自分だけではなく身近の者にも及んでいるのである。
まず記憶力、次は膝を中心とする足回り、肩のこり。
先年(2005年)映画化された小川洋子の「博士の愛した数式」を読まれた方もおられると思う。あるいは映画をご覧になった方もおられることだろう。ここに登場する博士の記憶力はある事故のため50分しか維持されない。
この現象というか症状というかをわたしの場合に当てはめて「博士の愛した数式」症候シンドロームと勝手に呼ばせていただいている。
この言葉を使うとわたし自身の現在の状況を説明するのに非常に便利なのである。
つい一瞬前にやったことを次の瞬間にはもう忘れてしまっているということが日常化していることに、悩まされているわたしとしては日単位の期間で記憶をとどめることは至難の業となっている。
いかに加齢のためとはいえ非常に大きな迷惑を周りの人々にかけることとなっていることを本当に恥ずかしいことだと思う。
これがわたしの現在である。
友人と会い話をする機会ががあってもそのときの会話の内容を正確に記憶しておくことができない。数日後それを文章にまとめておくということができない。実にみじめである。
自分の喋ったことさへろくに覚えていないのに、ましてや相手の主張など正確に覚えていることなどこのところできた験しはない。
そんな嘆きを見事に解消してくれるようにある友人が会った翌日ににメールを送ってくれた。その友人の助けを借りて(そのメールを引用させてもらうことで)そのときの話の様子を再現したいと考えた。
その友人の了解を得ているのでわたしが書いたものとして読んでいただければ、このページのオーナーとしての今回の役割を果たしたことになるだろうとムシのよいことを考えている。
多少くすぐりも入っているので気恥ずかしいのであるが。原文そのまま記載している。
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様
昨日は有難うございます。久しぶりにお会いできました。
お元気なので嬉しかったです。周りで見るシルバーは自己研鑽とは縁のないところで生きている人が多いですね。
人生は一度しかありません。親に恥じない終末を迎えたいと思うのですが今の状況では不可能に近いですね。
尊兄がアメリカと日本の文化比較、文学論を当世、同時代人として読んでゆく、見てゆく、参加してゆくという話をされ、作家の考え方、自分の位置付け、こだわらず多くの著作に接すること、アメリカの政治、文化を話されていましたが私はもっと本質的なところ、時代、地域を超えたところ、宗教、哲学面から見た社会、人間の存在に興味があります。
また経済学という人間の生存に係わる社会科学にもです。ローマクラブ、ボールディングらによって編纂された「成長の限界」は今でもアメリカ資本主義の本質を表しており地球環境問題を1970年より警告しているものをアメリカ人は残念ながら自国のエゴで無視してきたことは人類だけでなく地球上の生物に対する犯罪です。
そして自分たちの都合でさも正義ジャステスを貫いているかのような米政府の他国への強引な政治的圧力・干渉はそれを許すアメリカ人の他国人への接し方であり見え見えです。
オバマがもし大統領となったら暗殺されずに任期をまっとうするどころか大統領の認証式をまたずに政治生命どころか生理的な生命が絶たれる可能性が大です。民主主義国家でありながらアイゼンハワー大統領を嘆かせるほどの軍事国家です。どす黒い陰謀が裏に流れる社会です。
先日沖縄で米軍のセスナ機が民有地へ墜落して警察が現場検証しようとしたところ、一切警察を無視、墜落したセスナ機を基地へ持ち去りましたがとんでもないことです。
警察が対応しようとしましたが、今の政治家、マスコミ人ではこの日本の政治的地位に危機感ももてないほどアメリカの属領化が進んだことを示しています。”馬鹿国民”と言われても可笑しくないですね。
正直言って他国の軍隊を”解放軍”と捉えるセンスですから。私が一番不愉快なのはアメリカではやった番組をすぐ真似て作り、垂れ流すマスコミです。日本人がアメリカの統治下にあることを恥辱と思わない”馬鹿国民”が多いことは嘆かわしいことです。
歴史を生活の一部として教育してこなかった弊害が今の日本の政治的な地位を作りだしたことを私たちが強く反省することです。文学としてとらえた時に”米軍基地と基地に依存する女”が50年代から70年代にかけてとりあげられたこともありましたが、訳のわからない実存傾向、虚無的傾向、自己のエゴイズム、ホームドラマ等々に走りがちでそのほうが国民に人気作家としてもてはやされる。
施政者、特に属領と思っているアメリカにとって御しやすい国民でしょう。
私は北朝鮮の拉致はアメリカは必ず今のやり方になるだろうと思っていましたので驚きはしませんが、それを憤る、また皮肉るような表現は日本の政治家、マスコミにはありません。
文学も地政学的な位置付けのないものは私には意味がありません。
残念ながら私の思いは皆さんと共有できないでしょう。アメリカは良い国だと思っている人が多いですから。
ということで昨日は有難うございました。
11月1日
◎「あるショッキングな経験」(2008.8.19)
様
お元気のご様子何よりと存じます。お互いにそれなりの年齢ですので、しばらくお便りがないとなにかなければと案じてしまいます。却ってご迷惑をおかけしたかもしれません。
お許し願います。
それにしても長期間(週を超えて旬日以上の期間)にわたることを日別によく覚えておられるのに感心いたしました。どのような記録を残しておられのでしょうか。
わたしなど大きな事項のことは手帳に書き込んでいますが、これはあくまで事項だけであとあと必要だと思われるようなメモはそのあたりにある雑用紙などに書き散らかしたりしているだけです。
最近はとみに記憶力が減退していますのでしばらく時間がたつと思い出せず困ることが多くあります。
さて、時候の挨拶はこれくらいにして、最近わたし自身にとってショッキングな経験をしました。
今日はそのことについてお話ししたいと思います。
先週金曜日友人二人に会うため都心に出かけました。待ち合わせ時間までのつなぎにというか、ついでにというかある美術館に立ち寄りました。
展示室の順序に従って鑑賞していたところ、ある部屋で何の脈絡もなくはて今日どんな交通機関でここに来たんだったかななどと思ってしまいました。JRで来たことはすぐ思い出しましたが、このあと二人との待ち合わせの場所に行くにはどうするんだったっけなどと次々に不安な気持ちが出てくるのです。
地下鉄に乗り換えて行くのだが、手持ちのSUICAカード(JRのジパング倶楽部発行のクレジットカードで各駅の自動改札口を通過することができる)で乗れるのだろうかなどと心配な気持ちで不安になって、その時点でとても鑑賞を続けられるような状態ではなくなってしまいました。
このクレジットカードの内容についての記憶の糸が切れてしまったため一種のパニック状態になってしまったようでした。
そのトリガーになったのは、MRI写真などで目にする脳の断面の頭蓋骨の内側の白くなっている部分の連想だったのかもしれません。
白くなっている部分は脳の萎縮を示すのだそうですが、その白い部分の厚さが認知症の進行を示すバロメータになることと結びついて、普段ならば思い浮かばないようなことがわたし自身の内面の不安の中心を占めてしまったようでした。
このあとわたしはわれを取り戻し、当然のことながら無事待ち合わせ場所に到着することができました。
その席でこの経験を話題にしたのですが、わたし自身時間の経過とともにあの非日常的経験が色褪せてしまって、そこでは日常的な3人それぞれの話題に絞られていきました。
ただわたしにあとあと残ったのは、わたし自身の一瞬の非日常世界への越境が、このあと何度も起こりはしないかという一種の恐怖感というのがあるような気がしてなりません。
お読みのように「非日常への越境」などという美辞的な言葉を使いましたが、このような言葉を安易に使うと場合によっては誤解を招くことがあります。
その翌日メンバー10名ほどの別の会合に参加したとき「昨日美術館で経験した一瞬の記憶喪失状態からその場でうまく立ち直れず、美術鑑賞が終わってしまった」というように話をしました。ところ思わぬ反響がありました。
いわゆるわたし好みの文学的表現というか、修飾字句的表現というものがいかに誤解を招きやすいかということを痛感いたしました。
メンバーの中には、わたしの年齢のことなど考え合わせて言葉どおりわたし自身に認知症の初期症状の兆候が出始めているのではないかと心配してくれる人もいたようなのです。
それはそれでありがたいことなのですが、正直言ってこれには参ってしまいました。
せいぜいその場の話題提供くらいの気持ちで、「非日常の世界」とか「非日常への越境」とか、言っているわたし自身にとって耳障りのいい言葉づかいのつもりだったものですから。
人目には一見若くみえても現実的に肉体的な衰えは隠すことのできない状態にあることは間違いのないところです。
しかし、そのことによって自分自身の日常の行動がいろいろな影響を受けるというところまでは行っていないということ、言葉を変えていえばまだまだ認知症の症状からはほど遠いところにいるということを人様にみてもらう必要があるということだと思います。
これはある意味で大きな緊張感を必要とすることです。当分惚ける暇がなさそうだということで却ってありがたいことかもしれません。
考えようによれば実に恐ろしい経験でしたので一筆認めてみました。
ではまた。
2008.8.10
MY生
◎「セレンディピティー」 (2008.6.29)
わたしは機会があればあちこちの大学や文化団体が実施するいろんなジャンルの公開講座や文化講座を探し出しては聴講することを楽しみにしている。中には定期的に実施されているものもあり可能な限り登録をして実施通知をもらえるようにしている。
5月の下旬住まいからも近いところにあるT経済大学から学術講演の案内が届いた。送られてきた案内には、
2000年度ノーベル化学賞受賞者 白川英樹博士講演会 「セレンディビティーと創造性〜電気を通すプラスチックを発見するまで〜」
とある。早速聴講希望を送付した。
この案内を見て演題名に書かれている「セレンディピティ」という言葉が気になった。
どこかで聞いたことがあるような気もするが、現在のわたしの乏しい語彙の中には含まれていない。こういうあまり一般には知られていない言葉をお使いにななるにはノーベル賞受賞に際してなにか強いインパクトのある言葉なのだろうという気がした。
このときすぐこの言葉については先生から講演の中で説明が紹介されるのだろうと思ったが、せめて聴講に行く前に調べておこうと広辞苑を開いた。
そこには、《セレンディピティー【serendipity】(お伽話「セレンディプ(セイロン)の三王子」の主人公が持っていたところから)
思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力。》と書かれている。
このときは講演のイントロとしてはなんとなくおもしろそうだなと言う気がしたが、主題の内容そのものにもつながるものだとは残念ながら気がつかなかった。
戦後日本人として初めてノーベル賞物理学賞を受賞されたのは、1949年(昭和25年)の湯川秀樹博士であった。当時高校2年生であったわたしは戦後の混乱した暗い社会状況の中でなんとなく誇らしい気持ちになったことを今でも覚えている。
参考までに日本人受賞者の一覧を調べてみたら、次のようになっている。
○1949年 湯川秀樹(物理学賞)
○1965年 朝永振一郎(物理学賞)
○1968年 川端康成(文学賞)
○1973年 江崎玲於奈(物理学賞)
○1974年 佐藤栄作(平和賞)
○1981年 福井謙一(化学賞)
○1987年 利根川進(医学生理学賞)
○1994年 大江健三郎(文学賞)
○2000年 白川英樹(化学賞)
○2001年 野依良治(化学賞)
○2002年 小柴昌俊(物理学賞)
○2002年 田中耕一(化学賞)
ノーベル賞受賞者の講演としては2005年の3月に成蹊大学の理工学部開設記念講演の一環として行われた、2002年物理学賞受賞者である小柴昌俊博士の「やれば、できる」を聴講している。
含蓄のあるお話であった。
今年になって小柴博士と同じ年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんのこれは講演ではなく著書「生涯最高の失敗」を読んだ。
キーワードとしての「失敗」が大きな意味を持っているのだと思う。
さて、その講演会が昨日あった。
講演はスクリーンに映し出されたPCのスライドを使って進められたが、暗い場内でメモもままならず最近とみに進行している物忘れ症状のため今聞いたことももう次の瞬間には忘れてしまっているというひどい有様なのでそのとおり覚えているわけではない。
うろ覚えをたどってみる。
3人の共同受賞だから授賞式においては代表者の記念講演だけでいいのかと思っていたが、それぞれが英語で45分の記念講演を行う必要があることがわかり苦労された話もあった。
その点については田中耕一さんの著書にも触れられていたのでその様子がよくわかった。
続いて「セレンディピティ」の話。語源的にいうとセイロン(現在のスリランカ)に伝わるおとぎ話にもとづいて18世紀に書かれた「セレンディップの3人の王子」というおとぎ話にさかのぼるのだそうである。この3人の王子たちが旅に出ていろんな苦労を重ねるのであるがふとしたきっかけで当初考えてもいなかった偶然から幸運な結果を得ることになるというような意味のこととして使われるようになったのだという。
このことが先に引用した広辞苑の記載の内容となっているのである。
授賞式に先立つ記念講演会の司会者(化学賞の選考委員長)が冒頭の受賞者の紹介に当たり3人の王子たちという言葉をさりげなく使ったので非常に嬉しく思うとともに光栄に思ったということであった。
ノーベル賞などというものはそれを受賞したいと思って受賞できるものでないことは誰しもわかることであるが、そのような機会を得るためにはまたそれなりの知識や能力を身につけ絶えざる努力をしていなければならないことでもあるのだろう。
理系人間、文系人間という単純な分類ではなく普遍的な人間という存在にならなければ世の中に潤いをもたらす活動ができないのではないかという結論のようであった。
ベースとして「やる気」とか「失敗の積み重ね」とか「よい結果に転換させることのできる能力」というようなキーワードを忘れてはならないように思う。
これらの要約めいた部分は多分にわたしの個人的な意訳と独断であることをお断りしておかなければならないと思う。
久しぶりにいい講演を聴いた。
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《参考》
”セレンディピティー”に関連して適当な百科事典を見つけることができなかった。現在発展途上にあるネット上の百科事典である(ウィキペディア)を引用させていただく。あくまでこれは参考資料としての記載である。
[セレンディピティー]
[編集] 語の起源と意味
「serendipity」という言葉はホレス・ウォルポール(ゴシック小説の「オトラント城奇譚」の作者として知られる人物)が1754年に造語したものであり、彼が子供のときに読んだ『セレンディップの三人の王子』という童話に因んだ造語である(セレンディップは現在のスリランカなので「スリランカの3人の王子」という意味の題名である)。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られている。
この私の発見はまさに私に言わせれば「セレンディピティ」です。このセレンディピティという言葉はとても表現力に満ちた言葉ですよ。この言葉を理解していただくには、へたに語の定義などするよりも、その物語を引用したほうがずっとよいでしょう。かつて私は『セレンディップの三人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。例えば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。何故分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで「セレンディピティ」がどのようなものか理解していただけたでしょう?
英英辞書では以下のように説明されている。
Serendipity: the natural ability to make interesting or valuable
discoveries by accident
( Longman Dictionary of contemporary English)
ただし、このような起源を持ち、辞書で上記のように説明されているにもかかわらず、日常会話などで、セレンディピティが発見する「能力」を指していると理解せず、発見した「幸運」と誤解してしまう人もいる。単なる幸運ならばluckとでも表現すれば済むところをあえてserendipityと表現するのはそれ相応の理由があるからなので、serendipityを単なる
"幸運" や "偶然" と理解することはやはり誤解や理解不足と言える。
[編集] 和訳
英語以外の言語には、serendipityと同じ意味を一語で表す単語は存在しないと考えられており、英語から他言語への翻訳不能な語彙の一つとして取り上げられることがある。日本語で「偶察力」と訳される場合もあるが、確固とした訳語は定まっておらず、通常は音写のセレンディピティ(あるいはセレンディーピティー等)が用いられる。昨今では、ロックバンドSEREN-Dにより「偶然幸福発見能力」と8文字熟語として表現されることもある。
[編集] 自然科学におけるセレンディピティ
セレンディピティは、失敗してもそこから見落としせずに学び取ることができれば成功に結びつくという一種のサクセスストーリーとして、また科学的な大発見をより身近なものとして説明するためのエピソードの一つとして語られることが多い。
[編集] セレンディピティの代表例
アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見
フレミングが培養実験のときに誤って、雑菌であるアオカビを混入(コンタミネーション)させたことが、後に世界中の人々を感染症から救うことになる抗生物質発見のきっかけになった。
ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見。(1895年)
ハンス・クリスチャン・エルステッドによる、電流と磁気の関係の発見。(1820年)
アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる、宇宙背景放射の発見(1964年〜1965年)
ルイス・アルヴァレズ、ウォルター・アルヴァレズ、フランク・アサロによる、恐竜滅亡の小惑星衝突原因仮説。(1978年〜1979年)
アントニー・ヒューイッシュ、ジョスリン・ベルによる、パルサーの発見(1967年)
アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明
チャールズ・グッドイヤーによるゴムへの加硫の発見
ポリエチレンの発見
ポストイットメモの発明
アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見
田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見
スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見
飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見
江崎玲於奈らによるトンネルダイオード,トンネル効果の発見
白川英樹らによる導電性高分子の発見
テフロンの発見
キチンの開発、皮を剥がされた兎にキチンをかぶせた所、因幡の白兎の様に再生した。
清酒の製造 造り酒屋の主人に叱られた小僧が腹いせに濁り酒に囲炉裏の灰を入れたところ、濁りが沈殿して清酒になった。灰に含まれるカリウム等の電解質により、コロイドが沈殿した。
ラジウムの発見 ポロニウムを抽出した閃ウラン鉱の残渣の方が電離作用が強い為、更に調べた所、見つかった。
[編集] 参考文献
宮永博史 『成功者の絶対法則 セレンディピティ』 祥伝社 2006年 ISBN 4396681127
沢泉重一 『偶然からモノを見つけだす能力』「セレンディピティ」の活かし方 角川書店 2002年 ISBN 4047040959
アイラ・フレイトウ Ira Flatow 『あっ、発明しちゃった!』アスキー出版局 1998年 ISBN 4756119328
[編集] 関連項目
シンクロニシティ
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◎「ごまめのはぎしり」 (2008.5.3)
年金制度、道路特別財源法、日銀総裁任命、後期高齢者医療制度の実施などなど国民生活に直接関係する政治や経済などどの問題を取り上げても早急な解決とよりよい形での実施を必要としているにもかかわらず、いずれもまだどうなるか目処すらもついていない。
国民の日常生活は止まることなく毎日続いているが、世界的規模で拡散する石油高騰に起因する諸物価の高騰が一般国民の生活を直撃している。
怠慢、無策の為政者に対し憤りを覚えるがその声は届かない。
ただ漂うのは無力感ばかりである。
こんな書き出しで駄文を綴ろうとしたのは先月(4月)の上旬のことであった。その後亡母の17回忌の法事などがあって大阪との往復や身辺の雑事に追われてただ何となく日が過ぎてしまっている。
その間にわれわれ国民の日常生活に直結する色んなことが日々発生している。なぜこんなことがもっと先を見据えて多くの人々が納得する形で実現されないのか、実に嘆かわしい。
例えば、一旦下がったガソリン税がわずか1か月で元の税率に戻ったり、保守王国山口県の衆議院議員補欠選挙で自民党が敗れるなど、いわゆる衆参ねじれ現象に起因すると見られることが起こっている。
郵政民営化解散はもう3年前のことになる。直前の選挙といえば昨年7月の参議院議員選挙である。現在ではいずれにしても国民を代表する国会が民意を代表する場にはなっていないのである。それは誰の目にも明らかなことであるはずなのに、8月に北海道洞爺湖でサミットが行われるからそれまではそんなことをやっている状態ではないとか、それこそ為政側の都合のみが声高に語られている。
それを踏まえてどのように綴ろうかと思案しているときに、4月30日付A紙夕刊のコラム「素粒子」に非常に簡潔にしかも要領よく項目を整理してくれているのを読んだ。各紙のコラムニストといえば名だたる書き手として有名である。次にそれを紙面のまま掲載しておく。

軽薄なマスコミの視点が日銀総裁問題に集まっている間、いわゆる「後期高齢者医療制度」について考える機会がほとんどなかったのを今悔やんでいる。そのあと各紙、各局ともこの問題を取り上げる機会が多くなってきているので少しずつわれわれにも理解できるようになってきつつある。
それにしても制度の中身を理解する前に直感的に思ったのはこの言葉の冷たい響きである。高齢者の中でも後期に属する者たちというのは今や死を待たれている者たちということであろうか。
そんな声が聞こえ始めたら長寿という言葉に置き替えたようであるが、もう誰もそんな言葉でだまされまいぞという気持ちの方が強い。
今年10月に満75歳を迎えるわたし自身身にしみて痛切に感じていることそのものであるからである。
いろいろ聞いているとこの制度をスタートさせることを決めたのはもう2年半も前のことだという。どうして国民特にこの制度に該当する当事者に対する周知が真剣になされなかったのだろうか。
ここにも「知しらしむるべからず、よらしむべし」の精神が生きているのであろうか。
それにしても古今東西を通じて頭のよい官僚たちというのは、まず自分のこと以外は考慮の外にあるのが普通のようである。民のため国のためなどといういわば青臭い考えははじめから持たず、あるのは自己保身と飽くなき自己の要求の実現しかないということのようだ。
生きることの中に理想を求めるような生き方は今の時代には全く受け入れられないことなのか。
また、官僚という言葉の中にはいわゆる有識者という言葉で包み込まれている人権派弁護士、偏向ジャーナリスト、記者クラブ等々官僚の寄生虫とでも呼ぶべき連中がいてどんな場面においてもそれぞれの役割を分担しているのである。
もっと始末に悪いのは、与党という名を借りた少数政党に属する権力志向の強い者たちではないだろうか。
ここまで両極化した社会において人間らしく生きるということは本当に難しいことだと思う。
◎「桜によせてよしなしごとを」 (2008.4.3)
地球規模の温暖化のことがいわれて久しいが、今年は3月に入るまでは例年より寒い日が続いた。もちろん寒い日々といってもわたし自身の遠い昔の頃を思い出すととても寒い日々とはいえないような気がするが、七十路をもう半ば過ぎた身には少し寒い程度ではなく本当に寒くて体が縮こまってしまって何をする元気もない日が続いた。
ところが3月に入ってからは暖かい日が多く桜の花便りは、むしろ例年より早めに聞かれるようになった。
昨年は3人のMの会(もう20年ほど前の一時期同じ職場で共に仕事をした仲間で、わたしを年長にそれぞれ4歳、9歳の年齢差がある姓の最初にマ行の文字が入る3人の会)の花見はついにせずじまいであった。なぜそうなったのか思い出そうとしているのだが思い出せないでいる。ずっと絶えることなく続けてきていたのにと、お互いに会う度に話をしていた。
そこで今年は3M会の誰いうともなくまちがいなく早めにやろうということがまとまって、3月29日に上野公園に行った。まだ満開の一二日手前という感じであったが、よく晴れた日であったので非常に大勢の人が来ていた。長時間地べたに座っていると少し寒いくらいであった。
こうして花見に来ている人々をみると高齢者よりも若い人のグループの方が圧倒的に多い。それにわれわれ三人の座った場所の周りにはアジア系の外人のグループが多かったし、ヨーロッパ系の外人も目についた。花見の名所は国際的なのである。
持ち寄った飲み物を飲み、つまみをつつきながらとりとめない話をしていると、時間の経つのも忘れてしまいもうそろそろと腰を上げたのは午後4時を過ぎていた。
最寄り駅の駅前喫茶店で、次もこんな穏やかな花見ができればと念じながらコーヒーを飲んで別れた。
桜といえば日本では3月から4月にかけて咲くものである。新しい年度の始まりだから入学式だとか入社式だとか新しい出発を祝うシンボルのようになっている。花の咲いている雰囲気の暖かさや柔らかさがなんともいえずよい。
散り際についてその潔さを強調して半世紀以上前の一時期死を強制されたこともあったが、二度と見たくない悪夢として忘れてしまいたい気がする。
なんといってもいいのは咲いている場全体のうす桃色の柔らかな雲のような固まりがぼうっと浮かんで見えることである。
たった一本だけ咲いているのもいいが、場全体で多くの木々が咲いているのもいい。
夜など遠くの街灯の明かりにうっすら映えている様子もまたいい。
この時期どこのローカル線を走っていても満開の桜を、山の斜面のあちこちに、線路の近くを流れる川の土手に、遠景の学校の周囲に、公共的な建物の外周に、駅の構内に、神社やお寺の境内に見ることができる。
いまこうして書きながらあちこちで見たあの桜たちを一つずつ思い出すことができるのが不思議である。写真に収めたものはそのうちの一部であって収めていないものも多いのになぜだろうか。
こんなことを並べながらそのあいだだけでも、日々伝えられる目を瞑りたくなるようなニュース、耳を押さえたくなるような不愉快なできごと、大声で怒鳴りつけたくなるような腹立たしい政治の仕打ち、などを忘れさせてくれる束の間の効用には感謝しなければなるまい。
日本の春の風物詩「花見」について自らのおろかさと恥ずかしさをも恐れず書いてみた駄文である。おゆるし願います。
◎「徒に過ぎる日々の中で」 (2008.2.1)
この「徒に過ぎる日々の中で」という言葉にはいろんな意味が含まれているが、ここでは次のふたつのことを考えていると思っていただきたい。。
まず初めにわたし自身の自分の個人的な日常生活が惰性によるものでなんの新しさもないものであること。
次に社会に日々起こっている事件、事象のこと、ときとところこそ違えほとんど同じことの繰り返しであること。
まさに時間という軸で考えてみれば某年某月某日で切ってみても今日という日で切ってみてもほとんど同じなのである。いわゆる金太郎飴なのである。
日々の中でなにかしら生きている喜びを感じることができないのである。
たまたま今朝の明け方5時過ぎのことなぜか夢を見た。そのすぐあとに目を醒ましたようである。
その夢というのは詳しいことは覚えていないが、手に持っていたポット(魔法瓶)を持っている自分の腕が痛いために取り落としてしまい、その魔法瓶のガラスの部分が粉々に割れてしまったのである。しまったという気持ちは鮮明に覚えている。
かすかに腕の痛みの記憶があるものだから腕を伸ばしてみたところ違和感があって痛いのである。二三回布団の中で屈伸を繰り返してみたが腕の関節のところに痛みを感じる。
そのとき昨日のことを思い出していた。ああそうだ昨日受診した基本検診の際に右腕の関節の内側のところで採血されたのだったと。しかしさっきの腕の痛みは採血のあとの痛みとは思えなかった。
以前にはこのような夢を見ることはなかっただけになにかの予兆かと少し気になったが、加齢により少しずつ確実に死に近づいているということなのかとなにやら自分で納得してしまっているのにわれながら驚いてしまった。
自然の生というものが辿るべき道筋を自分もまた確実に辿っているのだと思うと逆に気が楽になった。
それにしても日々の各種の報道メディアの伝えるところを見ていると怒りも生まれてこないような気がする。
テレビに映っている少し怒っているような眉間にしわを寄せたあの顔を見ると、ああまた年金問題かと早合点してしまいそうであるが今回は別のことが問題らしい。
薬害に関する裁判所の判決に対して国側も折れて被告団のいう被害者全員に対する保障問題が前にすすむのではないかというのである。それにしてもどんな事件があっても誰も責任をとらないという行政なり経営なりの体質は一向に変わらない。
そんな中で数日前から急浮上してきたのは中国産冷凍食品(ギョ−ザ)による中毒事件である。日本のマスコミはこと外国の事件特に中国のこととなるといやに張り切ってしまうようである。相手がアメリカというともっと扱いが違うのかもしれないと思うと内弁慶ぶりが際だつているように思う。
国民の食生活に直結することであるから問題視することは当然である。どのように進めていくべきかのはっきりした方針を持って進めることをきちんと実行してほしいのである。
率直なところこの事件についても分からないことが多いようである。初めは材料とされる野菜の残留農薬によるものでないかといっていたがそれにしてはその濃度に疑問があるという。
袋に穴が空けられていたあとが見つかったという報道もあった。
意図的に仕組まれた結果なのか、別の理由や原因によるものなのか早く確定してほしいと思う。
それにつけ込んで知り得たインサイダー情報をもとにその食品を扱かった商社の株価の急落を当て込んで株式取引をした者たちがいるともいう。オカネのためなら何をやってもいいという拝金思想ここにきわまれりという気がする。
その少し前に報じられたのは、NHK職員によるインサイダー情報による株式取引があったことである。何もかも乱れきっているとしか言いようがない。
こういうことを並べ立てると、それは所詮ごまめの歯ぎしりだよという声が返ってきそうでもある。
不確定的な要素に包まれた不安定な世界に生きているのだということをあらためて実感させられる。しかし、それでは生きていることが恐いということになってしまう。
なんとかして明日を見付けたいものである。
飛躍するようであるが、わたしは前から通信、放送、出版、情報処理などの各業種の境界線が次第にぼやけてきている現実を背景にいずれそれは融合の方向に進むのではないかと考えている。
別にビジネスチャンスとして何かをやるためにというのではなく、人生の残り時間の少ない自分の生活に何か役に立つことが得られるのではないかという新しい希望のためにそうなればと思うのである。
異業種の間のことではないが、同じ新聞業界の中でそのような動きが出てきている。
読者としての国民が今世界であるいは日本でどのような流れがあってそれぞれの新聞社がそれをどのように報じそれに対してどのような考えを持っているのか、それぞれの新聞社の立場を比較できるようなサイトを最近発足させたというのである。
つい数日前の読売新聞で知った。参加しているのはあと朝日と日経の2新聞社であるという。
個人的に三紙を購読するというのは経済的にも大きな負担になるので、特にわが家では到底許されそうにないだけにどんなものかという気持ちからである。どうやら3紙のポータルサイトの役割を果たす作りになっているようである。
早速覗いてみた。「あらたにす」というサイトでURLは、
http://allatanys.jp/index.html である。
覗いてみた範囲では、このサイトを通して今の時点で世の中どんなことが起こっており、どんな方向に流れていきそうなのかがつかむことができそうである。大いに助かる。
今は報道を主とする新聞界の動きに過ぎないが、これが映像や音楽や文学や絵画やというあらゆる分野の芸術に至るまでに広がりをみせるようだとこれから先少しは希望を持てるようになるかもしれない。
◎「2008年年賀状」

◎「この世紀末的現象」(2007.11.30)
「世紀末的現象」という言葉はほんとうに使い古されて手あかの付いた言葉と意識されているのではないだろうか。この言葉を使ったからといってほんとうに世紀末が来るだろうということを意識する人はいないのではあるまいか。
しかし、わたしはそれを承知でこの言葉を使いたい。
こんな光景を毎日のテレビのニュースや日々の新聞紙面をとおして見ているからである。
それはもうこの世の終わりが間近に迫っているかと思わせられるような退廃的な、実に嘆かわしい現象が切れることなく続くからである。
テレビ画面に3〜4人か4〜5人の黒いスーツを着た男たちが一列に並んで立っているのが映る。決まったように一斉に頭を下げその中の1人がおもむろに口を開いて「申しわけありませんでした」としゃべる。
ほんとうにお馴染みの光景である。さて今回はどんな会社がどんなことをしでかしたのかと見ていると、食品会社であることが多い。当日に賞味期限切れとなった食品のレッテルを貼り替えて翌日販売棚に並べて売っていたなどというのである。
世の中にはこれだけは最低限守らなければならないことだという決まりがあるのは誰しも承知していることである。見つからなければなにをやってもいいのだということになれば間違いなくそれは通常の市民生活の枠を超えているということになるのだろう。
こんな中でひときわわたしの目を引いた記事があった。経済産業省が「物品事故」に関して緊急会見の開き方を指南(11月27日)というのである。なにかが狂っているとしか言いようがない。不祥事が発生しないよう指導するのが行政の本来の仕事だと思うのであるが。
なにも食品会社に限らない。ガス湯沸かし器を製造販売しているパロマという会社はそのまま放置すれば不完全燃焼による人命損傷引き起こすことを社長も承知しながらなんの手も打たなかった。このため大学生の命が失われた。
この件については先月26日の報道によると遺族側が提訴に踏み切ったそうである。
メーカー側が何らかの手を打っていればあたら若い命を失わなくて済んだのにと思う。製造責任者としての当然の責務を果たしていなかったのである。
世の中に規制緩和に名を借りてなにをやっても自由なんだという風潮が蔓延し、儲かりさえすればなにをやっても自由なんだというライブドア事件や村上ファンド事件が発生したのも記憶に新しいところである。
今年になってからはまず食品関係で、消費期限切れの牛乳などで菓子を作っていた不二家の不祥事、ミートホープの牛肉偽装事件、チョコレ−ト菓子「白い恋人」の賞味期限改ざん、三重県の和菓子「赤福」、秋田県の「比内鶏」と続く。
ごく最近では、大阪船場料亭の吉兆、マクドナルドと続く。まだまだ出てきそうである。ここにも見つからなければやりどくという考えが広く広がっているからのように思える。
こうしてみてみると国の基本としての教育全体のあり方など現在の縦割り行政ではなくもっと広い立場での国民的議論が必要であると思う。
ところが国会は、テロ特措法の取り扱いを巡って衆参両院のねじれのためだと称し、なにも決められないと今後の見通しさえたてられないでいる。
そこへもってきて防衛省前次官のゴルフ接待漬け事件の発覚、これでは前次官本人のみならず妻まで逮捕される有様である。そもそも国家公務員を目指すにあたってはある程度高尚な志があったはずであると思うが、そんなものは初めからなくてエラクなり金に結びつけばいいくらいの気持ちしかなかったのだろうか。
マンションや橋梁建設の建設業者の手抜き工事事件も後を絶たない。
厚生労働省の薬害公害に関する事件では、薬害被害者に対して薬剤を投与した事実さえ本人に知らせないままに捨て置き現在に至っているという。この間誰も責任を取らないし責任を追及する声も出ていないらしい。
まさに公務員天国、政治家天国、金儲け亡者天国である。
地球規模の温暖化が様々な人類生存に支障を来す現象を発生させているというのに、アメリカの独善に追随するかのような日本の政治家の志の低さ。ほんとうに日本どころの話ではなく全世界規模で目に見える活動を必要としている時期だというのに。
やはりどう考えても世は末世ではないか。
【注】
本文中には書かなかったが、新聞記事の見出しなどに出ていたものをあと少しあげると
★「選挙公費水増し横行」(11/19)
★「モラルなき利益至上主義」
★「欲望資本主義に憑かれた男たち」
★「名ばかりの管理者」(使いたおせる)(目標達成のため)
◎「花の名エトセトラ」 (2007.10.12)
いまのこの時期は散歩するのが楽しい時期である。なぜかというと風の弱い日であれば街のあちこちでキンモクセイの匂い(いやキンモクセイだから香りというべきであろうか)がすることにある。あの香りをなんと表現するのか、「馥郁とした」でもそのまま表現したことにならないような気もするし、ただ「甘い香り」としても適切な表現とは言い難いような気もする。
ある本では「芳香」という言葉を使っていた。これはいただけるように思うがどの言葉も香りの具体的な内容を表現していないのでまだ決めかねている。
でも頭にキンモクセイという具体的な花の名前を冠しているのだからその内容については読む人、聞く人にはその香りが想像できるのだからどれを使ってもいいような気もする。
自分の語彙の貧困さと、感性の鈍さに悲しくなる。
わたしはご訪問いただいているこのHPで「アルバム」と称して折にふれディジタルカメラで撮った写真を掲載している。目にとまった風景や身近なところで見つけた花や鳥などを撮ることが多い。三脚を使わないことに拘っている素人の写真であるから本当にお目汚しにしかならないようなものばかりでお恥ずかしい限りである。
そのアルバムでは写真を掲載するにあたり撮ったときの感じが見ていただく方に目をとめていただけるような題名を考えて付けているつもりである。ただ困るのは被写体特に植物や動物の名前が分からないときである。
わたしのアルバムの題名を一目見てこれは名前が分からなくて苦労して付けた題名だなと分かるような、苦し紛れの題名があることにお気付きの方もおられよう。
わたしの花の名に関する語彙は極端に少ない。その乏しい語彙を補うためには手許に花に関する図鑑があることが第一条件であると思うが、花の図鑑と一口に言っても世の中には本当に多くのものが出ており生活に追われている身としては適切な一冊を見付け、購うことがなかなか難しいのである。
身近に花に詳しい人がいてその人に実物を見ながら教えて貰うのが一番であると思う。しかしそのような機会に恵まれている人は少ないのではないだろうか。幸いなことにわたしの場合ITボランティア仲間の中に、公園でのボランティアもやっている人がいることが分かっていろいろ教えていただくことができるようになった。おかげで大いに助かっていて感謝している。
それにしても乏しい花の語彙についてよく考えてみると、園芸種に属するものは野の花が主であってそのほとんどが小学校を卒業をする頃までに覚えたものばかりである。タンポポ、レンゲ、ナノハナ、キク、アザミ、アサガオ、ホオズキ、コスモス、スイセン、ショウブ、ススキ、ユリ、ハスなどなど。木に咲く花もあげることができるがごくありきたりな、椿、桜、梅、栗、柿、桃、躑躅、琵琶などしか思い浮かばない。
むしろ、あの食糧事情の悪くなり始めた戦時下の頃、必要に迫られて作っていたサツマイモ、エンドウ、インゲン、カボチャ、キュウリ、トマト、ダイズ、ナスビ、ジャガイモなどの花はいまでもみればすぐわかるのが不思議である。
こうしてみると花の名前は生活と密着したところで覚えたものがずっと記憶として残っていると言えるようである。最近のように外来もののカナ文字の園芸品種が多いとたとえ教えて貰っても覚えきれないというの実際であろう。
ここまできて自分がこの文章で何を書こうとしていたのかすっかり見失っているのに気がついてうろたえている。
◎(続)「片隅の小市民の思い」 (2007.9.15)
「片隅の小市民の思い」を書いてから2週間余の9月12日外出先から帰宅途中の地下鉄東西線大手町駅の売店で見かけた夕刊紙の見出しに大きな活字。
「安倍首相 辞任表明」
今朝臨時国会で所信表明を行ったばかりではないか。そのニュースを聞いてから自宅を出たはずなのになぜ、という思いが脳裏をかすめた。
その後次第に明らかになったことを総合するとどうやらイラク特措法の延長に関して民主党の小沢党首に党首会談を申し入れたが断られたことをトリガーとして、「このままでは政策遂行できぬ」と政権を投げ出すことを決意したということらしい。
それにしてもずいぶん国民をバカにした話ではないか。朝に所信表明をしておきながらその午後に野党の反対質問を受けることなく退陣表明するとは。
与謝野官房長官の記者会見によると、さきほどシドニーで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)のころに一段と健康に問題があることが自覚されるようになったのではということであった。
かりにそうであっても参議院選挙直後逆転の結果に一顧だにせずすぐ政権続投をきめて内閣改造を実行したばかりではないか。
どう考えてもこ公党の責任者であり一国の最高責任者の首相の座にあるものの取るべき態度とは考えられない。
世襲議員の無責任さ、無能力さが表面にでたということだろう。
自民党の無責任さも指弾されるべきである。小泉前首相が退任したあとの総裁選挙において選挙の顔としていいのだという理由で雪崩を打って大多数の党員がその流れに乗ったのであったから。
そのときと同じことがポスト安倍の総裁選びに繰り返されている。夕方のニュースによると小泉内閣のときの官房長官であった福田元首相の長男康夫氏が党内のほとんどの派閥に支持されて選ばれそうな状況である。
前回は党員の大多数が、今回は党内のほとんどの派閥が流れに取り残されるなとばかりに担ぎ出すという構図に開いた口がふさがらない。
この期間国会は開店休業で政治的には全く空白の時間である。
選挙民たる一般国民は全く蚊帳の外である。
そのあいだ民主党はこのあとのことを考えて静に手を打っているということも見えない。
テレビはいまやその資格もない無責任ジャーナリズムであるが、新聞もその役目を果たせそうにない公器と堕してしまっている。
真の志ある指導者が出てこないだろうか。出てくるのは嘆息ばかり。
◎「片隅の小市民の思い」 (2007.8.28)
今回もまとまりのない話でお許し願う。
前回書いてから1か月と旬日、あのころ始まったばかりの参議院議員選挙の投票結果が出てから1か月近く経った。
昨年圧倒的支持を得た郵政解散による政権の座を前首相から譲られた安倍政権ではあったが、今回の参議院選挙では臍を噛む結果となってしまった。たしかに参議院選挙は政権の選択を問うものではないが、今回の結果は衆参の逆転現象を生むものとなった。しかしそれを受けた安倍首相は早々と政権継続を宣言した。今日の午後自民党の新3役を選びそのあと新閣僚を決定して新内閣を発足させた。
わたしの記憶では、あの選挙において首相は演説の中で自ら「小沢さんを選ぶか、わたし(安倍)を選ぶか国民の皆さんに問いかけたい」と言ったのではなかったか。
国民(選挙民)に対して政権選択の問いかけをしながら答えがノーと出たにもかかわらずそのままその座に居座り続けるのは決して「うつくしい国日本」の首相としてふさわしくないような気がする。
しかしそんな柔なことを言っている夢見る市民のことを考えていては冷酷な政治の世界の論理を全うすることができないということなのであろう。
政治の世界のような社会現象だけでなくわれわれ人間の住む自然の世界においてもいろんな意味で暑い夏になっている。温暖化の影響だという。
世界的に見ても単に異常気象という言葉で片付けていいのかと思われるようなことが各地で起こっている。
日本のこの夏の猛暑現象はいうに及ばず、近いところでは中国や北朝鮮における洪水による被害、遠くではギリシャの渇水による山火事の発生などなど本当に心配なことである。
その暑い夏も明日あたりから少し(ほんの少し)ばかりトーンダウンするのではないかということであるが。
こちらもただ暑い暑いと言うっているばかりではなく少し頭を冷やして、このところの感じていることを整理しておこうと思う。
ちょっと次に並べる日付を見てそれがなんの日か思い出していただきたい。
6月23日、8月6日、8月9日、8月15日。いわずもがなとは思うが日付の順に「沖縄戦終結の日」、「広島原爆投下の日」、「長崎原爆投下の日」、「敗戦の日」を指し示している。
あのときから既に62年、風化の進みも限界に近づきつつあるような気がする。
今年もそれぞれゆかりの地で行事が行われた。
表面的には例年のとおり惰性による儀式が行われているだけのように見えるが、前防衛大臣の「原爆はしようがない」発言、憲法改正への道をひた走るための通常国会における強行採決の連続、「戦後レジュームからの脱却」などという言葉の乱舞が人々の目に耳に届くようになってから人々の反応が少しずつ変わってきているのではないかという気がしてきた。
あの忌まわしい時代の記憶を持っている人々の高齢化がすすみ、一人去り、二人去りを眼にするにつれ残った人たちの中にはいま話しておかなければという危惧感が出てきている動きが少しずつ報じられるのを目にすることもあるように思う。
もちろんそれは大きなものではないし、力も弱いものである。語れる人もこの先急速に減少して行くことであろう。
いまのわたしにはそれを分析してこの先こうなるだろうなどと語る力などないが、戦前戦中の権力者であった父や祖父を賛美しあわよくば再びということを望んでいるような動きに少しでも待ったをかけられたかもしれない今回の結果は大事にしたいと思う。
そのためにはマスコミの世界がもっとまともな姿勢を持ってほしいと思う。バカ番組を流すだけのテレビやくだらない提灯記事を書くだけの新聞など要らない。
あれだけ大きな犠牲を払って戦後手にした自由と平和である。やはり大事にしたい。
誰の言葉であったか忘れてしまっているが、忘れてはならない言葉の一つ。「いい戦争も悪い平和もない」。
◎「台風、地震」 (2007.7.16)
大型の台風14号が昨日関東南沖を通過して東方海上に抜けて行った。
この台風は非常に大型で勢力の強いものであった。沖縄地方を直接窺いながら南九州を一部かすめて高知沖から紀伊半島をもかすめて行った。折からの梅雨前線の活動と相俟って南九州の各地、四国の各地、和歌山県の一部などに大きな水害をもたらした。
梅雨だというのに少雨を託っていた関東地方にも先週13日から昨15日の週末にかけて雨を降らせたが、近くの野川をみても十分降ったというほどの量は降らなかったようである。
天の配剤はこのところ何かしらバランスを欠いているように思える。元はといえばこの地球上に住むわれわれ人間に源を発する所行による大気中のCO2の増加による温暖化現象に行き着くのだそうである。
これだけ危険信号が点滅しているにもかかわらず、全世界的にみて大所高所に立った行動を起こす指導者は現れず各地で蝸牛角上の争いを繰り返している愚かな人類の姿を見るだけである。
今年はエルニーニョ現象ではなくラニーニョ現象の年であるとか。台風やハリケーンの発生回数は少ないらしいのであるが、一回あたりの台風やハリケーンのエネルギーは大きなものとなっているという。
台風14号もその例に漏れないのだそうである。
この雑文を書いている今は午前11時半過ぎである。何気なくテレビのスイッチを入れたところ午前10時13分過ぎに新潟・長野地方に震度6強の地震があったと伝えている。震源地は新潟県中越沖だという。
影響を受けている地域にはまだ記憶にも新しいあの中越地震の被災地も含まれているし、原子力発電所のある柏崎や刈羽地域が含まれている。その後の情報では柏崎原発では地震発生と同時に原発は自動停止したものの、発電機のある建屋以外ではあるが同じ敷地内の変圧器のオイルに引火して黒煙を上げて燃えていると報じていた。
地震という自然災害は日本列島どこで発生してもおかしくないということであるが、僅か数年のうちにまたもというのは、先程の話ではないが天の配剤としてはどこかバランスがかけているような気がしてならない
それにしてもこのような大きな自然の力を前にして、今こそ叡智を結集して自然との共生の道を探らなければいけないときにわれわれの身の回りでは何が行われているか考えてみなければなるまい。
まず世界的なレンジでみて各地に頻発する宗教間の、民族間の、そして一部国家間の争いもある。
本来世界平和の実現のために必要な機関として設立されたはずの国際機関である国連は、ほとんど有効な役割を果たし得ていないことは誰の目にも明らかであろう。
なぜだろう。わたしは端的に言って世界の指導者と呼ばれるべき立場にいる人たちが理想主義を完全に失ってしまっているからだと考えている。均しくこの地球に生を受けている人間として何かにつけて破滅的な危機に直面しているという危機感を持っていないことに起因すると思う。
わたしは別に英雄待望論者ではないが、いま世界を見回して地球的な規模で環境破壊が進んでいることに強い危機感を覚え彼なりの活動をしているアメリカ前副大統領のゴア氏のことを注目している。
日本にはそのような指導者は見あたらないことに深い失望を覚えるのである。
こんなことを綴っているとき外を選挙カーがうるさくがなり立てながら通り過ぎた。ああそういえばこの月末には3年に1回の参議院議員選挙があるのだ。
それにしてもあの国会の会期末の衆議院における強行採決の連続は、どう考えても多数を恃むごり押しとしか思えない。小泉前首相の郵政解散の後遺症である。
参議院議員の改選はたしかに国政を問う選挙ではないかもしれないが、現実に多くの国民が感じている年金に対する拭うことのできない不信感や、地方税の増税感や、いまや隠しようもない格差感や、に対するいまの政治のあり方を問う選挙であって当然だと思う。
投票する側の国民も今一度冷静に考えてどういう投票態度をとるべきなのか考えるべきだと思う。
規制緩和に便乗して利益を追求する輩が絶えない。言葉を換えていえば介護とか人材派遣だとか食品加工だとかレジャー産業とか温泉施設だとか何でも儲けるためにはあらゆる手抜きや違法行為を行ってでもと考える輩が後を絶たない。
こんな悲しい現状の日本に住むわれわれであるが、その日本の指導者たちがあまりにも心貧しい小物であることを嘆いているばかりでは少しも日本はよくならないことをよく自覚するべきだと思う。
少なくとも「女は子供を産む機械である」、「原爆投下はしようがない」、というようなことを言うような指導者やその亜流人物は選ばないという行動を示してほしいものである。
◎続「われわれの収入は雑」 (2007.7.8)
今年の3月に「われわれの収入は雑」と題して駄文を綴った。
そこで言外にいいたかったのは、長い年月耐えて耐えて働きやっと手にすることができた年金は,決して十分ではないものの老後の生活を保障してくれる有り難いお金で胸を張って受け取るこのできる収入であるという認識であった。
大いに感謝して受け取っている。
社会の一員として働くことができ、それを通じて少しは社会のためにお役に立てたのかなというささやかな誇りを持つことができると思っているのである。
その年金は税法上「雑所得」に分類されており毎年確定申告を行う必要がある。そのことも極めて当然のことだと思う。
でも「雑所得」という言葉の感じからはなにかしらあまり大きな顔をして受け取るべきものではないような気持ちにさせるような響きが感じられないだろうか。
そのときに書いたものの一部を重複をお許し頂いて引用させていただく。
> 「雑」という字から受ける感じで言えばどこにも分類されない中途半端なもの、どう
>でもいいような感じのもの、よけいなものというように受け取れる。僻みっぽく言えば
>徴税する側から見た公的年金の位置づけを意味しているということにならないだろうか
>。
>
> そのような位置づけの所得からも漏らさず税を徴収するという国家の意思を見せつけ
>られるようでなんとも冷たい感じがする。
>
> 「雑所得」に分類される年金により生活している者のささやかな自尊心など思いやる
>ことなどさらさらということであろうか。
今でもこの考え方は変わらない。
7月5日の天声人語に次のような文章が書かれているのを読んだ。
【「雑」の字にはいくつもの意味がある。雑種や雑居あたりはいろんなものが入り交じる様、雑用、雑音などの含意は、主要でない、余計なということか。先日公開された国会議員の06年の収入に、雑所得なる項目がある▼所得の中で、印税、テレビ出演の謝礼、講演料などだ。分類しにくいという意味の「雑」に放り込まれている。様々の実入りが合わさった副収入は、雑のすべての意味を併せ持つ。▼所得を報告した衆参710人で、雑所得の稼ぎ頭は安倍首相の2616万円だった。(以下略)】
同じ「雑所得」でも生活費としてほぼ全額の消える僅かな額の年金とは全く意味合いが違うと言わなければならないと思う。分類しにくいもののすべてを含む「雑」はそれが生活費であるとは考えられない。
たとえ乏しい年金でもその中から応分の税を払わねばならないのは当然のこととして受け入れているのである。ほかに分類のしようがないから「雑」というのはあまりにも年金受給者に対して失礼というものではないだろうか。
少なくとも胸を張って受け取ってしかるべき年金であるはずである。
人に対して優しさを持ち合わさない、人の尊厳に思いを致さないないそんな連中には退場してもらうことを考えなければと思う。
◎「あまりにも腹立たしいので殴り書き」 (2007.7.8)
今年もはや半分を過ぎ7月である。
こんなことを書いたところでなんともならないことばかりで深い絶望を感じる。
新聞の川柳投句欄、読者の声欄、内容を見ると人間社会や政治のことだけではなく自然現象にも幅広くわたっている。
それにしてもここまで人々の心が荒れ果ててしまっているのかと思うような事件ばかり。
世の中カネを稼ぎカネを持っているやつがもてはやされる風潮。それに背を向けているのは負け犬の姿だと切って捨てられる。
なにがなんでも会期内成立をと強行採決を繰り返すオボッチャン宰相、詐欺の容疑で逮捕される元公安調査庁長官、原爆投下を「しようがない」と整理をする現職防衛大臣、牛ミンチ偽装のミートホープ社社長、渋谷の繁華街にある温泉施設の爆発事件を起こした経営者や行政の当事者、どこまで続く泥濘ぞと言いたくなる。
今や国民は国や社会から生命や身体の安全を守ってもらうすべがなくなってしまっている。
高齢者福祉事業はもともと税金として徴収されている介護保険料がベースである。人材派遣のグッドウィル折口会長、コムスン社長、起業に名を借りて高齢者福祉事業を食い物にしているといわれてもしかたがないのではないか。
人材派遣業などというのはなにかしら胡散くさい感じがしてしかたがない。正社員と派遣社員の所得格差の上に成り立つ事業というイメージしか出てこない。
それに従事するみんなが均し並に低賃金にあえいでいるというのに、一方でそれをくいものにしてぜいたくなくらしをしている。
消えてしまった年金受給資格や受給額。この社会保険庁の闇はあまりにも深くて恐い。
教科書検定で集団自決について軍の強制はなかったと削除を命じた文科省検定調査官。
アメリカ議会は旧日本軍の従軍慰安婦事件について日本に反省を求める決議を採択しようとしている。
昭和20年8月15日を境として何ごとも反省しないでいつまでも被害者面をしている傲岸さを責められているのではないか。
憲法改正への道をひたすら歩みたがる戦争責任者の2世3世。
山口県光市の母子殺害事件の差し戻し後の控訴審審理における被告の無罪主張。誤った自由の意識を植え付けたマスコミや教育界の責任は。
カネや死刑からの自由のためになにをしてもいいという風潮、許し難い。
エレベータや遊園地のジェットコースターの定期的な点検やメンテなすをさぼり続けること。
ビル壁面の看板の落下もあった。
世の中なべて無責任時代、行政の無謬性論理がすべての悪の根源である。
そういえば未だ嘗て責任をとった役人と政治家はいない。ああ。
◎「こんなメール往来」 (2007.6.7)
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Mi 様
早いものですね。今日で5月も終わりです。
しばらくお会いしませんがお元気のことと存じます。
今日は5月31日のA紙「論壇時評」に掲載された政治学者杉田
敦氏の【憲法と現実】「改革で鋳直される戦後」という小文をPDFファイルでお送りします。
この小文をお読みなっての兄のご意見をお会いしたときにでもお聞きしたいと思いますが、終戦時国民学校6年生だったわたしの歴史観については折に触れお話ししておりますのでお分かり頂いているところだと思います。
さて、永田町がらみでは嫌なことが起こりますね。昨日のY紙朝刊社会欄に「黙っていた方がいい」という見出しの記事がありました。
それによるとそのような指示があったことを匂わせています。わたしがいつも言うように志の低い政治屋(政治家ではありませんぞ)の末路や哀れということでしょうか。
一方ぬくぬくとその上に胡座をかいている奴もいるということで気分の悪いこと極まりなしということですね。
(以下省略)
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こんなメールを送ったところ数日日おいて次のような返事を貰った。
因みにMi氏はわたしの年若い友人のひとりで団塊の世代に属する人でまだ現役である。まっすぐな人で今でも月に一二回はいっぱいやりながら近況を語り合う仲である。
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Ma様
メール有難うございます。それにいつも記事有難うございます。参考になります。
憲法の記事ですが、論理は明快ですが、運用は人命に係わるので非常に難しいのでこうだと断定できかねる人が多いのではないでしょうか。
私ははっきり言って、今の国民の民主主義への認識では9条の改憲に反対です。
自主独立を進めるのに政治家が自主独立論を主張しても支えになるほど国民には平和に対し、軍備拡張への警戒感も見られません。まして日常生活での危機管理体制もありません。
今の政府のやり方で若者を戦場に送れる理屈付けにするとアメリカに利用されるだけです。アメリカの「年次要求書」、中国・韓国の「靖国神社参拝批判」、「教科書問題批判」等々で我慢を重ねるのに若者が嫌気をさしている、政府、社会を信用しなくなってきていることのほうが心配です。
志の高い政治家、実力のある政治家がどれだけいるのでしょう。自分の政治を実現するための本格的な戦略立案集団をもっている政治家がどれだけいるでしょう。
”民主党”のイメージは私にとっては理屈ばかりで納得度の低い、軽い、共産党はワンパターン、民社党は過去の労働組合等の支持イメージが印象としてあるので駄目、公明党にいたっては”馬鹿野郎!二度とくるな!!”という感じです。
自民は泥臭く付き合う気がしないですね。松岡さんは要領が悪かったですね。百姓のせがれだとか。田中角栄も百姓。おらが村の先生様なのでしょう。自殺は、”ぼんぼん首相”の責任だと思っています。小泉元首相だと恥も外聞もなく辞めさせていたでしょう。それも自分流の理屈をつけてです。安倍さんはあまり期待はできないですね。臨機応変ではなさそうですし・・・・・。
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【追記】
これをわたしの思いつきで拙HPに掲載しようと思いMi氏に忌憚のない意見を求めたところ、次のような返信があった。
タイトルについて「聖徳太子もびっくり、安部政権の政権運営」または「地獄への道作り?怖い安部政権と能天気な国民の政治感覚」としてはどうか。
また内容について、もう少し付加して憲法改正問題や農政からだけではなく国土交通省の耐震問題、厚労省の年金の使い道等々解決することなく国家破産への道を歩んでいることに言及してはどうか。
ただわたしとしては身辺雑記のページで今回そこまで広げてしまうことにいささか躊躇いがあることを連絡し、【追記】の形でご意見を頂いたことを記載することとした。
また氏との意見交換は今後も続けていきたいと思っている。
◎「どうしてこんなことに」 (2007.5.10)
5月もはや中旬、目に触れる木々や草花の色がますます鮮やかな季節である。なんといっても若葉の緑が日を追う毎に濃くなっていることを実感する日々が続いているのが楽しい。
この限りにおいてたしかに日本は「美しい国日本」である。
四季の変化がこんなにも豊かで、鮮やかで、そこに生きる人々に恵みを与えてくれる日本は本当に美しい国であると思う。
古来この四季それぞれを山の人の目に映る様に託して次のように言っている。
「山笑う(春)」、「山滴る(夏)」、「山粧う(秋)」、「山眠る(冬)」と。実にいい言葉である。
ところが現実のわれわれが生きている社会に目を転じると、とてもそんな言葉を実感できるような状態ではなく冷たい言葉や社会現象や事件が毎日毎日再生産され続けている。
ランダムに拾い上げてみても、「いじめ」、「談合」、「天下り」、「格差社会」、「再チャレンジ可能な社会」、「学校給食費の未納」、「保育料の未納」、「個人情報の保護に名を借りた匿名社会化の行き過ぎ」、「毎日のように発生する事故や事件でお偉い人が頭を下げる映像」、「病気腎の移植」、「インサイダー取引」、などなど枚挙に暇がない有様である。
どうしてこんな薄汚い日本に成り下がってしまったのだろうか。一言で言えば日本社会に蔓延する総倫理観の欠如によるものだというしかない。
また、指導者を自認する輩の志の低さあるいは欠如を上げることもできるだろう。
目先の利益を生み出すことがいいことだという風潮は、例えば国の進むべき方向を検討するなんとか諮問会議やなんとか再生会議とかのメンバーの中心を経済界出身者が占めているからだと言い切る人もいる。政治家が表に出ないで経済人が仕切っているからだということらしい。
国の進路を決めるのは政治の立場にあるものの責任のはずが、いつのまにやら経済に従事するものの発言に取って代わられていることにあるということなのだろう。
世の中のいわゆる識者といわれている人々の多くはその原因は戦後の教育にあると言っている。果たして本当にそうだろうか。
いろいろ考えたいことがある。
◎「今日はちょっと気分がいい」 (2007.4.5)
毎日目にする新聞記事や、テレビニュースにはおよそ楽しい話がないのは誰しも思うことであろう。
ところがわたしにとって今日はちょっといい気分の日である。
別に大した理由があるわけではないが、次の2枚の写真を見比べていただきたい。左側のそれは4日前の4月1日に撮したものであり、右側のそれは今日4月5日に撮したものである。両日とも撮影時点において快晴であった。
いずれも同じ場所からほぼ同じ時刻(午前6時45分頃)に撮したものである。片方は富士山の影も形も見えないがもう一方にははっきりと撮っている。
どちらの日も前日に雨が降り少し風もあったので春霞の頃とはいえおそらく富士山は撮れるだろうと思っていたのであるが、結果はご覧のとおりである。
原因ははっきりしている。左側は前日の雨や風では拭いきれなかったはるばる中国大陸の奥地から吹き飛ばされてきた黄砂の影響である。
今日は昨日のまるで冬に逆戻りしたような寒気の影響による雷雨と放射冷却もあって空気が澄んでいたことも幸いしたのだろうと思う。この写真でははっきり分からないが富士山以外の丹沢山塊や奥多摩の山々も季節外れの雪化粧で白く映えていた。久しぶりにすっきりした気分を貰った。だからちょっぴり気分がいいのである。
この予兆に気がついたのは昨夜半戸外に出て空を見上げたたとき、満月にもかかわらずおよそ普段は見ることのできない多くの星の瞬きを見ることができたことにある。
まさに早起きは三文の得である。

それにしても黄砂恐るべし。
◎「われわれの収入は雑」
(2007.3.13)
この頃は知った人と会ったときなど交わす言葉の定番は「暖冬異変」ではないだろうか。それほど普遍化した現象になっているということであろう。何も日本だけに限ったことではなく世界的な現象だという。決してよい兆候とは言えないだけに何かSFの世界にいるような気がしてならない。
海外でも様々な異変が発生しているという。年間を通して雨の少ない地域に集中的な降雨が続き洪水が発生したり、逆に酷暑の日々が続き乾燥に悩む地域もあるという。局地的な雷雨や竜巻が多発している地域もあると聞く。
これらの異変はエルニーニョ現象によるものではないかという見方もあるようであるが、その見方には今の現象が一時的なものであってほしいという願望が入っているのではないかと考えたくなる。
この暖冬のせいで言うところの季節感が失われて冬の定番であるスキーができない一冬を過ごしたスキー場、湖面の氷の小さな穴から釣り糸を垂れワカサギを釣ることができなかった例年氷結するのに今年は氷結しなかった湖など生活そのものや趣味の楽しみを失ったところも多かったという。
翻って自分の生活をみると寒さに弱い自分にはよかったのかというとこれが必ずしもそうではないのである。だらだら暖冬が続くのではなくその中にも寒さの厳しい日もあれば反対に春のような暖かさの日もあるということがある。
体がそのような寒暖の変化について行けなくなっていて却って体調を崩したりすることもあったのである。
詰まらない時候の挨拶が長くなってしまった。ごめんなさい。
さて、例年と同じように今年も確定申告を済ませた。
完全に年金だけの生活になってからもう久しいが、1昨年までの数年間は僅かながらも還付金のある年があった。しかし、その間に選挙用のいくつかあった減税措置が順次廃止されたため、昨年からは申告税額が年金支給時に徴収されている所得税額をオーバーするようになった。
年金額はバブルが弾けたあとのデフレ政策によってもたらされたGDPのマイナス化による影響で僅かながらも減額になったくらいでほぼ同じような水準である。それが逆に税額は昨年より今年と増加しているのである。美しい国などではなくなんという酷税の国であることか。
われわれ昭和20年頃までに生まれた世代は、終戦後の混乱期に続く高度成長へ向かう時期から高度成長期にかけて明るい国の未来を信じながら必死に働いてきた世代である。
やっと団塊の世代と交代する時期がきてやれ年金で生活できる時代がきたかと喜んだのは、ほんの束の間の夢であったようである。
乏しい額の年金といえども受け取るのは感謝の気持ちと共にであり、なにがしかの額の税を納めることも当然のことだと受け止めている。
現在の税制が公的な年金については申告制をとっている限り申告を行う必要のあることも所与のことと考えている。
それなのにである、これは前々から気になっていたことなのであるが「所得税の確定申告の手引き」によると公的年金は所得の種類としては「雑所得」に分類されているのである。
長年サラリーマンとして(給与所得者)として働いて来、従事してきた職業を通して少しは社会貢献の役目を果たした結果手にしたはずの年金であるのになんとこれが「「雑」所得なのである。
「雑」という字から受ける感じで言えばどこにも分類されない中途半端なもの、どうでもいいような感じのもの、よけいなものというように受け取れる。僻みっぽく言えば徴税する側から見た公的年金の位置づけを意味しているということにならないだろうか。
そのような位置づけの所得からも漏らさず税を徴収するという国家の意思を見せつけられるようでなんとも冷たい感じがする。
「雑所得」に分類される年金により生活している者のささやかな自尊心など思いやることなどさらさらということであろうか。
◎「近 況」 (2007.2.12)
このページでは書くからにはせめて明るくなるようなことをと思うが、なかなかそういうことにはならないのでともすれば書かないままに済ませてしまっているのはご覧のとおりである。
取り上げたいと思うような明るい話題は全くないといっていいのだろう。
そうかといって蘊蓄話を書けるほどの蘊蓄もない。
ないない尽くしではあまりにも寂しいので、今日は昨年末の2か月に限定して普段わたし自身なにに興味を持ってどんなところに顔を出していたかについてご報告させていたく。
わたし自身公言しているように相変わらずいろんなことに興味をもち続けていることには変わりはないが、1月2月はそのような講演会や公開講座は冬枯れの時期であるので、今のところ活動停止の状態である。
また、旅行も映画館通いも一服状況である。
もうそろそろ3月以降の予定を立てなければと考えているのであるが、まだはっきり決めたわけでもない。どのように決めるかおそらく昨年と同じような時間配分になるのだろうということは変わらないだろうと思う。
昨年の11〜12月の2か月間に自分の知的好奇心を次のような公開講座や講演会に顔を出すことによって不十分ながら満足させていた。
これをご覧になってわたし自身がほんとにいろんなことに興味を持っているか知っていただければありがたいと思う。まだまだこれだけでは不十分でもっと広げたいのは山々ではあるが日常の生活はこれだけではないのだから。
たとえば、ルーティン的なものとしては週2回のパソコン相談のボランティアサポーターを勤めていることもある。高齢になってから新しくパソコンを始めようという方々のいわゆるパソコンディバイドがいささかでも解消されることを願っての活動である。いまのところほとんど皆勤状態である。
ただ残念ながら読書の時間がほとんどとれていないということを恥を忍んで書いておかなければならないのが情けないことである。
今年もそれなりに充実したと言えるように過ごしたいと考えている。
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11月1日==>武蔵野大学公開講座 水原紫苑 「土岐善麻呂の歌の心」
11月7日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 栗城譲一 「古代の瓦を考える」
11月8日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 竹花宏之 「古代の木製品を考える」
11月9日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 大西雅也 「横穴墓を考える」
11月16日==>武蔵野大学能楽講座 「鵜沢 久氏を迎えて」
11月18日==>成蹊大学公開講座 安部圭介 「法の下の平等」の日米比較
12月2日==>成蹊大学公開講座 城所岩男 「新しい人権−−プライバシー権に焦点をあてて」
12月6日==>武蔵野大大学院公開講座 浅川公紀 「2006年米中間選挙結果とブッシュ政権の今後」
12月9日==>成蹊大学公開講座 安念潤司 「日本国憲法は占領軍の贈り物?」
12月12日==>講座歴史の歩き方講演会 延塚知道 「親鸞と現代−−閉塞状況を破る智慧」
12月12日==>講座歴史の歩き方講演会 竹村牧男 「真実信心の風光にふれる−−行から信への道を尋ねて」
12月13日」==>東京都埋蔵文化財センター講演会 丹野雅人 「装飾の考古学−縄文時代の土製品」
12月14日==>武蔵野大大学院公開講座 走尾正敬 「東西統一後のドイツ」
12月16日==>東京経済大 大塚喜八郎記念学術講演会 板垣雄三 「パレスチナ問題はなぜグローバル問題なのか」
【注】:この期間中には技術系の公開講座や講演会がたまたまなかったので聴講していないが、年間を通してではかなりの回数参加していることを付け加えておく
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◎「2007年年賀状」

あらたまのといえば何となく富士山を連想する。その富士山をなんとか新春の記に載せたいと考えていた。
ところが、今住んでいるこのあたりでは最近富士山の見えるところがめっきり減ってしまっている。
数少ないその中でほん近くの貫井神社から見える富士山にはお世話になったのだが、数年前に富士を見晴るかす側の山の斜面にも数軒の家が建ったためカメラアイがほとんど塞がれてしまった。
どこか別の場所をと探していた。昨年夏偶然散歩の途中立ち寄った浅間山である標識を見付けた。その標識によると国土交通省選定の「関東の富士百景」に選ばれている場所となっていた。富士山までの距離約81kmとなっている。そのときは若葉の頃で富士そのものは全く見ることはできなかった。
このことを思い出し、昨年暮れの29日、この日は冷たい風の強い寒い日であったが夕方好天に誘われるように近くの浅間山(府中市)に富士の夕景を撮りに出かけた。
このあたり武蔵野台地の外れに近く少し前なら富士山がなんの障害物もなくはっきり見えたところなのであろうが、今は京王線の府中駅周辺に建った高層ビル2棟が立ちはだかっている。聞くところによると更にもう1棟建つ計画があるらしいという。富士百景から落ちてしまうのではないかと心配である。
寒い日であるにもかかわらず先客が六七名いた。三脚使用の本格的な高齢女性もいる。
カメラを構える手袋なしの指が凍えるほどであったが、拙HP「アルバム 4の巻」にアップロードしたように強風による白雲が頂上に煽られるように流れているのが見られた。手持ちのカメラの望遠倍率が低いものだから余りよく撮れていないが、自分としてはまあまあと思う。
その幸運にあやかるつもりで今朝は午前7時過ぎ同じ場所に出かけた。今朝もよく冷えていたが風がない分空気に何となくにごりがあってそれほど満足のいく山望は得られなかった。
今朝撮ったものを1枚出してみたが、すっきりするようないいものではなくてもうしわけなく思う。
そのようなことで本年もよろしくお願いいたします。


わたしが参加している研究会:ネット研21(ネットワークやパソコンの研究会)
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このホームページの文章や写真の著作権は、槇平康尚にあります。 |
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◎「近況について 少々」 (2010.6.25)
後期高齢者というあまりありがたくない区分けに2歩も3歩も踏み込んでいる自分をふと意識した途端に今のこんなままでいていいのか不安になってきた。
昨年(平成21年)は身辺雑事に取り紛れてそれまで春秋2回の大阪への墓参は欠かしたことはなかったのにそれさへ怠ってしまった。実に恥ずかしいことだ。
いろいろお世話になった先輩や友人・知人に関する訃音が届く。
自分自身の体力にも全く自信が持てなくなっており、まさに無理の利かない体になっていることにただただ愕然とするだけ。
いまの地に住みついて40年余、何度か手を入れたものの家そのものの不動産価値は無に等しく次におおきな地震でもくれば倒壊のおそれは拭えそうにない。
このあいだほんとに久しぶりに親子(私たち夫婦、娘、息子)4人顔をあわせた。子供たちは2人とも母親の今の状態が「もの忘れ外来」に通院するようになってからも一向によくなっていない状態を心配して、ネットや友人・知人の話を参考にしてこの際別の病院で診てもらうことをやってはということを言い出した。
わたし自身元気な間はなんとか不便を忍びながら日を過ごすことはできるだろうが、ストレスの蓄積は目に見えている。
地域社会との関わりをできるだけ深めたいと思って参加している、パソコン相談事業のサポーターとしての活動はこれまでどおりほとんどフルに出席を続けたいと思う。
ここまで書いてきたが、一体何を言わんとしているのだろうか。自分でもわからなくなってきた。
これこそわたし自身の日常的なもの忘れ現象のようにも思える。
そういえば、(2008.8.19)の項に「あるショッキングな経験」を書いたことを思い出した。
まさに厳しい老いの現実である。
◎「2010年 年賀状」 (2010.1.1)
◎「2009年
年賀状」 (2009.1.1)

◎「記憶力不足を補ってもらいこの項をアップ」(2008.11.16)
いつものことながらこのページへの書き込みが少ないことを常に気にしている。
なにか気の利いたことを書きたいという気はあるのであるが、なかなか思うようにはならない。
そのこと自体はいつものことではないかと言われればまさにそのとおりというしかない。それでも時間は否応なく過ぎていく。加齢が進んでいく。
日々紙上をにぎわす話題もそれこそ日替わりでとどまるところを知らない。それも明るい話題はまずない。わずかに明るい話題といえば、ノーベル受賞者が4人出たことくらいであろうか。そのうちの3人はいま国内には住んでおられない。
なにか日本で住んでいて外に出る機会のない者たちにとってまさに閉塞状態というしかないような気がする。
それかあらぬか「誰でもよいから人を殺したかった」的な事件が後を絶たない。「自分さえよければ人のことなどどうでもよい」的な反社会的な行動も多い。
「オレオレ詐欺事件」、「公共的な図書館蔵書の中身の抜き取り事件・蔵書行方不明全国で28万冊」、「高級官僚による汚職事件」、「憲法を守らなければならないはずの組織の長たる官僚の明らかな逸脱行為」、「自動車を使った誰でもよかったひき逃げ事件」等々枚挙に暇がないとはこのことであろう。
こんなときこそ日頃世のリーダー的存在であらねばならないはずの政治家や、官僚や、経済人たちはなにをしているのだろうか。
あれやこれや考えていると生きているということはいかに残酷なものかということに行き当たる。
今流行りの言葉をあげれば、「老老介護」「認認介護」、「後期高齢者」、「独居老人の孤独死」などなど。これほどいやな言葉はないのではないかという気がする。まったく潤いがない。
自分自身のことを考えても年をとるということがいかに残酷なものかという壁にぶつかって文字どおり立ち往生というところである。
現役の頃よく口にした「経年劣化」という言葉がシステムや商品のことではなく、自分自身の精神や体のことを説明したり言い訳したりするのに適したいう言葉になってしまっているのに愕然とする。それが自分だけではなく身近の者にも及んでいるのである。
まず記憶力、次は膝を中心とする足回り、肩のこり。
先年(2005年)映画化された小川洋子の「博士の愛した数式」を読まれた方もおられると思う。あるいは映画をご覧になった方もおられることだろう。ここに登場する博士の記憶力はある事故のため50分しか維持されない。
この現象というか症状というかをわたしの場合に当てはめて「博士の愛した数式」症候シンドロームと勝手に呼ばせていただいている。
この言葉を使うとわたし自身の現在の状況を説明するのに非常に便利なのである。
つい一瞬前にやったことを次の瞬間にはもう忘れてしまっているということが日常化していることに、悩まされているわたしとしては日単位の期間で記憶をとどめることは至難の業となっている。
いかに加齢のためとはいえ非常に大きな迷惑を周りの人々にかけることとなっていることを本当に恥ずかしいことだと思う。
これがわたしの現在である。
友人と会い話をする機会ががあってもそのときの会話の内容を正確に記憶しておくことができない。数日後それを文章にまとめておくということができない。実にみじめである。
自分の喋ったことさへろくに覚えていないのに、ましてや相手の主張など正確に覚えていることなどこのところできた験しはない。
そんな嘆きを見事に解消してくれるようにある友人が会った翌日ににメールを送ってくれた。その友人の助けを借りて(そのメールを引用させてもらうことで)そのときの話の様子を再現したいと考えた。
その友人の了解を得ているのでわたしが書いたものとして読んでいただければ、このページのオーナーとしての今回の役割を果たしたことになるだろうとムシのよいことを考えている。
多少くすぐりも入っているので気恥ずかしいのであるが。原文そのまま記載している。
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様
昨日は有難うございます。久しぶりにお会いできました。
お元気なので嬉しかったです。周りで見るシルバーは自己研鑽とは縁のないところで生きている人が多いですね。
人生は一度しかありません。親に恥じない終末を迎えたいと思うのですが今の状況では不可能に近いですね。
尊兄がアメリカと日本の文化比較、文学論を当世、同時代人として読んでゆく、見てゆく、参加してゆくという話をされ、作家の考え方、自分の位置付け、こだわらず多くの著作に接すること、アメリカの政治、文化を話されていましたが私はもっと本質的なところ、時代、地域を超えたところ、宗教、哲学面から見た社会、人間の存在に興味があります。
また経済学という人間の生存に係わる社会科学にもです。ローマクラブ、ボールディングらによって編纂された「成長の限界」は今でもアメリカ資本主義の本質を表しており地球環境問題を1970年より警告しているものをアメリカ人は残念ながら自国のエゴで無視してきたことは人類だけでなく地球上の生物に対する犯罪です。
そして自分たちの都合でさも正義ジャステスを貫いているかのような米政府の他国への強引な政治的圧力・干渉はそれを許すアメリカ人の他国人への接し方であり見え見えです。
オバマがもし大統領となったら暗殺されずに任期をまっとうするどころか大統領の認証式をまたずに政治生命どころか生理的な生命が絶たれる可能性が大です。民主主義国家でありながらアイゼンハワー大統領を嘆かせるほどの軍事国家です。どす黒い陰謀が裏に流れる社会です。
先日沖縄で米軍のセスナ機が民有地へ墜落して警察が現場検証しようとしたところ、一切警察を無視、墜落したセスナ機を基地へ持ち去りましたがとんでもないことです。
警察が対応しようとしましたが、今の政治家、マスコミ人ではこの日本の政治的地位に危機感ももてないほどアメリカの属領化が進んだことを示しています。”馬鹿国民”と言われても可笑しくないですね。
正直言って他国の軍隊を”解放軍”と捉えるセンスですから。私が一番不愉快なのはアメリカではやった番組をすぐ真似て作り、垂れ流すマスコミです。日本人がアメリカの統治下にあることを恥辱と思わない”馬鹿国民”が多いことは嘆かわしいことです。
歴史を生活の一部として教育してこなかった弊害が今の日本の政治的な地位を作りだしたことを私たちが強く反省することです。文学としてとらえた時に”米軍基地と基地に依存する女”が50年代から70年代にかけてとりあげられたこともありましたが、訳のわからない実存傾向、虚無的傾向、自己のエゴイズム、ホームドラマ等々に走りがちでそのほうが国民に人気作家としてもてはやされる。
施政者、特に属領と思っているアメリカにとって御しやすい国民でしょう。
私は北朝鮮の拉致はアメリカは必ず今のやり方になるだろうと思っていましたので驚きはしませんが、それを憤る、また皮肉るような表現は日本の政治家、マスコミにはありません。
文学も地政学的な位置付けのないものは私には意味がありません。
残念ながら私の思いは皆さんと共有できないでしょう。アメリカは良い国だと思っている人が多いですから。
ということで昨日は有難うございました。
11月1日
◎「あるショッキングな経験」(2008.8.19)
様
お元気のご様子何よりと存じます。お互いにそれなりの年齢ですので、しばらくお便りがないとなにかなければと案じてしまいます。却ってご迷惑をおかけしたかもしれません。
お許し願います。
それにしても長期間(週を超えて旬日以上の期間)にわたることを日別によく覚えておられるのに感心いたしました。どのような記録を残しておられのでしょうか。
わたしなど大きな事項のことは手帳に書き込んでいますが、これはあくまで事項だけであとあと必要だと思われるようなメモはそのあたりにある雑用紙などに書き散らかしたりしているだけです。
最近はとみに記憶力が減退していますのでしばらく時間がたつと思い出せず困ることが多くあります。
さて、時候の挨拶はこれくらいにして、最近わたし自身にとってショッキングな経験をしました。
今日はそのことについてお話ししたいと思います。
先週金曜日友人二人に会うため都心に出かけました。待ち合わせ時間までのつなぎにというか、ついでにというかある美術館に立ち寄りました。
展示室の順序に従って鑑賞していたところ、ある部屋で何の脈絡もなくはて今日どんな交通機関でここに来たんだったかななどと思ってしまいました。JRで来たことはすぐ思い出しましたが、このあと二人との待ち合わせの場所に行くにはどうするんだったっけなどと次々に不安な気持ちが出てくるのです。
地下鉄に乗り換えて行くのだが、手持ちのSUICAカード(JRのジパング倶楽部発行のクレジットカードで各駅の自動改札口を通過することができる)で乗れるのだろうかなどと心配な気持ちで不安になって、その時点でとても鑑賞を続けられるような状態ではなくなってしまいました。
このクレジットカードの内容についての記憶の糸が切れてしまったため一種のパニック状態になってしまったようでした。
そのトリガーになったのは、MRI写真などで目にする脳の断面の頭蓋骨の内側の白くなっている部分の連想だったのかもしれません。
白くなっている部分は脳の萎縮を示すのだそうですが、その白い部分の厚さが認知症の進行を示すバロメータになることと結びついて、普段ならば思い浮かばないようなことがわたし自身の内面の不安の中心を占めてしまったようでした。
このあとわたしはわれを取り戻し、当然のことながら無事待ち合わせ場所に到着することができました。
その席でこの経験を話題にしたのですが、わたし自身時間の経過とともにあの非日常的経験が色褪せてしまって、そこでは日常的な3人それぞれの話題に絞られていきました。
ただわたしにあとあと残ったのは、わたし自身の一瞬の非日常世界への越境が、このあと何度も起こりはしないかという一種の恐怖感というのがあるような気がしてなりません。
お読みのように「非日常への越境」などという美辞的な言葉を使いましたが、このような言葉を安易に使うと場合によっては誤解を招くことがあります。
その翌日メンバー10名ほどの別の会合に参加したとき「昨日美術館で経験した一瞬の記憶喪失状態からその場でうまく立ち直れず、美術鑑賞が終わってしまった」というように話をしました。ところ思わぬ反響がありました。
いわゆるわたし好みの文学的表現というか、修飾字句的表現というものがいかに誤解を招きやすいかということを痛感いたしました。
メンバーの中には、わたしの年齢のことなど考え合わせて言葉どおりわたし自身に認知症の初期症状の兆候が出始めているのではないかと心配してくれる人もいたようなのです。
それはそれでありがたいことなのですが、正直言ってこれには参ってしまいました。
せいぜいその場の話題提供くらいの気持ちで、「非日常の世界」とか「非日常への越境」とか、言っているわたし自身にとって耳障りのいい言葉づかいのつもりだったものですから。
人目には一見若くみえても現実的に肉体的な衰えは隠すことのできない状態にあることは間違いのないところです。
しかし、そのことによって自分自身の日常の行動がいろいろな影響を受けるというところまでは行っていないということ、言葉を変えていえばまだまだ認知症の症状からはほど遠いところにいるということを人様にみてもらう必要があるということだと思います。
これはある意味で大きな緊張感を必要とすることです。当分惚ける暇がなさそうだということで却ってありがたいことかもしれません。
考えようによれば実に恐ろしい経験でしたので一筆認めてみました。
ではまた。
2008.8.10
MY生
◎「セレンディピティー」 (2008.6.29)
わたしは機会があればあちこちの大学や文化団体が実施するいろんなジャンルの公開講座や文化講座を探し出しては聴講することを楽しみにしている。中には定期的に実施されているものもあり可能な限り登録をして実施通知をもらえるようにしている。
5月の下旬住まいからも近いところにあるT経済大学から学術講演の案内が届いた。送られてきた案内には、
2000年度ノーベル化学賞受賞者 白川英樹博士講演会 「セレンディビティーと創造性〜電気を通すプラスチックを発見するまで〜」
とある。早速聴講希望を送付した。
この案内を見て演題名に書かれている「セレンディピティ」という言葉が気になった。
どこかで聞いたことがあるような気もするが、現在のわたしの乏しい語彙の中には含まれていない。こういうあまり一般には知られていない言葉をお使いにななるにはノーベル賞受賞に際してなにか強いインパクトのある言葉なのだろうという気がした。
このときすぐこの言葉については先生から講演の中で説明が紹介されるのだろうと思ったが、せめて聴講に行く前に調べておこうと広辞苑を開いた。
そこには、《セレンディピティー【serendipity】(お伽話「セレンディプ(セイロン)の三王子」の主人公が持っていたところから)
思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力。》と書かれている。
このときは講演のイントロとしてはなんとなくおもしろそうだなと言う気がしたが、主題の内容そのものにもつながるものだとは残念ながら気がつかなかった。
戦後日本人として初めてノーベル賞物理学賞を受賞されたのは、1949年(昭和25年)の湯川秀樹博士であった。当時高校2年生であったわたしは戦後の混乱した暗い社会状況の中でなんとなく誇らしい気持ちになったことを今でも覚えている。
参考までに日本人受賞者の一覧を調べてみたら、次のようになっている。
○1949年 湯川秀樹(物理学賞)
○1965年 朝永振一郎(物理学賞)
○1968年 川端康成(文学賞)
○1973年 江崎玲於奈(物理学賞)
○1974年 佐藤栄作(平和賞)
○1981年 福井謙一(化学賞)
○1987年 利根川進(医学生理学賞)
○1994年 大江健三郎(文学賞)
○2000年 白川英樹(化学賞)
○2001年 野依良治(化学賞)
○2002年 小柴昌俊(物理学賞)
○2002年 田中耕一(化学賞)
ノーベル賞受賞者の講演としては2005年の3月に成蹊大学の理工学部開設記念講演の一環として行われた、2002年物理学賞受賞者である小柴昌俊博士の「やれば、できる」を聴講している。
含蓄のあるお話であった。
今年になって小柴博士と同じ年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんのこれは講演ではなく著書「生涯最高の失敗」を読んだ。
キーワードとしての「失敗」が大きな意味を持っているのだと思う。
さて、その講演会が昨日あった。
講演はスクリーンに映し出されたPCのスライドを使って進められたが、暗い場内でメモもままならず最近とみに進行している物忘れ症状のため今聞いたことももう次の瞬間には忘れてしまっているというひどい有様なのでそのとおり覚えているわけではない。
うろ覚えをたどってみる。
3人の共同受賞だから授賞式においては代表者の記念講演だけでいいのかと思っていたが、それぞれが英語で45分の記念講演を行う必要があることがわかり苦労された話もあった。
その点については田中耕一さんの著書にも触れられていたのでその様子がよくわかった。
続いて「セレンディピティ」の話。語源的にいうとセイロン(現在のスリランカ)に伝わるおとぎ話にもとづいて18世紀に書かれた「セレンディップの3人の王子」というおとぎ話にさかのぼるのだそうである。この3人の王子たちが旅に出ていろんな苦労を重ねるのであるがふとしたきっかけで当初考えてもいなかった偶然から幸運な結果を得ることになるというような意味のこととして使われるようになったのだという。
このことが先に引用した広辞苑の記載の内容となっているのである。
授賞式に先立つ記念講演会の司会者(化学賞の選考委員長)が冒頭の受賞者の紹介に当たり3人の王子たちという言葉をさりげなく使ったので非常に嬉しく思うとともに光栄に思ったということであった。
ノーベル賞などというものはそれを受賞したいと思って受賞できるものでないことは誰しもわかることであるが、そのような機会を得るためにはまたそれなりの知識や能力を身につけ絶えざる努力をしていなければならないことでもあるのだろう。
理系人間、文系人間という単純な分類ではなく普遍的な人間という存在にならなければ世の中に潤いをもたらす活動ができないのではないかという結論のようであった。
ベースとして「やる気」とか「失敗の積み重ね」とか「よい結果に転換させることのできる能力」というようなキーワードを忘れてはならないように思う。
これらの要約めいた部分は多分にわたしの個人的な意訳と独断であることをお断りしておかなければならないと思う。
久しぶりにいい講演を聴いた。
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《参考》
”セレンディピティー”に関連して適当な百科事典を見つけることができなかった。現在発展途上にあるネット上の百科事典である(ウィキペディア)を引用させていただく。あくまでこれは参考資料としての記載である。
[セレンディピティー]
[編集] 語の起源と意味
「serendipity」という言葉はホレス・ウォルポール(ゴシック小説の「オトラント城奇譚」の作者として知られる人物)が1754年に造語したものであり、彼が子供のときに読んだ『セレンディップの三人の王子』という童話に因んだ造語である(セレンディップは現在のスリランカなので「スリランカの3人の王子」という意味の題名である)。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られている。
この私の発見はまさに私に言わせれば「セレンディピティ」です。このセレンディピティという言葉はとても表現力に満ちた言葉ですよ。この言葉を理解していただくには、へたに語の定義などするよりも、その物語を引用したほうがずっとよいでしょう。かつて私は『セレンディップの三人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。例えば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。何故分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで「セレンディピティ」がどのようなものか理解していただけたでしょう?
英英辞書では以下のように説明されている。
Serendipity: the natural ability to make interesting or valuable discoveries by
accident
( Longman Dictionary of contemporary English)
ただし、このような起源を持ち、辞書で上記のように説明されているにもかかわらず、日常会話などで、セレンディピティが発見する「能力」を指していると理解せず、発見した「幸運」と誤解してしまう人もいる。単なる幸運ならばluckとでも表現すれば済むところをあえてserendipityと表現するのはそれ相応の理由があるからなので、serendipityを単なる
"幸運" や "偶然" と理解することはやはり誤解や理解不足と言える。
[編集] 和訳
英語以外の言語には、serendipityと同じ意味を一語で表す単語は存在しないと考えられており、英語から他言語への翻訳不能な語彙の一つとして取り上げられることがある。日本語で「偶察力」と訳される場合もあるが、確固とした訳語は定まっておらず、通常は音写のセレンディピティ(あるいはセレンディーピティー等)が用いられる。昨今では、ロックバンドSEREN-Dにより「偶然幸福発見能力」と8文字熟語として表現されることもある。
[編集] 自然科学におけるセレンディピティ
セレンディピティは、失敗してもそこから見落としせずに学び取ることができれば成功に結びつくという一種のサクセスストーリーとして、また科学的な大発見をより身近なものとして説明するためのエピソードの一つとして語られることが多い。
[編集] セレンディピティの代表例
アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見
フレミングが培養実験のときに誤って、雑菌であるアオカビを混入(コンタミネーション)させたことが、後に世界中の人々を感染症から救うことになる抗生物質発見のきっかけになった。
ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見。(1895年)
ハンス・クリスチャン・エルステッドによる、電流と磁気の関係の発見。(1820年)
アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる、宇宙背景放射の発見(1964年〜1965年)
ルイス・アルヴァレズ、ウォルター・アルヴァレズ、フランク・アサロによる、恐竜滅亡の小惑星衝突原因仮説。(1978年〜1979年)
アントニー・ヒューイッシュ、ジョスリン・ベルによる、パルサーの発見(1967年)
アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明
チャールズ・グッドイヤーによるゴムへの加硫の発見
ポリエチレンの発見
ポストイットメモの発明
アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見
田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見
スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見
飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見
江崎玲於奈らによるトンネルダイオード,トンネル効果の発見
白川英樹らによる導電性高分子の発見
テフロンの発見
キチンの開発、皮を剥がされた兎にキチンをかぶせた所、因幡の白兎の様に再生した。
清酒の製造 造り酒屋の主人に叱られた小僧が腹いせに濁り酒に囲炉裏の灰を入れたところ、濁りが沈殿して清酒になった。灰に含まれるカリウム等の電解質により、コロイドが沈殿した。
ラジウムの発見 ポロニウムを抽出した閃ウラン鉱の残渣の方が電離作用が強い為、更に調べた所、見つかった。
[編集] 参考文献
宮永博史 『成功者の絶対法則 セレンディピティ』 祥伝社 2006年 ISBN 4396681127
沢泉重一 『偶然からモノを見つけだす能力』「セレンディピティ」の活かし方 角川書店 2002年 ISBN 4047040959
アイラ・フレイトウ Ira Flatow 『あっ、発明しちゃった!』アスキー出版局 1998年 ISBN 4756119328
[編集] 関連項目
シンクロニシティ
[編集] 外部リンク
Polymers & Serendipity: 事例 -- レーヨン, ナイロン,その他化学分野における事例
Max - A software agent built to induce serendipity.
Social Serendipity - MIT メディアラボ 携帯電話を使用した社会的セレンディピティ
The Three Princes of Serendip ? 物語
Serendip - a website continually evolving using the principles of serendipity
Serendip オランダ/ベルギーのインターネット検索競争
Serendipity Blog - オープンソースブログスクリプト
Serendipity and the Internet from Bill Thompson at the BBC
Accidental discoveries. PBS
Serendipity of Science - a BBC 4 Radio series by Simon Singh
Top Ten: Accidental discoveries. ディスカバリーチャンネル
◎「ごまめのはぎしり」 (2008.5.3)
年金制度、道路特別財源法、日銀総裁任命、後期高齢者医療制度の実施などなど国民生活に直接関係する政治や経済などどの問題を取り上げても早急な解決とよりよい形での実施を必要としているにもかかわらず、いずれもまだどうなるか目処すらもついていない。
国民の日常生活は止まることなく毎日続いているが、世界的規模で拡散する石油高騰に起因する諸物価の高騰が一般国民の生活を直撃している。
怠慢、無策の為政者に対し憤りを覚えるがその声は届かない。
ただ漂うのは無力感ばかりである。
こんな書き出しで駄文を綴ろうとしたのは先月(4月)の上旬のことであった。その後亡母の17回忌の法事などがあって大阪との往復や身辺の雑事に追われてただ何となく日が過ぎてしまっている。
その間にわれわれ国民の日常生活に直結する色んなことが日々発生している。なぜこんなことがもっと先を見据えて多くの人々が納得する形で実現されないのか、実に嘆かわしい。
例えば、一旦下がったガソリン税がわずか1か月で元の税率に戻ったり、保守王国山口県の衆議院議員補欠選挙で自民党が敗れるなど、いわゆる衆参ねじれ現象に起因すると見られることが起こっている。
郵政民営化解散はもう3年前のことになる。直前の選挙といえば昨年7月の参議院議員選挙である。現在ではいずれにしても国民を代表する国会が民意を代表する場にはなっていないのである。それは誰の目にも明らかなことであるはずなのに、8月に北海道洞爺湖でサミットが行われるからそれまではそんなことをやっている状態ではないとか、それこそ為政側の都合のみが声高に語られている。
それを踏まえてどのように綴ろうかと思案しているときに、4月30日付A紙夕刊のコラム「素粒子」に非常に簡潔にしかも要領よく項目を整理してくれているのを読んだ。各紙のコラムニストといえば名だたる書き手として有名である。次にそれを紙面のまま掲載しておく。

軽薄なマスコミの視点が日銀総裁問題に集まっている間、いわゆる「後期高齢者医療制度」について考える機会がほとんどなかったのを今悔やんでいる。そのあと各紙、各局ともこの問題を取り上げる機会が多くなってきているので少しずつわれわれにも理解できるようになってきつつある。
それにしても制度の中身を理解する前に直感的に思ったのはこの言葉の冷たい響きである。高齢者の中でも後期に属する者たちというのは今や死を待たれている者たちということであろうか。
そんな声が聞こえ始めたら長寿という言葉に置き替えたようであるが、もう誰もそんな言葉でだまされまいぞという気持ちの方が強い。
今年10月に満75歳を迎えるわたし自身身にしみて痛切に感じていることそのものであるからである。
いろいろ聞いているとこの制度をスタートさせることを決めたのはもう2年半も前のことだという。どうして国民特にこの制度に該当する当事者に対する周知が真剣になされなかったのだろうか。
ここにも「知しらしむるべからず、よらしむべし」の精神が生きているのであろうか。
それにしても古今東西を通じて頭のよい官僚たちというのは、まず自分のこと以外は考慮の外にあるのが普通のようである。民のため国のためなどといういわば青臭い考えははじめから持たず、あるのは自己保身と飽くなき自己の要求の実現しかないということのようだ。
生きることの中に理想を求めるような生き方は今の時代には全く受け入れられないことなのか。
また、官僚という言葉の中にはいわゆる有識者という言葉で包み込まれている人権派弁護士、偏向ジャーナリスト、記者クラブ等々官僚の寄生虫とでも呼ぶべき連中がいてどんな場面においてもそれぞれの役割を分担しているのである。
もっと始末に悪いのは、与党という名を借りた少数政党に属する権力志向の強い者たちではないだろうか。
ここまで両極化した社会において人間らしく生きるということは本当に難しいことだと思う。
◎「桜によせて
よしなしごとを」 (2008.4.3)
地球規模の温暖化のことがいわれて久しいが、今年は3月に入るまでは例年より寒い日が続いた。もちろん寒い日々といってもわたし自身の遠い昔の頃を思い出すととても寒い日々とはいえないような気がするが、七十路をもう半ば過ぎた身には少し寒い程度ではなく本当に寒くて体が縮こまってしまって何をする元気もない日が続いた。
ところが3月に入ってからは暖かい日が多く桜の花便りは、むしろ例年より早めに聞かれるようになった。
昨年は3人のMの会(もう20年ほど前の一時期同じ職場で共に仕事をした仲間で、わたしを年長にそれぞれ4歳、9歳の年齢差がある姓の最初にマ行の文字が入る3人の会)の花見はついにせずじまいであった。なぜそうなったのか思い出そうとしているのだが思い出せないでいる。ずっと絶えることなく続けてきていたのにと、お互いに会う度に話をしていた。
そこで今年は3M会の誰いうともなくまちがいなく早めにやろうということがまとまって、3月29日に上野公園に行った。まだ満開の一二日手前という感じであったが、よく晴れた日であったので非常に大勢の人が来ていた。長時間地べたに座っていると少し寒いくらいであった。
こうして花見に来ている人々をみると高齢者よりも若い人のグループの方が圧倒的に多い。それにわれわれ三人の座った場所の周りにはアジア系の外人のグループが多かったし、ヨーロッパ系の外人も目についた。花見の名所は国際的なのである。
持ち寄った飲み物を飲み、つまみをつつきながらとりとめない話をしていると、時間の経つのも忘れてしまいもうそろそろと腰を上げたのは午後4時を過ぎていた。
最寄り駅の駅前喫茶店で、次もこんな穏やかな花見ができればと念じながらコーヒーを飲んで別れた。
桜といえば日本では3月から4月にかけて咲くものである。新しい年度の始まりだから入学式だとか入社式だとか新しい出発を祝うシンボルのようになっている。花の咲いている雰囲気の暖かさや柔らかさがなんともいえずよい。
散り際についてその潔さを強調して半世紀以上前の一時期死を強制されたこともあったが、二度と見たくない悪夢として忘れてしまいたい気がする。
なんといってもいいのは咲いている場全体のうす桃色の柔らかな雲のような固まりがぼうっと浮かんで見えることである。
たった一本だけ咲いているのもいいが、場全体で多くの木々が咲いているのもいい。
夜など遠くの街灯の明かりにうっすら映えている様子もまたいい。
この時期どこのローカル線を走っていても満開の桜を、山の斜面のあちこちに、線路の近くを流れる川の土手に、遠景の学校の周囲に、公共的な建物の外周に、駅の構内に、神社やお寺の境内に見ることができる。
いまこうして書きながらあちこちで見たあの桜たちを一つずつ思い出すことができるのが不思議である。写真に収めたものはそのうちの一部であって収めていないものも多いのになぜだろうか。
こんなことを並べながらそのあいだだけでも、日々伝えられる目を瞑りたくなるようなニュース、耳を押さえたくなるような不愉快なできごと、大声で怒鳴りつけたくなるような腹立たしい政治の仕打ち、などを忘れさせてくれる束の間の効用には感謝しなければなるまい。
日本の春の風物詩「花見」について自らのおろかさと恥ずかしさをも恐れず書いてみた駄文である。おゆるし願います。
◎「徒に過ぎる日々の中で」 (2008.2.1)
この「徒に過ぎる日々の中で」という言葉にはいろんな意味が含まれているが、ここでは次のふたつのことを考えていると思っていただきたい。。
まず初めにわたし自身の自分の個人的な日常生活が惰性によるものでなんの新しさもないものであること。
次に社会に日々起こっている事件、事象のこと、ときとところこそ違えほとんど同じことの繰り返しであること。
まさに時間という軸で考えてみれば某年某月某日で切ってみても今日という日で切ってみてもほとんど同じなのである。いわゆる金太郎飴なのである。
日々の中でなにかしら生きている喜びを感じることができないのである。
たまたま今朝の明け方5時過ぎのことなぜか夢を見た。そのすぐあとに目を醒ましたようである。
その夢というのは詳しいことは覚えていないが、手に持っていたポット(魔法瓶)を持っている自分の腕が痛いために取り落としてしまい、その魔法瓶のガラスの部分が粉々に割れてしまったのである。しまったという気持ちは鮮明に覚えている。
かすかに腕の痛みの記憶があるものだから腕を伸ばしてみたところ違和感があって痛いのである。二三回布団の中で屈伸を繰り返してみたが腕の関節のところに痛みを感じる。
そのとき昨日のことを思い出していた。ああそうだ昨日受診した基本検診の際に右腕の関節の内側のところで採血されたのだったと。しかしさっきの腕の痛みは採血のあとの痛みとは思えなかった。
以前にはこのような夢を見ることはなかっただけになにかの予兆かと少し気になったが、加齢により少しずつ確実に死に近づいているということなのかとなにやら自分で納得してしまっているのにわれながら驚いてしまった。
自然の生というものが辿るべき道筋を自分もまた確実に辿っているのだと思うと逆に気が楽になった。
それにしても日々の各種の報道メディアの伝えるところを見ていると怒りも生まれてこないような気がする。
テレビに映っている少し怒っているような眉間にしわを寄せたあの顔を見ると、ああまた年金問題かと早合点してしまいそうであるが今回は別のことが問題らしい。
薬害に関する裁判所の判決に対して国側も折れて被告団のいう被害者全員に対する保障問題が前にすすむのではないかというのである。それにしてもどんな事件があっても誰も責任をとらないという行政なり経営なりの体質は一向に変わらない。
そんな中で数日前から急浮上してきたのは中国産冷凍食品(ギョ−ザ)による中毒事件である。日本のマスコミはこと外国の事件特に中国のこととなるといやに張り切ってしまうようである。相手がアメリカというともっと扱いが違うのかもしれないと思うと内弁慶ぶりが際だつているように思う。
国民の食生活に直結することであるから問題視することは当然である。どのように進めていくべきかのはっきりした方針を持って進めることをきちんと実行してほしいのである。
率直なところこの事件についても分からないことが多いようである。初めは材料とされる野菜の残留農薬によるものでないかといっていたがそれにしてはその濃度に疑問があるという。
袋に穴が空けられていたあとが見つかったという報道もあった。
意図的に仕組まれた結果なのか、別の理由や原因によるものなのか早く確定してほしいと思う。
それにつけ込んで知り得たインサイダー情報をもとにその食品を扱かった商社の株価の急落を当て込んで株式取引をした者たちがいるともいう。オカネのためなら何をやってもいいという拝金思想ここにきわまれりという気がする。
その少し前に報じられたのは、NHK職員によるインサイダー情報による株式取引があったことである。何もかも乱れきっているとしか言いようがない。
こういうことを並べ立てると、それは所詮ごまめの歯ぎしりだよという声が返ってきそうでもある。
不確定的な要素に包まれた不安定な世界に生きているのだということをあらためて実感させられる。しかし、それでは生きていることが恐いということになってしまう。
なんとかして明日を見付けたいものである。
飛躍するようであるが、わたしは前から通信、放送、出版、情報処理などの各業種の境界線が次第にぼやけてきている現実を背景にいずれそれは融合の方向に進むのではないかと考えている。
別にビジネスチャンスとして何かをやるためにというのではなく、人生の残り時間の少ない自分の生活に何か役に立つことが得られるのではないかという新しい希望のためにそうなればと思うのである。
異業種の間のことではないが、同じ新聞業界の中でそのような動きが出てきている。
読者としての国民が今世界であるいは日本でどのような流れがあってそれぞれの新聞社がそれをどのように報じそれに対してどのような考えを持っているのか、それぞれの新聞社の立場を比較できるようなサイトを最近発足させたというのである。
つい数日前の読売新聞で知った。参加しているのはあと朝日と日経の2新聞社であるという。
個人的に三紙を購読するというのは経済的にも大きな負担になるので、特にわが家では到底許されそうにないだけにどんなものかという気持ちからである。どうやら3紙のポータルサイトの役割を果たす作りになっているようである。
早速覗いてみた。「あらたにす」というサイトでURLは、
http://allatanys.jp/index.html である。
覗いてみた範囲では、このサイトを通して今の時点で世の中どんなことが起こっており、どんな方向に流れていきそうなのかがつかむことができそうである。大いに助かる。
今は報道を主とする新聞界の動きに過ぎないが、これが映像や音楽や文学や絵画やというあらゆる分野の芸術に至るまでに広がりをみせるようだとこれから先少しは希望を持てるようになるかもしれない。
◎「2008年年賀状」

◎「この世紀末的現象」(2007.11.30)
「世紀末的現象」という言葉はほんとうに使い古されて手あかの付いた言葉と意識されているのではないだろうか。この言葉を使ったからといってほんとうに世紀末が来るだろうということを意識する人はいないのではあるまいか。
しかし、わたしはそれを承知でこの言葉を使いたい。
こんな光景を毎日のテレビのニュースや日々の新聞紙面をとおして見ているからである。
それはもうこの世の終わりが間近に迫っているかと思わせられるような退廃的な、実に嘆かわしい現象が切れることなく続くからである。
テレビ画面に3〜4人か4〜5人の黒いスーツを着た男たちが一列に並んで立っているのが映る。決まったように一斉に頭を下げその中の1人がおもむろに口を開いて「申しわけありませんでした」としゃべる。
ほんとうにお馴染みの光景である。さて今回はどんな会社がどんなことをしでかしたのかと見ていると、食品会社であることが多い。当日に賞味期限切れとなった食品のレッテルを貼り替えて翌日販売棚に並べて売っていたなどというのである。
世の中にはこれだけは最低限守らなければならないことだという決まりがあるのは誰しも承知していることである。見つからなければなにをやってもいいのだということになれば間違いなくそれは通常の市民生活の枠を超えているということになるのだろう。
こんな中でひときわわたしの目を引いた記事があった。経済産業省が「物品事故」に関して緊急会見の開き方を指南(11月27日)というのである。なにかが狂っているとしか言いようがない。不祥事が発生しないよう指導するのが行政の本来の仕事だと思うのであるが。
なにも食品会社に限らない。ガス湯沸かし器を製造販売しているパロマという会社はそのまま放置すれば不完全燃焼による人命損傷引き起こすことを社長も承知しながらなんの手も打たなかった。このため大学生の命が失われた。
この件については先月26日の報道によると遺族側が提訴に踏み切ったそうである。
メーカー側が何らかの手を打っていればあたら若い命を失わなくて済んだのにと思う。製造責任者としての当然の責務を果たしていなかったのである。
世の中に規制緩和に名を借りてなにをやっても自由なんだという風潮が蔓延し、儲かりさえすればなにをやっても自由なんだというライブドア事件や村上ファンド事件が発生したのも記憶に新しいところである。
今年になってからはまず食品関係で、消費期限切れの牛乳などで菓子を作っていた不二家の不祥事、ミートホープの牛肉偽装事件、チョコレ−ト菓子「白い恋人」の賞味期限改ざん、三重県の和菓子「赤福」、秋田県の「比内鶏」と続く。
ごく最近では、大阪船場料亭の吉兆、マクドナルドと続く。まだまだ出てきそうである。ここにも見つからなければやりどくという考えが広く広がっているからのように思える。
こうしてみてみると国の基本としての教育全体のあり方など現在の縦割り行政ではなくもっと広い立場での国民的議論が必要であると思う。
ところが国会は、テロ特措法の取り扱いを巡って衆参両院のねじれのためだと称し、なにも決められないと今後の見通しさえたてられないでいる。
そこへもってきて防衛省前次官のゴルフ接待漬け事件の発覚、これでは前次官本人のみならず妻まで逮捕される有様である。そもそも国家公務員を目指すにあたってはある程度高尚な志があったはずであると思うが、そんなものは初めからなくてエラクなり金に結びつけばいいくらいの気持ちしかなかったのだろうか。
マンションや橋梁建設の建設業者の手抜き工事事件も後を絶たない。
厚生労働省の薬害公害に関する事件では、薬害被害者に対して薬剤を投与した事実さえ本人に知らせないままに捨て置き現在に至っているという。この間誰も責任を取らないし責任を追及する声も出ていないらしい。
まさに公務員天国、政治家天国、金儲け亡者天国である。
地球規模の温暖化が様々な人類生存に支障を来す現象を発生させているというのに、アメリカの独善に追随するかのような日本の政治家の志の低さ。ほんとうに日本どころの話ではなく全世界規模で目に見える活動を必要としている時期だというのに。
やはりどう考えても世は末世ではないか。
【注】
本文中には書かなかったが、新聞記事の見出しなどに出ていたものをあと少しあげると
★「選挙公費水増し横行」(11/19)
★「モラルなき利益至上主義」
★「欲望資本主義に憑かれた男たち」
★「名ばかりの管理者」(使いたおせる)(目標達成のため)
◎「花の名エトセトラ」 (2007.10.12)
いまのこの時期は散歩するのが楽しい時期である。なぜかというと風の弱い日であれば街のあちこちでキンモクセイの匂い(いやキンモクセイだから香りというべきであろうか)がすることにある。あの香りをなんと表現するのか、「馥郁とした」でもそのまま表現したことにならないような気もするし、ただ「甘い香り」としても適切な表現とは言い難いような気もする。
ある本では「芳香」という言葉を使っていた。これはいただけるように思うがどの言葉も香りの具体的な内容を表現していないのでまだ決めかねている。
でも頭にキンモクセイという具体的な花の名前を冠しているのだからその内容については読む人、聞く人にはその香りが想像できるのだからどれを使ってもいいような気もする。
自分の語彙の貧困さと、感性の鈍さに悲しくなる。
わたしはご訪問いただいているこのHPで「アルバム」と称して折にふれディジタルカメラで撮った写真を掲載している。目にとまった風景や身近なところで見つけた花や鳥などを撮ることが多い。三脚を使わないことに拘っている素人の写真であるから本当にお目汚しにしかならないようなものばかりでお恥ずかしい限りである。
そのアルバムでは写真を掲載するにあたり撮ったときの感じが見ていただく方に目をとめていただけるような題名を考えて付けているつもりである。ただ困るのは被写体特に植物や動物の名前が分からないときである。
わたしのアルバムの題名を一目見てこれは名前が分からなくて苦労して付けた題名だなと分かるような、苦し紛れの題名があることにお気付きの方もおられよう。
わたしの花の名に関する語彙は極端に少ない。その乏しい語彙を補うためには手許に花に関する図鑑があることが第一条件であると思うが、花の図鑑と一口に言っても世の中には本当に多くのものが出ており生活に追われている身としては適切な一冊を見付け、購うことがなかなか難しいのである。
身近に花に詳しい人がいてその人に実物を見ながら教えて貰うのが一番であると思う。しかしそのような機会に恵まれている人は少ないのではないだろうか。幸いなことにわたしの場合ITボランティア仲間の中に、公園でのボランティアもやっている人がいることが分かっていろいろ教えていただくことができるようになった。おかげで大いに助かっていて感謝している。
それにしても乏しい花の語彙についてよく考えてみると、園芸種に属するものは野の花が主であってそのほとんどが小学校を卒業をする頃までに覚えたものばかりである。タンポポ、レンゲ、ナノハナ、キク、アザミ、アサガオ、ホオズキ、コスモス、スイセン、ショウブ、ススキ、ユリ、ハスなどなど。木に咲く花もあげることができるがごくありきたりな、椿、桜、梅、栗、柿、桃、躑躅、琵琶などしか思い浮かばない。
むしろ、あの食糧事情の悪くなり始めた戦時下の頃、必要に迫られて作っていたサツマイモ、エンドウ、インゲン、カボチャ、キュウリ、トマト、ダイズ、ナスビ、ジャガイモなどの花はいまでもみればすぐわかるのが不思議である。
こうしてみると花の名前は生活と密着したところで覚えたものがずっと記憶として残っていると言えるようである。最近のように外来もののカナ文字の園芸品種が多いとたとえ教えて貰っても覚えきれないというの実際であろう。
ここまできて自分がこの文章で何を書こうとしていたのかすっかり見失っているのに気がついてうろたえている。
◎(続)「片隅の小市民の思い」 (2007.9.15)
「片隅の小市民の思い」を書いてから2週間余の9月12日外出先から帰宅途中の地下鉄東西線大手町駅の売店で見かけた夕刊紙の見出しに大きな活字。
「安倍首相 辞任表明」
今朝臨時国会で所信表明を行ったばかりではないか。そのニュースを聞いてから自宅を出たはずなのになぜ、という思いが脳裏をかすめた。
その後次第に明らかになったことを総合するとどうやらイラク特措法の延長に関して民主党の小沢党首に党首会談を申し入れたが断られたことをトリガーとして、「このままでは政策遂行できぬ」と政権を投げ出すことを決意したということらしい。
それにしてもずいぶん国民をバカにした話ではないか。朝に所信表明をしておきながらその午後に野党の反対質問を受けることなく退陣表明するとは。
与謝野官房長官の記者会見によると、さきほどシドニーで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)のころに一段と健康に問題があることが自覚されるようになったのではということであった。
かりにそうであっても参議院選挙直後逆転の結果に一顧だにせずすぐ政権続投をきめて内閣改造を実行したばかりではないか。
どう考えてもこ公党の責任者であり一国の最高責任者の首相の座にあるものの取るべき態度とは考えられない。
世襲議員の無責任さ、無能力さが表面にでたということだろう。
自民党の無責任さも指弾されるべきである。小泉前首相が退任したあとの総裁選挙において選挙の顔としていいのだという理由で雪崩を打って大多数の党員がその流れに乗ったのであったから。
そのときと同じことがポスト安倍の総裁選びに繰り返されている。夕方のニュースによると小泉内閣のときの官房長官であった福田元首相の長男康夫氏が党内のほとんどの派閥に支持されて選ばれそうな状況である。
前回は党員の大多数が、今回は党内のほとんどの派閥が流れに取り残されるなとばかりに担ぎ出すという構図に開いた口がふさがらない。
この期間国会は開店休業で政治的には全く空白の時間である。
選挙民たる一般国民は全く蚊帳の外である。
そのあいだ民主党はこのあとのことを考えて静に手を打っているということも見えない。
テレビはいまやその資格もない無責任ジャーナリズムであるが、新聞もその役目を果たせそうにない公器と堕してしまっている。
真の志ある指導者が出てこないだろうか。出てくるのは嘆息ばかり。
◎「片隅の小市民の思い」 (2007.8.28)
今回もまとまりのない話でお許し願う。
前回書いてから1か月と旬日、あのころ始まったばかりの参議院議員選挙の投票結果が出てから1か月近く経った。
昨年圧倒的支持を得た郵政解散による政権の座を前首相から譲られた安倍政権ではあったが、今回の参議院選挙では臍を噛む結果となってしまった。たしかに参議院選挙は政権の選択を問うものではないが、今回の結果は衆参の逆転現象を生むものとなった。しかしそれを受けた安倍首相は早々と政権継続を宣言した。今日の午後自民党の新3役を選びそのあと新閣僚を決定して新内閣を発足させた。
わたしの記憶では、あの選挙において首相は演説の中で自ら「小沢さんを選ぶか、わたし(安倍)を選ぶか国民の皆さんに問いかけたい」と言ったのではなかったか。
国民(選挙民)に対して政権選択の問いかけをしながら答えがノーと出たにもかかわらずそのままその座に居座り続けるのは決して「うつくしい国日本」の首相としてふさわしくないような気がする。
しかしそんな柔なことを言っている夢見る市民のことを考えていては冷酷な政治の世界の論理を全うすることができないということなのであろう。
政治の世界のような社会現象だけでなくわれわれ人間の住む自然の世界においてもいろんな意味で暑い夏になっている。温暖化の影響だという。
世界的に見ても単に異常気象という言葉で片付けていいのかと思われるようなことが各地で起こっている。
日本のこの夏の猛暑現象はいうに及ばず、近いところでは中国や北朝鮮における洪水による被害、遠くではギリシャの渇水による山火事の発生などなど本当に心配なことである。
その暑い夏も明日あたりから少し(ほんの少し)ばかりトーンダウンするのではないかということであるが。
こちらもただ暑い暑いと言うっているばかりではなく少し頭を冷やして、このところの感じていることを整理しておこうと思う。
ちょっと次に並べる日付を見てそれがなんの日か思い出していただきたい。
6月23日、8月6日、8月9日、8月15日。いわずもがなとは思うが日付の順に「沖縄戦終結の日」、「広島原爆投下の日」、「長崎原爆投下の日」、「敗戦の日」を指し示している。
あのときから既に62年、風化の進みも限界に近づきつつあるような気がする。
今年もそれぞれゆかりの地で行事が行われた。
表面的には例年のとおり惰性による儀式が行われているだけのように見えるが、前防衛大臣の「原爆はしようがない」発言、憲法改正への道をひた走るための通常国会における強行採決の連続、「戦後レジュームからの脱却」などという言葉の乱舞が人々の目に耳に届くようになってから人々の反応が少しずつ変わってきているのではないかという気がしてきた。
あの忌まわしい時代の記憶を持っている人々の高齢化がすすみ、一人去り、二人去りを眼にするにつれ残った人たちの中にはいま話しておかなければという危惧感が出てきている動きが少しずつ報じられるのを目にすることもあるように思う。
もちろんそれは大きなものではないし、力も弱いものである。語れる人もこの先急速に減少して行くことであろう。
いまのわたしにはそれを分析してこの先こうなるだろうなどと語る力などないが、戦前戦中の権力者であった父や祖父を賛美しあわよくば再びということを望んでいるような動きに少しでも待ったをかけられたかもしれない今回の結果は大事にしたいと思う。
そのためにはマスコミの世界がもっとまともな姿勢を持ってほしいと思う。バカ番組を流すだけのテレビやくだらない提灯記事を書くだけの新聞など要らない。
あれだけ大きな犠牲を払って戦後手にした自由と平和である。やはり大事にしたい。
誰の言葉であったか忘れてしまっているが、忘れてはならない言葉の一つ。「いい戦争も悪い平和もない」。
◎「台風、地震」 (2007.7.16)
大型の台風14号が昨日関東南沖を通過して東方海上に抜けて行った。
この台風は非常に大型で勢力の強いものであった。沖縄地方を直接窺いながら南九州を一部かすめて高知沖から紀伊半島をもかすめて行った。折からの梅雨前線の活動と相俟って南九州の各地、四国の各地、和歌山県の一部などに大きな水害をもたらした。
梅雨だというのに少雨を託っていた関東地方にも先週13日から昨15日の週末にかけて雨を降らせたが、近くの野川をみても十分降ったというほどの量は降らなかったようである。
天の配剤はこのところ何かしらバランスを欠いているように思える。元はといえばこの地球上に住むわれわれ人間に源を発する所行による大気中のCO2の増加による温暖化現象に行き着くのだそうである。
これだけ危険信号が点滅しているにもかかわらず、全世界的にみて大所高所に立った行動を起こす指導者は現れず各地で蝸牛角上の争いを繰り返している愚かな人類の姿を見るだけである。
今年はエルニーニョ現象ではなくラニーニョ現象の年であるとか。台風やハリケーンの発生回数は少ないらしいのであるが、一回あたりの台風やハリケーンのエネルギーは大きなものとなっているという。
台風14号もその例に漏れないのだそうである。
この雑文を書いている今は午前11時半過ぎである。何気なくテレビのスイッチを入れたところ午前10時13分過ぎに新潟・長野地方に震度6強の地震があったと伝えている。震源地は新潟県中越沖だという。
影響を受けている地域にはまだ記憶にも新しいあの中越地震の被災地も含まれているし、原子力発電所のある柏崎や刈羽地域が含まれている。その後の情報では柏崎原発では地震発生と同時に原発は自動停止したものの、発電機のある建屋以外ではあるが同じ敷地内の変圧器のオイルに引火して黒煙を上げて燃えていると報じていた。
地震という自然災害は日本列島どこで発生してもおかしくないということであるが、僅か数年のうちにまたもというのは、先程の話ではないが天の配剤としてはどこかバランスがかけているような気がしてならない
それにしてもこのような大きな自然の力を前にして、今こそ叡智を結集して自然との共生の道を探らなければいけないときにわれわれの身の回りでは何が行われているか考えてみなければなるまい。
まず世界的なレンジでみて各地に頻発する宗教間の、民族間の、そして一部国家間の争いもある。
本来世界平和の実現のために必要な機関として設立されたはずの国際機関である国連は、ほとんど有効な役割を果たし得ていないことは誰の目にも明らかであろう。
なぜだろう。わたしは端的に言って世界の指導者と呼ばれるべき立場にいる人たちが理想主義を完全に失ってしまっているからだと考えている。均しくこの地球に生を受けている人間として何かにつけて破滅的な危機に直面しているという危機感を持っていないことに起因すると思う。
わたしは別に英雄待望論者ではないが、いま世界を見回して地球的な規模で環境破壊が進んでいることに強い危機感を覚え彼なりの活動をしているアメリカ前副大統領のゴア氏のことを注目している。
日本にはそのような指導者は見あたらないことに深い失望を覚えるのである。
こんなことを綴っているとき外を選挙カーがうるさくがなり立てながら通り過ぎた。ああそういえばこの月末には3年に1回の参議院議員選挙があるのだ。
それにしてもあの国会の会期末の衆議院における強行採決の連続は、どう考えても多数を恃むごり押しとしか思えない。小泉前首相の郵政解散の後遺症である。
参議院議員の改選はたしかに国政を問う選挙ではないかもしれないが、現実に多くの国民が感じている年金に対する拭うことのできない不信感や、地方税の増税感や、いまや隠しようもない格差感や、に対するいまの政治のあり方を問う選挙であって当然だと思う。
投票する側の国民も今一度冷静に考えてどういう投票態度をとるべきなのか考えるべきだと思う。
規制緩和に便乗して利益を追求する輩が絶えない。言葉を換えていえば介護とか人材派遣だとか食品加工だとかレジャー産業とか温泉施設だとか何でも儲けるためにはあらゆる手抜きや違法行為を行ってでもと考える輩が後を絶たない。
こんな悲しい現状の日本に住むわれわれであるが、その日本の指導者たちがあまりにも心貧しい小物であることを嘆いているばかりでは少しも日本はよくならないことをよく自覚するべきだと思う。
少なくとも「女は子供を産む機械である」、「原爆投下はしようがない」、というようなことを言うような指導者やその亜流人物は選ばないという行動を示してほしいものである。
◎続「われわれの収入は雑」 (2007.7.8)
今年の3月に「われわれの収入は雑」と題して駄文を綴った。
そこで言外にいいたかったのは、長い年月耐えて耐えて働きやっと手にすることができた年金は,決して十分ではないものの老後の生活を保障してくれる有り難いお金で胸を張って受け取るこのできる収入であるという認識であった。
大いに感謝して受け取っている。
社会の一員として働くことができ、それを通じて少しは社会のためにお役に立てたのかなというささやかな誇りを持つことができると思っているのである。
その年金は税法上「雑所得」に分類されており毎年確定申告を行う必要がある。そのことも極めて当然のことだと思う。
でも「雑所得」という言葉の感じからはなにかしらあまり大きな顔をして受け取るべきものではないような気持ちにさせるような響きが感じられないだろうか。
そのときに書いたものの一部を重複をお許し頂いて引用させていただく。
> 「雑」という字から受ける感じで言えばどこにも分類されない中途半端なもの、どう
>でもいいような感じのもの、よけいなものというように受け取れる。僻みっぽく言えば
>徴税する側から見た公的年金の位置づけを意味しているということにならないだろうか
>。
>
> そのような位置づけの所得からも漏らさず税を徴収するという国家の意思を見せつけ
>られるようでなんとも冷たい感じがする。
>
> 「雑所得」に分類される年金により生活している者のささやかな自尊心など思いやる
>ことなどさらさらということであろうか。
今でもこの考え方は変わらない。
7月5日の天声人語に次のような文章が書かれているのを読んだ。
【「雑」の字にはいくつもの意味がある。雑種や雑居あたりはいろんなものが入り交じる様、雑用、雑音などの含意は、主要でない、余計なということか。先日公開された国会議員の06年の収入に、雑所得なる項目がある▼所得の中で、印税、テレビ出演の謝礼、講演料などだ。分類しにくいという意味の「雑」に放り込まれている。様々の実入りが合わさった副収入は、雑のすべての意味を併せ持つ。▼所得を報告した衆参710人で、雑所得の稼ぎ頭は安倍首相の2616万円だった。(以下略)】
同じ「雑所得」でも生活費としてほぼ全額の消える僅かな額の年金とは全く意味合いが違うと言わなければならないと思う。分類しにくいもののすべてを含む「雑」はそれが生活費であるとは考えられない。
たとえ乏しい年金でもその中から応分の税を払わねばならないのは当然のこととして受け入れているのである。ほかに分類のしようがないから「雑」というのはあまりにも年金受給者に対して失礼というものではないだろうか。
少なくとも胸を張って受け取ってしかるべき年金であるはずである。
人に対して優しさを持ち合わさない、人の尊厳に思いを致さないないそんな連中には退場してもらうことを考えなければと思う。
◎「あまりにも腹立たしいので殴り書き」 (2007.7.8)
今年もはや半分を過ぎ7月である。
こんなことを書いたところでなんともならないことばかりで深い絶望を感じる。
新聞の川柳投句欄、読者の声欄、内容を見ると人間社会や政治のことだけではなく自然現象にも幅広くわたっている。
それにしてもここまで人々の心が荒れ果ててしまっているのかと思うような事件ばかり。
世の中カネを稼ぎカネを持っているやつがもてはやされる風潮。それに背を向けているのは負け犬の姿だと切って捨てられる。
なにがなんでも会期内成立をと強行採決を繰り返すオボッチャン宰相、詐欺の容疑で逮捕される元公安調査庁長官、原爆投下を「しようがない」と整理をする現職防衛大臣、牛ミンチ偽装のミートホープ社社長、渋谷の繁華街にある温泉施設の爆発事件を起こした経営者や行政の当事者、どこまで続く泥濘ぞと言いたくなる。
今や国民は国や社会から生命や身体の安全を守ってもらうすべがなくなってしまっている。
高齢者福祉事業はもともと税金として徴収されている介護保険料がベースである。人材派遣のグッドウィル折口会長、コムスン社長、起業に名を借りて高齢者福祉事業を食い物にしているといわれてもしかたがないのではないか。
人材派遣業などというのはなにかしら胡散くさい感じがしてしかたがない。正社員と派遣社員の所得格差の上に成り立つ事業というイメージしか出てこない。
それに従事するみんなが均し並に低賃金にあえいでいるというのに、一方でそれをくいものにしてぜいたくなくらしをしている。
消えてしまった年金受給資格や受給額。この社会保険庁の闇はあまりにも深くて恐い。
教科書検定で集団自決について軍の強制はなかったと削除を命じた文科省検定調査官。
アメリカ議会は旧日本軍の従軍慰安婦事件について日本に反省を求める決議を採択しようとしている。
昭和20年8月15日を境として何ごとも反省しないでいつまでも被害者面をしている傲岸さを責められているのではないか。
憲法改正への道をひたすら歩みたがる戦争責任者の2世3世。
山口県光市の母子殺害事件の差し戻し後の控訴審審理における被告の無罪主張。誤った自由の意識を植え付けたマスコミや教育界の責任は。
カネや死刑からの自由のためになにをしてもいいという風潮、許し難い。
エレベータや遊園地のジェットコースターの定期的な点検やメンテなすをさぼり続けること。
ビル壁面の看板の落下もあった。
世の中なべて無責任時代、行政の無謬性論理がすべての悪の根源である。
そういえば未だ嘗て責任をとった役人と政治家はいない。ああ。
◎「こんなメール往来」 (2007.6.7)
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Mi 様
早いものですね。今日で5月も終わりです。
しばらくお会いしませんがお元気のことと存じます。
今日は5月31日のA紙「論壇時評」に掲載された政治学者杉田 敦氏の【憲法と現実】「改革で鋳直される戦後」という小文をPDFファイルでお送りします。
この小文をお読みなっての兄のご意見をお会いしたときにでもお聞きしたいと思いますが、終戦時国民学校6年生だったわたしの歴史観については折に触れお話ししておりますのでお分かり頂いているところだと思います。
さて、永田町がらみでは嫌なことが起こりますね。昨日のY紙朝刊社会欄に「黙っていた方がいい」という見出しの記事がありました。
それによるとそのような指示があったことを匂わせています。わたしがいつも言うように志の低い政治屋(政治家ではありませんぞ)の末路や哀れということでしょうか。
一方ぬくぬくとその上に胡座をかいている奴もいるということで気分の悪いこと極まりなしということですね。
(以下省略)
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こんなメールを送ったところ数日日おいて次のような返事を貰った。
因みにMi氏はわたしの年若い友人のひとりで団塊の世代に属する人でまだ現役である。まっすぐな人で今でも月に一二回はいっぱいやりながら近況を語り合う仲である。
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Ma様
メール有難うございます。それにいつも記事有難うございます。参考になります。
憲法の記事ですが、論理は明快ですが、運用は人命に係わるので非常に難しいのでこうだと断定できかねる人が多いのではないでしょうか。
私ははっきり言って、今の国民の民主主義への認識では9条の改憲に反対です。
自主独立を進めるのに政治家が自主独立論を主張しても支えになるほど国民には平和に対し、軍備拡張への警戒感も見られません。まして日常生活での危機管理体制もありません。
今の政府のやり方で若者を戦場に送れる理屈付けにするとアメリカに利用されるだけです。アメリカの「年次要求書」、中国・韓国の「靖国神社参拝批判」、「教科書問題批判」等々で我慢を重ねるのに若者が嫌気をさしている、政府、社会を信用しなくなってきていることのほうが心配です。
志の高い政治家、実力のある政治家がどれだけいるのでしょう。自分の政治を実現するための本格的な戦略立案集団をもっている政治家がどれだけいるでしょう。
”民主党”のイメージは私にとっては理屈ばかりで納得度の低い、軽い、共産党はワンパターン、民社党は過去の労働組合等の支持イメージが印象としてあるので駄目、公明党にいたっては”馬鹿野郎!二度とくるな!!”という感じです。
自民は泥臭く付き合う気がしないですね。松岡さんは要領が悪かったですね。百姓のせがれだとか。田中角栄も百姓。おらが村の先生様なのでしょう。自殺は、”ぼんぼん首相”の責任だと思っています。小泉元首相だと恥も外聞もなく辞めさせていたでしょう。それも自分流の理屈をつけてです。安倍さんはあまり期待はできないですね。臨機応変ではなさそうですし・・・・・。
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【追記】
これをわたしの思いつきで拙HPに掲載しようと思いMi氏に忌憚のない意見を求めたところ、次のような返信があった。
タイトルについて「聖徳太子もびっくり、安部政権の政権運営」または「地獄への道作り?怖い安部政権と能天気な国民の政治感覚」としてはどうか。
また内容について、もう少し付加して憲法改正問題や農政からだけではなく国土交通省の耐震問題、厚労省の年金の使い道等々解決することなく国家破産への道を歩んでいることに言及してはどうか。
ただわたしとしては身辺雑記のページで今回そこまで広げてしまうことにいささか躊躇いがあることを連絡し、【追記】の形でご意見を頂いたことを記載することとした。
また氏との意見交換は今後も続けていきたいと思っている。
◎「どうしてこんなことに」 (2007.5.10)
5月もはや中旬、目に触れる木々や草花の色がますます鮮やかな季節である。なんといっても若葉の緑が日を追う毎に濃くなっていることを実感する日々が続いているのが楽しい。
この限りにおいてたしかに日本は「美しい国日本」である。
四季の変化がこんなにも豊かで、鮮やかで、そこに生きる人々に恵みを与えてくれる日本は本当に美しい国であると思う。
古来この四季それぞれを山の人の目に映る様に託して次のように言っている。
「山笑う(春)」、「山滴る(夏)」、「山粧う(秋)」、「山眠る(冬)」と。実にいい言葉である。
ところが現実のわれわれが生きている社会に目を転じると、とてもそんな言葉を実感できるような状態ではなく冷たい言葉や社会現象や事件が毎日毎日再生産され続けている。
ランダムに拾い上げてみても、「いじめ」、「談合」、「天下り」、「格差社会」、「再チャレンジ可能な社会」、「学校給食費の未納」、「保育料の未納」、「個人情報の保護に名を借りた匿名社会化の行き過ぎ」、「毎日のように発生する事故や事件でお偉い人が頭を下げる映像」、「病気腎の移植」、「インサイダー取引」、などなど枚挙に暇がない有様である。
どうしてこんな薄汚い日本に成り下がってしまったのだろうか。一言で言えば日本社会に蔓延する総倫理観の欠如によるものだというしかない。
また、指導者を自認する輩の志の低さあるいは欠如を上げることもできるだろう。
目先の利益を生み出すことがいいことだという風潮は、例えば国の進むべき方向を検討するなんとか諮問会議やなんとか再生会議とかのメンバーの中心を経済界出身者が占めているからだと言い切る人もいる。政治家が表に出ないで経済人が仕切っているからだということらしい。
国の進路を決めるのは政治の立場にあるものの責任のはずが、いつのまにやら経済に従事するものの発言に取って代わられていることにあるということなのだろう。
世の中のいわゆる識者といわれている人々の多くはその原因は戦後の教育にあると言っている。果たして本当にそうだろうか。
いろいろ考えたいことがある。
◎「今日はちょっと気分がいい」 (2007.4.5)
毎日目にする新聞記事や、テレビニュースにはおよそ楽しい話がないのは誰しも思うことであろう。
ところがわたしにとって今日はちょっといい気分の日である。
別に大した理由があるわけではないが、次の2枚の写真を見比べていただきたい。左側のそれは4日前の4月1日に撮したものであり、右側のそれは今日4月5日に撮したものである。
両日とも撮影時点において快晴であった。
いずれも同じ場所からほぼ同じ時刻(午前6時45分頃)に撮したものである。片方は富士山の影も形も見えないがもう一方にははっきりと撮っている。
どちらの日も前日に雨が降り少し風もあったので春霞の頃とはいえおそらく富士山は撮れるだろうと思っていたのであるが、結果はご覧のとおりである。
原因ははっきりしている。左側は前日の雨や風では拭いきれなかったはるばる中国大陸の奥地から吹き飛ばされてきた黄砂の影響である。
今日は昨日のまるで冬に逆戻りしたような寒気の影響による雷雨と放射冷却もあって空気が澄んでいたことも幸いしたのだろうと思う。この写真でははっきり分からないが富士山以外の丹沢山塊や奥多摩の山々も季節外れの雪化粧で白く映えていた。久しぶりにすっきりした気分を貰った。だからちょっぴり気分がいいのである。
この予兆に気がついたのは昨夜半戸外に出て空を見上げたたとき、満月にもかかわらずおよそ普段は見ることのできない多くの星の瞬きを見ることができたことにある。
まさに早起きは三文の得である。

それにしても黄砂恐るべし。
◎「われわれの収入は雑」
(2007.3.13)
この頃は知った人と会ったときなど交わす言葉の定番は「暖冬異変」ではないだろうか。それほど普遍化した現象になっているということであろう。何も日本だけに限ったことではなく世界的な現象だという。決してよい兆候とは言えないだけに何かSFの世界にいるような気がしてならない。
海外でも様々な異変が発生しているという。年間を通して雨の少ない地域に集中的な降雨が続き洪水が発生したり、逆に酷暑の日々が続き乾燥に悩む地域もあるという。局地的な雷雨や竜巻が多発している地域もあると聞く。
これらの異変はエルニーニョ現象によるものではないかという見方もあるようであるが、その見方には今の現象が一時的なものであってほしいという願望が入っているのではないかと考えたくなる。
この暖冬のせいで言うところの季節感が失われて冬の定番であるスキーができない一冬を過ごしたスキー場、湖面の氷の小さな穴から釣り糸を垂れワカサギを釣ることができなかった例年氷結するのに今年は氷結しなかった湖など生活そのものや趣味の楽しみを失ったところも多かったという。
翻って自分の生活をみると寒さに弱い自分にはよかったのかというとこれが必ずしもそうではないのである。だらだら暖冬が続くのではなくその中にも寒さの厳しい日もあれば反対に春のような暖かさの日もあるということがある。
体がそのような寒暖の変化について行けなくなっていて却って体調を崩したりすることもあったのである。
詰まらない時候の挨拶が長くなってしまった。ごめんなさい。
さて、例年と同じように今年も確定申告を済ませた。
完全に年金だけの生活になってからもう久しいが、1昨年までの数年間は僅かながらも還付金のある年があった。しかし、その間に選挙用のいくつかあった減税措置が順次廃止されたため、昨年からは申告税額が年金支給時に徴収されている所得税額をオーバーするようになった。
年金額はバブルが弾けたあとのデフレ政策によってもたらされたGDPのマイナス化による影響で僅かながらも減額になったくらいでほぼ同じような水準である。それが逆に税額は昨年より今年と増加しているのである。美しい国などではなくなんという酷税の国であることか。
われわれ昭和20年頃までに生まれた世代は、終戦後の混乱期に続く高度成長へ向かう時期から高度成長期にかけて明るい国の未来を信じながら必死に働いてきた世代である。
やっと団塊の世代と交代する時期がきてやれ年金で生活できる時代がきたかと喜んだのは、ほんの束の間の夢であったようである。
乏しい額の年金といえども受け取るのは感謝の気持ちと共にであり、なにがしかの額の税を納めることも当然のことだと受け止めている。
現在の税制が公的な年金については申告制をとっている限り申告を行う必要のあることも所与のことと考えている。
それなのにである、これは前々から気になっていたことなのであるが「所得税の確定申告の手引き」によると公的年金は所得の種類としては「雑所得」に分類されているのである。
長年サラリーマンとして(給与所得者)として働いて来、従事してきた職業を通して少しは社会貢献の役目を果たした結果手にしたはずの年金であるのになんとこれが「「雑」所得なのである。
「雑」という字から受ける感じで言えばどこにも分類されない中途半端なもの、どうでもいいような感じのもの、よけいなものというように受け取れる。僻みっぽく言えば徴税する側から見た公的年金の位置づけを意味しているということにならないだろうか。
そのような位置づけの所得からも漏らさず税を徴収するという国家の意思を見せつけられるようでなんとも冷たい感じがする。
「雑所得」に分類される年金により生活している者のささやかな自尊心など思いやることなどさらさらということであろうか。
◎「近 況」 (2007.2.12)
このページでは書くからにはせめて明るくなるようなことをと思うが、なかなかそういうことにはならないのでともすれば書かないままに済ませてしまっているのはご覧のとおりである。
取り上げたいと思うような明るい話題は全くないといっていいのだろう。
そうかといって蘊蓄話を書けるほどの蘊蓄もない。
ないない尽くしではあまりにも寂しいので、今日は昨年末の2か月に限定して普段わたし自身なにに興味を持ってどんなところに顔を出していたかについてご報告させていたく。
わたし自身公言しているように相変わらずいろんなことに興味をもち続けていることには変わりはないが、1月2月はそのような講演会や公開講座は冬枯れの時期であるので、今のところ活動停止の状態である。
また、旅行も映画館通いも一服状況である。
もうそろそろ3月以降の予定を立てなければと考えているのであるが、まだはっきり決めたわけでもない。どのように決めるかおそらく昨年と同じような時間配分になるのだろうということは変わらないだろうと思う。
昨年の11〜12月の2か月間に自分の知的好奇心を次のような公開講座や講演会に顔を出すことによって不十分ながら満足させていた。
これをご覧になってわたし自身がほんとにいろんなことに興味を持っているか知っていただければありがたいと思う。まだまだこれだけでは不十分でもっと広げたいのは山々ではあるが日常の生活はこれだけではないのだから。
たとえば、ルーティン的なものとしては週2回のパソコン相談のボランティアサポーターを勤めていることもある。高齢になってから新しくパソコンを始めようという方々のいわゆるパソコンディバイドがいささかでも解消されることを願っての活動である。いまのところほとんど皆勤状態である。
ただ残念ながら読書の時間がほとんどとれていないということを恥を忍んで書いておかなければならないのが情けないことである。
今年もそれなりに充実したと言えるように過ごしたいと考えている。
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11月1日==>武蔵野大学公開講座 水原紫苑 「土岐善麻呂の歌の心」
11月7日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 栗城譲一 「古代の瓦を考える」
11月8日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 竹花宏之 「古代の木製品を考える」
11月9日==>東京都埋蔵文化財センター講演会 大西雅也 「横穴墓を考える」
11月16日==>武蔵野大学能楽講座 「鵜沢 久氏を迎えて」
11月18日==>成蹊大学公開講座 安部圭介 「法の下の平等」の日米比較
12月2日==>成蹊大学公開講座 城所岩男 「新しい人権−−プライバシー権に焦点をあてて」
12月6日==>武蔵野大大学院公開講座 浅川公紀 「2006年米中間選挙結果とブッシュ政権の今後」
12月9日==>成蹊大学公開講座 安念潤司 「日本国憲法は占領軍の贈り物?」
12月12日==>講座歴史の歩き方講演会 延塚知道 「親鸞と現代−−閉塞状況を破る智慧」
12月12日==>講座歴史の歩き方講演会 竹村牧男 「真実信心の風光にふれる−−行から信への道を尋ねて」
12月13日」==>東京都埋蔵文化財センター講演会 丹野雅人 「装飾の考古学−縄文時代の土製品」
12月14日==>武蔵野大大学院公開講座 走尾正敬 「東西統一後のドイツ」
12月16日==>東京経済大 大塚喜八郎記念学術講演会 板垣雄三 「パレスチナ問題はなぜグローバル問題なのか」
【注】:この期間中には技術系の公開講座や講演会がたまたまなかったので聴講していないが、年間を通してではかなりの回数参加していることを付け加えておく
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◎「2007年年賀状」

あらたまのといえば何となく富士山を連想する。その富士山をなんとか新春の記に載せたいと考えていた。
ところが、今住んでいるこのあたりでは最近富士山の見えるところがめっきり減ってしまっている。
数少ないその中でほん近くの貫井神社から見える富士山にはお世話になったのだが、数年前に富士を見晴るかす側の山の斜面にも数軒の家が建ったためカメラアイがほとんど塞がれてしまった。
どこか別の場所をと探していた。昨年夏偶然散歩の途中立ち寄った浅間山である標識を見付けた。その標識によると国土交通省選定の「関東の富士百景」に選ばれている場所となっていた。富士山までの距離約81kmとなっている。そのときは若葉の頃で富士そのものは全く見ることはできなかった。
このことを思い出し、昨年暮れの29日、この日は冷たい風の強い寒い日であったが夕方好天に誘われるように近くの浅間山(府中市)に富士の夕景を撮りに出かけた。
このあたり武蔵野台地の外れに近く少し前なら富士山がなんの障害物もなくはっきり見えたところなのであろうが、今は京王線の府中駅周辺に建った高層ビル2棟が立ちはだかっている。聞くところによると更にもう1棟建つ計画があるらしいという。富士百景から落ちてしまうのではないかと心配である。
寒い日であるにもかかわらず先客が六七名いた。三脚使用の本格的な高齢女性もいる。
カメラを構える手袋なしの指が凍えるほどであったが、拙HP「アルバム 4の巻」にアップロードしたように強風による白雲が頂上に煽られるように流れているのが見られた。手持ちのカメラの望遠倍率が低いものだから余りよく撮れていないが、自分としてはまあまあと思う。
その幸運にあやかるつもりで今朝は午前7時過ぎ同じ場所に出かけた。今朝もよく冷えていたが風がない分空気に何となくにごりがあってそれほど満足のいく山望は得られなかった。
今朝撮ったものを1枚出してみたが、すっきりするようないいものではなくてもうしわけなく思う。
そのようなことで本年もよろしくお願いいたします。


わたしが参加している研究会:ネット研21(ネットワークやパソコンの研究会)
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